17 おうじょ は あんやく している!
――王城内部廊下。
法国の神龍騎士団団長であるガーランドは、王城から見える景色を楽しんでいた。
眼下に広がる活気がありつつも穏やかな人の営み。
法国との親和性も高く、友誼を結ぶにもそう苦労はしなさそうだと自らの口髭をそっと撫でた。
大柄で屈強、白の鎧を身に纏った姿は威風堂々とした将軍を思わせるが、彼の職業は"神官"。
宗教が作り出した国――法国にあっては出世を約束された職業であり、そして当人の資質も合わさって国の三大最高位の一角である"神龍騎士団団長"に収まった男だった。
今回の王国との同盟、そして隣国へ仕掛ける調略に関しては関心が高く、共に戦いをとの意志に燃えている。
何せ隣国は多人種国家で雑多なものを良しとし、法国にとっては神の威信に傷をつける存在。そして王国にとっては、多くの利権を争う目の上の瘤。
手を組む材料は足りていた。そこにわざわざ国王自ら来訪し、戦争への足掛かりを作ったのだ。
真に同盟をと願うのであれば、法国からも礼を尽くすのが筋だろう。
大司祭、枢機卿、そしてガーランドはそう結論付け、彼自らが足を運ぶこととなった。
そうして訪れた王国は、噂に違わぬ落ち着いた国だった。
土地柄だろうか、活気こそ法国より劣るものの、和やかな雰囲気はなるほど、国王が自慢するだけあった。
そんな折だった。
騎士団員が控える廊下を、颯爽と歩いてきた武人の気配。
ゆっくりとガーランドが振り向けば、嫋やかな笑みを浮かべて美しいカーテシー。王国の第一王女。ライラック殿下がそこに居た。
「ガーランド閣下、ご機嫌麗しゅう」
「これはこれは、ライラック様。ご挨拶の時も美しかったが、昼のドレスもまた似合っておりますな」
「ありがとうございます。少し、恥ずかしいですわ」
「はっはっは」
蝶よ花よと育てられた、しかし類稀な頭脳を持つ才媛と聞いていた。
なるほど確かに可憐であり、そして利発そうな顔立ちだ。
さぞや良い環境で育てられたのであろう、確かな気品と優しさがあった。
しかし――ガーランドは警戒していた。
優れた"神官"である彼は、相手の"職業"を看破する。
国王が如何に"治世の能臣"たれと育てたとはいえ、相手は"奸雄"。
いつその蕾を開かせるか分からない。
とはいえ。初めて目にする"奸雄"はあまりに可愛らしい少女であった。
執務に精を出しているとは聞いていたが、歳の頃は未だ17かそこらだと聞いている。
幾ら何でも、こんな小娘に騙されるような大人ではない。
一応は、彼女の願い出や動向には注目しておこう。
そのくらいで、事足りる。そう長く滞在するわけでもなし。
国へ戻ったら、商会から手に入れた――
「その、ガーランド閣下」
「どうしましたか」
「お父様にもお話をしたのですが、閣下は御前試合はお聞きになったことはありますか?」
「――ああ、陛下から聞き及んでおりますよ。王国の伝統であり、代理戦争の側面もある武芸者同士のぶつかり合い。いち武人としては、心が躍るものですな」
さてはて。
呵々大笑したガーランドだが、別に武人として楽しみだとは思っていない。代理戦争などするくらいなら、本当に戦いをすればいい。聞けば、生殺与奪の権限は御前試合には存在しないというではないか。
さて、この可愛らしい"奸雄"は、まさか自分に御前試合に出ろなどと言うのではあるまいな。
そんなことを考えながら彼女を一瞥すると、心底嬉しそうに手を合わせ、口元に持ってきて微笑んだ。
麗しき姫らしい動作が、自然に出てくる。"奸雄"ともなれば、もっと父親に反抗したり、意気軒昂な少女であってもおかしくないのだが。
本当に父親が優れた政治家ならば、"奸雄"は能臣になるという実証例になるのだろうか。
「まぁ。それは嬉しいですわ。実は、神龍騎士団の方々にも、せっかくですからご覧いただければと思っていたのです」
「なるほど。それで国王陛下から了承を?」
「ええ。友誼を結ぶお国ですもの。わたしの国の文化や伝統は、少しでも知っていただきたくて。……おかしな話でしょうか?」
「ふむ」
少し考える。
聞くだに、全く悪くない話ではあった。
文化や伝統を知って貰う。御前試合。――何も、デメリットがあるようには思えない。
実際、心からそう思っていそうな表情だ。
ただ、彼女から出た提案をそのまま鵜呑みにするのは些かリスキーにも感じられた。
考えられる可能性を幾つも思考し――しかし特に弄されている策に当たりがつくわけでもない。
「確かに、同盟を結ぶ国のことを知って欲しい。そのお気持ちは、大変うれしく思いますよ。国王陛下も承認されたことであれば、是非ともご同席させていただきたいものです」
「本当ですかっ!」
「ええ、本当ですとも。差し当たっては、陛下と同じく特等席で。それから、騎士団の者たちにも同席させてやりたいのですが、いかがでしょうか。勿論貴賓席とは言いません。護衛として、観客の皆さまを守らせましょう」
さて、どう出る。
神龍騎士団という外様の兵士たちを配置する。彼女が何かしら――本当に見当がつかないが――を企んでいたとしたなら、嫌がると思うが。
と、様子を探るまでもなく。
「ええ、ええ。閣下は勿論のこと、騎士団の皆さまにも、是非王国の文化を知って貰いたいと思っておりました。部下想いの団長なのですね」
「はっはっは。そう言っていただけると嬉しいものですな」
「法国との友誼が成ること、わたしもとても楽しみにしております。毛嫌いされてしまっては、悲しいですから」
「なるほど、私が部下想いであれば、天晴王国想いな殿下ですな。王国の未来はきっと明るいことでしょう」
「まぁ。閣下はお上手ですね」
くすくすと、照れたように笑う美しき姫。
流石のガーランドも少し口角を緩ませて、思う。
幾ら何でも勘繰りすぎか、と。
だが、それでもし万が一があっては困るというもの。
たとえば、御前試合に乗じて何かしらの攻撃がある、とか。
暗殺の類に関しては、国王や王女と共に居ることで凌げるはずだ。
考えられるケースとしては、御前試合を行う者たちが何かの仕込みだとか。
王女が用意する闘剣士は、もちろん彼女の手の者だろう。
御前試合の終わりと同時に何かを企んでいる――これならばあり得ない話ではないかもしれない。
或いは、御前試合に注目させておいて何かを。さて、今何か狙われるものがあっただろうか。
強いて言えば、捕えた"魔女"くらいのものだが。
ひょっとして、混乱に乗じて魔女を回収?
あの"魔女"が、王城勤めのメイドであったことをガーランドは知っている。
わざわざ1メイドを救うために王女自らが法国との友誼を破ってまで調略を練ることは考えにくいが……。
「それでは、楽しみにしておりますわ。日程は、閣下とお父様のご都合の宜しい日に」
「ええ。私もとても楽しみです」
去っていく王女の背中を見つめて、考える。
もしも。万が一。自分を謀ろうとしているのだとしたら、それはとんでもない思い上がりだと示さねばならない。
そして、本当に彼女の善意であった場合、悪戯に王国との友誼を傷つけるわけにはいかない。
少し、考えて。ガーランドは口角を上げた。
『法国との友誼が成ること、わたしもとても楽しみにしております。毛嫌いされてしまっては、悲しいですから』
ならばその台詞、そっくりそのまま利用させて貰うことにしよう。
御前試合が王国の伝統文化ならば、法国では魔女は処刑するものだ。
毛嫌いされてしまっては悲しい。
その言葉は、吐いた唾に等しい。
「御前試合の日に、法国の文化も知って貰うことにしよう。国王陛下も、否とは言わないだろう」
あの王女の策略に乗せられるわけにはいかない。だから、返し手だ。
「――さて、次」
「次」
「次」
「次」
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今日も2話更新。ペース調整ペース調整。