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14 フウタ は こばこ を ひらいた!

本日も二話更新しております。まだの方は、1つ前の話からお読みください。




『――この"魔女"が!!』



 るーんぱっぱー、うんぱっぱー。


 気分が明るくなる魔法の呪文。



『どうしてお前のような化け物がここに居る……!!』



 るーんぱっぱー。うんぱっぱー。


 おかしいね? 家畜が死んで泣いてたから、蘇らせてあげたんだけど。


 やっぱ、魂入ってないとダメなのかな。



『何をへらへらしてんだよ!!』



 るーんぱっぱー、うんぱっぱー。


 投げつけられた石は、ぶつかる前に手の中に戻そう。

 人を痛めつけても、良い想いはしないって誰かが言ってたし。



『う、あ……し、死ね! 死ね!!』



 るーんぱっぱー、うんぱっぱー。


 やっぱり魔女だからダメなのかな。

 そう思って、神官さんだよって嘘ついてみた。でもダメだった。

 本物の神官さんは、職業を一目で見抜けるんだって。



 ……。



 ふと、壁に貼られたスクロールに目を向ける。


 "時の魔女"の指名手配。


 見た目はどうしようもなく自分そっくり。



 るーんぱっぱー、うんぱっぱー。



 旅の行く先。根無し草。


 誰も彼もが、怯えたように牙を剥く。



 歩いているところをよく撃たれた。


 寝ているところを、よく襲われた。



 ……自分の怪我は、治せないんだけどな。



 るーんぱっぱー……。うんぱっぱー……。



 ふむー。やっぱり。


 生きていれば良いことがあるなんて……嘘じゃないかな。



 生きていても良いことなんてない。どのみち削れる自分の寿命。



 うん。"もう考えないことにしよう"。



 るーんぱっぱー、うんぱっぱー。



『何を笑っているんだ……こいつは……!!』


『知らねえが、撃て!! 殺せ!!』




 自分を見るなり、笑顔の人々が怯えたように目の色を変える。



 少し悩んで、ふと思った。



 自分が居なければ――みんなずっと笑えるんじゃない?




『ようやく捕えたぞ……"時の魔女"!!』


『……こんな小娘に、どれだけ手こずったんだ俺たちは』


『だがこれで、法国からはたんまりと報酬が出るってこった』




 ある日、腹部に感じた鈍い痛みで目が醒めて。


 気が付いたら、両手両足縛られて、張りつけにされて囲まれた。



 最近はもう、面倒になって。



 寝る前に動いた叢も気にせずこうして寝付いたけれど。



 なるほどなるほど、あっけない。



『さて、術を使われても面倒だ。両手くらいは切り落とすか』


『そうだな、そうしようか』




 死ぬと分かれば楽しそう。



 ああ、やっぱり――。





 そう思った時。

 振るわれた銀閃が、あっという間に男たちの喉元を貫いた。




『あ、え……?』

『貴方たちに恨みはありませんが。必要なのはそこの"魔女"だけですので』



 銀の髪を払った少女との出会いは、およそ三年ほど前のこと。









『――"契約"をしましょう』



『――生きたい理由も、死にたい理由もないのでしょう』



『――ならその力、わたしの為に振るって下さい』



『――まずは1年。更新するかは貴女の自由』



『――ここで無為に命を散らすくらいなら、わたしの役に立ちなさい』










『この人には指一本触れさせねえ』


『ぶ、無事か、コローナ!?』


『――俺が守るから、離れないでくれ』





 ああ。楽しかったなぁ。









 ――オルバ商会本部。


「……"魔女"?」

「そう。特定の国では処刑対象にもなっている、人の道理に反した魔導を扱うとされる"職業"。聞いたことない? 生の"魔女"は相当珍しいけど、魔女狩りなんて呼ばれる連中なら今も世の中にゴロゴロ居るわよ」


 ふん、と腕を組むベアトリクスは、じりじりと微動していた。

 威勢よく、そして滑らかな弁舌とは裏腹に、すり足宜しくフウタから離れるように後退していく。


「それで、あんたらは。金になるからとコローナを捕まえて売った?」

「そのつもりだったけど、やけにあっさり『好きにしていいですよ』なんて言うもんだから、大人しく部屋で待機して貰って、普通に引き渡したわよ。こんなあっさりした人身売買初めてだわ」

「どこに!!」


 フウタの声が自然と荒げられる。

 ベアトリクスがびくっとした瞬間、プリムが小さく吹き出した。


 プリムを睨みつけ、牽制したベアトリクスは一息。


 フウタを見れば、彼は放っておけば本当に掴み掛かりそうだ。


 彼が自制しているのはひとえに、ライラックに要らぬ面倒をかけたくないがため。

 そのか細い糸も、ベアトリクスの返答次第ではぷつりと切れてしまいそう。


「……」

「……」


 じっと真っ直ぐベアトリクスを見据える瞳に浮かぶ意志は、コローナを救うという気迫と、そしてライラックに迷惑を掛けない為に、目の前の"障害"に対して怒りを抑えている猟犬のような威圧。


 ベアトリクスの思考が巡る。




 ……こいつを敵に回しておくメリットはなんだ???




 口だけの雑兵でもない。

 頭の無い暴走機関車でもない。


 ただ、大切なものの為に戦う強者。


 なるほど、ライラックにとっては扱いやすいことこの上ない駒だろうと、ベアトリクスは1人納得する。


 今ベアトリクスが抱える、フウタを敵にしてでも守るべきものは、商人としての信用――即ち、"依頼主"からの信頼。


 それと天秤にかけて、フウタの側に鞍替えした時のメリットとデメリットを冷静に考える。



 ――ベアトリクス・M・オルバとは、必要とあらば親の仇の靴だって喜んで舐められる女だ。



 オルバ商会に危害を加えないという言質は貰えたのだ。

 ベアトリクスにとっては、それさえあればあとはどうなっても構わない。



「……もう、いいや」


 空を見上げて、ベアトリクスは呟いた。


「洗いざらい話すわよ。依頼主に守秘義務突き付けられてるから、まあ出来れば内密に宜しく」


 そう言いつつ、腹いせにバラされるくらいは構わないとでも思っていそうな表情。


「全部話すってことか。コローナのことも、依頼主も」

「そう言ってるでしょ」

「フウタくんフウタくん」


 ちょいちょい、とフウタはここでプリムに袖を引かれた。


 軽く耳打ちをされて、フウタは頷く。


 何を言うつもりだ、と半眼になるベアトリクスに向かって、フウタは告げる。


「黙っていてやる条件がある」

「……言ってみなさいよ」

(あるじ)からの願いを1つ、受け入れることだ」

「あたしたちに出来ることなんでしょうね」

「そこらへんは、本人に聞いてみる。オルバ商会に出来ることを頼むだけだ」

「………………まあ良いわ。物理的に無理なら突っぱねられるってことでしょ」

「ああ」


それだけ、ベアトリクスにとっては今の状況が堪えるのと――商会の信頼は何にも代えられないという意志表示だった。

先の、別に構わないという表情をブラフだと読みきったプリムの勝利である。


 フウタの後ろで小さくガッツポーズしたプリムだった。

 そんなプリムをよそに、フウタは自分の話を進める。


「コローナをどこに売ったんだ」

「法国神龍騎士団」


 即答なのは誠意の表れか。そんなことはどうでも良いが、フウタには一瞬取引先がピンとこなかった。


 だが、プリムはすぐに察する。


「フウタくん!! 法国って――!!!」

「……そうよ。魔女の生存を許さない、神官たちの国。今、ちょうど国王の帰還と一緒に、この国を訪れているでしょうっ――!?」

「――っ!!!」


 その瞬間、フウタの拳がベアトリクスが先ほどまで座っていた椅子を砕く。


「……商会に、害はないはずだ」

「……わ、分かったわよ」

「話してくれて助かる」

「分かったってば!」


 口元を引きつらせて、首を縦に振るベアトリクス。


「……そこに、売ったんだな」

「てゆか依頼人がそこよ。そこの団長が優れた"神官"で、あのメイドが"魔女"ってことが分かったらしいわ」

「……ああ」



 フウタは空を仰いだ。



 全てが、繋がった気がした。







『10日後に、フウタ様の手料理が楽しめると良いですねっ』




『初日の言葉、そっくりそのまま返してあげるっ』




『フウタ様が、メイドに生きてて欲しいって思ってくれてること忘れてましたっ』









『メイドなんかのためにフウタ様が死ぬのは、もったいないなーって思いましたねっ、なう!』








 コローナは、最初から法国の神龍騎士団とやらが王城を訪れることを知っていて。


 その時起こるであろう面倒を予測して、フウタとライラックの元を離れたのだ。


 自分が目の前で捕まったり、自分のせいでフウタが危険な場所へ足を踏み入れることを嫌って。


 法国との友誼と、メイドのコローナを天秤にかけて、ライラックがコローナを取ることはないだろうと予想して。


 ならば足掻くのはフウタだけ。

 それはきっと、招く結末など変わらない。


 だから。






「……この小箱、どのみち10日後くらいには姫様に渡すつもりだったのよ」


 ベアトリクスの言葉で、フウタは我に返った。


「何故それを言わなかった」

「あんたが、ウィンド相手に善戦出来るような奴なら、別に渡しても良いかなってだけの話。……善戦どころじゃなかったけど」

「……どうしてそこが関係するんだ」


 困惑を露わにするフウタに、ベアトリクスは告げる。



「だって、遺書みたいなものだしね。抗う力の無い奴に今渡したところで、無駄な死人を1人増やすだけ。それは流石に、死に行く奴に申し訳ないでしょ」


 フウタは握りしめていた小箱を見つめる。


 遺書。



 これは録術を使ったオルゴールだと思っていた。

 だが、確かに。音を閉じこめているだけのものだとコローナは言っていた。


 ならきっと、ここに彼女の伝言が入っている。





 フウタはそっと小箱を開いた。



『あー、あー。チェックチェックっ。うん、反応してますねっ! それじゃー全国のフウタ様っ、あとおまけでライラック様っ。ちょっとメイドの最後のお話、聞いてってー?』



「――コローナ」


 目をぎゅっと瞑って、フウタは小箱を一度閉じると。


「プリム、悪い。俺は姫様のところに戻る。全部あの人に伝えなきゃならない。いや……コローナを救うために、姫様の力がどうしても必要だ。土下座してでも頼み込む」


「あ、うん、急ぎなよ」

「――ありがとう」


 言うや否や、フウタは風のように消え去った。


 余程必死だったのだろう。プリムは一度目を閉じて。


 それから、憎き経営者に舌を出した。




「じゃ、私の主のリヒターくんに、溜まりに溜まった商会への借金チャラにしてくれるらしいよって伝えてくるねっ」

「はぁ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」



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【補完】

・毒や酒精は、酒や毒物に録術を使うことで元に戻ります。

・財務卿の借金は、戦時国債でもない限り踏み倒せない額です。これにはモッピーも大喜び。

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