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05 フウタ は おうじょう に はいった!


 ――王都は王城。


 隠し通路の先にあったのは豪奢な部屋。


 長い梯子を上り切ると、三階にある部屋の暖炉に繋がっていた。


 幾つもあるライラックの部屋の一つだと聞いていたのに、流石は王城というべきか。手入れが行き届き、装飾も美麗な部屋だった。


「とりあえず貴方には客室を与えたうえで、身の回りの世話が出来るようメイドを付けようと思いますが……」


 そう言って、ライラックは一度フウタを上から下まで眺める。


「客人として招くにあたり、少し……」


 困ったように、彼女は微笑む。


「身だしなみを整えて貰いましょうか」

「……すみません」


 王女ともあろう人が、今まで表情一つ変えず共に居てくれたことの方が奇跡だった。


 伸び放題の髪と、粗雑にナイフか何かで切っただけの髭。

 纏うボロ布は異臭を放っている。


 自分では鼻が麻痺してしまっているが、本来こんな部屋に居て良い人間ではないと、フウタは肩身の狭い思いだった。


「服装も含めて、考えなければなりませんね」

「お手数をおかけします……」

「いえ。貴方を滞在させる対価としては、些細なことです」


 あっけらかんと、美しい髪を払って彼女は言った。


 フウタは、そろそろ聞いておこうと思っていたことを口にした。


「どうしてそこまで買ってくれているのでしょうか。嬉しい話ではあるのですが、何の為に俺を?」

「ああ、条件ばかりを口にして、目的を伝え忘れていましたか。確かに、不審に思われるのも無理はありませんね。ごめんなさい」


 くす、とライラックは笑う。


「――本当にただ、頻繁に手合わせを願うだけです。ちょっと"最強"になりたくて」

「強くなるために……。職業教師の人間ではなく、俺を?」

「ええ、貴方が良い」


 真正面から"貴方が良い"と言われて、一瞬フウタはたじろいだ。

 安心してください、とライラックは続ける。


「誓って、貴方に求めるのはわたしとの手合わせのみです。誓約書を交わしてもかまいません。年月は、貴方が城を出たいと望むまで。わたしとしては、そんな日は来ない方が好ましくはありますが」


 噴水広場での打診と変わらない。より具体的になった条件提示。


 ただ、フウタにとって疑問なのはそこではなかった。


「どうして、貴女は"最強"になりたいのですか?」


 問いに対する返答は、ただの微笑みだった。


「……ああえっと。俺が、何か力になれたらと」


 たまらず言葉を誤魔化すフウタ。


「フウタに求めるのは、わたしとの手合わせのみ。詮索は不要です」

「……分かりました」


 暗に、聞くなという答え。


 踏み込み過ぎたか、と自戒するフウタに、しかしライラックは優しく諭すように言った。


「いずれ、お話することもあるかもしれません。ただ、それは今ではなく――ああ、そうですね」


 思いついたように指を立て、悪戯っぽく彼女は続ける。


「貴方に出来ることは、そう。わたしが、わたしの全てを話したくなるくらい、ずっと期待させてください」

「期待、ですか。……貴女は、俺に何か期待をしていると?」

「ええ」


 頷いて、一度目を閉じて。




「――人間は、"職業"の奴隷ではない。貴方は身をもってそれを魅せつけてくれました」




 息が詰まる。


「今後も、そうあって欲しいと……わたしは期待しています」


 最後にフウタに微笑むと、ライラックは柱時計に目をやった。


 時刻は昼を回ろうとしているところだった。


「わたしは午後から政務がありますので、その間はお寛ぎください。身の回りの世話はメイドに頼んでおきますので」

「この部屋に居れば良いですか?」

「ええ。外出を止めたりはしません。ただ、城に戻れなくなると厄介なので、メイドを付けて、という形でお願いすることにはなりますが」

「分かりました」

「ありがとうございます。それでは」


 柔らかくライラックは目を細めて、それから豪奢な両開きの扉に手をかけた。


「ああ、そうそう。貴方に付けるのは、わたしが一番信頼しているメイドです。彼女を通じて、他の王城関係者からちょっかいを掛けられるようなことは無いはずですからご安心ください。ただ」


 そう少し思案したのち、彼女は困ったように眉を下げた。


「ちょっぴり癖の強い子なので、寛大な心で相手をしてくださると幸いです」




















 メイドの癖が強い、とはどういうことだろうか。


 考えてみるも答えは出ず、フウタは立ち尽くしていた。


 座らないのは、自分の今の臭いを極力この綺麗な部屋に残したくない、という生真面目さの表れだった。



「……メイドさんが来るらしいとはいえ。俺をここに放置して良いんだろうか」


 ふと、思う。

 暖炉が通路になることは分かっていて、扉に見張りも居ない。

 見渡す限り、大物小物問わずいわゆる"金目のもの"しかない。


 そんな状態で、浮浪者同然の男を一人ここに残した。


 セキュリティに自信があるのだろうか。


 広い部屋の真ん中で、フウタは考える。


 二日前は、まさかこんなことになるなんて思っていなかった。



 職業が無いというのは、この世界では身分証明が無いことと同義だ。


 発展途上のこの世界において、劣等種を救済するほどの余裕は未だ無かった。


 弱者救済よりも、明日の発展。


 人間が歯車として消費されていく社会において、既製品に当てはまらないパーツは排除した方が手っ取り早かった。


 そうして、"無職"は排除され続けた。


 曰く。人間は、目に見える異端を攻撃し、種を守る為に彼らを排除する習性があるという。


 劣等種を後の世に残さないという本能なのか、或いは自らよりも下に居る人間を見て安堵したいという精神欲求なのか。



 いずれにせよ。


 放浪の果てに現れた小汚い"無職"など、人々にとっては羽虫か玩具かのどちらかに過ぎなかった。



『"無職"に渡せるような仕事はここには無いよ』


『ご"職業"は? ……"職業"が無いんじゃ斡旋は無理だねえ』


『"職業"も無いのに何しに来たんだ? 冷やかしなら帰んな』



 当たり前のことだと受け入れて諦めて、王都まで這う這うの体で辿り着いて。明日からどう生きれば良いのかと途方に暮れていたのに。



 まさかこんな場所で厄介になるとは。



 ぐるりと周囲を見渡せば、窓からは美しい庭園が一望出来た。


 調度品はどれも高価な印象。それも、コロッセオの経営者執務室よりも随分と上品だ。


 フウタにとっては、別世界も良いところだった。


「……別に、盗まれても構いません、ってことなのか?」


 盗むつもりは無い。

 というより、フウタの中にライラックを害する考えは一切浮かばなかった。


 内心で彼女が何を考えていたにせよ。

 どう足掻いても彼女はフウタにとって恩人であり、欲しい言葉をくれた人であり。


 生まれて初めて、模倣の力を知って尚フウタに期待してくれた人でもある。


 そんな人に背を向ける行為は、何一つする気が起きなかった。


 が、それはフウタの気持ちであり、ライラックから見て分かることではないはずだ。


 だから、フウタは首をひねっていた。


 その時だった。




「うちの姫様は、相手が信用に足るかどうかくらい一目でわかるってことですよー」




 何故か窓から顔を覗かせる金髪の少女。

 まず目に入るのは、くるくるとカールされたツインテールと、頭に付けたホワイトブリム。


 ここは三階のはずなんだが、とフウタが悩むよりも先に、パルクールのように窓枠を飛び越えて入ってくる――メイド。


「何故窓から……?」

「そりゃ、怪しまれないようにですよっ」

「いえ、滅茶苦茶怪しいのですが」


 よっこいしょっと。

 風呂敷を背負った姿は、まるで泥棒か何かのようだ。


「午前中に掃除を終わらせた、主不在の部屋に入る可愛いメイド。誰かに見られたら怪しーでしょ? でしょでしょ?」

「な、なるほど?」

「スケジュール管理は王城管理者側でやってますからねー。見咎められて、たとえば調度品の一つでも無くなってたら全部メイドのせいになりますよ、お前のせいでっ」


 びし、と指を突き付けて彼女は言った。


「え、俺?」

「そりゃそーですよー。姫様が内密に招いた客人の世話ですよ?」

「ああ、じゃあ貴女が……」

「はいっ」


 満面の笑みに、ピースサイン。ウィンクまでかまして、ぺろりと舌を出したメイドは言い放つ。


「お騒がせお掃除メイドのコローナちゃんです、ぴっ!」


 なるほど、とフウタは頷く。


 確かにこれは、癖が強かった。



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