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12 ようじんぼう が しょうぶ を しかけてきた!

本日2本目です。

今日の11:00更新をお読みでない方は、そちらからどうぞ。



 ――オルバ商会本部中庭。


 フウタとプリムが連れ出された先には、先客が待ち構えていた。


 ベアトリクスたちと話している間、終始ぼんやりと窓の外を眺めていた男。彼が、だらりと両手に重そうな鉄の棍棒のようなもの――鐗を下げて立っていた。


 ベアトリクスは自分用の椅子を用意させると、一番見晴らしのいい場所を陣取って頬杖をつく。


「姫様に、あたしが殺したってバレると面倒だし。死んだらあんたの名誉は踏みにじるつもり満々だから、先に言っておくわ。ごめんなさいね」

「別に」

「ま、そうね。どのみち、あんたは必死に生き足掻くと良いわ」

「……武器の予備は?」

「そのくらい用意してあげるわよ。細工とかしてないから安心なさい」


 面倒そうにベアトリクスが指を鳴らすと、部下の1人が2本の鐗を持ってフウタの元にやってくる。


 受け取って、重さを確認して、フウタは頷く。


「――あいつは、あたしの肝入りよ。高い金払って雇った用心棒。せいぜい生き足掻きなさい?」

「……勝利条件は?」

「寸止め出来たらすれば? 殺したら殺した方の勝ちで良いんじゃない?」

「分かった」


 フウタは頷いて、その用心棒の元へと歩いていく。


 彼の背中を見送ったベアトリクスの小さな欠伸。

 プリムは、隣から彼女の瞳の奥の感情を読み取って、眼を眇めた。


「ベアトリクスとか言ったっけ。お前さ」

「なにかしら」


 置かせたサイドテーブルのお菓子を摘まみ、胡乱なものを見る目でベアトリクスはプリムを見上げた。


 そんな彼女に、プリムはストレートに言葉をぶつける。


「本当は乱闘に興味なんて無いだろ」

「……」


 軽く目を見開いて。それから、彼女は自らの唇をそっと撫でた。

 そして。


「ぷっ」

「何がおかしいわけ?」

「興味があってもなくても、あんたらのやることは変わんないでしょ。条件今更とっかえたりしないわよ」

「どうだか」

「そこはあたしじゃなくて、商人を信用したら良いんじゃない? 別にあんたが信用しようとしまいと、どっちでも変わんないんだけど」

「こいつ……!」


 ベアトリクスはプリムから興味を失くしたように、フウタと用心棒の方へと目を向けた。


「お前の目的は何なんだ。わざわざ興味があるなんて嘘ついてこんな状況を引き出して」

「そろそろうるさいわよ、敗北者」

「はいぼっ……」


 屈辱的な台詞を吐かれて、プリムの頭に血がのぼる。


 しかしふっと冷静になった。

 敗北者。その言葉が、ある種プリムの返答なのだ。


「……お前、あの場に居たってわけか」

「貴族ですらあたしに頭を下げる。商工組合のトップっていうのは、そういう存在よ? 招かれるに決まってるでしょ」

「じゃあ、最初からフウタの力量を知っていて」

「知るわけないでしょそんなもん」

「……え?」


 あんた馬鹿なの? とでも言いたげにベアトリクスはプリムを半眼で見据えた。


「武人でもないのに、あんたらの力量なんてわかるわけないでしょ。はっきりしたのは、あんたがあの男より弱いってことだけ」

「……ぐっ」

「だからおまけには興味ないのよ。……でも、うちの用心棒が強いことは、骨身にしみて分かってる。だからぶつけてみる。死んだら死んだで、まあ別に?」


 人を人と思わない発言に関しては、この際諦めたプリム。

 ただ、用心棒の強さが骨身にしみているとはどういうことか。


 その答えは問いかけるまでもなく、ベアトリクスの口から自然に零れ出た。


「あたしの商隊(キャラバン)を、単独で壊滅まで追い込んでくれた奴よ。傭兵も相当雇ってたのに。あたしも死にかけたわ」

「そんな奴を用心棒にしたの?」


 自分の大事なものを滅茶苦茶にされた相手を、用心棒として雇っている。

 恨みとか、憎しみとか、この女にはその感情が欠落しているのだろうか。


 挙句、自分を殺しに来た人間を用心棒にするなど、怖くはないのだろうか。


 そんな諸々の意味を詰め込んだプリムの問いを、ベアトリクスは鼻で笑った。



「世の中、金よ」



 なんてことはない。

 殺しに来た人間に十分な金を与えて買収し、更なる金で雇っただけ。


 器量も、度量も。感情も、状況も。

 その全てを金で解決する、真性の"経営者"がそこに居た。


「そう、たとえば。――探し人(メイドさん)の行方とかもね」












「やれやれ。会長にも困ったものですね」


 フウタが歩みを進めた先で、ようやく男は振り返った。 

 歳の頃は、30代前半くらいだろうか。

 右の鉄鐗を放り投げ、顎髭を撫でて薄く微笑む。


「私はウィンド。オルバ商会にて用心棒をやっております」

「……フウタです」

「ええ、お噂はかねがね。……さて」


 振ってきた鉄鐗を掴み取り、くるくると彼は弄んだ。


「――話は聞いておりました。大事な人を探すため、この商会を訪れたと。そしてどうやら、うちの会長はその件に絡んでいる」

「……俺はコローナの情報を、話して貰うつもりでここに居ます」

「さようですか」


 フウタの膂力を以てしても、この鉄鐗は重い武器だ。

 本来、1本で使う武器を2つ扱う、その研鑽は凄まじいものだろう。

 彼はそんな武器を軽々と振るい、暇でも潰すように回転させながらフウタを眺めた。


「――6歳になる娘がおりましてな」


 その言葉は、小さく呟かれた。


 急に何を言い出すのかと片眉を上げるフウタに対し、ウィンドは人好きのする笑顔を向けて続ける。


「最近まで病気がちでか弱く、薬1つにも金が必要で必死でした。私は、娘の為なら何でもやった。殺しも、盗みも」


 そんな折に、ベアトリクスに雇われたのだと彼は言う。

 金銭の恩はある。報酬も高額を貰っていて、彼女に対する忠義は篤い。

 娘の薬代も、依頼を果たせばあっさりと出た。その依頼が、人の道に則ったものであったかは、さておいて。


 だが、だからこそと彼はフウタを見据える。


「貴方は、あの頃の私と同じ目をしている。会長に恩義はあるが……貴方に悔いを残して欲しくはない。――大事な人を取り返しにいきなさい」

「……」


 ウィンドは分かっている。

 部屋での話を聞いていた。そして、ベアトリクスには"戦い"を見極める目が無いことも、彼は知っている。


 八百長をしようが露見することはない。そう、彼は言いたいのだ。


「お気遣い、ありがとうございます」


 ――先ほど、ベアトリクスの背後で彼はずっと話を聞いていた。


 悪い人ではないのだろう。

 大事なものの為なら倫理も道徳も蹴り飛ばすというだけで、平時に生きるには真っ当な人間。即ち、フウタと似た価値観の人間だ。


 だからこその提案であったのだろうし、現にその提案は有り難いものだ。


 時間が無い。急いでいる。そして、ウィンドという男は確かに強そうだ。


 だが、その提案にフウタが揺れることは無かった。





「ですが、構えてください」





 彼女と約束したから――ではない。


 たとえ、八百長に対する後悔が無かったとしても、フウタは同じ選択をしただろう。


 何故なら。





「普段から手加減しているつもりはありませんが」




 ベアトリクスとの取り決めの後。プリムだけは気づいていた。


 異様に口数の減ったフウタの変容。


 ひりつくような闘気が、ウィンドに向けて殺到する。 





「――今の俺はいっぱいいっぱいで……うっかりすると本当に殺してしまいそうなんだ」

「っ――!」






 今、彼女がどうなっているか分からない。


 ベアトリクスという女は、ほぼ間違いなく彼女と接触した。


 その先でどんなことになっているか、気が気ではない。


 フウタの心中は、焦燥と不安でいっぱいだった。


 他のことに目を向ける余裕など、欠片もない。





「ははっ」


 ウィンドは思わず、笑いを漏らした。


「なるほどなるほど。これは確かに――」


 その先は流石に、口にする気にはなれなかった。


 本当に死ぬかもしれない、などと。


 だから、精一杯。

 ぶつけられた闘気に応じるように、冷や汗のにじんだ手で鉄鐗を握りしめる。


「良いだろう、かかってこい若造」






 てっかん の ウィンド が しょうぶ を しかけてきた!▼





 開始の合図は黒服。

 ベアトリクスがお手並み拝見とばかりに口角を上げる。



 だが、ベアトリクス唯一の誤算は。




 フウタの力量を見誤ったことだった。




 ――フウタは、"闘剣士"ではない。




 ただの"無職"だ。



 そうであるが故に、闘剣士の戦い方は出来ない。暗殺者の戦いも出来ない。出来るのは模倣。手加減は不可能。


 だから相手の戦い方に依存する。



 目の前に居るのは、大切な人の為なら殺しも躊躇いの無かった、殺人術の使い手。



 即ち。 




「ぐ、おおおおおおおおおおおおおお!!!」




 一撃が、振り抜かれる。




 情け容赦なく命を狙うその鉄鐗は、最少の手数を以て命を刈り取る凶つ(やいば)


 頭に一撃くれてやれば、脆くもひしゃげて絶命する。

 人間とは、意識すればいとも簡単に死ぬものだ。


 だからこそ、一撃必倒の凶器は、是が非でも防がねばならない。


 逆に言えば、その一撃を避ける為ならば、どんな防御も捨てなければならない。


 それが。




 ――たった今、外壁に叩きつけられたウィンド・アースノートに課せられた使命だった。





「……は?」




 ベアトリクスは思わず声を漏らすも、そんなものは戦う2人には意味をなさない。



「――そこだ!」

「ぐっ、おおおおおおおおおおおお!!」



 一撃を防ぎ、その威力に吹き飛ばされて地面に叩きつけられること2、3度。

 ようやく体勢を立て直して立ち上がれば、すぐさま目の前に振りかぶられた鈍色の雷。


 たまらず横転して回避すると同時、大地を割るような衝撃が屋敷中に響き渡った。


「こ、これは――たまりませんな」

「まだだっ……!!」



《模倣:ウィンド・アースノート=我流乱打》



 大地に叩きつけられた鉄鐗は、その威力を十全に発揮し地面に亀裂を走らせた。

 その反動のままにフウタはウィンドに迫り、左手の鉄鐗で猛追する。


 たまらないのはウィンドだ。


 鉄鐗という武器は凡そ守る為には出来ていない。


 殴りつけ、叩き潰し、その勢いを載せた鉄の塊だからこそ凶器となりえる打撃武器。


 守りに回ればその重さは仇になり、また重量の大きな武器を受けに振るう力と、打たれた際に響くダメージが次々に折り重なって疲労を嵩ませる。


 故に鉄鐗使いは攻勢一辺倒。


 振るう暴威は嵐の如く、たった一度の反撃も許さず相手の刃をへし折り叩き割り打ち伏せる。


 それを誰よりも知っているのは、外ならぬ鉄鐗使いのウィンドのはずだった。


 だというのに、何故だ。


 目の前の男は、鎗使(・・)()ではなかったのか。


 まるで、長年鉄鐗と連れ添ってきたかのような熟練の技。


 そして自分と同じように、鉄鐗を前にした人間の追い込み方を知っているその動き。


 襲い来る鉄鐗の打撃を正面から受けてしまえば、既に次なる鉄鐗が振るわれる直前だ。引き絞られた弓のように、右に左に鉄鐗が乱打と振り回される。


 一撃一撃の狙いも精密かつ高速。


 命のやり取りに慣れているウィンドだからこそ、その1つ1つが本当に自らの命を刈り取るに足る攻撃だと理解出来た。


 理解出来てしまったら、もうひたすらに受け続けるしかない。


「……はは、これはっ!」


 思わずウィンドの口から笑いが漏れた。


 次から次へと、眼前の男の鉄鐗はウィンドの急所を狙い来る。

 そこに全く躊躇は無く、防戦一方のウィンドは早くも息を荒げている。


 そして。


「――」


 その鋭い眼光と、ウィンドの瞳が交錯する瞬間。確かに、ウィンドは萎縮した。


 確実にこちらを殺りに来る。その冷徹さはかつての己と同じ。


 認めざるを得なかった。フウタという男は、自分よりも圧倒的な格上であるということを。



 別にこれは殺し合いではない。


 勝つ必要もあまり無い。


 報酬は確かに大きいが、今では娘も元気なことだ。


 そして、彼にとっては娘の生活――ひいては己の食い扶持が最も大切。



 ここでウィンドは、敢えてフウタの重い一撃を誘う挙動に出た。


「――ッ」


 ぴくりとフウタが動く。


 隙とも呼べないような、しかしギリギリの空白。

 それを意識的に作り出すことは、余程の武芸者でなければ不可能だ。


 はたしてそれをする技量が彼にあるかないか――フウタには分かる。

 彼には、その誘いをする力がある。



 だが、敢えてその誘いに乗る理由もあった。


 ここで博打に出るのは、――短期決着を思えば悪くない。

 そして、この隙が誘いだったとして――フウタを上回る何かを、ウィンドは持っていない。


 模倣したからこそ分かる、相手の技量の軌跡。


「見抜かれたと思いましたが……敢えて乗ってきましたかっ」

「それでも、上から殴るだけだ」

「――まあ、確かに。倒す為の誘いではありませんからな」



 ひたすらに防ぎ凌いでいたのは、そうするしかなかったからだ。


 鉄鐗という武器と、それを2本握って振り回す戦闘スタイルを考えれば、たった一撃でも貰ってしまったら即ち死が待ち受けている。


 正確無比な急所狙いが飛んできているとすれば猶更のことだ。


 だからこそ、こちらも鉄鐗で受けきるしかなかった。


 作り出した間隙にフウタの鉄鐗を誘う――その誘いの目的は、自らの鉄鐗でいなすこと。


 一度フウタとの間に距離を作った。


 それは悪手だ。攻勢に出ているフウタが圧倒的に有利。


 ――それをウィンドは是とした。そして。





「――いやはや、お強いですな」




 その言葉を最後に。

 振りかぶった全力の鉄鐗の一撃を受け、勢いよくウィンドは吹き飛んだ。




 追撃するまでもない。


 彼は自らこの結末を選び――背中から樹木に激突して、くずおれた。




「……いえ。是非もう一度、"ちゃんと"試合がしたいですね」

「ええ、その時こそは」



 鉄鐗を納めたフウタは分かっている。


 殺してしまうかもしれないほど本気で殴りかかったフウタに対して、最も傷を受けずに敗北する、その冴えたやり方こそがこれであったと。


 ウィンドはフウタに比べれば強くないかもしれないが、生存術に長けた用心棒であった。



 結果的に勝利を握らされた形となったフウタ。


 一息ついて、振り向く。


「さて。――約束のものを渡して貰うぞ、ベアトリクス」


 彼女が弄んでいた小箱。

 そして、彼女の知っているであろうコローナの情報。

 全てを引き出すつもりで、フウタは彼女を睨み据えた。



 その、視線の先でベアトリクスは。



「う……うっそでしょ?」



 信頼していた用心棒が、圧倒された挙句吹き飛ばされて。

 平静を装いながらも、強気に上げた口角を引きつらせていた。


 彼女の足元には、摘まんでいたカップケーキが転がっていた。



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