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11 フウタ は けいえいしゃ と であった!



 ――オルバ商会本部。執務室。


 同じ執務室と銘打たれていようと、ライラックの部屋とは全く違う空間がそこにあった。


 ベアトリクスと名乗った少女は最奥に用意された皮張りのソファにどっかりと腰かけて足を組む。


 そこから2メレトほど離れた対面に、フウタとプリムは並んで座ることとなるのだが――その周囲には大量の黒服が控えていた。


 壁沿いにぐるりと。そもそもこの部屋が広いせいで、50人はくだらない数の部下が控えている。それなりに腕も立ちそうで、完全に2人を見張る役割を担っていた。


 そして、それ以上に。


 ベアトリクスの後方に佇む男が、フウタは気になった。


 部屋の奥は一面が窓になっており、その先に見える庭園の景色を楽しむことが出来るよう設計されている。

 これだけの技術と資金をこの部屋1つに使えるほど、この商会が儲かっているということだろう。


 男はその景色を楽しむように後ろ手を組み、フウタたちに背を向けている。だが、その隠された闘気は尋常のものではない。


 プリムが早くも舌なめずりをしているのが、その証明だった。


 フウタはそんなプリムを制しつつ、周囲を見渡す。


 壁に掛けられた絵画といい、悪趣味なまでに金の圧迫感がこの部屋を支配していた。


「で、俺たちをここに呼び込んで、何の用かは知りませんけど。その箱、どこで手に入れたんですか?」

「さてどこだったかしらねー。拾ったかもしんないし、買い付けたかもしんないし? 或いは――懐から頂戴したかもしんないし?」

「っ……」


 にたにたと、心底愉快そうに少女は嗤う。


 なるほどこれは、"性格のねじ曲がり切った経営者"だ。


 ライラックと会談をしているのがこの女だとしたら、さぞかし気が乗らないことだろう。


「んで、あんたはこれを見て目の色変えたっと」


 ぽんぽん、と手のひらで弄び、ベアトリクスはフウタを見据えた。


「あんた、姫様のお気に入りでしょ? なんか面白いこと知ってたりしない?」

「面白いこと?」

「姫様の隠れた下世話な話とか」


 ぴく、とフウタの眉が動く。

 安い挑発だと言えばその通り。だが、フウタにとっては触れてはならない逆鱗の1つ。

 今度はプリムがフウタを制する番だった。


「……悪いが、ライラック様に弱みなんて1つも無い」

「あっそ」


 興味を失ったように、ベアトリクスはソファの背もたれにぽすんと体重をかけた。


「取引するつもりは無いってことね」

「取引?」

「最初に言ったでしょ。あたしは"経営者"。ちょっと性格がねじ曲がり切ってるのは認めるけど、これでも商工組合のトップなのよ」


 ぽんぽんと小箱を弄ぶ。


「あんたがこれをどれだけ欲しいのか、熱意じゃなくて誠意が見たいわけ。分かる? 青臭い情熱的なノリとか要らねーの。これの対価に、あんたが、何を差し出すかって聞いてるってこと」

「対価、か」

「なんでこんなことも説明しなきゃなんないの? 姫様のお気に入りってなに、男娼とか?」

「――お前」


 立ち上がりかけたフウタから、膨大な闘気が吹き荒れる。

 黒服たちは慌てて剣を抜き、ぴりぴりとベアトリクスにきつい気迫が殺到した。


 彼女は驚いたように目を見張り、黒服たちは剣を握った手が震えていることに気が付かない。


 慌てて袖を引くプリムに眼もくれず、フウタは握りしめた拳を隠そうともせずベアトリクスを睨め据えた。


「……へぇ」


 静かな部屋に響く、ベアトリクスの声。


 サイドテーブルのお菓子を摘まみながら、足を組み直す。


「ただの"契約"関係じゃなさそうね。あの姫様相手によくもまあ」


 プリムは、ベアトリクスを一瞥した。

 納得したように目を細める。


 商工組合のトップというから、どんな手合いかと思ったら。

 "性格のねじ曲がり切った経営者"とは言ったものだ。相手から何かを引き出すためなら、古傷だろうと宝物だろうと平気で抉る。


 ライラックは、フウタのことをかなり伏せていたのだろう。

 だからこそベアトリクスは、フウタからフウタ自身の情報を吐き出させた。


 下手をすればプリムより年下ながら、王都商業の頂点に君臨するだけのことはある。


 もっとも――。


「流石に、フウタくんクラスの本気の闘気を正面から食らったら平静じゃ居られないか」


 ぽつりと呟いた。


 小箱を弄ぶその手が微かに震え、こめかみに小さく浮かび上がった玉汗を、プリムは目敏く捉えていた。


 しかしそれでも商工組合のトップは何一つ堪えた様子がなく、余裕とばかりに欠伸を1つ。


「姫様はあんたのこと何も教えてくれないのよ。仕事の為にも不確定要素は排除しておきたいのがあたしみたいな人種でさ。ま、すぐにボロを出してくれたわけだけど」

「謝れよ」

「……はい?」

「人を侮辱してそのままなのか、お前」

「あーはいはい。武人ってのはどいつもこいつもプライドが高くてやりやすいわ。ごめんなさいねー」

「違う」


 は? とベアトリクスが改めて顔を上げる。

 そこには、プライドとは全く無関係の怒りを堪えた男の姿。

 ベアトリクスはすぐさま前言を撤回する。


「…………姫様には、後で言っておくわよ」

「確認するからな」

「……ふーん」


 怒りそのものが消えた様子はないが、それでも矛を収めたような感覚。

 ようやく息がしやすくなったと、心の奥底でベアトリクスは嘆息した。


 ただの武人かと思いきや、最早忠義の騎士ね。


 そう、1人思考を巡らせて。それならそれでやりようは幾らでもあると、改めてフウタに向き直った。


「じゃあ何、あんたは姫様の密命で人探しでもしてるわけ?」

「それは――」


 口を開きかけたフウタの横から、プリムが割り込んだ。


「そんなこと聞いてどうするのさ」


 腰を下ろしたフウタの横で、プリムがベアトリクスを見据える。

 すると彼女は、片眉を上げて挑発的に言い放った。


「……ああ、そういえばおまけが付いてたわね」

「おまっ……」


 笑顔のプリムに青筋が浮かんだ。


「取引取引うるさいんだからさ、人にものを聴く時には何かを差し出したらどう? 小箱をどこで手に入れたか言えば答えてあげるよ」

「じゃあいいわ。そんなに興味ないし」

「こいつ……!!」


 ひょいぱく、とお菓子を摘まみながら肩を竦めるベアトリクスに、プリムは負け惜しみ気味に呟いた。


「そのままぶくぶく太れブタが」

「なんか言った?」

「そのままぶくぶく太れブタが」

「隠す気無いのね」


 やれやれ、と呆れつつも怒ったような様子はなく。

 ベアトリクスという"経営者"は、想像以上にやりにくい相手ではあった。


 散々人の心を逆撫でする癖、自分は悪口雑言には慣れっこのようでどこ吹く風。悪意害意にも耐性があるのだろう。初見のフウタの本気でさえ、多少の震えと冷や汗だけで、涼しい顔で凌ぎ切った。


 "性格のねじ曲がり切った経営者"。その言葉の意味を、徐々に理解してきたフウタだった。


 ライラックがフウタのことを伏せていたと聞かされては、フウタもあまりベアトリクスの口車に乗って、気づかぬうちに情報を吐かされるのは御免だ。


 とはいえ、コローナの手がかりはここだけ。


「その"対価"によっては、お前はコローナを俺たちに引き渡すことも考えるってことか?」

「コローナ?」

「とぼけるなよ。あんたは俺たちをその小箱で挑発した。小箱が誰のものか、そして俺と姫様とコローナの繋がりを知ってなきゃ、そんなこと出来ない。最終的には姫様に対して何かしらの手札が欲しかった。そういうことだろ、さっきから言いたいのは」

「さぁ、どうでしょーね。他にも色々、ケースはあるかもよ?」

「俺が聞きたいのは、"対価"に何を求めているかってことだよ」

「……ふーん。条件提示をあたしにさせるってことね」


 少し、ベアトリクスの空気が変わった。


 思考に目を泳がせているようでいて、違う。

 まるで用意していたものを脳内から引っ張り出すように、彼女は愉快気で楽し気だ。そのさまはまるで、最初から条件を提示する腹積もりだったよう。


 ――最初から自分が条件を提示すれば、それは"自らがコローナの動向を知っている"と吐くようなものである。ついで、彼らが情報を自分から引き出したことになる。


 ――必要なのは、恩。本質はどうあれ、彼らが全て選んだという事実。オルバ商会は、徹頭徹尾"姫様のお気に入り"のお求めに答えただけのこと。



「迷うなー。どれにしよっかなー」


 年頃の少女がプレゼントを選ぶような声色で、人の命と金を天秤にかける。


 そして、フウタを見据えた。


「じゃあ、選ばせてあげるわ」

「なに?」


 指を三本立てて、ベアトリクスは嗤う。


「1つ目。今ここで死んでくれない? 後のことはそこのおまけに任せてさ。証文は書くし、あたしの持ってる情報は与えてあげる。王都の戸籍がないことくらい知ってんのよ。控えめに言って、存在が邪魔」

「……それは、聞けない。俺はライラック様の支えで居ると誓ったんだ」

「あっそ。後半は要らないから次からは宜しく」


 ぺいぺい、と手を払って、煩わしそうに首を振る。

 その在り方1つ1つがフウタを苛立たせるのだが、おそらくこの女はそれを分かっていてやっている。


「2つ目。姫様の動向をあたしに流すこと。何の情報を抜いてもらうかは後で指定するわ。そのメイドを助けたいなら、親愛なる姫様の信頼は諦めなよ。あんたにとって、人の命と殿下の情報、どっちが大事なのかなー?」

「っ……」


 拳を握るフウタに、ベアトリクスは「じゃあこれが最後だけど」と言って三本目の指を折った。


「3つ目。うちの用心棒に殺されなかったら考えてあげる。あたしこう見えても、乱闘を安全なとこから眺めてるのが好きなのよね。死んだら死んだでまあ、どんまい。生き残ったら、この小箱あげる」

「……それで良いのか?」

「ん? 別にあたしはどれでも構わないけど? 乱闘見られたうえにあんたが死んだら、それはそれで笑える見世物だし」


 きょとん、と童女のように首を傾げてベアトリクスは告げる。


「まあ、3つの中から選んでちょうだい。あたしはどれでも構わないのよ。結構譲歩したんだし、これ以上はまからないから宜しく」

「……選択肢は1つだけだ」

「へえ。どれ? 1つ目?」

「3つ目だ」


 そう言って、フウタは立ち上がった。


 その背を、プリムは目を細めて見つめる。

 ――おそらくベアトリクスがコローナと接触したことは、ほぼ確信したのだろう。

 今の彼には、全くと言っていいほど余裕がない。


 だからといって、心配するかと言えば、答えは否だ。

 どんな奴が出てこようと、フウタが負けることはない。ちらりとベアトリクスに目を向ければ、彼女は既に外へ繰り出す為の命令を周囲に下していた。


 プリムとフウタを案内させ、1人残った部屋で彼女は呟く。


「うちの用心棒の相手して、死なないようなことがあったらまぁ――」


 ベットするのは、"お気に入り"の命。

 賭けの対価としては、悪くない。

 だから。


「――例の話、考えてあげなくもないわ。ライラック」


NEXT→1/19 19:00

何となく月内に終わらない気がしてきたので、今日明日は19:00にも投下します。

結構この辺尺取っちゃうし。あと感想に何のとは言わないけど難民が多い……。

今のところ無理はしていないので、のんびりお楽しみください。

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