10 フウタ は やりつかい と はなしている!
「私さ。お兄ちゃん見殺しにしたことあるんだよ」
「みごろっ……!?」
その穏やかならぬ一言は、さほど大きな声ではなかったにもかかわらず、はっきりとフウタの耳に届いた。
この街一番と謳われる商会の本部へ向かう道中。
互いに有り余る体力を脚力に集中させながら、しかし紡がれた言葉は意識を相手へと移すに十分で。
プリムはその黒の二房を靡かせながら、視線は真っ直ぐに前を向いたまま、特に感情を載せずにぽつぽつと語った。
「うちってほら、世界三大槍術の総本山じゃん。兄妹揃って鎗の修行続けて、楽しくやってた。で、こう言っちゃなんだけど、あたしの方がお兄ちゃんより強かったんだよ」
「だから調子乗っててさ、お兄ちゃんの制止も聞かずに危ない山ん中飛び込んでさ。お兄ちゃんは私より弱いくせに、必死で妹守る為に追いかけてきた」
「よくある話だよ。強かったのは腕だけで、勇気も愛情も、意志も。全部、お兄ちゃんの方が上だった」
「山の中に出てきた魔獣を、私は頭でっかちな知識だけで倒せると思って、冬眠前の気性の荒さを知らずに命の危機。それをお兄ちゃんが庇ってくれて……逃げろって言われたのに腰が抜けて逃げられなくてさ」
「こう言っちゃなんだけど、多分あの時、頑張れば私はあの魔獣殺せたんだよね。技量だけで言えばさ。だから、悩んじゃったんだよ。どうする? って。逃げるか、お兄ちゃん守って戦うか」
「どっちか選べていれば、お兄ちゃんは――目の前で食われずに済んだんだ」
だから、とそこで言葉を切って、隣を走るフウタに目を向けた。
「誰かの命の危機にあって、"動かない"という選択だけは、私は二度としないと決めている」
「プリム……」
「そんな目で見ないでよ。十歳もいかない頃の話だ。心の中で整理はついてる。ただ、二度と御免だというだけだよ」
十歳も行かない頃。
無邪気な少女が目にした、大切な人を目の前で食い殺された記憶。
彼女はあっけらかんと口にしたが、それがどれほど恐ろしい想い出なのか、今のフウタになら分かる。
もし、自分の迷いのせいで、ライラックが、コローナが死んだとして。
果たしてフウタは、もう一度立ち上がることが出来るだろうか。
分からない。
分からないが、想像したくもない話だった。
――決して、フウタとプリムは気心知れた仲良し同士というわけではない。
過去を打ち明けるのは、友人に自分を知って貰おうとする意思ではない。
一瞥すれば、涼しい表情の中に灯る、プリムの強い感情が目に映った。
人通りの無い裏路地を、一歩一歩強く蹴る。
フウタは一瞬だけ目を閉じて、そして言った。
「ありがとう」
「別に礼を言われるようなことではないさ。1ガルドにもならない自分語りだ。ただ――今のキミを激励する自分語りであったことを望むよ」
「十分すぎるほど響いたよ。何が何でも、俺はコローナを見つけ出す」
「そうだね。ま、おかげで私は、キミのことも探し出したわけだし?」
「ああ……動かない、ということだけはしない、か」
「……フウタくん」
1つ息を吐いて、彼女は言った。
「一番大切なのは、その人の命を守ることだ」
「……ああ」
リヒターの言う"借り"がどの程度のものだったかは分からない。
もしかしたら、プリム1人を派遣して、それで貸し借り無しなら安いものだと思っていたかもしれない。
それでも。
そうだとしても。フウタにとっては十分すぎるほどの恩恵だった。
そして。
「……ここが、商工組合のトップが居る商会」
ようやく、辿り着いた。
フウタとプリムの前に建っているのは、メインストリートから一本外れたところにある巨大な屋敷。
商会の本部らしい門構えに、見張りが何人も立っている。
「警備が厳重なのは当たり前だけど」
軽く呼吸を整えて。
自然な素振りで屋敷に近づきながら、プリムが呟く。
フウタも頷いた。
「空気は、日常的なものじゃないな。ピリついてる」
決戦前夜とは言わずとも、何かしらの命令が改めて下された直後のような、張りつめた空気。
警備兵らしき者たちには、商会の特徴的なシンボルじみたものは見られない。
あの裏路地の男たちの言うことを信じるならば、その商会の者たちは揃いの何かしらを身に付けたり、身に纏ったりしているはずだ。
「出張所とか、出してる店の方に行った方が良かったか?」
「うろついている連中、と言っていたから本部の人間でしょ。支店の人間がコローナを探しているという可能性も無くはないけど」
「本部の人間の方が可能性が高いなら、そちらから、か」
「そういうことだね」
2人で頷き合い、歩みを進める。
実際、この空気感は異常だった。何か隠していますと言わんばかりだ。
とはいえ、それがコローナのこととも限らない。
この屋敷に出入りする人間の1人でも捕捉出来ないかと思案していたところで、ふと声が掛けられた。
「ねえ、そこ行く2人さぁ。てゆか、そこの男の方さ」
屋敷の入り口に立っていた少女が、にたにたと嘲笑にも近い表情を浮かべて、フウタを見据えていた。
「……はい」
振り返り、フウタは目を見開く。
燃えるような赤い髪はツーサイドアップ。
聡明というよりは狡猾そうな鋭い瞳。
身長は小柄ながら、持つ雰囲気はあまりにも自信にあふれたそれ。
「あんた、姫様のお気に入りでしょ? ちょっと話さない?」
「ちょっと、フウタくん。何を驚いてるの? 知り合い?」
プリムの言葉も耳に入らない。
目の前の少女を知っている訳ではない。
だが、彼女がその手に弄んでいるものは。
――見覚えのある、小箱。
ライラックがいつも部屋にかけていて。
フウタが貰ったばかりのものと同じ。
驚愕の表情を目にして、心底愉快そうに彼女は口角を上げた。
「はろはろ。あたし、ベアトリクス・M・オルバ。性格のねじ曲がり切った"経営者"でーっす」
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