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09 フウタ は コローナ を さがしている!




 ――翌朝。フウタの私室。



「失礼します。昨夜はお戻りでなかったようですが……朝食をお持ちしました」


 ノックにも、返事はない。

 困ったように首をかしげ、"侍従"の少女はゆっくりと扉を開いた。


 お休みなのであれば、そっと扉を閉めて退散。

 在室の場合も、静かに退散。

 ただ、客人に何かあった際や不在の場合は別のマニュアルがある。


 しかして、その部屋には誰も居なかった。


「……またですか」


 "侍従"たちは、この部屋の客人と触れ合うことはあまり無い。


 何せ、固定のメイドが1人ついていたからだ。それも、王女殿下直々の命令で。

 そのメイドが居なくなったせいで、王城の様々なスケジュールも支障をきたしている。

 挙句、昨日は彼女の不在を知るやこの客人も飛び出していってしまったから、王城は今小さな騒ぎになっている。


「食事を取られたという話も聞きませんし……あら」


 侍従の少女はそこでふと気付いた。

 鳴りっぱなしのオルゴールに。


 明るく楽しい音楽だ。今のこの状況には似つかわしくないほどに。


 彼女はそっとそのオルゴールの乗ったサイドテーブルに近づいて、ゆっくりと蓋を締める。

 それだけで、音楽はぴたりと止まった。


「鳴りっぱなしだと傷みますしね。パッと見た感じ見当たりませんが……ぜんまいを巻き直しておいた方がいいのでしょうか」


 そこまで考えて、首を振った。見たこともない形のオルゴールだし、下手に弄って壊したらと思うとぞっとする。


 だからこれでよし。


 そうして部屋の掃除をして、彼女は冷めた朝食をワゴンに乗せて戻っていく。


 そこでふと気が付いた。


 昨日、慌てて出て行った彼が鳴らしっぱなしにしたオルゴール。


 それが今も鳴っていたということは、彼はあの時から一度も、部屋に戻っていないということではないかと。
















 日が昇り切った頃。フウタの姿は、王都の裏路地にあった。


 昨日の夕暮れから真夜中、そして朝方にかけてひたすらに1人の少女を探し続けていた彼は、しかし全くと言っていいほど疲れを見せず、次から次へと駆けまわる。


 そこに恥も外聞も存在しない。

 立場がどうとか、王城の客人だからとか。


 元々そんなものは頭の片隅にもない男だ。


 ただ愚直に、誰も彼もに頭を下げて、必死に聞き込みを続けていた。


「あぁ? 知らねえなあ」

「そ、そうか……」


 裏路地のスラム。

 この街にやってきたばかりの頃、ライラックと出会った場所。


 冷たい石畳で寝起きする者たちへの聞き込みはしかし、難航していた。


「そんな嬢ちゃんいたら、俺たちゃほっとかねえわな!!」

「違いねえ!!」


 げらげらと品の無い笑い声。


 知らないというのなら仕方ないと、フウタが背を向けようとした時だった。



「――ねぇ。ほんとに知らないの?」



 す、と男の首元に輝く銀の刃。


「ひっ」


 彼の背後から乗せられたその得物に、フウタは目を丸くする。


「細かい情報でも、教えてくれたら1万ガルドくらいあげても良いんだ。まあ、知らないなら用はないけど」


 得物の名は十字鎗:蓬莱。


 なんとなれば一息で喉元を掻き切る十文字は、怯えた様子の男の顔を反射する。


「ぷ、プリム?」

「よっ。やっぱりここに居たね、フウタくん」

「何をするんだ、この人は何も知らないと」

「ふーん、じゃあ――要らないね」


 耳元で囁かれる死刑宣告。

 泡を食ったように男は首を振った。


「こ、細かい話で良いなら! ある!!」


 今度はフウタが目を見開く番だった。


 やっぱりね、と呟いたプリムは十字鎗を彼から離すと、器用にくるくる回転させて自らの背に納めた。


 そして、フウタと並び立つ。


「じゃ、キミたちの知ってること、聞かせて貰おうじゃん」

「そいつ自体は見てない! でも、あんたらと同じように、昨日の朝にその女を探してる奴らなら居た!」

「へえ。どんな奴ら?」

「変装はしてたが、顔に見覚えがあった! 王都をよくうろついてる連中だよ! ほら、どこぞの商会の!」

「ふーん。まあ、そこまで絞り込めれば充分かな」

「じゃ、じゃあ……」


 ほら、とプリムは1000ガルド紙幣をばらまいた。

 すぐさま男達で取り合いになるのをよそに、フウタを引っ張ってその場をあとにする。


「……何も知らないんじゃなかったのか」

「情報は、"飴と刃"だよフウタくん。基本じゃないか」

「そうか……そりゃそうか……」

「どしたのさ」

「いや、飴を与える側に回った、という考えが抜け落ちてて……」

「お金はちゃんと持ってなよ。王女様に頼むなり何なりしてさ」


 やれやれ、と首を振るプリム。


「でも、どうして俺のところに?」

「私の雇い主から伝言。王女様に言伝してくれた件は、これで貸し借り無しだって」

「リヒターさんが――あっ」


 思い返せば、心当たりはフウタにもあった。


『お前も最早無関係ではない。というか、もうお前から言ってくれ。こっちはただでさえ国王陛下から戦費予算を組まされそうなんだ』


『財務卿として、貴族派としては、戦争は勘弁してほしいと』

『なるほど。それはたいそう、都合が宜しい』



 一応、リヒターからの依頼は果たしたことになり――そういえば、コローナの不在を伝えに行った時、彼はライラックの執務室に居た。

 何かの会議をしていたのだろうか。


「ということは、リヒターさんはライラック様と手を組んだのか!」

「……いや、うん、まあ。そうかもね」


 プリムは少し遠い目をした。

 口が、「かわいそうなリヒターくん」と動いていた。


 その黒の二房を弄りながら、プリムはすたすたと裏路地を抜けていく。


 時間が無いとでも言いたげな姿勢に、フウタも後を追った。


「それにしても、よくここが分かったな」

「ああそれ? キミぃ、噂になってるよ? 長身痩躯の男が、王城のメイドを探し回ってるって。情報戦はからきしだね」

「すまない。気が気じゃなくて」

「キミが動いていることを、下手人が知れば……まあ、良い意味でも悪い意味でも、リアクションはあるかもだけどね」


 私が調べたところでは、と前置きして、プリムは口を開いた。


「街門の衛兵たちに聞いたところ、彼女らしき少女が外に出た形跡は無し。入る荷物はともかく、出て行く荷物は全部チェックしているから、王都の外に連れ去られた可能性は極めて低い」

「可能性、か」

「そ、可能性。面白い概念だよね。でも、考えにくいところから排除していけるこのやり方は悪くないよ」

「となると、王都の中を探すのは間違ってないのか」

「そうだね」


 足早に駆けながら、2人は情報を交わしていく。


「役に立たないかもしれないけど、一応メインストリートの方では目撃情報は無かった。嘘つかれてたらどうしようもないけど」

「口止め料って馬鹿にならないし、メインストリートの店だったらそこまでけちけちしないと思うよ。だから、その目撃情報は一旦信用しておこう」

「分かった」


 時間が経つにつれ、焦燥は加速していく。


 ただ居なくなっただけ、出かけただけならば、ここまで不自然に目撃情報が乏しいはずがない。

 王都を出て、どこかに行った。それだけなら、まだ彼女の意思が見える。


 だが、現実は異なる。

 今の服装がどんなものかは分からないが、それでもあの美しい金髪は目立つ。もし隠していたとしても、それはそれで浮く。


 なのに、殆ど情報が出てこないどころか――どこかの商会が彼女を捜していたという話まで飛んできた。


「コローナ……何がどうなってるんだ……!」


 彼女の身を案じ、一度瞑目するフウタ。


「フウタくん。私はここに来てまだ日が浅いんだけど、王都でよく見る商会ってフレーズ、聞き覚えはある?」

「よく見る商会――いや、無いな」


 そう、商会の名前には、心当たりは無かった。


 だが。

 王都でよく見る商会の連中。


 そこまで聞くと、少し思うところがある。

 裏路地に陣取っているような彼らが"よく"目にする商会ということは、この街でも有数の商会ということになる。


「ライラック様から、聞いたことがある。この街を牛耳っている、商工組合のトップの話は」

「商工組合。なるほど、この国にもそういうのがあるんだね。そしたら、その商会の目印みたいなものを見つけて、もう一度あの浮浪者たちを脅そう」

「脅そうって、それはまた」


 随分な物言いだと思って、素直な感想を口にしただけだった。


 けれどプリムは足を止め、フウタを振り返る。

 その瞳には、どこか熱意のようなものが感じられた。


「――そんなこと言ってる場合なの?」

「……そう、だな。ライラック様も、よく"優先順位"が大事だって言ってた。俺の一番は、コローナを見つけることだ」

「――そう」


 なら良い、とでも言いたげに彼女はもう一度背を向ける。

 その割り切りの良さというか、動きの素直さというか。


 想像していたよりもはるかに意欲的にコローナ捜索を手伝ってくれているように思えて、ふとフウタは呟いた。


「……ありがとう」

「――そう」


 聞きなれたプリムの相槌。


 いつもならこれで話は終わりだ。


 コローナ捜索の為に必死な今は余計に、その"商工組合のトップが居る商会"に向けて急ぎ足。言葉を交わす理由はない。


 そのはずだった。けれど。




「私さ。お兄ちゃん見殺しにしたことあるんだよね」




 その一言が、駆けるフウタの心に突き刺さった。





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