04 フウタ は メイド と はなしている!
――夕刻。王城はフウタの私室。
「フウタ様フウタ様フウタ様っ!」
「はいはいどしたの」
日課の鍛錬、剣の素振りをしていたフウタにかかった声。
振り向けば、掃除を終えたらしきコローナが、「むふー」と何やら期待に満ちた笑顔を向けて、首から看板を下げていた。
【構って!】
「……えーっと?」
「えーっとじゃありませんよフウタ様っ! メイドはお暇様なのですわ、おほほほほほ!」
「お姫様みたいな言い方するなよ。なんだお暇様」
「フウタ様のベッドでころころするしかやることのないメイドの総称!」
「コローナしか居ないじゃないか……」
日課というだけあって、素振りの回数は決まっている。
ちょうど最後の一振りを終えたフウタは、軽く汗を拭うと。
「じゃあくるくるする?」
「お暇様ともあろうお方をくるくるしようなんて、頭が高いですのことよ!」
「敬う気が欠片も起きない……。何でも良いのか?」
「何でもいいからメイドの暇潰しに付き合ってっ!」
「そうだなあ」
まだ料理は見せられるレベルではない。
厨房で会った時よりは元気そうに見える。
なら、シンプルに聞きたい話もあった。
「コローナはさ、商工組合の会長さんって知ってる?」
「あー、あの性格のねじ曲がり切った"経営者"さんですねっ」
「共通言語なの!?」
「あの人がどうかしましたー? お金の無さそうなフウタ様とは無縁の存在に思えますけどっ」
「お金の無さそうなって……いや、事実無いんだが……」
別にショックを受けるほどではないが、金が無いせいで商工組合の会長と無縁、というのは中々くるものがあったフウタだった。
「いや、性格のねじ曲がり切った"経営者"って聞くと、気になるなと。どんなことしたらそんな風に言われるようになるんだ」
「なるほど、女の秘密が気になるお年頃なのね、坊や」
「女だってことも今知ったよ」
「まーあれですよっ。義理とか人情とか、ぺっ、って感じの人ですねっ。浪漫もへったくれもない輩だぜーっ!」
「ドライなのか?」
「ドライというか。儲かったもん勝ちみたいなっ? 『騙されたお前らが悪いのだー! わっはっはー!』 みたいな人」
「みたいな人」
「そうそう。みたいな人」
やけに声を低くして、舞台の悪役のような台詞を吐くコローナは、次の瞬間にはケロっとしていた。
いつも通り、平常運転だ。
「あ、あと」
「他にもなんかあるのか?」
「姫様の相方ですねっ」
「今までの色々を聞いた後にそれ聞かされるの、凄い不安だな……」
「たまに楽しくお話してますよっ。今日もそうじゃなかったけ。暖炉の前で2人、安楽椅子に足を組んで、『ふふふ』『あはは』と」
「こわいこわいこわいこわい」
そんな危うい人とでも、確かにライラックだったら渡り合えそうだ。
信頼しているからこそ思ったことだが、何だか嫌だと思ってしまうのは、やはりあまり善性の感じられない光景だからだろうか。
「まー、何の話してるのかは教えてくれませんけどねーっ」
「え、そうなのか」
「姫様とその人が繋がってるのは秘密ですし。ほぼほぼバレてますけど、証拠がない、みたいな?」
「なるほど。コローナなら証拠もゲットできるんじゃないか?」
「メイドが証拠ゲットしたところで、向こうがメイドの御命をゲットするだけだぜ……若いな小僧……」
「今度は誰が出てきたんだよ」
コローナは雑にモップを振り回し、キメ顔で言った。
「流離いの……無職剣士……名を、フウタ……」
「俺そんな空気だった!?」
「もっとしょっぱかった」
「しょっぱっ……!?」
ショックを受けたフウタだった。
と、そこでノックの音。
「フウタ、入りますよ」
「めいどー!」
「だから何でコローナが答えるんだよ」
ぱたたー、と駆けて行ったコローナが扉を開くと、ドレスから動きやすそうな簡易軍服に着替えたライラックの姿。
いつもの手合わせの時間だ。
「ライラック様。いつも言ってますけど、呼んで貰えればお部屋に行きますよ?」
「単純に手間が省けるのと……わたしはあまり、信用出来ない人間に使いをさせるのが好きではないので。護衛もまた然りですが」
「それは……分かりました」
信用できる人間、というのが、彼女の中にどれほど居るのか。
それが分からないフウタではないから、頷く他無かった。
「コローナはフウタに付きっ切りにさせていますし」
「姫様のご命令でフウタ様についてますからねっ! 姫様が仕事終わったことを、心を通わせて伝えてくれればすっ飛んでいけますがっ!」
ぺろりんっ、と舌を出すコローナ。
しかし、そんな彼女を見るライラックの瞳は、あまり感情を浮かべては居なかった。
「心を通わせて、ですか。なるほど?」
「おっとっとー? メイドったら姫様の心の声、聞こえないぞー?」
耳に手を当てて、ライラックの胸元に寄せていくコローナの悪戯げな表情。
しかしどうにもフウタには、なんというか"しっくり"こなかった。
まるで、ライラックとコローナの間に、本当に壁があるような。
『心なんて通っていません』
『姫様ったら壁貼っちゃってー』
なんて副音声が聞こえてきそうな――とそこまで考えて、やめた。
これが邪推であったとしたら、誰も愉快にならない冗談だ。
ただでさえ2人の様子――特にコローナはここ最近から――がおかしいのに、下手に虎の尾を踏みつけたらと思うと目も当てられない。
だが、静観するなんてことも、フウタには出来なかった。
自分にとって大切な2人が、同時に暗い雰囲気をさせているとなれば。
フウタにとっては全く受け入れられない事態だ。
「わたしの心の声が聞こえるなんてことになったら、コローナをそのままにしておくわけにはいきませんね」
「いやん、メイドったら何をされちゃうのっ? メイドのあられもない姿なんて、どこにも需要がないぞー?」
「さて、どうでしょうか。存外需要はあるかもしれませんが……別に、貴女にとってはそれすらどうでも良いのでしょう?」
「まあねー」
ぺろりんっ、と舌を出すコローナ。
ライラックは少し目を細めて彼女を見つめると、ふいに視線を逸らした。
「フウタ。行きましょうか。あまり遅くなっては、翌日に支障が出ます」
「あ、はい」
颯爽と歩き出すライラックの後を追い、フウタは扉を潜ろうとして。
ふとコローナを振り返る。
「姫様、フウタ様、いってらー! ばちばちにやりあってくると良いですねっ! 決闘のあとの熱い友情、交わしてけー?」
変わらぬ笑顔で手を振るコローナ。
視線を廊下に向ければ、真っ直ぐ歩き去るライラック。
フウタは一度目を閉じてから、ライラックの背中に声をかけた。
「あの! ライラック様!」
「……何ですか?」
「10日後に、コローナに俺の料理を振る舞おうと思うんです。その、日頃の感謝を込めて。だから――」
「――10日後?」
ライラックの視線が、鋭くフウタの背後に向けられる。
コローナはといえばどこ吹く風。
「……はい、10日後ですが、予定がありましたか?」
「いえ。……そうですね、日頃の感謝を込めて、フウタの手料理。なるほど。それで?」
「それで、えーっと」
「フウタ」
ピリついた空気の中、言葉を探すフウタに。
思いのほか優しい声が掛けられる。
真っ直ぐに見つめれば、緩い笑顔のライラック。
「気の利いた誘い文句を、わたしは待っています」
「あー……宜しければ。俺は、ライラック様にも召し上がっていただきたいと思っています」
「…………及第点ですね。良いでしょう。では、10日後はわたしも加わらせていただきます」
にこ、と微笑んで、彼女は再び踵を返す。
「いきますよ、フウタ」
「はい!」
歩き出すと同時、一度コローナを振り返る。
「メイドは、姫様が一緒なの大歓迎ですよっ、フウタ様っ」
「ありがとう! じゃあ行ってくる!」
ぶんぶんと手を振って、フウタとライラックが廊下の奥へ消えていくのを見送って、コローナは振っていた手をぎゅっと握った。
「思ったより、盛大な見送りになっちゃいましたねっ。まいったなー」
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