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王城散歩"コローナ"


「めいどー!」


 その日の朝も、元気よく扉が開かれた。

 ノックのノの字も無い辺りは"侍従"として壊滅的だろうが、残念ながらというべきか、彼女は"侍従"でもなんでもない、でもメイド、という謎の存在である。


「そんな、毎度ー、みたいに」

「えー、でもでもフウタ様っ、挨拶が出来て1点、メイドですよって主張出来て1点、〆て100点満点じゃないですかっ」

「残りの98点はどこから出たんだ」

「そりゃもう、決まってるじゃないですかーっ!」


 扉の向こうから、雑に引っ張り込まれたワゴン。

 温かく優しい、それでいて食欲を刺激する香りが部屋に吹き込む。


「メイド産、食糧庫の中のものあり合わせあさめしせっとー!」

「コローナ」

「はいはい、お騒がせお掃除メイドのコローナちゃんですよっ、スープに指でも入ってたかー?」

「さらっと恐ろしいこと言うな!? ……そうじゃなくてさ」


 私室のローテーブルに鮮やかにサーブされていく朝食は、いつもいつもレパートリーに富んだ代物だ。


 フウタには名前の分からないものもちょこちょこと存在する。


 刻んだ玉ねぎの載せられた薄切りステーキをメインに、パティが分厚くオリーブを載せたハンバーガー、魚のパイに数種の野菜のテリーヌ。香りの良い透き通った黄金色のスープに、ふっくらと焼かれた白パン。


 ライラックをはじめとした王侯貴族の口に入る料理に比べれば、手間のかからないラインナップではあるものの、それをフウタが知る由もない。


 彼の目にはいつもいつも、コローナの用意する食事が美しく見えた。


 あり合わせ朝飯セット、などと言うにはあまりにも豪華だった。


「いつもいつも、俺が食べたことないようなものばかりで、あり合わせなんて言うのは勿体ないよ」

「ふむー」


 気の抜けた声を漏らした彼女を見れば、どこか思案顔。


「どうしたんだ?」

「ぶっちゃけー、ほんとにあり合わせではあるんですよねっ、これがっ」

「そう……なのか?」

「そーそー。たとえばこれとこれとか」


 彼女が示したのは、いざフウタが食べようとしていたステーキと、野菜のテリーヌ。


「その肉、貴族の人たちは食べないけど、メイド的に美味しいと思ってるとこですね。よく分かんないけど玉ねぎと合わせるとやわっこくて美味しい。あとその野菜ごちゃ混ぜ固めですけどー」

「野菜ごちゃ混ぜ固め」

「基本的に王国貴族みんな野菜食べないんですねっ。メイド的には、野菜食べてる奴の方が長生きしてるイメージなんですけどっ。文化の違いっ!」


 いぇいいぇい、と両手でピースして動き回るコローナ。

 こんなメイドがちょろちょろしていたら食事中も落ち着けないと思う貴族が大多数だろうが、残念ながらフウタにとっては最早当たり前の光景だ。


 誰かと一緒に食事をするとは、つまりこういうことなのだ。

 という間違った認識まで生まれつつあるフウタだった。


「文化の違い、か。すげえ美味しいんだけどな。これが食べられないのは不憫とさえ思う」

「まー、その辺は向こうもそう思ってますよーっ。貴族の口に入るものは、下々には食べられないものなのだー! って」

「そうか」

「メイドは普通につまみ食いしてますけど」

「台無し!!!」


 バーガーをフォークとナイフで捌く。

 じんわりと溢れてくる肉汁が、朝からだというのに食欲をそそった。


「フウタ様、けっこー食べるし肉好きですし。メイドは作ってるだけでおなかいっぱいだぞっ?」

「いや、本当にありがとうな。……でもこの前も聞いたけど、ちゃんと食べてる?」

「食べてる食べてる、気が向けばいつでも食べてる食べてる」

「……」


 じ、とフウタの視線がコローナを見据える。


「この前くるくるした時、割と本気で思ったんだけど」

「お、なんだなんだー? やるのかー?」

「何を!? ……じゃなくて、本当にご飯食べてるよな?」

「食べてますよー? 食べないと動けなくなりますしーっ」

「……なら良いけどさ」


 首を振って、ハンバーガーを片づけるべく食事を進めるフウタ。

 元々が健啖家で、この2月ほどでどんどん体重も戻ってきた。

 殆ど全盛期に戻りつつある身体は、コローナの作った料理を次々と平らげていく。


「気持ちの良い食べっぷりですねーっ。作り甲斐のあるやつめー」

「どれもこれも、キミの作る料理が美味しいからだよ。……文化の違いって言ってたけど、コローナってどの辺の生まれなんだ?」

「そのへーんっ」

「……いや、言いたくないなら良いけどさ」

「女は秘密を着飾って美しくなるのよ、坊や」

「だからちょいちょい出てくる貴婦人誰なんだよ」

「ぺろりんっ」


 無理に話させる理由もない。

 彼女を不快にさせたい気持ちなど、これっぽっちも無いのだから。


 しかし、ふと思った。


 コローナが食べているというのであれば、無理に何かを食べさせることは出来ない。

 単純にフウタが要らない心配をしているだけなのだ。


 けれど、1つ。フウタが安心出来る方法を思いついた。


「コローナ」

「ぴっ?」

「良かったらなんだけどさ」


 ――俺に料理を教えてくれないか。


自分が作ったものなら、目の前で食べてくれるのではないか。そんな期待が少しあった。


『何で御礼言われるのか分かんないけど、メイドは言葉よりモノが好きです。感謝してるならご飯奢れー?』

『俺が稼いだら奢る奢る』


 奢るとは少し違うけど。日頃の感謝の気持ちは、もっとあった。













「コローナちゃんのぉ、やりたい放題くっきんぐー!」

「おー」


 ぱちぱち、と手を打つフウタ。

 ここは王城にある厨房の1つ。賄い用に用意されたこの厨房を借りて、フウタとコローナは仲良く隣り合って調理台の前に立っていた。


「本日の食材はー、こちらっ」

「えーっと……すげえデカい魚だな」


 フウタが見たこともないほどの大きさの魚が、盛大に横たわっていた。


「こんな新鮮な魚、どうやって持ってきたんだ?」

「さっきまで腐ってたっ!」

「なるほど……録術か……便利な……」


 海の魚だろうか。少なくとも、コローナの両手を広げたサイズ――ウィングスパンほどの体長と、彼女が抱えられるかどうかという幅を持っている。


「これは?」

「きんぐぽいずんっ!」

「――は!? 猛毒の魚じゃないか!!」


 キングポイズン。

 東側の海でしか獲れない特殊な魚だと聞いたことがあった。


「ちっちっちー」

「何がだよ」

「食べれるところは美味しいんですよっ」

「……ほんとに?」

「ほんとほんとっ! メイド、散々試したから大丈夫っ!」


 信じろ! と良い笑顔を向けるコローナ。

 彼女は長剣のような包丁を取り出すと、まず魚の両眼をむんずと掴んだ。


「魂抜けきってるから生きては無いけどー。それでも口に手ぇやるとめちゃめちゃ噛まれるかもだから気をつけれー?」

「噛まれる……? うわ、なんだこの牙!?」


 恐る恐る口元を覗くと、たった2本の牙があった。だがその牙というのが太く平たく……そう、まるでギロチンのように大口を開けて待っていた。


「嘴は茹でると美味(んま)い。とりあえず〆ちゃうぞっ」

「〆るって――」


 どういうことだ? と聞くよりも先に、勢いよく包丁が振り下ろされた。

 魚の脳天に一撃、ずどんと。


「これで、流石にもう動かないでしょう。いただきます」


 何故かここでカーテシー。一度目を閉じるコローナだった。


「何を」

「お前の命が晩御飯。かーんしゃっ」

「なるほどな……。じゃあ、いただきます」


 改めてその長剣のような包丁で、彼女は魚の腹部を開いていく。


「わっせわっせ」

「手慣れてるなー」

「ほれ、これたまごっ。猛毒っ」


 腹部を切開し、取り出した白い塊のようなもの。それがもうコローナが両手で抱えるサイズなのだが、ぽいっとフウタに手渡した。


「そんなべたべた触っていいものなのか……?」

「食べなきゃ平気ですよ。これ内臓っ。猛毒っ」

「ぽんぽん渡すな……」



 するすると包丁を入れて、キングポイズンの皮を剥いでいくコローナ。

 ちぇりおっ、という掛け声と共に尻尾付近からべりべりべりっ。


 魚を捌く姿に一切の迷いがない。


「これも猛毒っ」「これも猛毒っ」「これも猛毒っ」


 ぽい、ぽい、ぽい。キングポイズンを解体して、本当に身だけになる。


 そして、その身を手に取って、彼女は笑顔を向けた。


「……まさか、それも」

「これは――だららららららららあー、だん! 美味しいっ」

「そうか……良かった……ようやく食べられるところが……」

「ここ以外は食べられないとも()うー」

「なるほど……で、どうするんだ?」

「揚げりゅー」


 ざくざくと刻んだ魚の身に、「てきとー」と言いつつスパイスを振りかけていくコローナ。

 その手順もおそらく本人の中では決まっているのだろう。分量にも少しも迷いがない。


「あとはパン粉につけて揚げるだけー。簡単だろっ?」

「いや……なんだろうな」


 そこでようやく、フウタの戸惑いに気が付いたらしく、彼女は振り向いて首を傾げた。


「どしたー?」

「そう簡単にまね出来るものでもなさそうだなと」

「フウタ様なら、もほー! とか言って出来そうだけどっ」

「いやいや無理無理」


 目の前にいる相手でもないのに、模倣することは出来なかった。


 それに。


「うっかり毒を間違えたりしたら、コトだ」

「あははっ! べーつに平気ですよフウタ様っ」

「なんでまた」

「別に毒で死ぬなら、録術でどうにかなりますしっ」

「そ、そうか。なるほど……ん?」

「ん?」

「……この魚も、試したのか?」


 ぱちくりぱちくり。


「そりゃそーですよーっ。どこが食べられてどこが食べられないのか、他に試す方法なんかありませんしーっ」


 フウタは少し押し黙った。



 そして、コローナを見つめて、告げた。


「なぁ、コローナ」

「はいはい、お騒がせお掃除メイドのコローナちゃんですよっ」

「なんだか心配になる。命は大事にな」

「もちろん、命が無くなりゃ出来ることも無くなるぜー!」


 いえーい、と拳を突き上げる彼女からは、全くと言っていいほど危機感は感じられず。



「そんなことよりフウタ様っ、揚げたてですよ揚げたてっ!」



 絶えず、楽しそうな笑顔を浮かべていた。

【次 回 予 告】

めいどー!(挨拶

フウタ様フウタ様フウタ様ーっ!

続編だって続編っ。ねえ聞いてる? もお聞いてる? やだフウタ様ったらすっかり姫様の虜かー?

仕方あんめぇ、このメイド、それなら一肌脱ごうじゃないか!

フウタ様なんて知らないもん、読者様のハートは、このメイドが打ち抜いちゃうぞっ?☆


次回、たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。第二章っ!


「たとえば俺が、落とされる処刑の刃と打ち合ったとして」


――物語の幕が()け、剣士きたりて、頂に挑む。




メイド……ううん、わたしね。フウタ様と居られて、結構楽しかったよ。



NEXT→1/9 11:00 第二章開始。

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