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王城散歩"プリム・ランカスタ"




 ――王城中庭広場。


 麗らかな木漏れ日が差し込む、貴族たちの憩いの場。


 特にリヒターを中心とした貴族派にとってのホームであるこの場所は、例によって彼らの茶会が開かれていた。


 侍従たちが忙しなく給仕に勤しむ中、茶会そのものを遠巻きに眺めている少女の姿があった。


 艶のある黒髪を二つに結んだ、可憐な少女だ。

 その見てくれだけを目にすれば、貴族たちとて茶会の肴にと中心へ招き入れることだろう。


 だが、気だるげに抱きかかえるその十字鎗が、決して男を軽率な行動に移させない。


 まるで杖のようにその鎗に寄りかかり、面倒そうに茶会を見守ってはいるものの。彼女はそれなり以上に、彼らの護衛の役目を果たしていた。


 す、と目を細めると、彼女は振り返ることもなく呟く。


「ん……フウタくんか」

「リヒターさんに雇われたって話、本当だったんだな」


 果たして背後から隣に並び立ったのは、彼女がこの国にやってきた目的そのもの。元コロッセオチャンピオンのフウタ。


「滞在どうしようかなーとは思ってたんだよね。リヒターくんが雇ってくれるっていうから、結構好都合だったよ」

「そっか」

「……元気そうだね?」

「ん?」


 茫洋と景色を眺めているフウタを見上げて、プリムは片眉を上げた。


 ぐでっと鎗に寄りかかったまま、問いかける。


「あれだけボロカスに言われたリヒターくんと、今度手合わせするみたいじゃん?」

「ああ……そうだな。何でだろう」


 広場の隅に用意してある野鳥の水飲み場では、楽しそうに小鳥たちが水浴びをしていた。

 そのさまを眺めながら、フウタは呟く。


「ボロカス言われるのが慣れてたから、っていうわけでもないんだよ。慣れてるのと、傷つかないのは違うしさ。コロッセオに居た頃は、慣れてはいたけどきつかった」


 でも。


「俺は1人じゃない。誰もが俺の敵ってわけじゃない。それを知ってからは、誰に何を言われても平気になれたかな」

「――そう」


 簡単な言葉を返すプリムの浮かべた表情は、思ったよりも優しいものだった。


「私はしばらくここに居ることにしたよ。キミもそうなんだろ?」

「俺は、しばらくというか。骨を埋めるくらいの気持ちかな」

「凄いさらっと言うね……。じゃあ好都合だ。もう、槍を片手にキミを追いかけまわさずに済む」

「……」

「そんな微妙な顔するなよ……」

「他にどんな顔が出来るんだよ……」


 どこに行こうと、プリムは槍を片手に追いかけてくるつもりらしい。

 そんな宣言をされて、どうしろというのか。


 困惑するフウタに、プリムは続けた。


「――1つ、お願いしても良いかな」

「俺に出来ることなら」

「どうだろ。分かんないや」

「……じゃあ、聞くだけ聞くよ」

「――そう」


 鎗に寄りかかるのをやめて、彼女はフウタと相対した。


「あの時言ったこと。私は、キミの心がどれほど傷ついていたのか知らなかったから、好き勝手言ったけど。その中でも1つだけは、約束して欲しいんだ。"私たち"のために」

「プリム、たち?」

「――そう」



『それぞれの想いを最強のチャンピオンにぶつけに来る。だからどうか。彼らの挑戦に背を向けないで欲しい』



「……私を含めて、チャンピオンへの挑戦権を持っていたメジャークラス――【天下八閃】は1人を除いて全員がコロッセオを辞めた」

「7人も!?」

「そうだ。今、コロッセオの興行収入は致命的な打撃を受けているよ」


 目を見開くフウタ。


 コロッセオには5つのクラスがあった。

 【天下八閃】は至高のリーグとされ、8人の闘剣士たちがチャンピオンへの挑戦権を巡って争う最も見栄えするリーグだ。


 中でも、フウタが居た頃の【天下八閃】は、チャンピオン戦の赤字を埋めに埋めて補って余りある、歴代最高のリーグとされ、その8人は例外なく大人気の選手たちだった。


 それが、1人を除いて全員辞めた。


「――キミに勝つために」

「……そう、なのか」


 しかし、プリムがそれを知っているということは。


「最後にコロッセオの噂を聞いた時、残ってるのは"アイツ"だけだったよ」

「"アイツ"って……つまり」

「そう。理由は聞いてないけど、"アイツ"だけはコロッセオを辞めなかった。風の噂で流れてきたのは――そう」


 プリムは、小鳥たちの水飲み場を眺めて呟いた。


 一羽を除いて全ての小鳥が羽ばたいたその水飲み場では、残された1羽だけが遊んでいた。


 その様は、フウタの目もプリムの目も――そして茶会に興じる貴族たちの目も奪うほどに美しく。




「どんなに弱い相手とでも激闘を演じて、興行収入を1人で支えてるらしいよ。"永遠の第二位"、"事実上のチャンピオン"と言われていた"アイツ"は今、"歴代最高のチャンピオン"としてコロッセオに君臨してる」

「……そう、か」

「――そう」


 フウタは目を閉じる。


 思い返すのは、いつもいつも全力で、コロッセオの誰もが諦めている中、1人だけフウタに本気で勝とうとしていた男。


『次は、絶対に勝つ!!!』



 あの時は、フウタの心に余裕なんて無かった。


 だから、彼のことさえ正面から見ていなかった。


 聞き飽きた、とさえ思ったのだ。




 そして。





『――どういう、ことだよ』






 初めての白星を与えた時の、彼の悲痛を想い出して目を開けた。






「だからさ。フウタくん。今、キミが救われているならお願いだ」



 プリムは改めてフウタを見上げた。



「私たちを救ってくれよ」



「闘いの中にしか生きられない、ただ上を目指す私たちの最大の壁だったキミに願う。どうか、逃げずに立ちはだかってくれ」



「私たちは、キミにとって何の価値もない路傍の石だったかもしれないけれど」



「私たちは、キミを超えるためだけに、刃を振るってきたんだ」




 その言葉は、フウタの心に染み渡った。



 だからこそ、フウタは頷く。



 プリムがフウタの目の前に現れた時と同様に。



「"分かった"」

「――そう」

「"受けて立とう"」

「――そう」


 頷いて。微笑んで。


「その言葉が聞けて良かった。……私も、キミを倒せる目算が立ったらまた挑むよ」

「……昔みたいに、手合わせはしないのか?」

「やめとく」


 ひらひらと手を払うプリムは言う。


「あの頃は、そうでもしなきゃキミに挑めなかったんだ。私がしたいのは手合わせじゃない。闘争だ。また何れ、何かを賭けて死に物狂いでやろうじゃないか」

「……そうか」

「リヒターくんでもつついて、王女様と何かの利権の奪い合いでもさせようかな」

「恐ろしいこと言うな……」


 何か面白いことでも起きないかなー、とプリムはぼやく。


 思ったより物騒な少女だなと、フウタは口角を引きつらせた。


 でも、ふと思う。


 十字鎗を使うという情報と、鍛錬の軌跡以外に彼女のパーソナリティは知らなかった。


 それは、他の【天下八閃】も同じこと。


 本当に、何も知らないまま生きてきた。


 だからこそ。


「――プリム」

「なにかな?」

「……再戦、楽しみにしてるよ」


 そう告げると、プリムは驚いたように目を見張って。


 ふ、と熱い息を吐き出した。




「やめてよ。今すぐ斬りかかりたくなるでしょ」




 ――それほどまでに、プリム・ランカスタという闘剣士にとって。


 "憧れ"が、真っ直ぐこちらを見ている事実は、たまらなく幸せなことだった。



【天下八閃:陸之太刀】

"常山十字の輝夜姫"プリム・ランカスタ

Equip=十字鎗:蓬莱

夜空の星々を想起させる常山十字槍術を巧みに扱い、多くの男性ファンを獲得した鎗使い。彼女から放たれる鎗は美しく壮麗で、踊り子のポール・ダンスをも凌ぐ艶やかさも相まって一躍人気となった。

メジャークラスでの格付けは六番目。まだまだこれから伸びしろがあると思われていた彼女だが、前チャンピオンの追放から一年で姿を消した。



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