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EP フウタ は メイド の もと に かえってきた!

 コローナとのエピローグを投下しなかった理由は、繋ぎのエピローグだからです。ライラックのエピローグは〆のエピローグ。

 この話を投下するということは、回収していないコローナの物語に手を付けるということであり。

 回収していないコローナの物語に手を付けるということは、続きを書くということに他ならないということであり。

 つまるところ。

 物語を続けるということである。


 頑張るのだわ。皆さん応援ありがとうございます!


 ライラックとの逢瀬を終えて、自室に戻るべく廊下を歩いていたフウタ。


 踏みしめる絨毯は柔らかく、窓から差し込む星明りは美しく。


 ふと見れば、廊下から見える鑑賞用の庭園からは、草花の優しい香りが漂って。


 こんなにもこの城は素晴らしいものに溢れているのに、自分は今まで何一つ気が付かなかったのだと、改めて思った。


 結局、これまでの人生で胸に穿たれた楔が、今の今まで完全には抜けきっていなかったのだろう。


 色んなことがあった。


 王都に来てからの1月は、本当に心が救われた。


 そして今日は、何より。


 自分がライラックに伏せていた感情を受け止めて貰えた。

 ライラックが自分に伏せていた感情をぶつけてくれた。


 もう、思い悩むことなど何ひとつない。


 だからこうして、清々しい気分で帰路に付けていた。



「ただいま」



 いつも通りに扉を開く。


 帰るべき場所があることだけで嬉しいのに、帰れば待っている人が居る。その幸せを――。




「……あれ? コローナ?」




 部屋は静まり返っていた。


 モップを振り回している姿も、ベッドで転がってフルーツを貪っている姿も、ピーナッツをジャグリングしている姿も無い。


 1つ1つ、いつも居てくれた少女の姿を幻視して、フウタは目を瞬かせた。


 扉の前に立ち尽くしたまま、部屋の隅から隅まで見渡して。


「……いないのか。出かけているのかな」


 先ほどまでの上機嫌が萎んでいくような想いだった。



 別に、彼女の行動を制限する権利はフウタにはない。


 彼女がどこに行こうと自由だし、そもそもこの部屋はコローナの寝泊まりする場所ではない。


 ただ、これまで毎日欠かさずフウタの留守を守ってくれていた少女の不在は、想定外だったというだけだ。


「……そうか。毎日か」


 ふと気づく。

 フウタがどこに行こうと、帰ってくると必ず彼女は居てくれた。


 一度も例外は無かった。


 それだけに、今までで一番嬉しい夜に彼女が居ないというのは、考えていなかったが故にショックだった。


「……いや、むしろこれまでずっと有難かったんだな」


 気付かなくて申し訳なかった。

 などと。自責の念にすら駆られるほど、先ほどまでの明るい気分が失われていく。


 誰も居ない冷えきった部屋に入って、近場にあったソファに腰かける。


 部屋だけは立派だった、チャンピオンだった頃を思い出した。


 誰も居ない、誰も現れない、誰も求めてこない、そんな一室。


 王者としての使命をこなすための牢獄。


 今となってはそんな風にさえ思うほど、この1月の暮らしで、フウタは人の優しさを憶えてしまった。


 だから。




「るーんぱっぱー、うんぱっぱー」




 そんな声が扉越しに聞こえてきた時、思わずフウタは席を立った。


 ノックの1つもせず、その少女は平然と部屋に入って来る。


 そして、フウタを見るなり少し驚いたように目を丸くすると。


「きゃー、ふしんしゃー!」


 それだけ言って、抱えていたバスケットをサイドテーブルに置くと、いそいそと何かをぺたぺた壁に貼り始めた。


「……いや俺の部屋だよ!」


 完全にフウタの存在はスルーされた。


「えっと……」

「ぱっぱらぱっぱらうんぱっぱー」

「……あの、もしかして怒ってたりする?」


 フウタそっちのけで何かをしている彼女に、フウタは恐る恐る問いかけた。


 別に怒られるようなことに心当たりはない。

 ただ、明らかに自分を無視されていることには気が付いた。


「ほ?」

「いや、聞きたいのはこっちなんだけど。あの……おかえり?」


 コローナがフウタの後から部屋に入ることなど、朝やってくる時と食事を運んでくる時くらいだ。

 それも、彼女の方から『出会え出会えー!』だの『めいどー!』(おそらく毎度ー! のもじり)だの『生きてろー?』だのと、彼女の方から何かしらアクションを起こしていたせいで、こちらから何と言っていいのか分からなかった。


 おかえり、と言われた彼女は一度目を瞬かせる。

 そして、吹き出した。


「やだなー。それはフウタ様の台詞ですよーっ?」

「……ん!? どういうこと!? 俺だよ!?」


 フウタならばコローナに"おかえり"と言って許されるらしいことは少し嬉しかったりもするが、そんなことより意味不明なこの状況。


「ふしんしゃさんめーっ。フウタ様が帰ってくる前には帰っておけー?」

「待て待て待て待て」


 なまじここに居るのがフウタではなく不審者だったとしても、不審者への対応が緩すぎるコローナだった。


「なんで俺偽物扱いなんだよ」

「そんなの決まってるじゃないですかーっ」


 口元に手を当てて、うぷぷと笑うコローナ。


「今夜はフウタ様は帰ってきませんよっ。姫様の部屋で朝までコースですねっ」

「しねーよ!!」

「メイドの勘は、当たるのよ。坊や」

「現在進行形で外してるよ!」


 そこまで言うと、コローナは頬を膨らませる。


「ぶー」

「え、抗議されるところなのか、これは」

「だってさー」


 ぺたぺたと四方の壁に何やら貼り付け続けていた彼女は、観念したように唇を尖らせてフウタに目をやった。


 そもそも彼女は何をしていたのだろうか。

 バスケットには、色とりどりの装飾。あれは王族のパーティに使うような代物だ。どこからパク――もとい持ってきたのだろう。


「偽物ってことにしておかないと、メイド、ちょっと沽券にかかわるというかー」

「沽券……?」

「部屋の主より帰りが遅いのはダメでしょ。もしお前が本物のフウタ様なら、寂しい想いをさせたことでしょう。よよよ」


 下手な泣き真似だった。

 だが、言っていることは事実だった。


「それはそうだけどさ」

「まさかの肯定っ」

「でも、むしろちょうど気付けて良かったよ。いつも居てくれてありがとう、コローナ」

「…………」


 少し、バツが悪そうに頬を朱に染めた彼女は。

 それでも赤くなった顔を努めて気に留めず、変なポーズで身構えた。


「さてはお前、本物のフウタ様!」

「ようやく!?」

「はー。仕方ないですねー。もー姫様と朝まで楽しんでこいよー。読みが外れたー」


 ぶつくさ言いながら、彼女はテーブルにぶら下げる鎖のような装飾をいそいそと付け始める。


「フウタ様、こっち持って」

「あ、ああ。何をやらされてるんだ俺は」

「フウタ様おめっとー会の準備」

「自ら!?」


 思わずツッコんで、後から聞きなれない文字列に気が付いた。


 フウタ様おめっとー会。


「……俺のおめっとー会?」

「そですよっ。パーティつまんなそーだったし。姫様とあれこれやるだろーなーと思ってたから、明日とか? そーゆーつもりだったんだけど……何帰ってきてんだよーっ」


 どつかれた。


「……コローナが祝ってくれるのか?」

「準備だけしてフウタ様1人で勝手に祝えー、って絵面酷いですねっ。それでもいーけど、今なら無料でメイドが付いてくるぞっ?」

「そうか……」

「お得っ! おまけが本体っ! 喜べー?」


 ぴょんこぴょんこ。


 楽しそうな彼女を見つめる目が、自然と細まった。


 わざわざ自分を祝ってくれる人が居るというのは、こんなにも幸せなことなのかと。


「ありがとう。本当に嬉しいよ」

「へー」

「戦いに勝って、誰かに祝われるなんてことは……殆ど無かったから」


 今しがた祝勝会を開催された身で何を、と思われるかもしれない。


 けれど、フウタにも伝わった。

 コローナが彼を想って、祝おうとしてくれていることくらい。


 だって内容はどうあれ、彼女の中では今頃フウタはライラックと楽しんでいる最中で。


 その時間にわざわざ準備して、ライラックと楽しみ終えたあとのフウタを祝福してくれようとしていたのだから。


 そんなこと、ただの義理で出来るはずもない。


 だから、彼女のこれは純粋な善意だ。そう受け取ったフウタの耳に飛び込んできたのは、これまた想定外な台詞だった。


「メイドも楽しかったですしねーっ」

「えっ?」


 顔を上げれば、飾りつけ中のコローナ。

 結んだ金の二房や、ふわっと膨らんだスカートがふりふりと揺れる。


 背中越しの彼女の表情は見えないけれど。


「あんな風に、"闘い"を楽しく思ったのは初めてでしたしっ。あまり気負わず応援出来るのも良いですねっ。……負けたって死ぬわけじゃないですし」

「そっか。……楽しんでくれたのか」

「フウタ様が勝ったから、尚のこと楽しかったですよっ。負けてたらティーカップ投げ込んでうおおお!ってしてましたっ」

「やめようね、陶器は危ないからね」

「てひひ」


 ああ。と、胸の内に起こる感情に、フウタは自分で驚いた。



 ――勝てて、良かった。



 だって、楽しんでくれていた。


 その言葉がどれほどフウタにしみる言葉なのか、きっとコローナは分からないだろう。


 何故なら、彼女は武人ではないから。

 戦いに、楽しさを見出した人間ではないから。


 けれど、だからこそ。戦いに華やかさを求めてなどいないからこそ、純粋にフウタを応援してくれた。


 楽しんでくれた。自分の闘剣を。


 それは間違いなく、コロッセオの頃の自分を救ってくれる言葉だ。


「……ありがとう」

「ってことで、祝うぞー! ほんとは明日のつもりだったんですけどねっ。フウタ様が付き合い悪く直帰なんてしてくるもんだから大変ですよもうっ」

「あーいや、もし不都合あるなら、俺は明日でも全然」

「メイドだって早くやりたかったんですよっ」

「――っ」


 出来ることなら。と、そんな言葉が間に挟まったような気がした。


「……そっか。じゃあ、どうしよ。なんかこう、どうすれば祝勝会になるのか分からないけど」

「楽しけりゃいいんですよ、何だって。どーしますっ? 勝ったーやったーって気持ち、全力で表現していけー?」

「……そう、だな」


 少し考える。


 勝ったー、やったー、という気持ち。


 それを表現するには、まだ自分には経験値が足りないけれど。


 勝利を喜んでくれた人が居る。それが一番嬉しいということだけは、フウタの中の真実だ。


 だから、彼女が喜んでくれるならそれがいい。


『くるくるしてください。コローナに出来ると言ったのですから、わたしにも出来るはずです』

『えっ』

『冗談です。そういうのは、彼女が喜びますからやってあげてください』




「コローナ、ちょっといいか?」

「はいはい、お騒がせお掃除メイド、コローナちゃんですよーっ。祝勝会の音頭は決まったかー!」


 拳を突き上げ、それこそ軍の音頭でも取るような彼女の声に頷く。


 そして、その華奢な脇腹を両手でつかんだ。


「ふぇ」

「よっと!」


 天井に突き上げるように持ち上げると、思っていたよりずっと彼女は軽かった。


「――え、あの、ふ、フウタ様っ?」

「……ちゃんと食べてるか?」

「お前を晩御飯にしてやろうかっ! ――てゆか、なに、なにこの、捕獲!? メイドが晩御飯!? 祝勝会の七面鳥みたいな感じに!?」

「そうじゃなくて。ほら、勝った時に言ったじゃん。両脇抱えてくるくるーって」

「えーっ! ちょっとちょっとフウタ様っ、メイド、そんな子供じゃ」

「あれ、嫌だった? 姫様が、コローナはそういうの喜ぶって」

「あの女!! もうほんとあの女!!」


 嫌だったなら降ろそうか。

 そんな風に眉を下げるフウタに、持ち上げられたままのコローナは小さく可愛らしい溜め息を吐くと。


「はふぅ……ま、いっか」

「コローナ?」

「おらおら、まわせー!! 有言は実行するものですよフウタ様っ! ちょっとこの至近距離で見つめられ続けるのも照れるものがありますしっ! どんどん回して風感じて気にする余裕もなくしてけー?」

「そ、そうか! じゃあ遠慮なく」

「きゃー!」


 くるくると――否、ぐるぐると。

 それはもうフウタの鍛え抜かれた膂力により、本当に風の音しか聞こえなくなるほどの大回転。


 意外と楽しくなってきたコローナはテンションをどんどん上げて、心の底から嬉しそうに笑う。もっともっとまわせー、という声すらフウタには届かなくなった頃に、彼女は小さく、儚げな笑みを浮かべて呟いた。



「……ま。いっか。いつまでこうして遊んでられるかもわっかんないしっ」


 人生は太く短く!


 そう心に決めている彼女は、その一瞬だけの表情の変化を見せるに留めて、またフウタに満面の笑顔を向けた。


「いっけー!!」

「――よし、限界までやってやる!」



 ――無論、誰よりも戦いに秀でたフウタが、その顔を見逃すはずもなく。



 静かに、夜は明けていく――。

 

挿絵(By みてみん)


きたる2020/08/20

『富士見ファンタジア文庫』さまより、書籍第一巻が発売決定いたしました。

美麗な霜降さまのイラストは口絵はもとよりモノクロの挿絵が非常に素晴らしく、この第一章をより洗練されたものへと昇華してくださいました。

またエピソードの変更、加筆修正に加え、特別短編を添えてお届けいたします。

宜しければ是非、お楽しみください。

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