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03 フウタ は しょうじょ と であった!



「何故、急に手合わせを?」


 フウタの問いに、少女はあっけらかんと答えた。


「これを、運命と呼ぶかどうか。試したくなってきまして」

「えーと?」


 詩的な言い回しは、フウタには理解出来なかった。

 金持ちは道楽にも全力なのかな? くらいのことしか考えられない頭では、およそ彼女の言葉にロマンチックな返しをするなど不可能だ。


 そういう"職業"でもないのだし。


「この依頼を出すのは何度目かになるのですが……そも、わたしの前に現れてくれたのも貴方だけでした」

「それはそうかもしれません」


 彼女の闘気は、威圧感となって周囲を圧迫する。

 この辺りに寝ているような者たちでは、呼吸すらままならないだろう。


 確かにそういう意味では、依頼を受けたのがフウタでなければ、こうして会話することすら出来なかったかもしれない。


「その貴方が、"職業"によって苦しい想いをしたこと。遠い国からこの王都まで訪れたこと。……剣の腕が立つ、と自ら口にしたこと」


 すらり、と彼女は一本の剣を抜いた。

 エストック――中でもコンツェシュと呼ばれる刃渡りの長い刺突剣。


 少女は、ほぅ、と上気した熱い吐息とともに、切っ先をフウタに向ける。


「以上がわたしにとって大事なことでした。あとは――貴方の腕がわたしの想像通りならば、という期待ですね」

「……」


 報酬は別途。依頼は手合わせ。


 目の前の少女の腕は、おそらくコロッセオの猛者たちに匹敵する。


 なら、断る理由は無い。


 小さく、それこそ彼女にも聞こえないくらいの声で、フウタは呟く。


「たとえば俺が、チャンピオンから無職にジョブチェンジしたとして――やることは、変わらない」


 観客は居ない。


 けれど、最後の闘剣に臨む気分だった。


 これが最後と心を構えて闘えるなら、そんなに幸せなことはない。


「得物は、わたしの予備しかありませんが」

「それで構いません」


 降ろされたコンツェシュを前に、フウタは立ち上がる。


「相手の使う得物が、俺の得意武器だ」



 知れず。フウタの瞳が闘剣士のそれに切り替わった瞬間。


 少女は、フードの奥で身震いした。






「相手の使う得物が俺の得意武器――ですか」


 挑発と取ったのだろうか。

 彼女はフードを被ったまま、身じろぎすると熱い息を吐いた。


 依頼主を不機嫌にするのは本意ではない。

 困ったように眉を下げ、謝罪を口にしようとしたフウタだったが、彼女は続けた。


「……良い、台詞ですね」

「は?」

「言ってみたいものです。わたしも。そういうカッコいいの」

「は、はあ」


 金持ちの考えることはよく分からない。


 困った理由が変わってしまい、変わらず眉は下がったままのフウタだが、手元のコンツェシュを振るい、気持ちを改める。


「相手が降参と言うか、寸止めで勝利。怪我をさせるつもりはありません。また、あまり大声は上げないように」

「大声というと?」

「……ここに人が居る――ましてやわたしが居ることを、王都に知られたくありません」

「よくわかりませんが、わかりました」

「ええ。理由が分からずとも従う。そういうことが出来る人間は大変好ましいですよ」


 では、始めましょうか。


 彼女はそう言って、軽く距離を取った。


 少女が構える。フウタも、同じように構えた。


「行きますよ」





 しょうじょ が しょうぶ を しかけてきた!▼



 ブレるように彼女の姿が消えた。

 かさり、と小さく石畳をこする音がする。


 小さく頬に微風。


 気配は下。


 フウタは反射的にコンツェシュを喉の前に構える。


 火花。金属音。


 瞬きする間もなく、彼女はフウタに肉薄していた。

 連撃。繰り出される刺突は正確で、次々に人体の急所を狙い穿たんと押し寄せる。

 その全てを、同じコンツェシュの刺突で牽制する。


 突き刺し、引く。


 その動作の弱点は一呼吸必要になることもそうだが、それ以上に続ければ続けるほど速度が落ちるというものがある。


 攻めあぐねたのを察した刹那、すぐさま少女は飛び下がった。


「ふふっ」

「……俺は貴女のお眼鏡に適いましたか?」


 笑み。フウタも分かっていた。


 これはただの挨拶。


 見知らぬ相手がどれほど戦えるのかを調べる戯れ。


 うっかり殺してしまわないかどうか。


 相手がどこまでついて来られるのか。剣の、会話だ。


「さて、どうでしょう……これからですよ」

「……はい」


 ふわり、風のように少女は掻き消える。

 次の瞬間、右から気配――否、背後。


 鈍い音と共に振り返れば、少女は口元に弧を描く。


「コンツェシュの魅力は、刺突剣でありながら長い刃による薙ぎ払いも可能であること。背後から相手の頸を薙ぐくらい、造作もないということですね」


「避けるのが精いっぱいと思いましたが、振り返った上で受けますか。それはそれは――」



 ――余裕ですね。



 その呟きを残して、少女はまたしても掻き消える。


 この消え方も、魔術によるものではないとフウタは理解していた。


 緩急。その極限。緩慢に見せる動作と、機敏な動作の繰り返し。


 それが人の瞳を誤魔化し、消えたように見せるのだ。


 小柄な少女であるからこそ、より抜群の性能となる。



 だが、もう、"理解"した。



 背後に現れた彼女が下からコンツェシュを突き上げるようにフウタを狙った。


 ステップバックからの刺突や薙ぎ。


 ――知っている。


 対象の瞳を誤魔化し攻撃を狙うスタイル。


 ――知っている。


 我流が染みついているが、おそらく最初はどこか正統な流派の手ほどきを受けた美しい技。


 ――知っている。


「くっ……攻めきれませんか!」


 少女の熱が上がってきた。


 1、2、3、4。

 刃の閃きは的確にフウタの急所を狙う。


 その全てを受け流され、少女は一度足を止める。


「……既に想像以上で、もう、正直試しとしては合格なのですが」

「ですが、というと?」

「ちょっと、楽しくて困りましたね。――全力で行きます」



 言うや否や、彼女は乱雑にフードを脱いだ。


 フウタは驚いた。

 それはそうだ。わざわざ身分を隠していただろうフードを自分から脱ぎ捨てたのだ。

 その先に居たのが、銀世界のような髪を靡かせる絶世の美貌を持った少女とくれば、動揺もする。


 だがすぐにフウタも表情を戻した。


 彼女は実に獰猛な笑みを浮かべた、生粋の武人であったから。


《宮廷我流剣術:(デシュツ)


 繰り出されたのは、必殺とも呼べる彼女の技。

 宮廷で学んだエストックの剣術をコンツェシュを扱ったものに改良し、その上で編み出した篠突く雨のような刺突の連撃。


 手先が二十三十にも増えたように錯覚させるほどの最速剣技は、スプレッドのように拡散し敵を穿つ。


 だがそれすらも――知っている。


 フウタは、彼女の連撃を、全く同じ動作で迎え撃った。


《模倣:ライラック・M・ファンギーニ=宮廷我流剣術:(デシュツ)


 フウタは――模倣の達人だった。


 ただ模倣するだけではない。

 相手の持つ鍛錬の軌跡を瞬時に写し取る。

 相手がどんな鍛錬をしてきたか、どんな相手と戦ってきたか。

 その上で、どんな戦術を編み出してきたか。


 その軌跡を模倣する。

 その模倣を、コロッセオで相対した戦士の数だけ行ってきた。


 故に、最強。

 故に、無敗。


 相手の軌跡を模倣するそのさまを見て、観客は嘲笑った。

 信念のないパクり野郎、と。


 だが、誰も土を付けることは出来なかった。

 最後の最後、八百長による幕切れまで。


 たとえ、チャンピオンから無職にその身を落としたとて、彼の今まで持っていた、歴戦の猛者たちの軌跡までは失わない。


 遠く離れた王都にあっても、闘い方は変わらないのだ。


 そしてまた1ページ。

 目の前の少女という猛者が、彼の得た軌跡に加わるだけのことなのだ。



 狙うは背後。彼女と同じように緩急を付けて掻き消え、死角から急襲する。


「っ――あああ!!」


コンツェシュによる斬撃はしかし、少女の超反応によって弾かれた。

 驚いたのはフウタだ。しかし、なるほどとも思う。


 彼女の力量であれば防げなかったであろうこの一撃。

 しかしどういうわけか、彼女は背後や真上といった、所謂死角に対する反応だけは異常だった。


 別に、才能がどうこうというわけではない。単に、彼女が死角に対する反応を鍛錬し続けているという努力の賜物だ。


 何故かは、分からないが。分からなくても、構わない。


 ならば、真正面から打ち倒すだけのこと。


《宮廷我流剣術:(デシュツ)》を放ち切ったその瞬間、彼は続けざまに打ち放った。


《宮廷我流剣術:雷霆(グリジュモッド)


 彼女が放ってもいない、彼女の技を。

 阻む全てを突き抜ける刺突の一撃を。


「うそっ」


 連撃を放ったままに突き抜けてくる刃は、彼女の喉ぎりぎりでぴたりと止まった。


 "雨"によって弾かれた少女のコンツェシュが、からん、と地面に転がった。

















「こんなに楽しかったのは初めてです!」


 蒼く美しい瞳を輝かせ、少女はコンツェシュを抱いてそう言った。


「それは、良かったです」


 依頼主に満足して貰えたなら、それ以上に有難いことはない。

 別途報酬も入るという話だ。フウタは満足だった。


 それに。

 闘いを通してこんなに喜んで貰えたのも初めてのことだ。

 自然と眦が下がり、口角が緩んだ。


 どれほど酷い目にあったとしても、昨日ありつけたご飯に救われた。

そして、自分の磨いてきた技で、喜んでくれる人が居た。


 これは、他の誰にも分らない、フウタだけの感動だったのだ。


 もう少し、生きてみようと思うくらいには。


「……やはりこれは、運命なのやもしれません」


 少女の漏らした言葉に、フウタは顔を上げる。

 いったい何のことだろうか。


「試しは、上々。いいえ、最大級のものだった。貴方という剣士は、無職でありながら、ここまでの実力を練り上げ……わたしと出会った」


 紡ぐ言葉は流麗で、詠う声色は美しく。

 まるでおとぎ話の姫君のように、彼女はフウタに手を伸ばす。


「貴方を、当家の食客として招きましょう。条件は、わたしの望む時にこうして鍛錬を共にすることのみ。その他、衣食住の全てを保障します」 

「えっ……」

「本気です」


 とんでもない条件が聞こえたように思えて、ついフウタは聞き直した。

 彼女の望む時に鍛錬に付き合う。それ以外は自由。

 それだけで、衣食住が保障される。


「……良いんですか」

「貴方の価値をわたしが見込みました。他の者に否は言わせません」


 断る理由はない。

 どのみち、フウタに今後の宛はなく、生きていく保障も無い。


 だがあまりに条件が良すぎて困惑しているのを、どうにも渋っているように思われたようで。少女は、フウタの手を取って問いかけた。


「難しいでしょうか。入用でしたらお金はわたしの出せる範囲で幾らでも出しましょう。欲しいものは欲しいと言っていただけたら、すぐに手配します」

「や、いやいやいや。そんな恐れ多い」

「恐れ多い?」


 首を傾げる少女。ふわりと、その銀世界のような美麗な髪が揺れて、陽光に照らされて光が迸る。

 フードを被っていなければ、最初からこのように小首をかしげる度、美しい風景が広がっていたのだろう。


 フウタは、そんな見当違いなことを考えて呆けていた。


「恐れ多いだなんて、今更ですよ。なるほど、貴方を縛っているのは遠慮ですか。ならばこちらも、慮る必要はありませんね」

「へ?」


 ふわりと髪を払い、少女は自らの胸に手を当てた。


「わたしはライラック・M・ファンギーニ。この王国の第一王女にして、都の政を預かる者です。――ふふっ」


 少女は楽し気にフウタを指さす。


「貴方は王女に剣を向けたんですよ?」

「そんな脅しがありますか!?!?」

「――わたしに遠慮して渋るくらいなら、脅した方が単純というものです。いにしえの騎士のように、わたしに忠誠を誓うロマンチックな文言が紡げるというのであれば、それが一番よいのですが」


 王女だとか。剣を向けただとか。

 色々と言いたいことはあるけれど。


 それでもフウタは頭を掻いた。今更の話だ。

 もう、地獄ならとうに越えてきた。こんな嬉しい提案を、相手が望んでしてくれるというのなら。

 人生で一度くらい、幸せを願っても良い。


「フウタと言います。……気の利いたことは言えませんが」

「伴侶となるわけでもなし。それで構いませんよ――フウタ」



 冗談めかして笑う少女の表情は、とても可憐で美しかった。


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