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27 フウタ は ごぜんじあい に ひきだされた!




 ――王城城下、庭園。



 王都において御前試合とは、王侯貴族の前で催す武術の試合という他に、もう1つの意味を持つ。


 即ち、代理戦争。


 土地の利権や税、金品の価値。


 法による秩序と並び立つように、王侯貴族の一存で取り決めが交わされてしまうこの国において、物事の決着にはこうした代理人同士の勝負が使われることがよくあった。


 今回の場合は、――王女の騎士という大きな椅子を賭けて、リヒターは勝負をライラックに持ちかけた。


 それは黙された取り交わしではあるが、この場所に集う者たちは、何故の御前試合なのか薄々察しはついていた。


 誰もが神妙な表情で見守る中、2人の武人は前へと歩み出る。



「――闘剣士の試合とは、随分空気が違うね」


 きょろきょろと周囲を見渡して、プリムは気安く口を開いた。


 先ほど会った時とは全く違う雰囲気の彼女に一瞬気を取られるフウタ。


 だが、そんな彼を放って、彼女は勝手に話を進める。


「コロッセオの元チャンピオンと、挑戦者の試合にしては暗くない? 少し、盛り上げる必要があるかも」


 思案した風に口元に人差し指を当ててそう言うと、彼女は背の鎗を引き抜いた。


 そして。


 石突を地面に叩きつけるや否や、空を蹴るように舞い上がった。


 そのまま華麗に縦に回転し、着地。

 鎗を中心に駒の如く踊って魅せ、それから鎗を車輪のように振り回し、まるで舞踏のように鎗と舞う。


 最後には空高く放り投げた、くるくる回る鎗を掴んで、一閃。


 それは完成された剣舞だった。


 周囲からどよめきが上がる。


 思わずフウタも感嘆の息を吐いたほどだ。


 闘剣士の武術は美しい。それはよく口にされることではあるが、中でも彼女のそれは指折りだった。


「……見事なものですね」


 目を眇めたライラックも、紅茶片手に呟くほどに。


「おお……クリンブルーム卿の肝入りは、相当なものだな」

「あれならば、殿下相手にもやり合えるのではないか?」

「……それは分かりませぬが、いやはや、美しいものです」

「俄然、期待はかかりますな」


 小声で交わされる会話も、数が増えれば喧騒となる。


 周囲の視線が、生真面目なものから興味へと切り替わったことを肌で感じたプリムは、軽く周囲に手を振ってからフウタに向き直った。


「ざっとこんなもん?」

「凄いな。俺が真似をしても、同じ結果にはならないよ」

「だろうね」


 片や流麗な技を見せた女鎗使い。


 片や、王女に贔屓されている男。


 どちらを応援するかは自明の理だったのだろう。

 俄然、観客の雰囲気もプリム寄りになっていく。


 別にそれはいつものことだ。


 そういう意味でもコロッセオの空気に近づいてきた、と自嘲めいたことを考えて、それでもフウタは笑っていた。

 笑っていられる余裕があった。

 その理由は、言わずとも分かる。今のフウタには、支えがあるから。


 一方で。フウタは目の前の武人のおかしな点にも、ようやく気が付き始めていた。


 あれだけ敵対の意志を露わにしていたにも関わらず、友好的とも言える軽口。


 場を盛り上げようとした剣舞。


 軽く息を整える彼女の手を見て、フウタは目を細めた。


「さて、そろそろ始める? 私はいつでもいいけど。ところで合図ってどうなってるんだろうね?」


 ――震えていた。


 そして、彼女らしくない闘い前の軽口。

 目線も、きょろきょろと周囲を忙しく巡っていた。



 彼女とて、コロッセオで多くの戦いを経験した猛者だ。

 衆人環視に慣れていないということはあるまい。

 それに、フウタとの試合が初めてということもない。


 ひょっとして。


 誰かを人質にでも取られているのだろうか。

 弱みを握られているのだろうか。

 この試合に勝たなければならない、追い込まれた事情があるのだろうか。


「おい、プリム――」

「お前には、分からないよ」


 フウタの視線が自らの手に行っていることに気付いたプリムは、フウタの言葉を遮った。


 どこか儚げにすら感じる、笑み。


「……お前には、分からないよ。二年前、居なくなったお前には。目標を失って、そいつにいつか目にもの見せてやる為に、死に物狂いで鍛錬を続けた人間の気持ちなんて。――お前には、分からないよ」


 震える右手を、左手で抑えるように重ねて、彼女は続ける。


「気づかれちゃったのは恥ずいし、ダサいけど。ほら。私は、公式戦でお前の居るところに辿り着いたことは無かったよね?」


 問われて、頷く。

 練習試合と称して手合わせをしたことは何度かあった。

 彼女はその度に、『公式戦では勝つ』と口にして、怒りを露わに去っていった。

 だが、彼女は公式戦でチャンピオン決定戦に顔を出すことはなかった。


 コロッセオ指折りの使い手ではあったが、指で折れるくらいには腕利きが居たということ。


 それだけの話だった。


「――お前が居なくなってから、コロッセオは荒れたよ。多くの闘剣士が辞めた。私もその1人だ。何でだと思う?」


 儚げに微笑んで、彼女は呟く。


「お前が居なくなったからだよ。お前が居なくなったコロッセオでチャンピオンになったとして――それは本当にチャンピオンなのかよ」


 つ、と頬を涙が伝った。


「分からないだろうね。でも、"分かれ"。そして自覚しろ」


 首を振るい、瞳には強い意志の焔。


 鎗を構え、彼女は告げる。


 その言葉は即ち、"震え"への回答。


「私は今、初めて。チャンピオンへの挑戦権を得たんだ」


 緊張して、当たり前だ。そう告げた。






『――最強の剣士に挑みたいと思わない闘剣士がどこに居るんです?』







 フウタは瞑目して、同じように鎗を構えた。


 そして一言、彼女に告げた。


「"分かった"」

「――そう」

「"受けて立とう"」

「――そう」


 感じ入るように、彼女は頷いて。


 一触即発の張りつめた空気が、会場を覆った。







 ――どこにでも、空気の読めない輩というのは居るものだ。


「あの女で大丈夫なのですか?」

「聞けば、フウタとやらに勝利したことは無いとか」

「ひょっとして、何か既に仕込みをされたのですか?」

「なるほど、流石はリヒター様だ」


 この洗練された闘気の中でも、呑気に口を開く者たち。

 彼らは愚鈍なのか大物なのか。出来れば後者であって欲しいと願いつつ、半ばあきらめた態度でリヒターは首を振った。


「貴様らには分からんか。ただ勝ちたいという気持ちだけで人生を捨て、鍛錬と放浪に二年を費やした闘剣士の気持ちは」


 彼らには分からなかった。

 だがどうやらリヒターの態度を見る限り、自分たちの発言がお気に召さなかったようだとは理解して口を噤む。


「――どのみちこの御前試合は、あの女への情報料だ。勝てる勝てないは問題ではない」


 リヒターは、鎗を構える少女を見据えて呟く。


「そのあとにこそ、本命がある。悪く思うなよ、フウタ」


 続けて、リヒターは。


 迸る闘気に当てられて、愉快そうに頬を上気させる王女に目をやって。


 それから、鎗士2人に視線を戻した。




「だから、この試合は純粋に、僕が楽しむ為に用意したものだ」




 ――あわよくば、フウタの攻略法を探らせて貰おうか。


 武人としての獰猛な笑みは、奥で試合を見つめる王女とよく似ていた。



 試合開始の合図が鳴り響いた。

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