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25 フウタ は とりひき を もちかけられた!




 ――王城。フウタの私室という名の客室。



「不貞寝っ!!」

「せめて靴は脱いで飛び込んでくれ……」


 フウタのベッドにダイブしたコローナは、枕に顔を埋めたまま微動だにしなかった。


 ライラックは執務の為にと既に部屋をあとにしており、室内にはお馴染みの二人。


 それにしては、静かだった。


「おーい。……戻ってこーい」


 ふりふりとヘッドドレスが揺れる。

 どうも、否定の意志表明のようだった。


 参ったな、と頭を掻くフウタ。


「幾らでも構うぞー。今なら何でもやるぞー?」


 実際、コローナの機嫌が直るなら裸踊りでも何でもやるつもりでそう言った。


 そこにプライドは無かった。

 恩を仇で返すことだけは絶対にしたくないという、真面目が服を着て歩くこの男故の覚悟だった。


「――"無職"の力がどうこうってなに」

「あー、それは。その」

「2人で分かり合った顔しちゃってさーっ! メイドだけ仲間外れでさーっ!」

「ごめんごめん。ほんとごめんなさい」

「どーせ姫様と2人だけのひ・み・ちゅ(はぁと)なんでしょっ!」

「いや、ほんと、仰る通りで」

「メイドには武人がどーこーとかもさっぱりですしーっ! ぶじんってなんだよっ! ぶじんってっ! 悪口みたいですねっ! ぶじんぶじんぶじんぶじーん!!」

「わ、ほんとに悪口に聞こえてきた……」


 わけのわからない方向に当たり始めたコローナ。


「あまり足をぱたぱたするのやめなさい。スカートの中見えちゃうから」

「どーせ色気もへったくれもねードロワーズですーっ!」

「その情報も要らないから!」


 しかし、実際中途半端に情報を零してしまったのはライラックとフウタの二人だ。

 ライラックのことだから、ひょっとしたら別にコローナにだったら伝えても良いということなのかもしれないが。


 一応、2人だけの秘密ということになっている。


 自分がこうしてコローナに文句を言われるのは良いが、コローナとライラックには仲良くしてほしいのがフウタの心情だった。


「ちょっと、出てくるよ」

「ぶーぶー!」


 念のためライラックに許可を取りに行こう。

 そう思うも、断られた時にコローナがライラックに嫌な気持ちを抱くのを避けるため、敢えて黙って出かけようとする。


 そしてドアノブに触れた時だった。


 タイミング悪くノックの音。


「リヒター・L・クリンブルームだ。フウタは居るか」

「あ、ああ」


 リヒターがこんなタイミングで何の用だ、と首を傾げながら、フウタは扉を開こうとして、振り返る。


 コローナのあられもない姿を見せるわけにはいかない、という彼の配慮はしかし、無駄に終わった。

 彼女はしれっと録術でも使ったのか、ベッドを直し、そっぽを向いて床の掃除をしていた。……先ほど掃除したばかりの床を。


「どうぞ」

「失礼――ヤツも居るのか」


 リヒターは入ってくるなり、モップを持ったメイドを目視してとても嫌そうな顔をした。


「大丈夫ですよっ。今なら何を言われてもモッピーにモッピーしませんからっ」

「まずモッピーと呼ぶな不敬者」


 睨みつけつつも、様子がおかしいことに気が付いたのだろう。


「取り込み中だったか?」

「いや……まぁ、その」

「どのみち僕には関係のないことだが」

「そうか……」


 リヒターはそのままソファの一つに腰かけると、フウタにも正面に座るよう顎で促した。


 対面に腰かけたフウタ――の奥で、つんとした雰囲気のままモップを掛けるメイドを一瞥し、リヒターは眉間をもんだ。


「あー……とりあえず謝り倒しておけよ。女は怒らせると面倒だ」

「え、あ、どうも。気遣ってくれたのか?」

「見て見ぬふりをするには視界に入りすぎるというだけだ」


 一度息を吐く。


「で、何の用なんだ?」

「単刀直入に言う」


 鋭い眼差しを向けたリヒターに、自然とフウタの表情も強張った。


「明日の御前試合で負けろ。言い値を出す」












「うぉっしゅうぉっしゅ」













「何を言われてもモッピーしないと言ったじゃないか!!!!!」

「フウタ様に八百長ネタはNGですよっ、人としてっ」


 顔をモップで塗りたくられたリヒターに、フウタはハンカチを差し出した。ひったくるなり乱雑に顔を拭き、リヒターは顔を真っ赤にして吼える。


「てゆか、メイドが録術使えるの知ってて、よくこんなこと言いに来ましたねっ」

「別に、この現場を録術で取られようと取られまいと変わらん」


 それがどういう意味かは、フウタには分からなかったが。


 だが、懐かしい苦さを感じた。

 あの日、追い詰められていた自分が八百長に乗ってしまったことを、いつも後悔していた。


「リヒターさん。悪いが、断る」

「……金が嫌なら、女でも良い。こんなのよりもずっと上等な――おい止せモップを持って近づくな」

「違うんだ、リヒターさん」


 にじり寄るコローナと牽制合戦しているリヒターに、フウタは首を振った。


「俺は何を言われても八百長はしない。"反省"したんだ」

「フウタ様……」


 穏やかに笑みさえ浮かべるフウタの表情に、トラウマもストレスも感じられず、コローナは少し目元を緩めた。


「――何故だ。だってお前はっ」

「リヒターさんが俺の過去を調べたことは、何となく分かるよ。でも、俺はあれを人生で一番の恥だと思ってるんだ。だから、二度とやらない」

「ぐっ……」


 しかし、それでもリヒターは諦めなかった。


「この一戦だけの問題ではないんだ。これ以上、王女殿下の――」


 そこまで言って、ちらりとリヒターはコローナを見た。

 彼女が録術を使う気配がないのを見て、続ける。


「――殿下の専横を許すわけにはいかないんだ。国民のためにも」


 眉根を寄せるフウタに、リヒターは畳みかける。


「殿下の"職業"を考えてみろ。国王も工作によって騙されている。このままでは国が――」


 思わずと言った調子で腰を浮かせ、フウタの両肩を掴むリヒター。


 だが、フウタは彼を手で制すると、首を振った。


「なにを」

「関係ない。俺はあの人に命を拾われたんだ。俺は、コローナに言われて反省をしたんだ。もう二度と、八百長はしない」

「ぐっ……」

「あの人がどういう人であろうと、俺は受けた恩を返すだけだよ」

「……そうか。ならば――恨んでくれるなよ」


 邪魔をしたな、とリヒターは立ち上がる。


 そして、そのまま部屋を出ていった。


 閉じられた扉の音を最後に、部屋に静けさが戻る。


 構えていたモップを降ろしたコローナに、ふとフウタは問いかけた。


「録術、使わなくて良かったのか?」

「んー、別に。モッピーの本音聞きたかったですしっ。メイドも、姫様が何企んでるかは気になるところなんですよーっ」

「……それはまた」


 確かに、録術を構えればリヒターは何も言わなかっただろうが。


「でも、あまり政治にコローナが首を突っ込むイメージは無かったな」

「ばーかっ」

「えっ」

「お前が完全に利用されてるからに決まってるじゃないですかーっ。再三、ちょっと心配してやってるって言ったの忘れたかー?」

「……それは。ありがとう」


 でもまー、とコローナは呟く。


「さっきのことは、ちゃんと八百長しないって宣言したことで許してあげますかねっ」


 ぺろりんっ、といつも通りのコローナに戻ったことで、フウタはほっと一息。

 とはいえ、あとでライラックには話をしよう。


 そう決めたところで、ふとリヒターとの会話で気になる点があったことを思い出した。



「そういえば、王女様の"職業"って、"貴族"じゃないの?」

「あれ、知りませんでしたっけ?」


 コローナは一度首を傾げてから、告げた。



「姫様の"職業"は、ずるがしこーい英雄、って昔から言われてるアレですよ」

「え。実在する"職業"だったのか?」




「はい。――"奸雄"ですよっ」



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