24 フウタ は しょうり を ちかった!
――少し時は遡って、数日前のこと。
「ライラック殿下」
陽射しが差し込む王城の内廊下で、ライラックは背後からの声に振り向いた。
紅い絨毯を踏みしめ歩いてきたのは、リヒターを先頭とする貴族の集団。
ライラックに見据えられるなり慌てて頭を下げる後方の彼らと違い、リヒターは一度深く礼をすると、すぐさまライラックを真っ直ぐ見やった。
「すこし宜しいですか?」
「立ち話程度であれば」
「ありがとうございます。――先日のフウタ殿との手合わせは、まこと心躍るものでした。あれほどの腕前を見てしまえば、僕も1人の武人として彼がどれだけ強いのか見てみたいと思いまして。殿下は、いかがでしょう?」
謳うように紡がれる流麗な言葉は、貴族階級にのみ許された弁舌。
これが彼女に対する牽制、ないしは、フウタに対する警戒であることくらい、ライラックは察していた。
断れば、フウタの実力は軽んじられる。
少なくとも、ライラックよりも上だとは誰も"証明"が出来ない。
乗らざるを得ないだろう、というのがリヒターの考えだった。
そして、ライラックは乗った。
「そうですね。フウタがどれだけ強いのか。……まぁ、彼の強さを測る物差しなどこの世に存在するのか、わたしには分かりませんが」
ライラックは退屈そうに、その美しい髪を弄った。
一目見れば、深窓の美姫。そのまま黙って偶像としての使命を全うしてくれ、という思いは飲み込んで、リヒターは続けた。
「――御前試合を設けたいと思っております」
「陛下は不在ですが?」
「無論、仰る通り。ですから必然、ライラック殿下を始めとした王室の方々に加え、王宮の重鎮たちを招こうかと」
「……」
ライラックは少し考えた。
警戒しているのだろうかと、リヒターは視線を鋭くする。
実際、警戒しているように見えた。
少し経って、ライラックは頷いた。
「確かに、最近は王宮内での催しもありませんでした。王室の招かれるパーティにも、"都合悪く"足を運べない機会が続いていましたし、良い機会かもしれません」
都合悪く、とライラックは言った。
だが、それが真実でないことくらいリヒターは知っていた。
彼女は貴族派や王室の開くパーティよりも、王都の商業組合を優先している。
勿論、それをあえて指摘するリスクを考えて口を噤んだが。
「さようでございますか。では、是非に」
「ええ。……フウタのお相手は、貴方が務めるのですか?」
「まさか! 僕では手も足も出ませんでしたから、勿論、肝入りの闘剣士を連れてきていますよ。本職の、ね」
「それは楽しみです。人を集めて一瞬で終わってしまっては、催し物の意味がありませんから」
「それはそれは。フウタ様にも、その旨何卒宜しくお伝えください」
「ええ。では、御機嫌よう」
ライラックは最後に微笑むと、踵を返した。
その背に深く頭を下げて、リヒターは笑う。
これで準備は整った、と。
だが、そう思っているのはリヒターだけではなかった。
「……万事、想定通り」
歩きざまに呟いた少女の口角が歪んだ。
――そして時刻は戻って、ライラックがフウタを訪れた日。
「リヒターさん肝入りの闘剣士、ですか……」
少し考えたようにフウタが呟く。
すると、銀の髪を払ったライラックがこともなげに言った。
「十中八九、フウタの関係者でしょうね」
「えっ」
「この前、フウタが公国のコロッセオチャンピオンであったと、彼に伝えておきました。彼が調査を開始するなら、コロッセオ周辺からです」
「はいはーいっ。なんでそれがフウタ様の関係者しょっぴいてくることになるんですかーっ?」
ぴ、と手を上げるコローナ。
「フウタの在位が長かったこと。こうして追放されていること。そして――貴方の実力。これだけ材料があれば、もう一度貴方と闘いたいと思う剣士に行き当たるはずです。貴方の情報をよく知っているのも、そういう人物でしょうし」
「――あれ、ちょっと待ってください、王女様」
「なんでしょう?」
「いや、なんか矛盾するなって思うところがあって。この前のお話なんですけど」
首を傾げるフウタ。
彼の脳裏にあるのは、この前の"無職"の話。
その発動条件としてライラックが上げた、"働かないこと"。
コロッセオに居た頃は、チャンピオンとして"働いていた"のだ。
だからもしフウタの力が"享楽の拡散"だったとしても、コロッセオの人々には届かない。
はずではないか。
「ああ、なるほど。貴方の考えていることは分かりました。……全く、仕方がない人ですね」
呆れたようにライラックは首を振った。
「フウタ。"職業"に囚われるなと、わたしは言ったはずです。確かに、貴方は今"職業"を自覚し、初めて自分を見つめ直すことが出来たのかもしれません。ですが、そこにばかり目をやるようでは本末転倒」
そっと、フウタの手を取るライラック。
ごつごつと角ばった彼の手は、愚直な努力の証。
「確かに、貴方の力によって、わたしはとても楽しかった。剣を振るうことが、こんなに楽しかったのは貴方との手合わせが初めてです。ですが、貴方に楽しさを共有する才能が無かったとしても、貴方は強い」
重ねて問います。と彼女は告げた。
「――最強の剣士に挑みたいと思わない闘剣士がどこに居るんです?」
息を飲んだ。
『次は、絶対に勝つ!!!』
そう気炎を吐いたのは、何も二番手だった剣士だけではない。
コロッセオに居た剣士たちは皆、何度も何度もフウタに挑んだ。
観客など関係なく、彼らはただ、最強の頂に居る男に、愚直に剣を向け続けた。
思い返して、ため息をついた。
「……俺はやっぱり、闘剣士じゃないですね」
「フウタ?」
「自分の努力の証明、無職だってやれるんだってところを、無職の奴らに見せつけることにばかり目が行って、闘剣自体を見ていなかった気がします」
「見ていなかったのではなく、見る余裕が無かったのですよ。貴方はそれだけ必死だったことは分かります。真面目ですからね」
「……すみません」
「ですが、今は違うでしょう?」
にこ、とライラックは微笑んだ。
フウタも頷く。
そうだ。今は違う。
目の前には、自分を拾ってくれた王女が居て。自分のこれまでの全てが肯定された。
隣には、"構って!"と書かれた札を下げていじけているメイドが居て。自分の心は救われた。
今の自分には、周りを見る余裕がある。
「フウタ」
「はい」
「貴方に挑もうとする闘剣士に、最強を証明してきなさい」
「分かりました」
誰が出てこようと、全力で叩き潰す。
そう、心に誓うフウタだった。
「ねーえー……」
「ごめんって。ほんとごめんって。王女様の話遮るわけにいかないだろ!」
「いつの間にこんな看板を。気づきませんでしたね……」
「姫様だうとぉ……一度ちらっとこっち見てたもん……フウタ様とのお喋り優先したもん……」
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