20 フウタ は メイド に おこられた!
――王城中庭広場。
木漏れ日の心地いい昼下がり。
フウタは悩んでいた。
言うべきだろうか。自らの失態を。
だが、もし八百長に手を貸したことを知ったら、これから先のライラックとの信頼関係にもヒビが入るかもしれない。
ライラックとの契約は、手合わせをすることのみ。
だが、今はフウタが強いという"証明"が欲しい段階だ。
もしもフウタが、たとえばリヒターとの八百長に乗るかもしれない。
そうライラックに思われるのは嫌だった。
嫌だったし、そんな奴を手元に置こうとは思わないだろう。
『"無職"がどう努力しようと騎士にはなれん! 今のうちに諦めたらどうだ!!』
ふと、先ほどの手合わせでのヤジが耳に反響した。
騎士になるつもりはない。だが。
"無職"が"どう努力しようと"という部分は、痛かった。
実際問題、無職が努力し続けた結果が、八百長のあの体たらくだったから。
たとえ無職であろうと、ライラックの信頼に応えたい。
フウタは知っている。
ライラックの剣を。1人で戦い、常に裏切りを想定した剣を磨いていることを。
だからこそ、自分が裏切る可能性を、少しでも減らしておきたかった。
「王女様」
「? どうかしましたか?」
「俺は、王女様の期待を裏切りません」
「え、急に宣言ですか。……はあ。まあ、裏切るとは思っていませんが」
「それは良かったです」
「フウタ? 何ですかその満ち足りた笑顔は。わたしには何も分からないのですが」
裏切ると思われていないなら、信頼に応えるだけだ。
「フウタは……たまにこう、コミュニケーション能力の欠如を感じますね」
「えっ」
「ショックを受けるところではないでしょう」
「すみません……。人と話さずに育ったものですから」
「……まあいいでしょう。貴方に求めているのは、カウンセリングでも何でもありませんから」
やれやれ、と首を振ってから、ライラックはフウタに向き直った。
「フウタ。期待に応えてくださいね」
「はい。それはもちろん」
「……良い返事です。それでよしとしましょう」
フウタは察した。
「あ、ここで気の利いた台詞を……」
「伴侶となるわけでもなし。別に構いませんよ」
それよりも、とライラックは続ける。
「今夜も、楽しみにしていますね」
「はい。頑張りましょう」
ライラックが柔らかく微笑んだところで、遠くから声。
「お待たせしましたーっ! おっとっとー、お二人仲良くならんじゃってー、変なお茶を食らえー?」
「変なお茶言うな」
「……ふふふ」
やってきたコローナと、フウタの呆れた物言いに、ライラックは心から笑っているようだった。
――その夜。フウタの私室。
「ねーねーフウタ様ーっ」
「ん?」
そろそろライラックとの鍛錬の時間、という時に、後ろから声がかかった。
振り返れば、いつものようにコローナが転がっていた。床に。
「流石に床は汚いと思うぞ」
「絨毯変えたばかりのこの一瞬こそ、唯一無二の転がれるたいむっ!」
「あ、そ……俺さっきそこ歩いたけど」
「みぎゃー」
コローナの目がバッテン印のようになった。
当然だが、ベッド以外は土足だ。
「みぎゃーと言いつつ、どかないんだな」
「手遅れなら、太く短く生きるのがメイドの流儀だぜっ」
「何の話だよ……」
よっこしょー! とコローナは立ち上がると、そのままサイドチェアにちんまり座って、足をぷらぷらさせ始める。
普段に輪をかけて落ち着きがなく、ついでに言えばちらちらとフウタの方を意味ありげに見やるさまは、流石のフウタも気になった。
「なんだよ」
「んー、言っていいっ?」
「何とでも言ってくれ」
「じゃーゆーけどっ」
びし、と指を突き付けるコローナ。
何とでも言ってくれ、と告げた通り、フウタは今更コローナに何を言われようと動じないだろうと思っていた。
罵声なら言われ慣れているし、コローナほど近い相手からなら、何を言われても直そうと思える。
だが、彼女の口から飛び出したのは、フウタの予想を超える言葉だった。
「お前、八百長でもしたんですかっ?」
「なっ……」
返そうと思っていた言葉の全てが、頭から消えた。
「なんで……」
「何でも何も。昼間、やたらその言葉に敏感になってたしっ?」
『馬の骨を拾ってきて、自分より強くなるよう鍛えている或いは――八百長でもして王女に勝つつもりだろう』
リヒターの言葉がフラッシュバックする。
「手合わせのあとも、様子変だったしっ? コロッセオのチャンピオンって姫様が言った時に、メイドは察しちゃったみたいな」
「……そうか」
放浪の末にここに来たと、コローナも知っている。
なら、これだけ材料があれば推測できることなのだろう。
大きく長く、息を吐きだした。
天井を見上げても、何も変わらない。
けれど。何度も寝起きする度に見た天井にも、別れを告げるべきだろうか。
「……ここまでか」
「へっ?」
「王女様も、唆されてわざと負けるような奴は要らんだろうし」
「ちょちょちょ、待った待ったっ!」
ぐい、と裾を引っ張られる。
気づけばコローナの座った椅子は倒れていた。
凄まじい反射だった。
「なんだよもー。ナイーブな奴めっ」
「そうは言ってもな」
「メイドは別にフウタ様を追い出す為に言ったわけじゃないですし。てゆか何なの。そんなに気にすることなの?」
「そりゃそうだろ。勝負の場を汚したんだ、俺は」
「へー」
コローナには、全く理解できないようだった。
「よくわかりませんけどっ。フウタ様にとっては、大事ってこと?」
「俺にとってもそうだし。一度、そういうことをしたことがある奴なんて、次もいつやるか分かんないだろ」
小首をかしげ、疑問符を浮かべるコローナ。
流石に袖を引っ張られたままなのもどうかと思ったフウタは、とりあえずソファに腰かけた。
袖にくっついたまま、コローナも隣に座った。
「なんだこの状況」
「リード?」
「犬か俺は」
フウタは一度目を閉じる。
そこまで知られた以上、コローナには全部話しておきたかった。
もう、隠す理由もない。
反響するのは、昼間のヤジ。
『"無職"がどう努力しようと騎士にはなれん! 今のうちに諦めたらどうだ!!』
それは、チャンピオンになる直前の頃。よく、観客に言われていたことだった。
彼らも、今日の貴族と同じように、フウタがチャンピオンになることを怖れていたのだろう。
どう努力しても、真の闘剣士にはなれない。だから諦めろ、と。
「俺はさ。努力によって出来ることがあるって、証明したかったんだ」
闘剣士は、それに打ってつけだと思った。
「"無職"であろうと、本職とも渡り合えるって示したかった」
腕にだけは、自信があった。
「でも違ったんだ。本職には華があって、俺には無かった」
チャンピオンになっても、それは変わらなかった。
鍛錬を積んで、鍛錬を積んで、鍛錬を積んで。
「挙句」
と、小さく呟く。そして続けた。
「八百長なんてものに手を出した俺に、きっと闘剣士たる資格は最初からなかった。結局、そういうことだったんだって、さ」
"無職"では、"闘剣士"にはなれなかった。
フウタの大きな後悔。
話を聞き終えて、しかしコローナは目をぱちくりとさせる。
ここまで来ても、武人の世界のことは伝わらないかなー、と苦笑いにも似た表情になりかけたところで、コローナは立ち上がった。
とてとて、とサイドテーブルの花瓶から花を抜くと。
「どっせいっ☆」
「わぷっ!?」
盛大に水をぶっかけた。
「コローナ、何を」
「八百長は無職のせいじゃなくてお前のせいですよ」
顔を拭い、フウタはコローナを見上げた。
珍しく彼女は、目線を鋭くしていた。
怒っていた。
「え」
「職業があったって無くたって、賄賂握る奴は握るし、八百長する奴は八百長するんですよ」
「……職業のせいにするな、って?」
「当たり前じゃないですかっ。無職で大変だったとか、しんどかったとか、そりゃメイドより大変だったかもしれませんけどねっ」
そういえば、コローナの"職業"については聞きそびれたままだったが。
「それでも、お前の行いは全部お前のせいですよ」
「……そうか」
「現実ってそんなもんですよ。どんなに配られたカードが悪くても、ダメなことしたらお前が悪いになるんですよ。無茶苦茶ですよ世の中って」
妙に実感がこもっているように感じて、フウタは口を噤む。
「でも、それでも、"職業"のせいにしたら、お前はそこで終わりなんです。人生お仕舞いなんです。そーゆーダメな人も結構居ます」
「……」
「その結構居るダメな人たちが死のうと悪さして捕まろうとメイドはどーでも良いですけどね」
でも。
「お前は、なっちゃダメです」
突きつけられて、フウタは息を吐いた。
「……厳しいな」
「そりゃそーですよ。兄妹だろっ?」
「兄妹じゃねーよ」
てひひ、とコローナは笑った。
少し調子を元に戻した彼女は、フウタに言う。
「――だからお前に出来るのは、反省だけですよ」
「反省」
「そうそう。メイドもよくやらかしては反省してますしっ」
いえい、と両手でピース。
「反省かー。どうしたらいいかな」
「え、どんなことがあっても次は絶対八百長しません、で良いんじゃないんですか」
「それでいいのか?」
「ダメなの? じゃあその人、一生自分を許せないじゃん。人生おもんな」
首を傾げて、コローナは言う。
反省。絶対八百長しません。
心の中では、前から思っていることだった。
でも。
「そう決めて、前を向いて、良いのかな」
「良いじゃないですか。それでもぎゃーぎゃー言う奴が居たらメイドがきれいきれいにしてやりますよっ」
「……ありがとう」
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