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17 フウタ は きぞく と むきあっている!




 ――王城中庭広場。


 丁寧に整えられた木々が、麗らかな木漏れ日を広場に届ける。


 王家に縁のある公家の一つが用意したこの広場は、普段は王城を訪れる誰もが使える公共の場として機能していた。


 とはいえ、それは建前で。

 殆どは、その用意した公家と、その家に連なる者たちにとっての憩いの場であり、時折王家の人物を招くように使われている場所だった。



 そんな場所に連れてこられた、フウタとコローナ。

 コローナは勝手についてきたのだが、リヒターは何も言わなかった。


「リヒター様! どこへ行かれていたのですか!」

「お待ちしておりました――む」

「貴様は、殿下が連れてきたという、例の騎士候補……」


 眉をひそめるのは、広場で茶会の開宴を待っていた貴族派の者たち。


 準備を進めていた"侍従"たちも、リヒターの登場に恭しく頭を下げる。


 フウタは1人、本職の"侍従"と、自分に付いているメイドの違いを見て納得していた。


 確かに、コローナは"侍従"ではないのだろうな、と。


「さて諸君。今日の会には特別にゲストを招いた」


 リヒターの宣言に、十数人を超える貴族たちの視線が一斉にフウタへと向く。


 悪意に嘲り、様々な負の感情を色濃く映した視線も、フウタにとっては慣れたものだった。


 あまり、慣れて嬉しいものではないにせよ。


「そう。王城で噂の、第一王女殿下の騎士候補だ」


 周囲がざわつく。


「俺は、そんなつもりはない」

「口では何とでも言える」


 リヒターはフウタの言葉を切り捨てると、宴席から少し離れた芝生にまで歩いていく。


「王女殿下の騎士は、王女殿下より強い者が望ましい。それは、以前から殿下ご自身が口にしていることだ」

「……それで?」

「――お前も馬鹿ではないだろう。誰が王女殿下の騎士になるか、それによって動く情勢くらい、理解出来ないか?」

「貴方はつまり、自分の派閥から騎士を出したくて、俺が邪魔だって言いたいんだな?」

「ふん」


 鼻を鳴らしたリヒターは、フウタに聞こえないよう小声で呟いた。


「――事はそう単純ではないがな」


 と。


 そして、改めてフウタに目をやる。


「貴様が邪魔か、そうでないか。それは、今から決まることだ」

「――なるほど、分かった。俺が、あんたより弱ければ、どのみち騎士にはなれないから、路傍の石に成り下がるって言いたいわけだ」

「存外話が早いな。貴様が口でどう言おうと関係がない。僕が欲しいのは、証明だ」


 そう言って、リヒターは鞘に収まった剣を三本、フウタの足元に投げた。


 長い刺突剣コンツェシュ、短い刺突剣パラシュ、そしてもう一つ、短く厚い刀身の剣――グラディウス。


「好きなものを選べ」


 目を細め、フウタは三本の剣ではなく、リヒターの腰に目をやった。


 彼の剣は――グラディウス。


 迷わず、同じものを手に取った。



「おや、奴は確かコンツェシュを使っていたのだろうに」

「敢えてリヒター様と同じものを使おうとは、愚かな」


 くつくつと、背後から漏れる嘲笑。


 グラディウスを手に取ったフウタは、一度目を閉じた。


 ここで、リヒターに負けてしまえば楽だろう。

 彼らは自分を相手にせず、今まで通りの生活がフウタには待っている。


 だが、ふと気が付いた。

 もしこれも、ライラックが想定していたことだとすれば。



『貴方が強い闘剣士であることの証明が急務ですか』

『――逆に、証明しなくても良いというのは?』

『無いですね。単純に、ただの食客として置きすぎると外側への風聞が悪いのと……あと、貴方との鍛錬をこそこそ隠れてやらなければならないのは、面倒です』

『そ、そうですか』



 ライラックはそう言っていた。

 ここでリヒターに負けてしまえば、強い闘剣士であるという証明は出来なくなる。


「……やる気になったか」


 フウタの気配が変わったのを察して、リヒターは目を細めた。


「やはり貴様は、騎士になるつもりだったのだな」

「違う。王女様が、俺を騎士になんかするものかよ」

「貴様は知らんかもしれないが、殿下は何かの目的の為なら手段を問わん。調べは付いている」

「調べ?」

「……貴様と殿下が、夜な夜な剣を交えていることだ」


 フウタの眉が小さく動く。


「それなりに秘密裏にやっていたようだが。貴様の危険度は、殿下と貴様が思っているより高かったという話だ」 

「見知らぬ輩と刃を交える王女様が危ない、って方向に動かない辺りが、貴方たちらしいな。王女様のことをどう思っているのか、どんどん分かってくる」

「……さて、変に録術を使われても困る。何も言わんよ」


 リヒターは常に、貴族たちによって前に出されているコローナから視線を外していなかった。

 いつ彼女が魔導術を使うか分からない、という警戒だろう。


「で、夜に剣を交えているから、何だよ」


 グラディウスを握り、フウタが問うと。


 リヒターはこともなげに告げた。


「馬の骨を拾ってきて、自分より強くなるよう鍛えている或いは――八百長でもして王女に勝つつもりだろう」



 ぴり、と空気が張りつめた。


「……フウタ様?」


 何かに感付いたコローナが、小さく呟く。


 リヒターも片眉を上げ、フウタに目を向けた。


「……八百長。八百長か」


 フウタに記憶が甦る。


 あの日、わざと、目の前の闘剣士に負けたこと。

 うっかり剣が弾かれた振りをして倒れてみたこと。


 これで良いのか、なんて考える余裕もないくらい心が追い詰められていて、気づいたらしでかしていた、人生最大の汚点。


 ――ライラックの剣は、いつも楽しそうだ。

 彼女との手合わせは、フウタにとっても幸せな時間だった。


 それを、八百長で汚すなど、考えただけで自分を殺してやりたくなる。


 もしも、ライラックの方が、自分より強かったとして。

 彼女にわざと負けられたらと思うと。――哀しくて仕方がないだろう。


 剣を交えることの楽しさを知った今だから、思った。


「そんなことは、絶対にしない」

「口ではどうとでも言える」


 リヒターの答えは単純だった。


「王女様を、馬鹿にするなよ」

「馬鹿にしたことなど一度もない。僕ほど、彼女を怖れている人間は居ない。だから言う。殿下なら、やりかねない」


 どちらの主張も、実は正しかった。


 何か目的があって、そのために八百長が必要ならば、ライラックは躊躇なくそれをするだろう。


 ただ、フウタとの手合わせにおいては、何に代えても、八百長などするはずがない。


 それだけの話だった。



「口では何とでも言えるんだろう?」

「ああ、そうだとも」

「なら、貴方を倒すことで、王女様が俺に対して八百長なんかしないってことの証明にしてやるよ」

「……よく言った。ならば、こい。必要なのは証明だ」



 フウタとリヒターが構える。


 張りつめた空気は一触即発。


 しかしそこに空気の読めない発言というのは飛ぶもので。  



「"無職"がどう努力しようと騎士にはなれん! 今のうちに諦めたらどうだ!!」

「無様を見せる前にやめておけ! 恥はかきたくないだろう?」

「いや、せっかくの肴をリヒター様が用意してくださったのだ。ゆるりと鑑賞させていただこうではないか」


 ひっそりと顔をしかめるリヒターに対し、フウタは気にしていない様子だった。


 罵声だけを向けられる戦いには慣れている。


 だから。


「黙れ。立ち合いに雑言は不要だ。貴様らは証人として黙って見ていろ。録術に愚かを晒したのを忘れたか!」


 リヒターの一喝に、少しフウタは驚いた。

 しかし彼はフウタの挙動など気にも留めず、


「おい、メイド。この立ち合いを記録しておけ。完全なる証拠だ」


 コローナは、リヒターの言の通りに手に光を灯して、ちらりとフウタを見た。


「メイド、ちょっと心配なんですけどっ! 頼もしい一言をどうぞっ?」

「頼もしい一言か。何だろな」


 少し考えて、フウタはリヒターに目をやる。


「俺が勝っても、罪には問われないだろうな?」

「……はっ。我が名において、誓おう」


 コローナはそのやり取りを録術で記録しながら、口角を上げる。


「以上、頼もしい一言でしたっ。――フウタ様っ」



 コロッセオよりも、あまりにも小さな闘技場で。

 いつも罵声を浴びながら戦ってきたフウタの背中に、声が乗せられた。



「がんばれーっ」


 気の抜けた声ではあったけれど。


 フウタにとっては、これ以上ない"力"だった。



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