16 フウタ を きぞく が たずねてきた!
「王女様の計画のうち、ってどういうことだ?」
腕を組んで、フウタは首をひねった。
コローナが襲われることが、ライラックの計画に組み込まれているということなのか。
だとして、そこまでして何がしたいのか。
「噂の出所は、元をたどれば姫様でしょうしっ。まー、辿れるとは思えませんがっ」
「暗殺者を差し向けたのも?」
「どちらかと言えばー、フウタ様が暗殺者を退けることが、ですかねーっ」
あくまでも呑気なコローナに、フウタは難しい顔をした。
「凄い信頼だな」
「姫様ですしねっ。目的の為ならなりふり構いませんよっ。メイド、最初にもそう言いましたよっ。姫様全力だーって」
「そうか……」
少し考えるフウタ。
コローナは、ちらりと彼に目をやって。
「姫様のこと、嫌いになりましたっ?」
「いや全然」
「ありゃ? 読み違えたかっ」
「俺が信頼に応えられると思ったから、こんなことをしたんだろ? なら責める理由なんてないよ」
「……へー。まぁ確かに? 『フウタならあのくらい跳ね除けますよ』ってすまし顔で言ってましたけどねっ?」
「聞いたのか?」
「問い詰めましたよっ。フウタ様があれだけ強いって知ってたのかーって」
やれやれだぜ、とコローナは肩を竦めた。
「悪いな、黙ってて」
「姫様の命令なら仕方ないですねっ。……とはいえ。フウタ様は、先に一言寄越せ! とか思わないんですかっ?」
「いや……王女様も、必要だと思えば伝えたんじゃないか?」
「まーそーですけどー……ちぇ、なんか腑に落ちないのはメイドだけかよーっ。腹立つからオレンジ剥いてようっと」
「もう食べきれないからやめてください」
制止もむなしく、オレンジの皮は蛇の体のように一本うねうねと剥かれていく。
「フウタ様さー」
「ん?」
「完全に利用されてるわけだけど、良いの? メイドちょっとだけ、お前贔屓になってみなくもないわけですよっ」
「利用か……」
確かに、フウタはライラックから「何もしなくて良い」と言われた。
なのに暗殺者の撃退なんてこともするハメになった……と考えられなくもない。
ただ、別にライラックが直接暗殺者を送り込んだわけではないし、フウタが文句を言っても、「こちらの不手際でごめんなさい」と謝られてしまえばそれで仕舞いだ。
そもそも、フウタはそんな文句を言うつもりも無かった。
こうして今生きていられるのも、コローナと一緒に居られるのもライラックのおかげだ。
初めて、自分の剣を喜んでくれたのも彼女だ。
あれが嘘か本当かを見極める目くらい、持っている。
手合わせの度に、"好き"をぶつけられているくらいの感覚だ。
ボディーブローのように、彼女の想いは効いている。
だから、今、"利用されている"と言われたところで。
「別に、利用されていても構わないな」
「ぶーぶー」
「……ただ」
そう、ただ。
剣を交える度に、フウタの中に募る想いが一つあった。
「……俺と比べるのは烏滸がましいけどさ。ちょっと思うんだよ」
「何をですー?」
「……王女様も、1人ぼっちなんだろうなって」
オレンジの皮をむき終わったコローナが、果物ナイフをテーブルに置いて振り返った。
「……どうしてそう思うんですー?」
「いや、なんつーか。戦い方を見れば、分かるんだよ」
フウタの剣技は"模倣"だ。
相手の剣技ではなく、相手の"軌跡"を模倣する。
どんな想いで鍛錬を積んでいたのか、なんてことは分からないけれど。
何を重視し、どこを重点的に鍛錬していたのか。
どの辺りに才能があって、どこを努力で埋めたのか。
そして。
鍛錬のやり方や、メニューから、どういう戦いを想定して努力を積んでいるのかは、自ずと分かる。
それはフウタにしか分からない、相手の努力の軌跡だった。
「薄々、感付けるんだ。王女様ともあろう人がさ。常に1人での戦いを想定して、剣技を磨いていること」
「……」
「闘剣士のそれとは違う。1対多数の戦いや、不意打ち奇襲、死角からの飛び道具。そういうものに反応出来るように、鍛錬を積んでいる。とりわけ……」
目を閉じて、思い出す。
「背中への防御は、俺が会ってきた剣士の中でもダントツだった。まるで、いつでも裏切りに備えているみたいに」
「……そですか」
「どうしてなのかは分からない。俺は別に、過去を見ることが出来るわけじゃないからさ。でも、鍛錬の軌跡は見える。だから、そんな風に思った」
だから、なおさら。
楽しそうにフウタに剣を向ける、純粋に剣技を磨くことを楽しむ彼女のことを、悪し様には思えなかった。
「1人ぼっちかー。なるほどなるほどっ。まー、お前が寄り添いたいっていうなら止めませんよっ。姫様の右腕、勝ち取っていけー?」
「右腕になれるとは思わないけど。俺に求められた役割で、少しでも王女様に恩返しが出来たらいいなと思ってるよ」
「あれ。騎士候補の噂が立ってるのに、騎士になろうとは思わないっ?」
「俺が騎士なんて相応しくないし、何より王女様に求められたわけでもないんだ。思わないよ」
「ま、姫様も、騎士になって欲しいとは思ってないでしょうしねー。賢いお前には、カットした――」
「もういいよ! コローナの夕飯が食べられなくなるだろ!」
フルーツバスケットに伸びていたコローナの手が止まる。
「ほう。高級フルーツより、メイドの手料理をご所望と?」
「なんでわざわざ言い直すんだよ。そうだけども」
「そですかそですかっ。口の上手い軟派男に免じて、今日も腕によりをかけてご飯を作ってやりますかねーっ!」
「なんで俺、悪口言われたんだ……」
ご機嫌なコローナが、そのまま外に出ようとして。
扉を開いた瞬間、立ち止まった。
どうしたのかとフウタが目を向けた先に、1人の男が立っていた。
「あ、モッピー」
「本当に不敬なメイドだな、貴様は……!」
リヒターと名乗った、貴族の筆頭。
「フウタ様にご用事ですかーっ?」
「そうだ。どけメイド」
「はー。貸し1つなー」
「何故だ!」
怒鳴り声から逃げるように、コローナはフウタの後ろへと舞い戻った。
それはもう、ぴゅー、と勢いよく。
「で、リヒターさん、でしたっけ。何のご用事で?」
「フウタ、と呼んで構わないな?」
「ええ。"無職"と呼ばれるよりは」
「ふん……何が"無職"だ。貴様の闘気は、"無職"に出せるようなものではない」
ぴく、とフウタの眉が上がった。
闘気を知っているのか、と。
少なくともライラックは知らなかった。
だから、周囲に垂れ流していたせいで、多くの人間に遠ざけられていた。
抑える方法は日々の手合わせの間に教えていたが、全くと言っていいほど無知だったのだ。
それを、同じ国の人間が知っているというだけで、疑問符が浮かぶ。
「闘気を知っているのか?」
「何を言い出すかと思えば。別に僕が何を知り、何を知らぬとも貴様には無関係のはずだが」
「関係ならある。……だって、王女様は闘気を知らなかった」
「その王女殿下から聞いたのだよ。僕の家は、王家の分家にあたるのでね。貴様は知らないだろうが、それなり以上に親しいのさ」
「……」
その言葉を、嘘か真か判別することはフウタには出来なかったが。
「姫様が言うはずないじゃないですかーっ。表向きにはフウタ様との関係だって伏せてるのに、そんな話なんてしたら芋づる式に何してるのかバレますって」
「えっ」
フウタは思わず声を漏らした。
ちらりと、リヒターはコローナに目をやって、小さく鼻で笑った。
「よく喋るメイドだ」
「……じゃあ、元から知ってたのに、王女様には黙っていたのか」
「まさか王女殿下が知らないなどとは夢にも思わず」
リヒターは悲しそうに首を振った。
流石にこれが演技であることに気付かないフウタではない。
ライラックは、無自覚な闘気で今まで多くの人を遠ざけてしまっていた。
理由を分かっていながら見過ごしていた彼を、フウタは見据える。
「――貴方は、王女様のことを、大切な人だなんて思ってないんだな」
「心外なことを。想っているに決まっている。それが貴族というものだ」
「そんな人が、俺に何の用だ」
「簡単だ」
リヒターは、親指で外を示すと告げた。
「表へ出ろ。王女殿下と同じように、僕も手合わせをしてもらおうじゃないか」
NEXT→12/31 07:00