14 メイド は あんさつしゃ と たたかっている!
――王都城下、路地裏。
ぞろぞろと現れたのは6、7人の覆面。
顔の一切が見られないようにしているところと、先ほどから一言も発さないことを含め、本職の"暗殺者"と見て間違いはないだろう。
少なくとも、会話が通じるような相手ではなさそうだった。
薄々分かっていたことだが、この街は治安が良くない。
表通りに高級なフルーツが売っているかと思えば、少し裏に行くだけで浮浪者が溢れる街並みだ。
「ちょっとちょっとフウタ様フウタ様っ」
「あ、おい動くなコローナ」
フウタが背に庇ったとはいえ、この路地は少々幅が広かった。それこそ、大人三人が広がって歩くことが出来るくらいには。
フウタの制止を無視して前に出ようとするコローナは、彼の横をすり抜けて首を振った。
「それは無理ってもんですよっ。お客様っ!」
言葉に込められた意味くらい分かる。
フウタは姫の客人で、コローナはその付き人。
フウタが庇われることはあっても、逆はない。
「いや、でも」
「啖呵はカッコ良かったですよっ! それこそ姫様好みじゃないですかねっ! でもダメですっ。……まー、姫様の足元にも及びませんが、魔導術で生き足掻くくらいはよゆーですしーっ? ほらとっとと逃げれー? メイドと違って、迷子にはならないんだろっ?」
それに、とコローナは呟いた。
「たーぶん、メイド狙いですしねー……可愛いからって、おいたが過ぎるぞっ?」
その言葉通り、刃の切っ先はフウタではなくコローナに向けられていた。
バスケットを地面に降ろし、光の灯った手を構えるコローナ。
瞬間、暗殺者たちが駆けだした。
正面から数人、壁を地面のようにして疾走する者が数人。そしてナイフを投擲する者が一人。
盤石の体制だ。
そしてコローナは察する。
自分が魔導術の使い手であることを、情報として知っている者の動きであることを。
数に面で圧されると、魔導術は脆い。
それが分かっていて消しに来た。
フウタはもう逃げただろうか。
手練れの"暗殺者"であることは、コローナにも分かった。
少しだけ、自分の主を恨んだ。
彼女がフウタとの外出を許可したから、コローナはフウタを連れ出したのだ。その先でこんなことになった。
ライラックという王女の力を信じれば信じるほど、この状況に対する答えは絶望的になる。
単純な話だ。
彼女がコローナを必要とする限り、コローナを危険に晒すような真似はしない。少なくとも、こんな決死の状況にはなりえない。
つまるところ、ライラックはもう、コローナを切ったということになる。
「何かやらかしましたかねーっ。フウタ様と仲良くし過ぎたー、とかになるとー、まっ、否定は出来ませんがっ」
そうなると、本気で愛人としてフウタを招いたのだろうか。
だったら先にそう言えよー、と小さく悪態を吐いた。
命の危機に瀕して尚、割と余裕の思考が出来る自分をコローナは笑う。
ライラックのメイドになってからの人生は、案外と楽しかった。
けれど、やはりそれだけ。
所詮自分は、本気で人生を大切に出来ないのだろう。
だから、死にたくない、ともそんなに思わない。
一つだけ思うところがあるとすれば、もう少し、あの変な男とライラックの関係を知りたかったな、くらいの気持ちはあるが。
その程度だ。
どのみち、
まいっか。と、コローナが構えた、その時だった。
《模倣:ゼル=護身術:ナイフ》
きん、と鈍い音と共に、飛来したナイフが全て弾かれた。
「――っ!?」
《模倣:リズ=暗殺術:ナイフ》
コローナにナイフを振り上げた男のうなじに、めきめきと骨を砕くような音をさせながらめり込むナイフ。
「それは――リーダーの暗殺術っ!?」
「馬鹿、声を出すな!!」
覆面の一人が上げた言葉に、コローナは顔を上げる。
なんだ、何が起きたのだ。
《模倣:リズ=影隠れ》
視認できないうちに、壁を走る影が覆面たちに迫る。
《模倣:リズ=暗殺術:ナイフ》
《模倣:リズ=暗殺術:ナイフ》
《模倣:リズ=暗殺術:ナイフ》
《模倣:リズ=暗殺術:ナイフ》
《模倣:リズ=暗殺術:ナイフ》
容赦の一つもなく、首を掻き切られて倒れていく男たち。
暗殺のプロの仕業だ、と目を見開くコローナ。
たった一撃で、全員が命を落としていた。
「――最初に投げてくれて助かったよ。おかげで、模倣も楽だった」
「……貴様」
後ろでナイフを投げていた男の前に、壁から飛び降りた影が言う。
その手には、最初にコローナを庇った時に投げられたナイフ。
「え……フウタ様っ?」
その影、背中に、目を瞬かせるコローナ。
聞いていないし、知らない。
フウタが、職業"暗殺者"を上から仕留められるような強さを持っているなどと。
無職って、そういうのだっけ? ととぼけたことさえ考えた。
「よくもあっさりと仲間を……さては手練れか」
「あいにく、不殺がまかり通るところで生まれたわけじゃなくてな。それに、大事な人を害そうなんて人間を許せるほど聖人でもない」
それだけ言って、フウタがナイフを払う。
同時に投擲された暗殺者のナイフとかち合い、地面に転がったそれに目もくれず。
《模倣:ゼル=護身術:格闘》
ぼぐ、と鈍い音を立てて男の顎を肘で撃った。
あっという間に、職業"暗殺者"が制圧された。
たった1人の男によって。
その光景を魅せつけられたコローナは、流石に普段のおちゃらけた空気も出しきれず首を傾げた。
「……えっと?」
凄まじい力量。武人でないコローナには、どれほどの腕利きなのか測ることは出来ないが。それでも、男たちを難なく倒す力があることは理解出来た。
命を救われたことには、そんなに興味が無いとはいえ。
「ぶ、無事か、コローナ!? 怪我とか、傷とか! あのナイフ毒があって――」
さっきまでの殺気立った、"まるで本職の暗殺者のような"空気はどこへやら。慌ててコローナのもとへと駆けてきた彼に、コローナは笑う。
「あはっ」
「コローナ?」
「あはははははは! 面白いですねーっ、え、めっちゃ面白い、なに、お前ほんと面白いっ! そんな、そんな強いのかよーっ!」
どん、と隙だらけのフウタのみぞおちに肘を入れながら、コローナは思う。
『この人には指一本触れさせねえ』
『ぶ、無事か、コローナ!?』
まさか、自分のことをこんなに心配して、守ろうとする人が居るとは。
それこそ、フウタの言葉ではないが――人生で初めてだ。
命を救われたことには、興味が無い。でも。
自分を守ろうとしてくれる人が居た。それは、心から嬉しかった。
「え、笑うとこ……?」
「ちょっとメイドも気持ちが整理出来てないですねーっ! あはは、めっちゃ面白い!! まーほら、アレですっ。礼は言っておきますよっ。今日の夕飯は大盛りさんにしてやりますねっ。楽しみにして待ってろー?」
「お、おー。ありがとう……」
「買ったフルーツも無事ですしー? 最高の気分のまま帰りましょっかねーっ?」
「最高の気分なのか……?」
首を傾げるフウタの手を取って、迷わないように王城へ。
「……コローナ」
「なんですーっ?」
「いや、なんだ。その……キミ、命を狙われたことは、怖くないのか?」
「全然。まったく。ちっとも」
満面の笑みで答えると、フウタの表情が少し引きつった。
「ま、そういう生き物なんですよーっ。不気味でしょー?」
「いや」
フウタは首を振る。
「……色んな人が居るなって思った」
「あは」
まるで、ついこの間コローナがフウタに言ったようなことを、フウタはコローナに告げて口角を上げた。
つられるようにコローナも微笑む。
「でも守ってくれたことは嬉しかったですよーっ。だからメイド、ご機嫌に鼻でピーナッツ飛ばす気分ですねっ」
「しなくてよろしい」
「はー、しっかし。ふむー」
いつものように気の抜けた声を漏らして悩むコローナ。
先ほどの思考を改める必要が出てきたと、1人目を閉じる。
結果としてコローナは死の憂き目にあうことは無く。
暗殺者が現れ、フウタがそれを撃退した。
これはひょっとして。
ライラックは最初から、フウタが強いことを知っていた?
だから、フウタと二人での外出を許し――フウタに戦わせた?
考えを再構築するコローナに声がかかる。
「どうかしたか?」
「え、いやほらーっ。つっよいですね、フウタ様っ。姫様に不埒なことしたら首ちょんぱ☆ が出来ないじゃないですかーっ」
「そんなこと思ってたのかよ。恩人に不埒とかしねえから……その」
「なんですーっ?」
「キミも含めて、さ」
「へー」
コローナは生返事をした。
何故、自分にフウタの情報を教えなかったのかを含め、あとでライラックに問い詰める必要がありそうだ、と思いながら。
「……んぁ? 今なんて言いましたっ?」
「え? ああ、キミも俺にとっては恩人だから、絶対守るよ」
「そですかー」
「興味なさそうだなー……やっぱ言葉のセンス最悪なのかな、俺」
「や、カッコ良かったですよっ。ただ、単純にー……」
「単純に?」
「メイドなんかのためにフウタ様が死ぬのは、もったいないなーって思いましたねっ、なう!」
少なくともそのくらいには、コローナはフウタに好意を抱いた。
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