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13 フウタ は メイド と でかけた!




 ――王都城下、繁華街。


 多くの店が集うメインストリートを、無秩序に歩き回る人ごみの中。


 雑踏の反響と、思い思いの会話、そして店の呼び子の声が無作為に拡散する雑音だらけの街並を、フウタとコローナは歩いていた。


「るーんぱっぱーうんぱっぱー」

「なんだその歌は」

「初めての王都を歩くフウタ様を、歓迎する歌ですよっ!」

「呪いを掛けられているようにしか聞こえないんだけど……」


 コローナの言う通り、フウタにとっては初めての王都だった。


 行き交う人々を避けるのは、存外難しい。

 剣で弾くことが出来れば楽なのだが、あいにくと利き手は塞がっていた。


「そろそろ離してくれても良いと思うんだけど」

「何言ってるんですかーっ! 迷子になるだろっ?」

「俺はこれでも、迷子になったことなんて無いぞ? ……いや、放浪しまくってたから、そう思われても仕方ないかもしれないけど」

「へ?」


 視線を斜め下にやれば、フウタを見上げて小首をかしげる金髪メイド。


「フウタ様が迷子になったら、メイドともども路頭に迷いますねっ?」

「あ、キミが迷子になるから繋いでるの!?」

「そう言ってるじゃないですかーっ! メイドが生きて帰れるよう、目を光らせていけー?」

「なんで地元の人間を心配しなきゃいけないんだ……」


 命綱ですよーっ、と笑いながら、フウタの右手を握って勢いよく振り回すコローナ。


 命を繋いでいるにしては、乱暴な扱いだった。


 仕方がないな、とフウタは彼女の手を握る。

 そして、人にぶつからないよう、時折軽く引いたりしながら雑踏を進んでいった。


「お、おー? おーっ。フウタ様、メイド使いが器用っ!」

「これをメイド使いと呼んで良いのか?」

「一流メイド使いまで、あともう少しですねっ。ふぁーいとっ!」

「これなら結構簡単になれそうだなー……」


 呑気なことを口にしながら、二人は歩む。


 仕方ないと言いながらも、フウタの口元も緩んでいた。


『人生楽しい?』


 そんな問いをされ、戸惑ったばかりのフウタだが。


 もし、これが『人生が楽しい』に入らなかったら、いったいこれ以上どうしたらいいのか分からないのがフウタの本音だった。


「フウタ様フウタ様フウタ様フウタ様」

「はいはい、どしたの」

「フウタ様の居た場所と、王都と、結構違ったりするーっ?」

「そうだな……」


 フウタが居たのは、遠く離れた国の歓楽都市だ。


 中でも中央のコロッセオが街の目玉で、ここの収入で経済を回していたと言っても良い。


 地方都市の1つではあったが、その国で有名な都市を三つ上げろ、と言われれば間違いなく入ってくるような、そんな賑わいのある都市だった。



 そんな街と比べて、この国の王都はと聞かれると。



「穏やか、と言えばいいのかな。この街は」

「ほー。メイドには結構盛り上がっているように見えますけどっ」

「なんだろ、もっと騒々しかったし、活気があった。ものを買うために札束を振り回すような人が、一個の店に1人は居たからな……」

「なにそれ楽しそう。メイドもやりたいっ」

「目を輝かせないでくれ。俺はあのテンションには付いていけなかったんだ」


 フウタが思い出したのは、いわゆるコロッセオのグッズ売り場だった。

 人気の闘剣士が使っている武器や防具、そのレプリカが多く売られていたり――或いは、本人のサインや絵画といった高額商品を売っている店。


 彼らのグッズを追い求め、多くのファンたちが大金をはたいていた。



「まあ、俺のものは殆ど無かったというか、売れなかったみたいだけど」


 ぽつりと呟く。別に、今となっては気にしていないことだ。


 必要とされていなかった証明とでも言うべき、グッズの売り上げ数。


 でも今は、あれほどまでに自分を認めてくれたライラックが居る。


 フウタは、それだけで良かった。


 そう、少し過去を振り返った刹那。

 右手から温もりが消えていた。


「あれ、コローナ!?」


 慌てて周囲を見渡す。

 すぐに目に入る喧騒。多くの食料品が売られている路上の屋台の一つの前で、札束を振り回す少女の姿。


「うおおおおっ! なんかよく分からないけどいっぱいよこせー!」

「何してんだキミは!!!!」


 ざわざわと、彼女の周りだけ、波が引いたように隙間が出来ていたのが幸いした。慌ててフウタはそこに飛び込むと、コローナを捕まえる。


「……買っていってくれるなら、構いませんが」


 困り顔の店主が、そう言って沢山のフルーツを手渡した。

 バスケット二つに、てんこ盛り。


「メイドさん。その札束の、ほんの三枚で足りますからね?」

「そですかっ。でもなんか、振り回して買うのが遠国流らしいのでっ」


 割って入ったフウタが謝り倒す。


「しなくて良いから! すみませんすみません、三枚ですね――三枚!? 3万!? 凄い高級なフルーツじゃないですか!!」

「え、ええ……それがうちの売りでして」

「そんな店でこんな無礼を……!! ごめんなさいごめんなさい!」

「いえ、買っていただけるならそんなに嬉しいことはありませんから」

「……ありがとう、ございます」


 3万払って、籠いっぱいのフルーツを二つ貰ったフウタだった。


「ふむー」

「……どしたの、コローナ」

「札束振り回す遊び、あんまり楽しくないですねっ」

「そりゃね。本来どうしても買いたいものを、必死で奪い合ってるから生まれる光景だからね……」

「早まったかっ!」

「早まったね……。うん、これどうしようか」


 籠いっぱいのフルーツに、溜め息を吐く。

 優しい店主で良かったと、しみじみ思うフウタだった。


「それはメイドがお部屋で食べますよっ。せっかく買いましたしっ」

「……一応聞いておくけど、さっき振り回していたお金は、誰のもの?」

「メイドのお給料ですけどっ」

「お金はもっと大事に使おうね……?」


 自腹を切って札束を振り回していた事実に、空を仰ぐ。

 これでお金全部持っていかれていたら、この子はどうしていたのだろうか。


「フウタ様の焦った顔が見られて3万なら賢い使い方ですよっ。店主さんの顔も面白かったですしっ」

「いやもっとこう、無いの!?」

「無いですねーっ。メイド、あまりお金必要な趣味とかも無いのでっ」

「刹那的だなー……」


 山盛りのフルーツ。痛まないように食べるとなると、一人ではとても無理な量だ。

 フルーツを眺め、どうしたものかと考えていると。

 ひょっこり隣に顔を出したコローナが問いかけた。


「フウタ様フウタ様、職業荷物持ちにジョブチェンジしたんですかっ?」

「いやしねえよ」

「なら1個寄越せー? お前の両手は籠の為のものじゃないんだぜー」


 へいへい、と挑発でもするように手招きするコローナ。


「良いよ、重いだろうし」

「……そですか……ではメイドはいつ迷子になっても良いと」

「どんな脅しだよ」


 仕方なく籠の一つを渡すと、フウタと逆側の手に持つなり、彼女は改めてフウタの手を取った。


「ふぃー、危うく道端で野垂れて、フウタ様みたいになるところだったぜっ!」

「やかましい」

「姫様、メイドのことも拾ってくれますかねっ?」

「俺に聞くなよ……」


 るんぱっぱー、と歌い出したところを見ると、まるで人の話を聞いては居ないようだった。


 とはいえ、すこぶる上機嫌なのは間違いがないようでほっとする。


 フウタ自身、自分が面白い人間であるとは思っていない。


 コローナと会った当初も考えていたが、フウタと一緒にいたところで年頃の少女は退屈だろう。


 その懸念は、何とか晴らせているようでほっとする。


 それに、何だろうか。


 数日前と比べて、だいぶ口の回りも良くなってきた気がしていた。


 殆ど、人と会話することなど無かったフウタにとって、彼女は良い荒療治であったことは否めない。


 そして――


「フウタ様フウタ様、今すぐその籠のデカいメロンを貪ればそれなりに軽くなりますよ!」

「こんなところで貪り始めたら奇行だろ!」

「大丈夫ですよっ、通行人は全員ジャガイモだと思ってっ!」

「緊張してるわけじゃないからな!? それに食べきれるか!」

「大丈夫ですよっ。半端に残ったらもとに戻すだけですしっ」

「じゃあ荷物量変わんないじゃん……奇行しただけ損じゃん……」

「てひひっ」


 ――それなりには楽しんで一緒に居てくれているらしいことが、救いだった。





 だから。








「コローナッ!!」

「んぉ?」


 彼女を抱いて、路地に飛び込む。


 寸前を掠めた投擲ナイフ。フウタは、その刃にぬめりを視認した。

 間違いなく毒だと察する。


 コローナを背後に庇い、フウタは身構えた。



「誰だ。出てこい」




 そう呟いたフウタの前に、6、7人の覆面男たちが現れた。




「何のつもりか知らないが。――この人には指一本触れさせねえ」



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