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12 フウタ は メイド と あそんでいる!




 ――深夜。王城。ライラック・M・ファンギーニ第一王女私室。



 水面に口元まで沈め、バスタブの中で1人、ライラックは思案に耽っていた。


「"無職"の剣士、フウタ……ですか」


 そっと目を閉じる。


 ライラックは、"職業"というものについて、以前から1人分析を続けていた。


 "職業"にはそれぞれ強みと発動条件がある。


 "職業"はその殆どが、才能の一点特化を助長している。



 闘剣士ならば、強いことではなく、"勇壮なる戦い"。

 発動条件は、他者との闘争。


 侍従ならば、何者かに対する"奉仕の心"。

 発動条件は、奉仕すべき対象。


 経営者ならば、事業に対する"広角的理解"。

 発動条件は、経営すべき事業。



 それぞれ、与えられた"職業"に就くのが幸福だとされていた。

 ライラックはそれが気に入らなかった。


 人間は、"職業"の奴隷ではない。

 "職業"で得られる才を利用して初めて人間である。


 だからこそ、"闘剣士"でないにもかかわらず、あそこまで剣技を練り上げたフウタは好印象だった。


 そして、もう一点。


 "無職"という"職業"について、ライラックは以前から注目していた。


 その名の通り、何の才能もない出涸らしだとされている職業。



 本当に、そうだろうか?



 "職業"が無いのではない。わざわざ"無職"という職業を与えられたのだ。

 ならば必ずそこに、何等かの才能が眠っているはずだ。


 それがライラックの結論だった。



 "無職"が活躍した話など殆ど存在しないものだから、参考資料にも手間取っていたが――今、目の前に生きた"無職"が居る。


 それも、あれだけの技量を持つ剣士と来た。


「……フウタには、言いませんでしたが」


 ちゃぷり、とバスタブの湯から両足を出し、ゆっくりと組む。

 ライラックにとっての、思考のルーティーン。


「最も運命的だったのは、何も知らぬまま努力を続け、あそこまでの力を手にした貴方と――"無職"に可能性を感じていたわたしが出会ったこと」


 彼は知らず知らず"無職"を利用し、自らの実力を磨き続けてきた。


 ならば、自分がその才を見つけ出すことが出来れば。



「わたしが世界を変える一助に、必ずなってくれるはず」



 ふふ、と小さく微笑む。


「だから、フウタには申し訳ないのですが」


 ――逃すわけにはいかない。どんな手を使ってでも。

















 ――王城。来客用寝室。



 王女の部屋と比べても、広さはそう変わらない一室。


 メイドがあっちへこっちへと走り回るくらいの余裕はある部屋に、鈍く風を切る音が、単調に響いていた。


 ぶん、ぶん、ぶん。


「三日も四日も同じことして、飽きないものですねーっ」


 サイドテーブルに備え付けられたフルーツをつまみながら、フウタ用のベッドに転がって、コローナはぼんやりとフウタを眺めていた。


 部屋の主たるフウタはといえば、城の備品である大きな木刀を何度も何度も振るっていた。


 いわゆる、素振りだ。


「趣味ってのは、そういう、ものだろ」

「そーゆー人も居ますねーっ」

「じゃあ、コローナは、他に、趣味とか、あんのか?」


 素振りしながらだと、中々に言葉を話しづらい。

 フウタはそれを、この数日間で初めて学んでいた。


「メイドは、趣味なんて、山ほど、あるぞっ」

「なんで、いちいち、溜めて、言うんだよ」

「特に、意味なく、呼吸を、止めて、お前の、ものまねっ」

「やらんで、よろしい」


 ふう、と息を吐いてフウタは素振りをやめた。


「ちぇー、だってメイドったらお暇なんですものーっ! フウタ様で遊ぶくらいしか、やることないぞっ?」

「趣味が山ほどあるって話はどこに消えたんだ」

「メイドの仕事はフウタ様のお付きですからねーっ。時間はあっても、真面目にお仕事頑張るメイドには、自由はないのです。よよよ」


 泣き真似をしながら、フウタのベッドでごろごろするコローナだった。


「いや思い切り自由じゃないか……」

「フウタ様フウタ様、このマスカット美味しいっ」

「そうか、良かったな……」

「食べないんですかっ? 美味しいですよっ、ほれほれっ」


 ちらりと見ると、ほぼ丸裸にされた茎の先っぽに、申し訳程度に一つだけ実がぶら下がっていた。


「全部食べちゃったの?」

「けちけちするなよっ! フウタ様が食べたいって言えば、また厨房からパクってこれますしっ! それに――」

「パクるって言うなよ。……それに?」


 コローナは、追い詰められた不良のような笑顔で言った。


「最終手段なら、あるんだぜ……?」

「最終……待て、嫌な予感がするから言わなくても」

「この茎にメイドの魔導術をかけると、メイドの胃から――」

「やめろおおおお!!」


 元に戻る(むしろ戻す)行為は、流石にフウタも許容出来なかった。


「冗談ですよっ!」

「さ、流石にね……?」

「エンドレスにご飯食べられますけど、どんどんお腹減ってって餓死るだけなんでおすすめしませんっ!」

「やったことあるのかよ」

「そりゃありますよー。自分の力はとことん試してこそ男ってもんでしょうっ!」

「男だったの!?」

「女ですけど」

「じゃあなんで嘘ついたの……」

「女ですけど」

「念を押すなよ! 不安になるだろ!」

「……試してみる?」


 あはん、とベッドに転がったコローナ。

 まったくと言っていいほど色気はなく、フウタはただ疲れただけだった。


「身体の動かし方で男女の違いくらい分かるから良いよ……」

「ちぇー。お触りされたら色々強請ってやろうと思ってたのにーっ」

「油断も隙も無いな……」


 そもそも音声も映像も録ることが出来るコローナに、迂闊なことなど出来るはずもなかった。


「でも、その魔導術を使えば色んなことが出来そうだな」

「そですねっ。ご飯食べた気にはなれるので、気持ちは紛れますしっ」

「凄い悲しい使い方だな……でもなんか、十日前くらいの俺は使いたかったかもしれないのが、また辛い」


 あくどい笑顔で、コローナは言う。


「今からでも、フウタ様が食べたそばから元に戻し続けることは出来ますよっ?」

「しなくていいから!」


 けらけらけらと笑い転げて、コローナはベッドから起き上がった。

 ついでに魔導術を唱えてベッドメイクを済ませると。


「はー、フウタ様で遊ぶと時間が潰せて良いですねっ!」

「俺は暇潰しの道具なのか」

「趣味は人それぞれ、メイドの趣味がフウタ様になりつつある今日この頃、いかがお過ごし~?」

「いや聞かれてもな」


 フウタは、ふと天井を見上げて思った。


 人生で一番幸せな時間を過ごさせて貰っている、と。


 この数日間していることと言えば、


 コローナに世話をして貰い、鍛錬をし、出された豪勢なご飯を食べて、ライラックと剣を交える。


 それだけの生活だ。


 満ち足りている。


 ライラックは剣を交える度に、楽しんでくれているのが伝わってくる。

 コローナは常日頃から近くに居て、今までの孤独を癒してくれる。


 これ以上、望むべくもない。


 そう、幸せを噛みしめていると、


「なんだーなんだーなんだなんだー? 人生楽しくないのかーっ?」

「うぉ、びっくりした」


 気づけば、顔の下からコローナがドアップ。

 覗き込むようにフウタを見上げ、じとっとした碧眼が射抜く。


「人生、楽しいかどうか、か」

「へいフウタっ、どうなんだいっ!」

「……人生が楽しかったことはあまり無いけど。今はたぶん、楽しいよ」

「ふむー」


 気の抜けた声を漏らして、コローナは少し考える。

 ちらりと彼女の瞳から覗く、フウタを心配する色。


「なんか歯切れが悪いですねーっ。フウタ様っ」

「そうか?」

「そうですよっ。んー、じゃあせっかくですしっ」


 ぴん、と何かを思いついたようにその細い指を立てて。


「草原で骨でも追いかけてみますっ?」

「犬か俺は」

「間違えた。街で骨でも追いかけてみますっ?」

「何がなんでも骨を追わせようとするなよ」

「骨で街でも追いかけてみますっ?」

「どういうシチュエーションだよ。あー……」


 つまり。


「街に出てみようかってことね」

「最初からそう言ってるじゃないですかーっ!」

「絶対言ってなかったよ!」

「ほらいこいこっ! れっつごー!」


 フウタの腕を取り、コローナはぴょこぴょこと金の二房を揺らしながら喜び勇んで部屋を出た。







「もちろん、メイドの暇潰しに付き合わせるわけではありませーんよっ?」

「分かってるよ」

「……ありませーんよっ?」

「念を押すなよ!」


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