11 おうじょ が しょうぶ を しかけてきた!
――王都城下、庭園。
暗闇に星々が輝く夜、フウタとライラックの姿は庭園の広場にあった。
ここは王族の私有地で、ライラックの手により人払いは済んでいるとのこと。
若干、人の気配はしたものの――ライラックは、それを些事だと言ってコンツェシュを構えていた。
「良いんですか?」
「ええ。楽しみましょう」
「王女様がそうおっしゃるなら、全力で」
そう言って、フウタはライラックと同じようにコンツェシュを構える。
瞬間、ふわりとフウタの空気が変わった。
それが闘気と呼ばれるものであることを、ライラックは今日知った。
「……良い、心地です」
ライラックは一度瞳を閉じ、噛みしめるように言った。
視界が遮られていても分かる、正面に立つ男の気迫。
自分よりも熟達し、洗練された剣技を持つ男の気力。
目を開き、コンツェシュを振るう。
「――はじめましょうか」
「はい。いつでもどうぞ」
コンツェシュ の ライラック が しょうぶ を しかけてきた!▼
立ち上がりは今朝とまるで同じだった。
ブレるように掻き消えたライラックが、死角から風を纏って刺し穿つ。
首を傾け紙一重で回避したフウタを、逃がさないとばかりにコンツェシュが薙ぎ払われる。
突きに伸び切った剣が無造作に横一閃。
響くは鉄。はじけるは火花。
自らのコンツェシュで受け止めたフウタは、そのままいなすように剣を薙ぐ。
利き腕とともに剣を払われ、バランスを崩したライラック。
しかし、くるりと背を向けるように回転。
続く二撃目を、勢いのままに突いた。
体勢は悪いが、この速度でリカバリーしたライラックの剣は、そうそう受けきれるものではない。
現に、この国の人間相手には絶対に放つことが出来ない技だった。
対応しきれず、為す術もなく倒れてしまう。
だから、ライラックは口角を上げた。
「――涼しい顔をするものです」
微動だにせず、一瞬で狙われた喉元にコンツェシュを合わせるフウタ。
防戦に回らせたこの刹那、畳みかけるようにライラックはコンツェシュを振るっていく。
刃を交える音が響く響く響く響く。
飛び散る火花に臆することなど欠片もあり得ず、むしろその火花すら使って目を晦まし、自分に有利な状況を生み出そうとする獣のように。
《宮廷我流剣術:
繰り出したのは、必殺とも呼べる彼女の秘技。
宮廷で学んだエストックの剣術をコンツェシュを扱ったものに改良し、その上で編み出した篠突く雨のような刺突の連撃。
手先が二十三十にも増えたように錯覚させるほどの最速剣技は、スプレッドのように拡散し敵を穿つ。
雨と名付けたのは、雨を全て避けるような人間はこの世に居ないから。
だが、とライラックは、相手と視線を交差させた。
――貴方は、違うのでしょう?
《模倣:ライラック・M・ファンギーニ=宮廷我流剣術:
ガガガガガガ、と鈍い音が一瞬に、"雨"のように響き渡った。
「ふふ、あはは!」
――楽しい。
朝、フウタと初めて試合った時もそうだった。
自分の全力に、全て応えてくれるような剣の応酬。
今までのライラックの研鑽を肯定し、あまつさえまだ"上"があるのだと教えてくれるその能力と技量。
ライラック・M・ファンギーニという少女は、この王国にあって最強の剣士だ。
誰も彼女に敵わなかった。
そして彼女の持つ闘気と、高貴なる者の威圧。強い精神と高い教養が合わさって、誰もが彼女を遠ざけた。
何一つ、敵いっこないと彼女を避けた。
故に、彼女はあらゆる努力を1人で進めた。
剣技に限らず、ありとあらゆるものへの研鑽を、1人で。
だからだろう。
たった1つ。剣技という枠組みにだけ、フウタという"格上"が現れてくれたことに、歓喜した。
思わずあの時、身を隠すための大切なフードを、"邪魔だから"と放り出してしまうほどに。
半身を逸らしてライラックの刺突を難なく回避したフウタは、そのままコンツェシュを振り上げた。
不味い、と背を投げ出すように横転して回避。
振り下ろされるフウタのコンツェシュが空を切る。
「ちょ、王女様!? そんな、地面を転がるなんて」
目を見開くフウタに、ライラックは髪を払う。
ふぁさり、とその銀世界のような髪が夜の星々に反射して煌めいた。
「あとでシャワーを浴びますから、どうとでも」
「俺の認識が間違いじゃ無ければ、王女様ってもっと髪とか大事にするものだと」
「確かに貴方の見解に相違はありませんが……」
コンツェシュを改めて構え、ライラックは告げる。
「優先順位は先ほど言った通りです。ここで全力を出す方が、正しい」
すると、フウタは小さくため息をついてから、顔を上げた。
覚悟が決まったような、そんな表情。
「……分かりました」
「分かりましたか」
「ええ、ですので」
コンツェシュを構えるフウタの瞳が、爛と輝く。
「――全力でお相手しましょう」
瞬間、溢れんばかりの闘気。
「っ――――!!!」
それを一身に浴びて、ライラックは震えた。
恐怖ではない。武者震いかと言われれば、部分的にそう。
引き絞られるような、強い威圧――それが、痛いほど心地いい。
歓喜の情、とでも言うのが一番近い。
朱に染まり上気した頬。
幸い、夜の闇に紛れてフウタには見えないだろう。
熱く息を吐き、改めてライラックは構えた。
これだから、たまらない。
目の前のフウタの姿が掻き消えた。
彼は全力だと言っていた。なら、ライラック同様、本気で剣を振るうはずだ。
ライラックはその場でコンツェシュを、背後に振り抜く。
鈍い鋼の音が、静かな夜に響き渡った。
「よく弾きましたね、王女様」
「気配を察するのは得意なのです」
背中に感じた気配通り、フウタのコンツェシュが閃いた。
それを払うだけで、びりびりと手に震えが走る。
「ならば――これでも、受けなさい!!」
《宮廷我流剣術:
閃く刃は雷の如く。
至近距離で放たれる、腹部付近から貫くように喉元へと迫る刺突。
「見えていますよ」
《模倣:ライラック・M・ファンギーニ=宮廷我流剣術:
フウタの放った一撃は上から。下から突き上げたライラックとぶつかり合い、はじけるように反動で下がる。
痺れる腕が心地良い。
「……はぁ、はぁ」
息が上がっていたことにすら、気が付かなかった。
運動量、スタミナの管理も覚束ないほどに没頭していた。
「……楽しい、では、ありませんか」
自然と、口角が上がる。
ぴくりとフウタの眉が動いた。
「貴方と剣を交える度、自分の至らないところ、届かないところが手に取るように分かる」
そのまま、ライラックはフウタを貫くように剣を突き出した。
フウタによって弾かれる。
「その度に、これはどうか、これはどうか、どんなことを試したとて、貴方の牙城は崩れない」
「――それは」
フウタは口を挟もうとした。
崩れない牙城は、楽しめるのかと。
フラッシュバックするコロッセオの記憶が言う。
お前の戦いはつまらない、と。
だが、
「――だから、崩してみたい!!」
剣を振るう。フウタが弾く。
振るう、弾く、振るう、弾く。
「――いつか。絶対に。崩してみたい! 貴方の剣は、そう思わせる!」
「――俺の、剣が」
「そう、貴方の剣。貴方を超えた先に、無限の達成感がある。そう感じるのです。だから!」
ライラックの手から、コンツェシュが弾かれた。
フウタのコンツェシュが、彼女と全く同じ技で以て、打ち払ったのだ。
からからから、と地面を滑るコンツェシュを眺めて、ライラックは息を吐いた。
「――今宵はこれまで。ですが、何度でも。貴方と立ち会っていたい。分かりましたね?」
そう、儚げな笑顔で、ライラックは言った。
フウタは、まだ実感は湧かなかったけれど。
それでも、彼女の気持ちは剣を通じて伝わった。
「分かりました。俺で良ければ、いくらでも」
「よろしい」
そう、互いに笑みを見せて。
初めての逢瀬は、終わりを告げた。
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