<< 前へ次へ >>  更新
100/334

29 フウタ は おうじ と わかれた!



 ――王城、王女私室。


 フウタとバリアリーフの戦いが終わって、王城へと引き返して。

 その日の夜のこと。

 バリアリーフはライラックに内々に呼び出され、私室へと赴いていた。


「うぇーい。……まあなんつーか、一応礼は言っておくわー」


 一応。

 そう付けたのには理由がある。

 単純な話だ。

 ライラックがフウタとバリアリーフを引き合わせたのは、ただ単純にバリアリーフの願いを叶えてやろうなどという優しい心からではない。


 バリアリーフが、"我欲"のために王都に来た。

 それを認めてしまうことになれば、彼は王都に居られない。つまり、婚約破棄に繋がると考えたが故のこと。


 バリアリーフ自身もそれを分かっているからこその、一応の礼だった。


 もちろん、エルフリードの勝手な行動や、ルリのことも含め。

 思ったよりも今回の一連の騒動は大きかった。


 ライラックはその全てを利用するつもりは無かった。

 今回の場合は本当に、たまたま手札が手元に転がってきたというだけ。

 特に労力も必要とせず、ただ漫然と手札を切っているだけで上がりに辿り着いた。楽な仕事だった。


 バリアリーフにとってみれば、もう気付いた時点で打つ手がなかったのだからどうしようもない。

 ライラックが何をしているか分かった上で、全てのらざるを得なかったというだけの話。想定外は、フウタくらいのものだ。


 ライラックに、特別に想う相手がいることは見抜いていた。

 王都にフウタが居るということも情報として握っていた。

 まさか、ここで繋がるとは思っていなかった。 


「どういうつもりですか?」

「あり? ライラっちゃん怒ってる?」

「怒ってなどいません」


 ソファに掛けるよう勧められ、開口一番がこれときた。

 主語の無いその問いにとぼけることも出来たが、特に誤魔化す理由もない。

 彼女が言っているのはフウタとの"契約"の話であり――今回の一件で、唯一ライラックの想定外であったことの話だ。


「意趣返し的な?」

「なるほど? ならば貴方の想い通り、わたしは不愉快な想いをしていますが」

「やっぱ怒ってんじゃん」

「何か問題でも?」

「いや……ええ……?」


 あの場に居た者で、バリアリーフの意図全てに気が付いたのは、きっと彼女を除けばパスタくらいのものだろう。


 "契約"をフウタに持ちかけた際のバリアリーフの言葉は全て本心だ。

 だが、全部を口にしたわけではない。


 あんな風に話を振られれば、ライラックに迷惑がかかるものでない以上フウタは引き受けるだろう。


 だからライラックには止めようがなかった。


 "英雄"との、剣の"契約"を。


 出来るかどうかは勘頼り。しかし、失敗したところでデメリットはない。


 ならば何故これほどライラックが不愉快そうにしているのか。

 その答えは簡単だった。


 バリアリーフとフウタの闘剣。

 悔しくも魅せられたそれ。ライラックの抱いた感情に、バリアリーフは気づいていた。推測した、と言い換えても良い。


 ライラックに、特別な相手がいることは知っていた。

 それがフウタであることが分かった。

 ライラックは武人である。


 それだけあれば、"英雄"にとっては知恵遊びにもならない単純な答えが導き出せる。


「置き土産っちゅーか? オレの言いたいことは一貫してるよライラっちゃん」

「……」


 ライラック・M・ファンギーニ相手に、正面から嫉妬を煽ったのだ。


「大事な人なんて、いつまで一緒に居られるか分かんねえんだしさ」


 のんびりと伸びをして、バリアリーフは告げる。


 自分の身の上話をするつもりはない。

 これはただのお節介だ。


 ウィンド・アースノートという、結ばれない想いを目にして。

 彼の言葉を聞けばこそ。


 そして自分が、もう会えない肉親を数多く抱えていればこそ。


「素直になれよ、ライラっちゃん」


 けらけらと笑って、バリアリーフは部屋を出ていく。


 バリアリーフとライラックの勝負は、ライラックの勝利に終わったはずだった。婚約は破棄。彼は国に帰る。


 だというのに、両者の表情は、勝敗の真逆の様相を呈していた。











 ――別れの日。


 バリアリーフ皇子の帰国は、皇国商隊と合わせて行われることになった。

 力なく項垂れるエルフリードの肩に手をやり快活に笑う皇子。


 来訪時と比べて随分と寂しくなった荷馬車の群れは何かを察しないでもないが、残念がる国王に対して真摯に応じたバリアリーフは、後はもう馬車に乗り込んで王城を出るという段になって、別れの挨拶を告げるべく、王城の城門前で待つフウタたちの元へとやってきた。


 この場に居るのは、フウタとコローナ、そしてルリの3人だけだ。


「よっ、めいどー」

「めいどー!」

「めいどぉー!」

「どうしてこの一瞬で挨拶が完成されてるんだ」


 愉快そうに笑いながら、「うぇーい」と拳を突き合わせるバリアリーフとコローナ。

 ほぼ初対面に近いはずなんだが、と首を傾げるフウタを置いて、ルリは自分もとばかりに「うぇーい」と混ざる。


 彼女の教育現場がここで本当に良いのか。真剣に考えざるを得ないフウタであった。


「……もう、行くのかオーシャン」


 本当にあっという間だった。

 剣を交えてから、1日と経っていないような。

 バリアリーフが帰国することが決まってから彼の周囲が慌ただしかったことはそうだろう。

 フウタはフウタでオルバ商会の修復を手伝いに出かけており、のんびりと話すような暇はなかった。


 実際のところ、時間があったら2人がゆっくり旧交を温めたかと言えば、きっとそんなこともないのだろう。2人の会話は、既に済んだ。あの闘剣が全てだ。


 そういう割り切りがあればこそ、互いに予定を合わせようとはしなかった。


 男の子だなあ、とコローナがけらけら笑っていたのをフウタはよく覚えている。想えばあの時、彼女はフウタとバリアリーフが会う時間を調整してくれようとしていたのかもしれない。 


「おいおい、別れを惜しむ時間があるだけ良いと思えよ?」


 バリアリーフは案の定、特に惜しむこともなく楽し気に言った。

 その言動がいつかのコロッセオをネタにしていることに気付き、コローナは少し目を丸くする。


 フウタにとって、かつてのことがどれほど重かったかは、言葉だけとはいえ理解しているつもりだ。

 同じ場所に居て、互いにすれ違っていた2人だからこそ、特に口を挟むつもりはないけれど。

 ちらりとそのまんまるおめめをフウタに向ければ、彼は。


「ああ、本当にな」

「そーそー。そういうエモいの全部すっ飛ばして追い出されたお前が言うか的な?」

「まあそうなんだけどさ。今回は機会があるんだし」


 穏やかな笑顔に、一片の曇りもなく。コローナの心配は杞憂だった。


 フウタ自身、色々あった。

 それはライラックとの出会いに始まり、プリムやイズナとのぶつかり合い。そしてきっと、コローナの分からないところで、闘剣の中で感じた心もあったのだ。


「じゃー、祝っちゃいます? 乾杯、いっちゃいます~?」

「祝いはしないけども。それに今から酒は拙いだろ」

「それなー!」


 はー、皇子つれーわー、などとおどけた様子のバリアリーフ。

 その表情には一切の気負いはなく、コロッセオでオーシャン・ビッグウェーブだった頃と同じ、明るい海のような笑顔。


 だからこそフウタは気になった。


 武器を使うことがもう許されない彼が、第一皇子との約束を破って帰国することが。


「大丈夫なのか、このまま戻って」

「大丈夫じゃあねーよそりゃあ」


 首をぽきぽき鳴らして、バリアリーフは続ける。


「親父との約束も破っちまうことになる。兄貴も、ゆーても許しちゃくれねえだろうし? でもまー」


 ひょい、とルリを抱えて肩の上に乗せる。


「ほぉ?」


 何をされたか一瞬分からなかったルリ。ぐっと近くなったバリアリーフの顔をまじまじと見つめて、鼻をつまんだ。


「ふんが」

「あはは」


 フウタは慌てて止める。


「ちょ、おいルリ」

「いーのいーの。警戒してねー証拠っしょ」

「しょうこっ!」


 バリアリーフの笑顔は変わらない。同調するように拳を突き上げるルリに、フウタは諦めたように眦を下げた。

 実際、ルリはバリアリーフに警戒した様子は全くないし、どちらかと言えば懐いているようにも見える。


 ルリとバリアリーフが、この20日間で何度顔を合わせたのか、フウタは知らないけれど。


「――妹分っちゅーか、姪っちゅーか? こいつ守る為なら、親父も許してくれるべ」

「……オーシャン」


 それでも、姉の忘れ形見が大きなきっかけで、バリアリーフに決意をさせたのは間違いない。


「兄貴を止める。ちょい荒っぽい真似すんのは悪ぃけど、色んなヤツ泣かせたんだ。ケジメは付けて貰うさ。――それに」


 一度目を閉じて、思う。


 自らを縛る"契約"。


「結んだ相手が居なくなれば、その"契約"は無効だ」

「お前それ……お兄さんを」

「しゃーねーって。皇族の名で国乱したんだ、しくじったら末路は変わらねえ。そいつぁ……オレも同じだ」


 開いた瞳に宿る決意は固い。

 ただ、すぐにいつもの緩いものに戻った。


 フウタや、コローナ、そしてルリ。

 ライラック相手ならばともかく、こんな話を"国"と無関係な人間にしても仕方がない。それよりも、もっと話題を共有できるようなものを。


「まーほら、レザっちゃんに喧嘩吹っかけて、勝率覆してやらねえといけないしな」

「――そうか」

「ああ、だから必ず帰って来るぜ」


 にや、と口角を上げたバリアリーフは、ルリをフウタに手渡すと大きく伸びをした。


 フウタに抱き上げられたルリが、「ひとじちへんかん」とか言っていたがそこはそれ。どこで覚えたんだとばかりに隣のメイドに目をやれば、無言でピースして左右に揺れていた。

 いつも通り存在がやかましい。


「――さて、と。いっちょ国でも救ってきますかー」


 まるで昼ご飯を作るようなテンションで彼は言う。


 彼の背後を見れば、馬車の準備を整えた部下がバリアリーフの元へと歩いてくる。


 別れの時だ。


 じゃあなと一言告げるバリアリーフに、ルリが手を振る。


「またね!」

「おう、またな」

「えとね」

「うん?」


 別れの段になって、ルリは少し悩むように口を噤んだ。


 ルリに、バリアリーフのしようとしていることは分からない。

 けれど何故だろうか。

 自分のために、何かをしてくれるつもりであることだけは、伝わった。


 だから、彼女は、精一杯。



「あのね」

「おう」




『――ねえ、バリアリーフ』





「いちばん、ほしいものはなに?」

「一番ほしいものかー」




『――じゃあ、好きなことを見つけるところからね』




 今なら、答えられる。




「期待させてくれるヤツだよ」

「期待させてくれるヤツ……むずかしい」

「そうか?」

「でも、分かった」


 

 ぴ、と指さした先は、バリアリーフ自身。



「ルリ、待ってる。待ってるから、一緒にフウ兄倒そう」

「――はは!! そいつぁめちゃんこアガるわー!!」



 わしわしとルリを撫でまわし、今度こそバリアリーフは背を向けた。


 ああ、とても良い気分だ。

 ルリはバリアリーフが帰ってくることを期待している。

 フウタを倒すことを期待している。

 そして何より、未来に期待させてくれている。


「こいつぁ死ねねえなぁ」


 武器は無い。

 多くの凶刃を防ぐ手立てはない。


 それでもきっと、バリアリーフ・F・クライストは大丈夫だ。


 たとえどんなことをしたって、国を治めて、ここに帰って来る。



「大丈夫なのか、バリアリーフ」


 至難を極めることだろう。

 これから彼の旅は、それこそ嵐の真っただ中をひたすら進むことになる。

 心配するのは、普通だ。

 けれど、そんなフウタの言葉に首を振って。

 親指を突きだして、楽し気に言い放った。



「ゆーても、故郷さ」



 そう。故郷だ。

 ただの帰国だ。何も怖いことはない。












「――八つ目の海を征する(お前を倒す)よりは、楽勝だよ」







 ――バリアリーフ・F・クライスト皇国第五皇子は、こうして。


 王都を去ったのであった。

NEXT→3/10 11:00

次回、三章エピローグ。

<< 前へ次へ >>目次  更新