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10 フウタ は おうじょ と はなしている!


 部屋に入ってきたライラックは、フウタをまじまじと見つめる。


「……あれ?」


 そして出会った時と同じように、こてんと首を傾げた。


「王女様。お昼ぶりです」

「ええ……そうですね」

「どうかされましたか?」

「いえ。随分と見違えましたね。コローナは化粧に精通しているわけでありませんから……必然、それが貴方の素顔ですか」

「そんなに思考の過程を踏まずとも素顔ですが……」


 ふむ、とライラックは頷き、その青い双眸でフウタを見つめて言った。


「カッコいいではありませんか。ええ、わたし好みです」

「あ、どうも……」

「そこはもう少し気取った台詞が出ると、よりわたし好みですが」


 今朝も言われた台詞だった。

 フウタは小さく肩を落とす。


「気の利いたことが言えなくてすみません……」

「伴侶となるわけでもなし。それで構いませんよ。欲張りすぎました」


 柔らかく微笑む姿は、慈愛という言葉がよく似合う。


 さて、と周囲を見渡して、ライラックは続けた。


「コローナは夕食を作りに戻りましたね?」

「ええ、先ほど、それはもう凄い勢いで。足元に車輪が幻視出来るくらい……」


 実際、ぴゅー、という効果音と共に駆けていったような、そんな具合だった。


 ライラックは笑いをかみ殺したように口元を抑える。


「王女様?」

「いえ……仲良くなれたようで、ほっとしました」

「それは……」


 フウタは今日のことを思い返して、目を閉じた。


「全部、コローナのお陰です」


 しみじみと思う。彼女でなかったら、ここまでフウタの心は持ち直していなかっただろうと。


 その実感が伝わったのか、ライラックも目じりを下げる。


「そうですか。何よりです。彼女を付けた甲斐がありました。癖は強い子ですが、これからも仲良くしてあげてくださいね」

「はい。癖は強いですが、本当に有難い子でした」


 既に、癖が強いというのは共通認識になっていた。


 と、ライラックは窓の外へと視線を移して呟いた。


「――彼女に言われたのです。少し、無関係の人間と話してみてはどうかと」

「そうだったんですか。……それでコローナも、話し相手がどうの、という話は知っていたわけですね」

「ええ。そして、依頼を出してみて。結果として貴方と会えた」

「……その、話し相手には何を求めていたんですか?」

「さぁ?」

「えっ」


 肩を竦めてみせるライラックだった。


「貴方の前でする話ではありませんが、結局のところ迷走していたのですよ。自分のするべきことが分からなくなっていたと言いますか。だから、コローナのよく分からない提案にも、とりあえず乗ってみたといいますか」


 そこまで言って、ライラックは俯き気味に小さく笑う。


「数度不発に終わって時間の無駄になりました。ふふふ」

「こわ」

「なんですって?」

「何でもありません、はい」


 がば、と顔を上げた彼女から、フウタは目を逸らした。


 時間の無駄に終わった直後のコローナは、きっとライラックと顔を合わせるのも怖かっただろう。

 次に会ったらもう少し優しくしてあげようと思うフウタだった。


「とはいえ貴方と出会えたことで、全て帳消し、むしろ圧倒的にプラスですから心配無用ですよ。迷う理由もなくなりましたから、既に"話し相手"など求めていません」

「そ、そうですか」


 もしも、話し相手も必要なようであれば、と思ったフウタだったが、どうやらそれは無用な様子だった。


 ですから、と彼女は続ける。そして真っ直ぐフウタを見つめた。


「わたしが今最も求めているものは分かりますね、フウタ?」


 フウタは真剣に考えた。


「…………気の利いた台詞でしょうか」


 ライラックは軽くこけた。


「そ、れ、は……まぁ、努力するというのであれば歓迎します。確かに、貴方に対し足りないところを指摘するならそこでしょうとも。ええ」


 額に手を当てて目を閉じる。

 珍しく、ライラックが困っていた。


「貴方へ個人的な努力を要請しているわけではなく、今のわたしが一番欲しいものです。貴方に求めていることではなく、わたしが今、世界中で一番、求めていること。はい、なんでしょう!」


 手のひらを差し出され、言葉を委ねられ、フウタは考えた。


 世界で一番、ライラックが欲しがっているもの。


「た、たとえ力及ばずとも……あー」

「?」

「粉骨砕身する覚悟を持ち、えーっと、貴方に忠義を誓う……」

「???」


 なんか喋り出したフウタに、ライラックの頭に浮かぶ大量の疑問符。


「……その、強い、力?」


 最後にはフウタにも疑問符が生まれた。


 そこでライラックはようやく察した。


「あ、さては貴方、気の利いた台詞のセンスは最悪ですね!?」

「――っ!?」

「露骨にショックを受けない! ただの事実です! もう!」


 一生懸命、気の利いた台詞でそれっぽくかっこいいことを言い、ライラックに喜んでもらおうというフウタの目論見は脆くも崩れ去った。


 ライラックは怒りと羞恥に頬を染め、叫ぶように言う。


「わたしが今一番求めているものは!! 貴方との手合わせです!!!」

「あっ」

「あ、ではありません!! 馬鹿ですか!?」

「いえ……世界で一番とは思わず」

「自分の実力に胸を張れと、今朝言ったばかりでしょう!! どんな"教師"よりも貴方が良いと、わたしは言ったはずです!! 変なところで卑屈になるな!!」

「は、はい!」

「恥じるのは貴方の壊滅的な詩文センスだけで宜しい!!!」

「!?」


 ぴしゃりと言葉を締められ、フウタは凹んだ。


「……そんなに、ダメでしたか」

「何故、剣の腕を買っていることに喜ぶより、詩文へのダメ出しに気が行くのですか。貴方は」

「それは……」


 少し悩んで、フウタは言った。


「王女様が、気の利いた台詞を求めていたものですから」

「はー……」


 腰に手を当てて、大きくライラックは嘆息した。


「良いですか、フウタ。確かに、聞き心地の良いカッコいい言葉が、わたしは大好きです」

「はい」

「わたしが、つい癖のように口にするものだから、貴方は気にかけてくれたのでしょう。それについては、感謝します」


 そこまで言ってから、ライラックは少し目を逸らす。


「ですが、忘れないで欲しいことがあります」

「……なんでしょう」

「100の気の利いた台詞より、1度の貴方との手合わせを、わたしは望むということです。どんな詩人が現れ、わたし好みの詩文を紡ごうと、貴方との時間を失うくらいなら全員解雇します。分かりましたか?」


 フウタは、噛みしめるように頷いた。

 そんなフウタを一瞥して、ライラックはもう一度目を逸らした。

 流石に照れが入ったのか、頬が朱に染まっている。


「もう、二度と口にしませんから、胸に刻んでおくように」

「は、はい。……ですが」


 そんなに、自分との立ち合いに価値があるとは、思ってもみなかった。

 と、フウタは思う。


 だって、ただ一度の手合わせをしただけだ。

 それだけで、彼女はフウタの価値をこれだけ高く見積もったということなのだろうか。


「そんなに、価値があるとは――」

「フ・ウ・タ?」

「は、はい!」


 こめかみに青筋を浮かべて、ライラックは微笑んでいた。


「二度は言わないと言ったばかりですが?」

「申し訳ありません」

「……はぁ」


 やれやれ、と呆れるようにライラックは呟く。


「剣の腕には自信があるのでしょう? それがどうして、わたしを相手に誇れないのでしょうか」

「……それは」


 フウタは、小さく言葉を零した。


「俺の剣で喜んでくれたのが、貴女が初めてだからです」

「……まさか」

「本当なんですよ。努力を認めてくれたのは嬉しかった。けれど、他はやっぱり戸惑いの方が強くて。すみません」

「仕方のない人ですね」


 呆れたように、ライラックは目じりを下げた。


「ならば、何度でも貴方と試合うとしましょう。どれだけわたしが貴方の剣に惚れ込んだか、今から教えてあげます――剣を執りなさい」



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