99 襲撃者
王都からフーデール公爵領への移動は、ドルトン所有の大型高速馬車に乗っていく。
この馬車はかなり高価な物らしく、見た目は質素だがレベル5の【
「食らったことはねぇがなっ」
というのはヴィーロの言葉だ。一応耐えられるけど二度目は廃車になる。
下の部分にある数十センチの空洞部分に中に持ち込めない武器や装備を仕舞い、床下からも取り出せる。屋根の上は戦利品を仕舞うスペースになっていて、その間が人が乗る場所になるが、大柄なドルトンやフェルドが乗っても充分に余裕があるので、十人以上は軽く乗れると思う。
馬車は四頭の馬で牽いているけど、駆動系は魔道具でもあるらしく、馬が牽いていても魔石を動力としてある程度は自力で走行しているらしい。
「いいか、アリア。光魔術が使えることでお前を入れたが、お前の戦闘スタイルを無駄にするつもりはないから、基本は斥候として動いてもらう」
馬車の中でドルトンが私の役割について説明してくれる。
「戦闘中の回復はどうするの?」
「サマンサがいた時でも戦闘中に回復なんてしなかった。基本は戦闘後のポーションで済ます。気になるようならフェルドのように自分で覚えて治せって話だ。アリアには、戦闘に支障が出るような傷の場合だけ治療してもらう。俺たちは全員が戦闘員だ。魔力を無駄に消費していざという時に戦えないんじゃ意味がない。魔力回復ポーションも、日に数本も常飲していると効きが悪くなる場合があるからな」
「了解」
冒険者『虹色の剣』の現在の構成は、こういう形になっている。
・重戦士
【ドルトン・ロックウォール】【種族:山ドワーフ♂】【ランク5】
【魔力値:250/250】【体力値:512/512】
【総合戦闘力:1940(身体強化中:2420)】
・剣士
【フェルド・ルーイン】【種族:人族♂】【ランク5】
【魔力値:225/225】【体力値:370/370】
【総合戦闘力:1494(身体強化中:1908)】
・斥候・軽戦士
【ヴィーロ・ドーン】【種族:人族♂】【ランク4】
【魔力値:172/220】10Up【体力値:283/320】10Up
【総合戦闘力:1056(身体強化中:1281)】
・精霊使い・弓兵
【ミランダ・モーモー】【種族:森エルフ♀】【ランク4】
【魔力値:350/350】【体力値:175/175】
【総合戦闘力:1097(身体強化中:1321)】
・幻術士・暗殺者
【アリア】【種族:人族♀】【ランク4】
【魔力値:270/270】【体力値:210/210】
【総合戦闘力:916(身体強化中:1123)】
やはりランク5の魔術師であるサマンサが引退したので、全体的な戦力は落ちているが、ドルトンによれば人族であるフェルドとヴィーロが成長しているので、私とミラの魔術次第で以前と同程度には戦えると考えているそうだ。
今回の最終目的地であるダンジョンは離島にあるので、この馬車で向かうのはフーデール領内にある港町だ。
通常なら比較的安全な主街道を通って公爵の街へ入り、そこから東にある港町に向かうのだが、私たちは途中で主街道から離れて、森の中を進むルートを使う。この道だと主街道より狭いが、一般の旅人はあまり通らないので馬車を使いやすいのだと聞かされた。
そうして森の中を進み、そろそろ暗くなってきたので野営地を捜そうかという時間になって、御者の人から声が掛かる。
「ドルトン様、かなり前方ですが剣戟らしき物音が聞こえます。ここからでは襲われているほうも襲っているほうも分かりませんが、いかがいたしましょう?」
この御者の人は、ドルトンの屋敷を管理している執事のお爺さんだ。とは言っても本職の執事ではなく、引退した元暗部にいた人間で、ランク2の斥候程度の実力はあるからその情報は信頼できる。
「どっかの馬鹿な商隊が襲われているのか? 面倒だが仕方ない。若い奴は馬車から出てちょっと片付けてこい」
ドルトンが顔を顰めながらも指示を出す。彼が嫌な顔をしているのは、この道が主街道に比べて安全ではないと分かっているからだ。それでもある程度の護衛がいれば襲われないのだが、襲われている側はその護衛が十分ではなかったのだろう。
「じゃあ行くか」
「うん」
ドルトンの言葉にフェルドと私が席を立つ。
『若い奴』と言われて、見た目が若いミラは干し果物を囓りながら席から動かず、逆に立ち上がろうとしたヴィーロは、途中で私と目が合って自分が若手ではないと気付いたのか、そのまま腰を席に戻した。
馬車の外に出ると確かに遠くから剣激の音が聞こえてきた。フェルドもそれに気づいたのか、前方を見据えて少しだけ険しい顔になる。
「魔物じゃないな……武器がぶつかる音が重い。戦闘訓練を受けた者同士の戦闘だ。気をつけろ、アリア」
「了解」
念の為、御者の執事さんにその情報を伝えてから、フェルドは乱戦になる想定をして大剣ではなく二本の手斧を両手に構え、私は武器を抜かずにそのまま暗くなった道を走り出した。
夜目が利く私が先頭を走り、その後をフェルドがピッタリとついてくる。
走り出して数十秒で道の先に魔術光と松明のわずかな灯りが見えると、その状況が少しだけ見えてきた。
「襲われているのは推定貴族の馬車。襲撃者も人間みたい」
「敵の判別はつくか?」
「顔を隠した黒い革鎧が襲撃者かな? それで、加勢はする?」
「そこまで分かりやすい構図ならいいんじゃないか?」
「わかった。先行する」
私はその瞬間に全力で飛び出した。私とフェルドは敏捷値が同じでも、体重の軽い私は走力だけなら彼よりも速い。
貴族の馬車が数台見える。そのわりに護衛の数が少ないように見えるが、腕が立つのか倍近い数の襲撃者相手に互角の戦闘をしていた。
その中で一人の騎士が三人の襲撃者相手に苦戦しているのを見て、即座に私も行動に移る。
「――【
「ぐぎゃっ!?」
槍を振り上げていた襲撃者の一人が悲鳴を上げて硬直し、それに驚いて振り返る隣の男の眉間に投擲ナイフを突き立て、硬直している男の首を【刃鎌型】のペンデュラムで引き裂き、私は駆けつける勢いのまま最後の黒革鎧の顔面を蹴り上げながら、黒いナイフでガラ空きの咽を斬り裂いた。
「通りすがりの冒険者だ。そちらが襲撃を受けている側で間違いないな?」
「あ、ああ」
黒鎧三人を、有無を言わさず殺してからの問いになったが、その騎士は唖然としながらも頷いた。
「余計な世話だったか? 必要ないなら戻る」
「い、いや、助勢に感謝する。襲撃者が“予定”より多かったので、先行している馬車が心配だ。だが君は……」
「冒険者、“虹色の剣”だ」
やはり『虹色の剣』の名は有名らしく、騎士の顔が安堵するように明るくなる。それとは逆に加勢に来た私が邪魔だと思ったのか、襲撃者の黒鎧が数人ほど私のほうへ向かってきた。
私はすぐに闇の中に放った【分銅型】ペンデュラムで、先頭の男の側頭部を真横から打ち抜き、スリットから抜き放った投擲ナイフでその咽を貫いた。
襲撃者の戦闘力は250前後……ランク2の上位と言ったところか。手練れではないが相手の覚悟次第では油断できる相手でもない。
「くそっ」
私の武器が闇の中から襲ってくると気づいて、急所を腕で庇うようにして突っ込んでくる男に、私は宙に飛び出すようにして顔を庇っているガードの上から膝を打ち込み、空いたガードの隙間から腕を差し込んで、首に巻き付けるようにして背後に回りながら首の骨をへし折った。
「あぶないっ!」
騎士の声が聞こえて、さらに二人の襲撃者が剣を構えて飛び込んでくるのが見えた瞬間、加勢しようと飛び出そうとする騎士の両脇をすり抜けた“手斧”が、襲撃者二人の顔面に突き刺さる。
「アリア、速すぎるぞっ!」
文句を言いながら追いついてきたフェルドは、駈けてきた勢いのまま背から魔鋼製の大剣を抜き放ち、飛び込むと同時に襲撃者の一人を上下に両断する。
「お、お仲間か…?」
そのあまりの威力に騎士の声が掠れていた。私はその騎士に軽く頷くと、次の敵を捜すフェルドのほうを向く。
「先行している馬車も襲われている」
「分かった。お前はそっちに行け。こっちにいる連中は俺が相手をする」
「……了解」
分かってはいたけど、やはりフェルドは強いな。この程度の相手ならランク3が数人混ざっていても、油断さえしなければ問題ないだろう。
若干、脳筋ぎみなのが気になるけど……
フェルドの参戦に若干引き気味になった襲撃者の間をすり抜け、私はこの場の誰も追いつけない速度で飛ぶように駈け出した。
襲撃されていた馬車の側を通るとき、攻撃を受けたのか剥がれ掛けていた板の内側に見覚えのある紋章が目に映る。
(……王家の紋章?)
ダンドールの保養地でエレーナが乗っていた馬車にも同じ紋章が付いていた。だとするならこの一行は王家の関係者?
可能性があるとしたら、ダンジョンに向かう王太子かエレーナの馬車だが、まさかこの程度の護衛で、安全な主街道を使わない理由がわからない。
王族も彼らだけじゃないし、こんな道を通るのなら急ぎの物資を運んでいるだけだと良いんだけど……
道を進んでいると暗がりの中に転がる、黒鎧や護衛の騎士の姿が映る。生死を確認するまでもない。魔素を視る私の目なら、鑑定するまでもなくその生命力が残っていないことは理解できた。
相打ちだったのか? それともまだ手練れが残っているのか?
ヒュンッ!!
その瞬間、森の暗がりから飛んできたナイフをとっさに【
おそらく躱された。闇の中で何者か分からないが、一瞬だけ見えたその魔素の影から相手の強さは感じることができた。
【―NO NAME―】【種族:人族?】
【魔力値:182/220】【体力値:221/260】
【総合戦闘力:929(身体強化中:1126)】
相手も私の戦闘力を確認したのか、闇の森を震わすような“殺気”が迸る。
……なるほど。“手練れ”が居たな。
襲われた馬車に乗っていたのは、王太子かエレーナか。
それとも別の王族か。
闇の中に現れたランク4と戦闘が始まる。
次回、暗い森の戦い。
たぶん、次は土曜か日曜の更新予定です。