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98 渦巻く想い

久々に悪役令嬢たちの登場です。




「クララ……もう“準備”は終えていて?」

「はい、エレーナ様。パトリシア様は辞退という形になりましたが、わたくしとカルラ様はすでに準備を終えて、フーデール公爵領内にある港町で落ち合う手筈になっております」


 次代のクレイデール王国を担う王族とその婚約者たちがダンジョン攻略を命じられ、各々がその準備を進めていた。

 王族のみならずその婚約者まで危険なダンジョンに潜ることを強いられたのは、次代の王家の一人としての覚悟を問う意味もあるが、それ以上に今の王家に王族の数が足りてないことを表していた。


 その攻略するダンジョンがフーデール公爵領にありながら、そのフーデール公爵令嬢のパトリシアが攻略を辞退したのは、本人の能力や性格的に無理であることと、彼女の生母が第二夫人であることから、フーデール公爵家が王妃の順位争いを辞退したことを意味している。

 これによってパトリシアは第三王妃に内定し、正妃である第一王妃となる筆頭婚約者の座は、ダンドール辺境伯令嬢クララとレスター伯爵家令嬢カルラに絞られた。


「王太子であるエルヴァンお兄様と、第一王女であるわたくしも、万難を排してダンジョン攻略に挑みますが、我々の第一目標は『ダンジョンの精霊から加護を戴く』ことではなく、王太子殿下の五体満足の帰還になります。お分かりよね?」

「はい……」


 王家は各世代ごとに王族をダンジョンに送り、加護を得ることで国家の安寧と外敵の脅威に対する護りを築いてきた。

 だが、“精霊の加護”は、必ずしも等しく得られるものではない。

 ダンジョンの精霊は、世間一般的に『精霊』と呼ばれているが、本質的には属性を司る通常の精霊ではなく『聖霊』に近い存在である。

 “聖霊”は、精霊王や妖精王などの高位の存在とされ、その正体は不明であり、性質は気まぐれで、ダンジョンを潜り抜けてきた程度では加護を与えない場合があった。

 実際に現国王陛下や前国王は加護を得ておらず、ここ数十年では陛下の弟である第二王子が加護を得たものの、元々身体の弱かった第二王子はすでに早世している。


 加護を得たからといって王家内の順位が変わるわけではない。特殊な能力と国家統治の能力は別物だと、理解するまで教育がされているからだ。

 それ故に、王妃教育をされていない子爵令嬢を正妃とした今の国王は、貴族派から反感を買い、そのしわ寄せがクララの世代に及んでいた。

 その状態で、王太子が死亡することでもあれば国は荒れる。エレーナが短期の女王となることで治めることはできるが、貴族派が大きく発言力を得て王家の力は弱まることになる。


 クララも三王妃のどれかに内定していると言っても、あくまで今の王太子であるエルヴァンの妃であり、エルヴァンが王位に就けない状態になった場合、まだ幼子である第二王子の妃には同年代の令嬢が選ばれ、クララが王妃に就くことはできなくなる。


 本人の思惑はともかく、王家の力を取り戻して国家安寧を願うエレーナと、娘が正妃になることを望むダンドール家の想いを寄せられたクララの希望は一致している。

 だが、こうして余人を交えず二人で話し合っていても、二人の間に生じた“溝”はまだ深いままだった。


 溝が生じたのは、前世の記憶を取り戻した“異界転生者”であるクララが、悪役令嬢と呼ばれることになるエレーナを警戒してしまったからだ。

 その溝が深まる切っ掛けになったのは、クララが本能的に拒否してしまった、『乙女ゲームのヒロイン』と同じ、桃色髪のメイドとエレーナが懇意になったことだろう。

 そして、そのメイド少女が行方不明になり、クララが安堵から思わず“お悔やみ”を述べたことで、まだ生きていると信じるエレーナと決定的な溝ができてしまった。


 今回二人で会うことも、ダンジョンに潜る娘のことを心配した総騎士団長が、仲直りの切っ掛けを求めて、妹である第二王妃に要請することで実現しただけだ。


「王家によるダンジョン攻略は、他の貴族家には明かされていないので、護衛は最小限に抑えられます。ダンジョン通路の広さと進行速度を考えれば、各自二名の従者と、十名の上級近衛騎士に五名の荷物持ち、そして露払いとして、宰相が懇意にしているランク5の冒険者パーティー五名の、三十余名が攻略人数となります」

 エレーナは淡々とそう述べると、一息ついて薄い氷のような笑みを浮かべた。

「パトリシアは賢いわ。自分のできることをよく知っているもの。わたくしたちの第一目標は、まず王太子殿下の帰還。第二目標は私たち四人の加護の取得。第三目標が私たちの帰還になるわ。クララ……あなたに自分の命を犠牲にしてまで、国家のために王太子殿下を護る覚悟ができていて?」

「……は、はい」

 蒼白になった顔で掠れるような声の返事をするクララを、エレーナは冷たい視線で見つめながら静かに席を立つ。

「王妃になるのでも、させられる(・・・・・)のでも、そろそろ覚悟は決めなさい。誰かっ、話は終わりました」


 エレーナは隣室に控えている侍女を呼ぶと、俯いたまま動かないクララに一瞥もせず王宮の応接室を後にした。


(どうしよう……)

 クララは前世の知識を持っていたとしても、あくまで乙女ゲームをしていただけの、ただの女子高生に過ぎなかった。

 ヒロインの脅威やゲームエンディングの断罪に危機感は持っていても、攻略対象者のいる華やかな世界に憧れもあり、自分の死を明確に意識できていたわけじゃない。

 前世の世界は平和で、死を意識することすらなかった。でも、ゲームでは語られていなかった本編開始前のダンジョン攻略によって、自分が死と隣り合わせにいることをようやく理解することができた。

 ゲームのクララは加護を持っていなかった。ヒロインは魔族との戦争イベントでのみ加護を得たが、それでもゲームが始まってからの話だ。

(私……こんな怖い人たちの中で生き残るためには、加護を得ないといけないんだ)


 クララがひっそりと自分のための覚悟をしていた頃、従者を伴い自室に戻ったエレーナを王宮でも珍しいクルス人の侍女が出迎える。

「セラ、どうかして?」

 この上級侍女は暗部の騎士であり、王妃宮の警備責任者でもある。王太子はあまり暗部を好んでいないが、エレーナの従者兼侍女も暗部の人間であり、よく知っているからこそ信頼もして、今回ダンジョンの伴をする従者の一人に彼女を希望していた。

 その艶やかな小麦色の肌の侍女は一礼して優雅な笑みを見せると、一通の書簡をエレーナの侍女に手渡す。

「お知らせしたい議がございまして書にしたためました。お読みいただいた後は処分なさるのがよろしいかと」

「……分かりましたわ」

 彼女がそう言うのなら重要なものなのだろう。

 セラが下がると侍女に書簡を開封させ、安全を確認させると侍女たちを部屋の外に待機させてから、一人で書を開いて読んでみる。

「………ッ」


 その書には、とある人物のことが記されていた。

 エレーナがその人物と関わった時間は長くない。実際は数週間ほどだったが、実の親ですら頼れない状況で一人戦っていたエレーナにとって、“彼女”の在り方は、立ち位置は違えど自分が“独り”ではないと教えてくれた。

 この状況を招いた父に、エレーナが本気で今の情勢に愁いていることを伝えても、子供が気にすることではないと笑い、慕っているように見せていた兄も、一番危険である立場でありながら何の危機感も持っていなかった。

 “彼女”だけが現状と戦っているエレーナを“理解”してくれた。孤独な戦いの中で敵に襲われたエレーナを命懸けで救ってくれた。

 “同類”である“彼女”だけが理解してくれる感覚を、誰も理解してくれなくても自分たちだけは知っている。

 “彼女”が誓ったあの夜の言葉は、エレーナの決意に対して真剣に向き合ってくれたからこそ出た言葉だと思っている。

 だからこそ“彼女”に報いるためにエレーナも誓った。

 だから“彼女”が行方不明になったと聞いても、死ぬはずがないと信じていた。


 たった一人で部屋の中、エレーナは書簡を胸に抱いて強く抱きしめる。


「良かった。……アリア…生きてた」


   ***


 秋になり私も11歳になった。

 王都で装備系の整備や、フェルドと戦術や予定の調整をして、いつの間にかポケットの中にミラからお菓子を入れられて驚いていると、ヴィーロと一緒に貴族との調整をしていたらしい“虹色の剣”のリーダーであるドルトンが戻ってきた。

 サマンサは引退したので居ないが、パーティーとしての“虹色の剣”が集まるのは数年ぶりのことらしい。

 王都にはドルトン所有のアイテムなどを所蔵する屋敷があり、虹色の剣のメンバーは自由に使えるそうだが、私は初めて中に入ることになる。


「俺がドルトンだ。お前さんがヴィーロの野郎の弟子だったという、アリアか?」

「ヴィーロからは斥候の技術は習った」


 ドルトンはドワーフだけど、ガルバスやゲルフのような鉱山に住む“岩ドワーフ”ではなく、森に住む“山ドワーフ”という種族らしい。

 その違いは、森エルフと闇エルフのような一目瞭然な違いではなく、生まれと体格と性格で判断される。

 鉱山に住んで鍛冶をする岩ドワーフは排他的で頑固者が多く、筋肉の塊のような体付きをしている。逆に森に住んで木工や銀細工をする山ドワーフは比較的人族に近い体型をしており、細かい作業が得意で社交的な人物が多い。

 だが、百年以上も第一線の冒険者として活動してきたドルトンは、人族に近い身長と岩ドワーフを超える横幅と筋肉量があり、彼に比べれば筋肉男だと思っていたフェルドが優男に見えるほどだ。


 この居間に並べられたミスリル製のフルプレート鎧や巨大な戦鎚など、並の戦士では着て動くこともできないだろう。もっとも、こんなフルセットでこの屋敷が買えるような装備を並の戦士が買えるとは思えないけど。


「……ふむ」

 ドルトンはドワーフには珍しく短く刈り込んだ顎髭を弄りながら、ジッと私を見つめてニヤリと笑う。

「ヴィーロが自慢するほどの弟子だからどれほどかと思ったが、なるほど戦闘力だけは合格点だな。だが、虹色の剣の一人として動くのなら“胆力”を見せてみろ」


 その瞬間、ドォンッ!!と空気が破裂する幻聴さえ聞こえるような“殺気”がドルトンから迸り、瞬きするような一瞬で身長ほどもある戦鎚を片手で振り上げたドルトンが私に向けて振り下ろす。

 私も殺気を感じた瞬間に身体強化を使い、放たれた矢のように飛び出した。


 ブォンッ!!!

 一瞬の攻防に室内の空気が風となって渦巻くと、ドルトンの戦鎚は私の肩に触れるように添えられ、私の黒いダガーはドルトンの左目数ミリ前で切っ先が止まっていた。

「これ以上やるなら本気で殺しあう」

「……くっくっく、ヴィーロ、こんな奴どこから見つけてきやがった? 絶対お前だけの弟子じゃないだろ」


「ひっでぇな。まぁ、コイツには魔術の師匠もいるし、暗部のセラにも師事していた経験があるから、ただのガキと油断すればお前でも“喰われる”ぞ」

「ハハハッ、了解だっ!」

 ドルトンはあっさり戦鎚を下げると、まだダガーを抜いたままの私に無造作に近づいて私の肩を軽く叩く。

「気に入ったっ、“虹色の剣”にようこそっ!!」



 こうして私は正式に“虹色の剣”の一人になり、私たちは数日後、ダンジョンがある離島に向かうためフーデール公爵領へと旅立った。



ダンジョンでようやくアリアとエレーナが再会です。変な言い方ですが、エレーナのような内面が強い女の子は好きです。

もっともカルラとも再会しますが、どうなるんでしょうね。


次回はフーデール公爵領の港町。再会まで書けるかな……

次は、水曜日の予定です。


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