95 新たな依頼
北さん様より、レビューいただきました。ありがとうございます。
グレイブは何処かへと消え去った。あの傷でも魔力を扱えるこの世界の人間なら、私がそうだったように生き残ることはできると思う。
肉体を再生する
正直に言えば、グレイブはここで殺しておきたかったが、こちらも準備不足だった。
以前のグレイブだったら、ヴィーロとサマンサの二人で倒せていたはずだ。だけど、グレイブは慢心することなく己を鍛え続け、さらなる力を会得して、しかも複数の敵と戦うことを前提に準備もしていた。
だが、それは私も同じだ。私もまだ成長途中であり、グレイブと再戦するまでに私はもっと強くなる。
『グルルゥ……』
「……クァール」
私から少し離れた位置にいたクァールが、グレイブを取り逃がしたことで不満そうに唸りをあげた。
「お前はどうする? 奴を追うのか? それとも……」
私との決着をつけるか?
そう問いかけるように全身に魔力を循環させると、クァールを警戒してこちらを窺っていたヴィーロとサマンサからも緊張感が伝わってきた。
二人は一緒に戦ってくれるつもりだと思うが、たとえ私一人でも、クァールが戦うというのなら受けて立つ。
『…………』
クァールはそんな私を真っ赤な瞳で静かに見つめると、耳から伸びた二本の触角から小さな電気の火花を散らす。
――汝――
――名――
私の名前……それを知りたいの?
「アリア」
『…………』
――我――
――名――
クァールの名前……? その瞬間、クァールから言葉の意味ではなく、イメージそのものが伝わってくる。
深く暗い森の奥……闇の中で仲間もなく孤高に生きる黒の強者。
彼は存在してからずっと独りだった。彼に寄り添う者はなく、他者は全て敵か弱者でしかなかった。
その瞬間、彼が視た記憶の中で、冷たい瞳で彼を見つめる私の姿がわずかに映る。
黒の破壊者。黒い空に昇る月を見上げ、独り吠える漆黒の獣――
「………
――了――
私の口からその単語が
――逅――
――
「………ネロ…」
“月”とは私のことか。
彼――ネロは私を対等と認めたと言うことか。“再びまみえる”。ネロがそう言うのならまた会うこともあるだろう。
「……アリア?」
ネロが消えた方角をジッと見つめていた私に、ヴィーロが声をかけてきた。
「ん?」
「あの幻獣……どうなったんだ? 会話をしていたように見えたが……そもそもどうやって幻獣と共闘なんてしてんだ?」
あれだけじゃ分からないのは当然か。ヴィーロやサマンサの表情を見るに、だいぶ心配をかけたようだ。
「問題はない。あいつは自分を利用しようとしたグレイブを殺したかっただけだ。グレイブが逃げた今になっては、ここに戻ることもないと思う」
私が簡単に説明すると、ヴィーロは少し考え込むようにして軽く息を吐く。
「まぁいいか。公爵の暗殺は阻止できたし、公爵の討伐隊は無駄骨になるが、そっちは俺たちには関係ないからな」
グレイブは王家の敵である貴族派の公爵を狙っていたが、ヴィーロの依頼主も王家派なので、公爵の暗殺さえ阻止できればそれ以上の義理はないのだろう。
公爵は人気取りのためにクァールを討伐しようとしていたが、公爵が死なれては政治的に困るけど、人気取りを成功させる必要はこちらにはない。
だからヴィーロは問題ないと言うけれど。
「でも、グレイブは逃げた。アレの暗殺が私たちの仕事じゃないの?」
「それについては、グレイブとお前のことも含めて報告するしかないな。とりあえずあいつの腕と武器を見せれば、ある程度は納得してくれるだろ」
取り逃がしたので前金以上の報酬は無理だが、グレイブが私と王女を狙うと宣言したので、ヴィーロはそれを含めて交渉するらしい。
「あいつが変な煙幕さえ使わなければ倒せたのになっ。あんな広範囲に煙を出して毒もある煙幕なんて初めて見たぞ」
「勉強不足じゃのっ、坊主っ!!」
突然サマンサが、通りの向こう側にいる人に話すような大声で割り込んだ。
「あれはダンジョン産の『毒玉』じゃっ! アレほど小さいのは初めて見るがの」
「はぁっ!? アレが『毒玉』だってっ? ギルド指定の危険物じゃねぇかっ! 前に見たのはもっとデカかったけど、あんなのもあるのかよ」
「煙の出方が独特じゃからのぅ。前に使った時と一緒じゃったわ。ヒヒヒッ」
「使ったのかよ、婆さん……」
“ダンジョン”とは、古代のヤドカリに似た生物が洞窟や迷宮を“殻”とすることで魔物化したものだ。
魔物であるダンジョンは、人や魔物の生命力や魔力を糧とし、内部に人を引き込むために死者の残留思念さえ読み取り、その地の鉱石などを使って、『人が好む物』を生成するらしい。
大抵の物はゴミ同然だが、当たりとしては金塊や銀塊などがあり、中には人の手で作れないような名剣や、特殊な魔道具を生成する場合があるそうだ。
サマンサが言った『毒玉』もその一つで、下手に使えば数百人規模の犠牲者が出るので、見つけたら冒険者ギルドに提出して、国が買い取ることがクレイデール王国の法律にもなっている。
購入した国が何に使うのか知らないが……サマンサはそれを使ったのか。
「あれはおそらく、グレイブの小僧が国の保管庫から盗んで、何かしらの手段で獣にも効くように改造した物じゃろ。おかげで毒性はあまりないようじゃったがなっ!」
「なるほど……」
だからネロでも追撃できなかったのか。
一人で幻獣を人里に誘い出すとか正気でないと思ったが、グレイブはそのために準備をしていたのだ。
それでも腕を失い重傷を負ったのだから、グレイブはしばらく動けないはずで、私たちの仕事はこれで終了となる。
「それより、アリア。お前の報酬の件なんだが……」
「グレイブは暗殺できなかったでしょ? 私は別に気にしてない」
ヴィーロが私に提示した“報酬”は、いまだに襲ってくる暗殺者ギルドや盗賊ギルドに対する牽制――つまり、私の身の安全だ。
一般人と関わる上で少々面倒になってきたので受けたが、私の目的はグレイブそのものだったから、言われるまで忘れていたくらいだ。
それに本気で気にするくらいなら、好戦的な暗殺者ギルドの中央西地区支部を潰したほうが、よほど牽制にはなると思う。
「…………」
短剣術がレベル4になったら潰せるかな……
「……お前、物騒なこと考えてるな? いや、お前の報酬は、今回の件とは別に、ある程度の実力があると判断できたら、お前に話すつもりだった」
「実力?」
報酬を渡すのと実力になんの関係があるのか?
「ヒャッハッハッ!! 実力なら小娘は問題ないじゃろっ! 何しろ、ダメ師匠の戦闘力に追いつきそうになっておるからのっ!」
「なんだとっ!!」
サマンサの言葉にヴィーロが驚愕して私を“視る”。
私を鑑定して目を見開いたヴィーロは、懐から鑑定水晶を取り出してもう一度鑑定すると、嘆くというより呆れたように頭を抱えて、天を仰ぎ見た。
「ランク4か……お前、この短期間で、どうやったらそうなるんだよ……」
「私の場合は魔術系だけだ。近接戦闘面ではまだヴィーロに追いついていない」
「ありがとよ……」
私としては本気で言ったのだが、ヴィーロには慰めにも聞こえたようで、気落ちしたように肩を落としていた。だけどすぐに気分を切り替えたらしく、勢いよく顔を上げるとニマリとした“爽やか”とは縁遠い笑顔を作る。
「よしっ、お前は数年で俺の持っている冒険者の技能を全部覚えろ。とりあえず一年程度である程度は“使える”ようにしてやる。まずは足りない技能の取得や、ダンジョンの下層階で動けるようにならないとな」
「……どういうこと?」
突然冒険者やダンジョンの話をしはじめたヴィーロに不信の目を向けると、彼は私に対してニヤリとしながら続きを話し始めた。
「まぁ、待て。これはお前の“報酬”にも関することで、新しい仕事の依頼にもなる。お前と落ち合うまでに得た最新情報として、ダンジョンに潜る貴族の護衛を打診されている。向こうも護衛は連れてくるんだが数は多くない。そこで斥候系の人間が多いに越したことはないし、お前なら光魔術も使えるので最適なんだが、どうだ?」
「勝手に行かせて、勝手に死なせろ」
貴族という単語を聞いて一瞬の間も置かずにそう答えた。
ダンジョンのような危険な場所に潜れる実力があるからこそ“冒険者”と呼ばれる。その冒険者しか入れないようなダンジョンに、貴族のお遊びで入るような連中を護る気はない。
あまりにキッパリと断る私にヴィーロも思わず絶句する。
「それで話は終わりか? ではまたな」
「待て待て待て、ちょっと待てアリアっ、話は最後まで聞けってっ!」
仕事も報酬もいらないのでさっさと帰ろうとした私を、正気に戻ったヴィーロが慌てて呼び止めた。
「お前はなんでも即決過ぎるぞっ。どんな
「……詳しく話せ」
極秘情報という話だが、ヴィーロの話では王族の若手とその婚約者が、極秘裏にダンジョンに入るため、その露払いとしてランクの高い冒険者が必要になったそうだ。
身体の弱いエレーナがどうしてダンジョンに入らなければいけないのか? ダンジョンに入って何をするのか、ヴィーロは教えてくれなかったが、そんな彼らの安全を確保するために、暗部からヴィーロたちに依頼が来たという。
「…………」
「お前は王女を護りたいんだろ? グレイブの件を暗部に報告すれば、お前にも話が行くと思うが、それも断るのか?」
「……わかった。エレーナは私が護る。だけど、それが今回の私の“報酬”と、どう繋がる?」
まさか暗部が手を回してくれるとでも?
こう言ってはなんだが、暗部という組織は裏社会から恐れられてはいるが、貴族に従う猟犬として、裏社会からは“敵”と見られている。
敵の組織に庇護されたとして、はたしてそれが抑止力になるか微妙なところだ。
そんな思いを込めて半目で見つめると、ヴィーロは私の疑問にようやく思い至ったのか、思いも寄らない言葉を口に出した。
「なに言ってるんだ? お前は引退する婆さんの代わりに、俺たち『虹色の剣』に入るんだよ」
……なんだって?
クァールの名称は『ネロ』となりました。
五秒で決めましたが(笑)、私のイメージがそのまま名前になった感じです。
アリアとネロの関係は『対等』です。ネロにとってアリアは孤独の中で届かなかった『月』そのものなのだと思います。
テイムした主従関係でもなく、友人関係でもなく、どちらかが庇護するのでもなく、奇妙な力で虜になるのでもなく、自分の意志でアリアの隣に立ちます。
こういう関係ってなんて言うんでしょうね? なんとなく憧れます。
アリアはランク5の冒険者パーティー『虹色の剣』に誘われました。
確かに抑止力にはなると思いますが、団体行動できるんでしょうか。加入しても個人で動くことのほうが多いような気がします。
次回、虹色の剣。
次は日曜日予定で、頑張れれば土曜にも更新します。
いつもありがとうございます。