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95 新たな依頼

北さん様より、レビューいただきました。ありがとうございます。




 グレイブは何処かへと消え去った。あの傷でも魔力を扱えるこの世界の人間なら、私がそうだったように生き残ることはできると思う。

 肉体を再生する治癒(キユア)を使えば無くした腕も再生できる見込みはあるが、腕丸ごととなると半年は掛かるはずで、その腕をまともに使えるようになるには、さらに一年程度の時間が必要になるだろう。

 正直に言えば、グレイブはここで殺しておきたかったが、こちらも準備不足だった。

 以前のグレイブだったら、ヴィーロとサマンサの二人で倒せていたはずだ。だけど、グレイブは慢心することなく己を鍛え続け、さらなる力を会得して、しかも複数の敵と戦うことを前提に準備もしていた。

 だが、それは私も同じだ。私もまだ成長途中であり、グレイブと再戦するまでに私はもっと強くなる。


『グルルゥ……』

「……クァール」


 私から少し離れた位置にいたクァールが、グレイブを取り逃がしたことで不満そうに唸りをあげた。

「お前はどうする? 奴を追うのか? それとも……」

 私との決着をつけるか?

 そう問いかけるように全身に魔力を循環させると、クァールを警戒してこちらを窺っていたヴィーロとサマンサからも緊張感が伝わってきた。

 二人は一緒に戦ってくれるつもりだと思うが、たとえ私一人でも、クァールが戦うというのなら受けて立つ。


『…………』

 クァールはそんな私を真っ赤な瞳で静かに見つめると、耳から伸びた二本の触角から小さな電気の火花を散らす。


 ――汝――

 ――名――


 私の名前……それを知りたいの?


「アリア」

『…………』


 ――我――

 ――名――


 クァールの名前……? その瞬間、クァールから言葉の意味ではなく、イメージそのものが伝わってくる。

 深く暗い森の奥……闇の中で仲間もなく孤高に生きる黒の強者。

 彼は存在してからずっと独りだった。彼に寄り添う者はなく、他者は全て敵か弱者でしかなかった。

 その瞬間、彼が視た記憶の中で、冷たい瞳で彼を見つめる私の姿がわずかに映る。

 黒の破壊者。黒い空に昇る月を見上げ、独り吠える漆黒の獣――


「………(ネロ)…?」


 ――了――


 私の口からその単語が(こぼ)れ、その意味を理解してそれを自分の『名』と認めた彼は、背を向けるとそのまま“言葉”を残して森の中へと消えていった。


 ――逅――

 ――(アリア)――


「………ネロ…」

 “月”とは私のことか。

 彼――ネロは私を対等と認めたと言うことか。“再びまみえる”。ネロがそう言うのならまた会うこともあるだろう。


「……アリア?」

 ネロが消えた方角をジッと見つめていた私に、ヴィーロが声をかけてきた。

「ん?」

「あの幻獣……どうなったんだ? 会話をしていたように見えたが……そもそもどうやって幻獣と共闘なんてしてんだ?」

 あれだけじゃ分からないのは当然か。ヴィーロやサマンサの表情を見るに、だいぶ心配をかけたようだ。

「問題はない。あいつは自分を利用しようとしたグレイブを殺したかっただけだ。グレイブが逃げた今になっては、ここに戻ることもないと思う」

 私が簡単に説明すると、ヴィーロは少し考え込むようにして軽く息を吐く。

「まぁいいか。公爵の暗殺は阻止できたし、公爵の討伐隊は無駄骨になるが、そっちは俺たちには関係ないからな」


 グレイブは王家の敵である貴族派の公爵を狙っていたが、ヴィーロの依頼主も王家派なので、公爵の暗殺さえ阻止できればそれ以上の義理はないのだろう。

 公爵は人気取りのためにクァールを討伐しようとしていたが、公爵が死なれては政治的に困るけど、人気取りを成功させる必要はこちらにはない。

 だからヴィーロは問題ないと言うけれど。


「でも、グレイブは逃げた。アレの暗殺が私たちの仕事じゃないの?」

「それについては、グレイブとお前のことも含めて報告するしかないな。とりあえずあいつの腕と武器を見せれば、ある程度は納得してくれるだろ」


 取り逃がしたので前金以上の報酬は無理だが、グレイブが私と王女を狙うと宣言したので、ヴィーロはそれを含めて交渉するらしい。


「あいつが変な煙幕さえ使わなければ倒せたのになっ。あんな広範囲に煙を出して毒もある煙幕なんて初めて見たぞ」

「勉強不足じゃのっ、坊主っ!!」

 突然サマンサが、通りの向こう側にいる人に話すような大声で割り込んだ。

「あれはダンジョン産の『毒玉』じゃっ! アレほど小さいのは初めて見るがの」

「はぁっ!? アレが『毒玉』だってっ? ギルド指定の危険物じゃねぇかっ! 前に見たのはもっとデカかったけど、あんなのもあるのかよ」

「煙の出方が独特じゃからのぅ。前に使った時と一緒じゃったわ。ヒヒヒッ」

「使ったのかよ、婆さん……」


 “ダンジョン”とは、古代のヤドカリに似た生物が洞窟や迷宮を“殻”とすることで魔物化したものだ。

 魔物であるダンジョンは、人や魔物の生命力や魔力を糧とし、内部に人を引き込むために死者の残留思念さえ読み取り、その地の鉱石などを使って、『人が好む物』を生成するらしい。

 大抵の物はゴミ同然だが、当たりとしては金塊や銀塊などがあり、中には人の手で作れないような名剣や、特殊な魔道具を生成する場合があるそうだ。

 サマンサが言った『毒玉』もその一つで、下手に使えば数百人規模の犠牲者が出るので、見つけたら冒険者ギルドに提出して、国が買い取ることがクレイデール王国の法律にもなっている。

 購入した国が何に使うのか知らないが……サマンサはそれを使ったのか。


「あれはおそらく、グレイブの小僧が国の保管庫から盗んで、何かしらの手段で獣にも効くように改造した物じゃろ。おかげで毒性はあまりないようじゃったがなっ!」

「なるほど……」

 だからネロでも追撃できなかったのか。

 一人で幻獣を人里に誘い出すとか正気でないと思ったが、グレイブはそのために準備をしていたのだ。

 それでも腕を失い重傷を負ったのだから、グレイブはしばらく動けないはずで、私たちの仕事はこれで終了となる。


「それより、アリア。お前の報酬の件なんだが……」

「グレイブは暗殺できなかったでしょ? 私は別に気にしてない」

 ヴィーロが私に提示した“報酬”は、いまだに襲ってくる暗殺者ギルドや盗賊ギルドに対する牽制――つまり、私の身の安全だ。

 一般人と関わる上で少々面倒になってきたので受けたが、私の目的はグレイブそのものだったから、言われるまで忘れていたくらいだ。

 それに本気で気にするくらいなら、好戦的な暗殺者ギルドの中央西地区支部を潰したほうが、よほど牽制にはなると思う。

「…………」

 短剣術がレベル4になったら潰せるかな……


「……お前、物騒なこと考えてるな? いや、お前の報酬は、今回の件とは別に、ある程度の実力があると判断できたら、お前に話すつもりだった」

「実力?」

 報酬を渡すのと実力になんの関係があるのか?

「ヒャッハッハッ!! 実力なら小娘は問題ないじゃろっ! 何しろ、ダメ師匠の戦闘力に追いつきそうになっておるからのっ!」

「なんだとっ!!」

 サマンサの言葉にヴィーロが驚愕して私を“視る”。

 私を鑑定して目を見開いたヴィーロは、懐から鑑定水晶を取り出してもう一度鑑定すると、嘆くというより呆れたように頭を抱えて、天を仰ぎ見た。

「ランク4か……お前、この短期間で、どうやったらそうなるんだよ……」

「私の場合は魔術系だけだ。近接戦闘面ではまだヴィーロに追いついていない」

「ありがとよ……」


 私としては本気で言ったのだが、ヴィーロには慰めにも聞こえたようで、気落ちしたように肩を落としていた。だけどすぐに気分を切り替えたらしく、勢いよく顔を上げるとニマリとした“爽やか”とは縁遠い笑顔を作る。


「よしっ、お前は数年で俺の持っている冒険者の技能を全部覚えろ。とりあえず一年程度である程度は“使える”ようにしてやる。まずは足りない技能の取得や、ダンジョンの下層階で動けるようにならないとな」

「……どういうこと?」

 突然冒険者やダンジョンの話をしはじめたヴィーロに不信の目を向けると、彼は私に対してニヤリとしながら続きを話し始めた。

「まぁ、待て。これはお前の“報酬”にも関することで、新しい仕事の依頼にもなる。お前と落ち合うまでに得た最新情報として、ダンジョンに潜る貴族の護衛を打診されている。向こうも護衛は連れてくるんだが数は多くない。そこで斥候系の人間が多いに越したことはないし、お前なら光魔術も使えるので最適なんだが、どうだ?」

「勝手に行かせて、勝手に死なせろ」


 貴族という単語を聞いて一瞬の間も置かずにそう答えた。

 ダンジョンのような危険な場所に潜れる実力があるからこそ“冒険者”と呼ばれる。その冒険者しか入れないようなダンジョンに、貴族のお遊びで入るような連中を護る気はない。

 あまりにキッパリと断る私にヴィーロも思わず絶句する。


「それで話は終わりか? ではまたな」

「待て待て待て、ちょっと待てアリアっ、話は最後まで聞けってっ!」

 仕事も報酬もいらないのでさっさと帰ろうとした私を、正気に戻ったヴィーロが慌てて呼び止めた。

「お前はなんでも即決過ぎるぞっ。どんな漢前(おとこまえ)だよっ! いいかアリア。お前だから話すが、この件には“第一王女”が関わっている。分かるか? お前が知っている、あの王女さまだ」

「……詳しく話せ」


 極秘情報という話だが、ヴィーロの話では王族の若手とその婚約者が、極秘裏にダンジョンに入るため、その露払いとしてランクの高い冒険者が必要になったそうだ。

 身体の弱いエレーナがどうしてダンジョンに入らなければいけないのか? ダンジョンに入って何をするのか、ヴィーロは教えてくれなかったが、そんな彼らの安全を確保するために、暗部からヴィーロたちに依頼が来たという。


「…………」

「お前は王女を護りたいんだろ? グレイブの件を暗部に報告すれば、お前にも話が行くと思うが、それも断るのか?」

「……わかった。エレーナは私が護る。だけど、それが今回の私の“報酬”と、どう繋がる?」

 まさか暗部が手を回してくれるとでも?

 こう言ってはなんだが、暗部という組織は裏社会から恐れられてはいるが、貴族に従う猟犬として、裏社会からは“敵”と見られている。

 敵の組織に庇護されたとして、はたしてそれが抑止力になるか微妙なところだ。

 そんな思いを込めて半目で見つめると、ヴィーロは私の疑問にようやく思い至ったのか、思いも寄らない言葉を口に出した。


「なに言ってるんだ? お前は引退する婆さんの代わりに、俺たち『虹色の剣』に入るんだよ」


 ……なんだって?



クァールの名称は『ネロ』となりました。

五秒で決めましたが(笑)、私のイメージがそのまま名前になった感じです。

アリアとネロの関係は『対等』です。ネロにとってアリアは孤独の中で届かなかった『月』そのものなのだと思います。

テイムした主従関係でもなく、友人関係でもなく、どちらかが庇護するのでもなく、奇妙な力で虜になるのでもなく、自分の意志でアリアの隣に立ちます。

こういう関係ってなんて言うんでしょうね? なんとなく憧れます。


アリアはランク5の冒険者パーティー『虹色の剣』に誘われました。

確かに抑止力にはなると思いますが、団体行動できるんでしょうか。加入しても個人で動くことのほうが多いような気がします。


次回、虹色の剣。

次は日曜日予定で、頑張れれば土曜にも更新します。

いつもありがとうございます。


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