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93 グレイブ討伐戦 ④ ―人と獣― 

前話を少し修正しています。



 ――ピチャンッ。


 頬に受ける水滴の感触に私の意識が覚醒していく。

 辺りは何も見通せないほどの暗い闇が広がっていた。一瞬だけ混乱する頭を落ち着かせてあらためて暗視を使うと、そこが深い穴の底だと気づいた。

「…………」

 そうか……クァールと戦い、この穴に落ちたのだな。

 ここを戦場とする上で敵を穴に落とすことも想定していたが、思っていたよりも巨大な樹木だったのか、風化して消滅した根の部分はかなりの深さになり、真上を見上げると数十メートル頭上にわずかな光が見えた。


 あれからどれくらい時間が経ったのか? 数時間かもしれないし数分かもしれない。

「……ッ」

 足下に溜まる水の中で立ち上がると、多少の痛みはあるが、骨折や腱を痛めたりはしてないようだ。これほどの深さに落ちて軽い打撲程度で済んだのは、この足下に溜まった水と、落ちる時にクァールを緩衝材にできたからだろう。

 地表は“涸れ森”と呼ばれるほどの枯れ果てた地であるのに、地下には水があるとは思わなかった。

 逆に考えれば、この深さまで掘らないと水がないのだから、どちらにしろ水がないのと同じことだ。


 筋を伸ばすように身体をほぐしながら、身体の状態を確かめる。

 目も見える、耳も聞こえる。打撲はあるが骨折まではしていない。体力と魔力値はかなり減少しているが、筋肉に負荷を掛けすぎたせいか、痛みに慣れるまで動くのにも難儀した。

 ここで戦うと想定してから生き残る目算は立てていたけど、それでもこの程度の疲労とダメージで済んだのは、魔術関連技能が成長したおかげだと思う。


 かねてより鍛錬はしていたが、レベル4の闇魔法である【影渡り】を使えたのと、オークジェネラル戦で使った暴走する身体強化で、ある程度のスキル経験値が溜まったのだろうと感じた。

 ただ、現在の疲労感と魔力の枯渇は、やはり暴走する身体強化を使ったせいだろう。

 この技は、できれば奥の手として使えるようにしたかったが、数秒使っただけでここまで反動が来るのなら実用的ではない。


 それよりも……クァールはどこに行った?

 この程度の落下でアレが死んだとは思えない。どういう状況になっているのか分からないが、全身に回す魔力すら足りないので、ポーチから取り出した魔力回復ポーションを一気に飲み干した。

 ……もしかしたら、クァールはもう脱出したのだろうか?

 だとしたら、ヴィーロやサマンサの身が危ない。それ以前にグレイブと戦っているので私も戻らないといけない。

 逸る気分を落ち着かせながら少しだけ回復した魔力を使って【探知】を試みると、その暗い闇の底で、私をジッと見つめる真っ赤な瞳と目が合った。


『…………』

「……クァール」


 私はまだ力の入らない身体に無理矢理魔力を回して身体強化を使い、【影収納(ストレージ)】から分銅型のペンデュラムと腰から黒いダガーを抜いてクァールに向ける。

 現在のまともに動けない身体ではクァールの攻撃を避けることすら難しい。

 そもそも戦闘力で三倍近い差があるのだから、普通に戦えば私のほうが圧倒的に不利となるが、ここまできたのなら私も引くつもりは欠片もない。

 お前はここで殺しておく。


『グルゥ……』

「…………」

 私が鋭い殺気を放つと、クァールも呼応するように“威圧”を放つ。

 ジッと動かず、気の弱い者なら気死するような威圧を放つクァールに、私も武器を構えたまま数メートルの距離を置いて数十秒間睨み合っていると、クァールが動かないのではなく“動けない”のだと気づいた。


 膝まで浸かる水溜まりに伏せたクァールの背中から腹部にかけて、半ば化石化した大木の巨大な欠片が、杭のように深々と突き刺さっていた。

 クァールは私と戦っている時は“威圧”を使わなかった。だとするのならクァールは相当マズい状況なのだろう。

 あの位置では強靱な爪や牙も届かない。耳から伸びた二本の触角なら届くのだが、あの細い触角では砕くにも引き抜くにもパワーが足りないのだと推測する。


「…………」

 私は無言のままゆっくりと近づき、触角が届かない地点で足を止めると、おもむろに分銅を振り下ろした。

『グァオオッ!』

 パシャンッ!!

 ペンデュラムの分銅はクァールの頭部すれすれを横切り、その下にある水溜まりを強く叩いて水を跳ね上げる。

「……止めだ」

 私はそう短く呟くとペンデュラムの糸を巻き上げ、クァールから背を向けて近くの水に浸かっていない岩の上に腰を下ろした。


 その行動に、別に大した意味はない。

 クァールは動けずとも危険には変わりなく、物理に対する耐性も高いので“殺す”のには時間がかかると判断した。

 それとクァールにどれほど体力があったとしても、腹を貫通している状況ではいつか必ず死に至る。

 私の目的は“殺す”ことではなく“勝利”することだ。逆に“殺す”ことで“勝利”に繋がるのなら手段は問わない。

 だが、無抵抗の者を嬲り殺すような趣味はないし、そんな無駄なことに時間をかける意味もない。

 ただ、お前は、ここで枯れ果てるように死んでいけ。


「『……………」』


 腰を下ろした私と地に伏せたクァールは、無言のままで睨み合う。

 お前が死ぬまで油断はしない。ジッと見つめる私の視線からそれを読み取ったのか、クァールの眼差しが微かに揺れた気がした。


 私はここから脱出するためには体力を回復しなくてはいけない。ポーションである程度の魔力が回復したと感じた私は、【回復(ヒール)】で体力を戻して【治癒(キユア)】で打撲や傷を修復した。

 そんな私をクァールはジッと見つめている。コイツが何を考えているのか窺い知れないが、どうせ幻獣の考えなんて人間に理解できるはずもない。

 【回復(ヒール)】である程度回復できたが、体力が一定以上に回復しないのは疲労感が抜けていないからだとオーク戦で学んだ。

 私は魔力の回復を早めるためにも丸薬でなくまともな食事がいると考え、【影収納(ストレージ)】にまだ大量に余っている仔羊の肉を取り出して、食い千切るようにかぶりつく。


 一時間ほどして、ある程度の【治癒(キユア)】が終わってだいぶ動けるようになった時点で、私は行動を開始する。

 脆い岩肌を見極めながら比較的安定している壁を選んで登ってみるが、やはり上のほうに行くほど岩肌が風化して触れるだけでも崩れてきた。

 ペンデュラムを飛び出した岩や風化した木の根に巻き付けても結果は同じだ。最悪の場合は完全に夜になるのを待って、【影渡り】で少しずつ登るくらいしかできないが、それでは時間がかかりすぎる。


「『……………」』


 再び体力と魔力を回復させるために岩に腰を下ろしてクァールと睨み合っていると、少しだけクァールの様子が違っていた。

 私を睨んでいるのは変わらない。だけど、クァールが発していた“威圧”はいつの間にか消えて、私を見つめるクァールの瞳に不思議な色合いが宿る。

 これが本来の幻獣の瞳なのか……今までは憎しみと怒りに我を忘れていたようだが、死に直面してようやく冷静さを取り戻したように見えた。

 クァールの体力はまだ残っているが、傷口から流れ出る血は、確実にクァールの生命を削っている。


 バチッ……

 その時、不意にクァールの触角から小さな電気の火花が飛び散った。

 下が水に満たされているとしても、クァールの発する電気は攻撃に使えるようなものじゃない。小魚程度なら取れると思うが、私を倒すには威力が足りない。

 だが、クァールの触手から発する“電気”は、本来攻撃のためのモノではなかったようだ。


 ――人――


「……?」

 一瞬、声が聞こえた気がした。いや、……“声”ではない?


 ――女――


 バチッと電気が光る度に、信号が言葉のような“意味”を伝えてくる。……これはお前の意思か?

「……クァール」

 私がそれに応えるとクァールの触手から立て続けに“信号”が送られる。


 ――我――

 ――救――


「……“お前”をそこから“救え”と言うのか?」


 ――是――


 何を考えている? 先ほどまで戦っていた敵に自分を救えとは……


 ――我――

 ――敵――

 ――汝――

 ――異――

 ――敵――

 ――男――


「自分の敵は私じゃなくて、人族の男だと?」


 ――我――

 ――誘――

 ――男――

 ――殺――


「……自分を誘き出した男を殺すために、ここから救えと?」


 ――是――


「都合のいい話だな。ならばお前は私をどうするつもりだ?」


 ――汝――

 ――闇――

 ――我――

 ――救――


 自分を救えばここから出る手助けをすると言うのか? 確かにコイツの身体能力なら脱出できる可能性もあるか。


「……お前を信じろと?」


 ――是――

 ――我――

 ――誇――

 ――誓――


「…………良いだろう」

 クァールの瞳を真正面から見つめて、私はコイツが誇りにかけて誓うのなら、それに賭けてみようと考えた。

 殺し合った獣の言葉を信じるなんて愚かだとは思うが、逆に真正面から殺し合ったせいか、ただ見た目が誠実なだけの人の言葉より何故か信じようと思えたのだ。


「『……………」』

 無言で近づき、互いに警戒しながらも私はクァールの背によじ登り、背に貫通している破片に糸を何重にも巻き付けると、その糸を背負い投げのように肩に担いで全力の身体強化で引き抜きを始めた。


『グァオオオオオオオオオオオオッ!!!!』

「ハァアアアアアアアアアアアッ!!!』


 断末魔のようなクァールの咆吼と私の気合いの叫びが地の底に響く。

 徐々に引き抜かれていく破片にクァールも私も筋肉を震わせ、破片が完全に引き抜かれると、クァールが私を振り落とすように立ち上がる。


『グァ……』

 思わず尻餅をついた私にクァールの触角が巻き付き、水の中から引き上げる。


 ――謝――

「……礼はいい。下ろせ」

 誇りに賭けて誓うといった言葉に偽りはなく、私の言葉にクァールが静かに私を地に下ろす。

 その背中の傷は収縮してすでに血が止まっていた。さすがにすぐに治りはしないだろうが、この状態なら数日で治癒するレベルだろう。

 それでも体力の減少が気にかかる。コイツが死のうとどうでもいいが、グレイブの所までは生きていてくれないと私が困る。

「食え」

『…………』

 私が余っていた肉を全部差し出すと、私が食べていたのを見ていたクァールは一瞬だけジロリと私を睨んだ後に、5キロの肉を数口で平らげた。


「勝手に行け。私も勝手に掴ませてもらう」

『グァオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオッ!!!』


 私の言葉に咆吼をあげたクァールが、全身の筋肉をたわめるようにして一気に飛び出した。

 その瞬間、私が掴まるまでもなく、クァールの触角が私に絡まりその背に乗せると、岩肌が崩壊する間もなくジグザグな稲妻のように数十メートル登り切って、そのまま地表に飛び出した。


「行くよ。私たちの“敵”の所へ」

『グァオオオオオオオオオオオオッ!!!』




【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】1Up

【魔力値:152/270】20Up【体力値:138/210】10Up

【筋力:9(12)】【耐久:9(12)】【敏捷:14(20)】1Up【器用:8】

【短剣術Lv.3】【体術Lv.4】【投擲Lv.3】【弓術Lv.1】

【防御Lv.3】【操糸Lv.4】

【光魔法Lv.3】【闇魔法Lv.4】1Up【無属性魔法Lv.4】

【生活魔法×6】【魔力制御Lv.4】【威圧Lv.3】

【隠密Lv.4】【暗視Lv.2】【探知Lv.4】【毒耐性Lv.3】

【簡易鑑定】

【総合戦闘力:916(身体強化中:1123)】304Up




クァールとはこのような決着になりました。

斥候の師匠に追いつきそう……

次回、グレイブ戦、決着。

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