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91 グレイブ討伐戦 ② ―乱入者― 



 グレイブを追って彼が潜伏しているという街道沿いの森に侵入する。

 この辺りは湖の水が流れ込んでいるらしく、常に地面がぬかるみ、所々に見えない落とし穴のように小さな沼が点在する、慣れない者には危険な場所であった。


 この場所を見張るのは難しくない。それというのも、隣国との街道と呼ばれるその道は、要所に点在する平らな地面や岩の上を繋ぐようにして渡された“橋”だからだ。

 橋と言っても普通に想像するようなものではなく、ぬかるみに丸太の杭を打ち込み、そこにぶ厚い木の板を渡しただけの手摺りもない簡素な物だ。

 それでも魔術か錬金術系の薬剤を使われた木部に傷みはなく、基部自体もこの辺りの湿気に強い木材が使われているので、百年前に三十年の月日を掛けて造られたこの街道は、馬車が通ってもビクともしない強度がある。


 要するにここを通る者はほぼ全員街道の上を通る。この街道は武装した人間が通る道だと魔物も把握しているある種の安全地帯なので、ここを通る人間なら街道を見張っているだけで発見されることになる。

 だからこそ、それを考慮した上で身軽な者だけでパーティーを組んだ私たちは、あえて安全で便利な街道を通らず、森の中を木から木へと飛び移るように進んでいた。


 隠密は嗜み程度にしか使えないサマンサがいるので隠れることはできないが、安全な街道という道があるからこそ、私たちの行動を見つけることは難しいはずだった。


「久しぶりだな、ヴィーロ」


「グレイブ……」

「…………」

 街道沿いの森を半日も進まないうちに、グレイブが自ら私たちの前に姿を現した。どうして見つかったのか分からないが、運が悪かったとしか言いようがない。

 この時点でグレイブに奇襲を掛ける作戦が意味をなさなくなった私たちは、足場の悪い森から街道である橋の上に移動する。

 元から奇襲できる確率は半々程度だったが、グレイブが逃げずに姿を現した理由は、私たちに攻撃力と防御力が高い重戦士系がいないから……と言うよりもグレイブの戦闘力を見れば理解できた。


【グレイブ】【種族:人族♂】【ランク5】

【魔力値:215/220】30Up【体力値:308/360】10Up

【総合戦闘力:1425(身体強化中:1848)】209Up


 あれからどれほどの修練を重ねたのか、戦闘力がかなり上昇している。

 ランク5の実力者ともなれば、ステータスの値が1上がっただけで戦闘力はかなり上昇する。ヴィーロが暗部からもたらされた情報によれば、グレイブは剣術と体術のみがレベル5だったはずだが、おそらく近接か魔術のスキルレベルに上がったものがあるのだろう。

 ギリギリのランク5だったグレイブが、正真正銘のランク5となったのだ。

 でもそれよりも……グレイブの視線が自分に向けられていることに寒気を感じる。


「グレイブ、俺たちが来た理由は分かっているな? 出頭するつもりはないか?」

「愚問だな、ヴィーロ。俺にはやるべきことがある。たとえそこの老婆が『虹色の剣』創始者の一人である“砂塵の魔女”だとしても、脅しにはならん」

「ひっひっひ、その名は久しぶりじゃのぅ。今の儂になら勝てると思うたか?」


 正体を見破られて、ボケていたようなサマンサの雰囲気が一瞬で戦闘態勢に変わる。

 グレイブはサマンサがレベル5の魔術師だと知っても退く気はないようだ。

 私は“退けない”からこそ強敵と戦ってきたが、グレイブはあえて“退かない”を選択しているように見える。

 その強さと自信の理由は鍛えた技術(スキル)か信念か……視える戦闘力が絶対ではないようにグレイブにも“何か”があるのかもしれない。

 グレイブの生き方は狂っているが部分的には理解できる箇所はあった。でもここに来て私は自分とグレイブは根本的に違うのだと理解した。

 会話をしていたグレイブが、ヴィーロやサマンサに向けていた視線を、再び私に向ける。


「逆にお前に問おうアリアよ。俺と同じ狂犬であるお前では、政府側の犬にはなれん。お前のような人間が生きるには今の世では狭すぎるだろう。俺の側に付け、そうすれば俺が生きる場所をくれてやる」

「お前っ、」

「ヴィーロ」

 私は手を差し伸べるグレイブに食って掛かろうとしたヴィーロを止めた。私を護るように立っていたヴィーロの前に出た私は、スッと目を細めてグレイブを見る。

「断る」

「ほう……何故だ? 王女への義理立てか?」

 キッパリと拒絶する私にグレイブは口元だけで皮肉げに笑う。だけど、そんな問い自体に意味はない。

「グレイブ。お前は私の“敵”だ」


 お前を殺すのに他になんの理由がいる?


「ひっひゃっはーっ!!」

 その瞬間、サマンサが笑いながら【岩槍(ストーンランス)】を複数撃ち放った。

 唐突な不意打ちに十本近い岩槍がグレイブを襲い、グレイブはいつの間にか抜いていた二振りの片手剣で岩槍を逸らして打ち砕く。


「やっぱりこうなるのかよっ!」

 口では文句を言いつつも、ヴィーロが即座に反応してグレイブの横手に回りながらナイフを投げ放つ。

「――【幻痛(ペイン)】――」

 私もそれに合わせて闇魔法を撃つ。グレイブ相手に出し惜しみはしない。どうせ以前の戦闘で私の手の内は知られている。


「ハッ!!」

 だがグレイブは、息を吹き出すようにして“気合い”で私の【幻痛(ペイン)】を受けきり、ヴィーロのナイフを剣で弾き飛ばした。

 以前は一瞬なら【幻痛(ペイン)】で止められたが、もうそれも叶わない。


 ダンッ!と大地を踏み抜くように蹴り、グレイブがサマンサに飛びかかる。

「やらせるかよっ!」

 ギンッ!!

 それを阻止しようとヴィーロが割って入りナイフで剣を受け止めるが、力量と体格の差で吹き飛ばされた。

「くそっ」

「どけどけ、坊主っ!!」

 サマンサのレベル4土魔法【砂嵐(サンドストーム)】が放たれ、グレイブは慌てて避けるヴィーロと同じ方向に回避してやり過ごした。

 そこに私が【斬撃型】のペンデュラムを放つと、グレイブは刃を避けるように跳び下がり、そこに転がったままのヴィーロがグレイブの足に蹴りを入れた。

 グレイブは私を警戒するように暗器を投擲しながら、ヴィーロの蹴りに自分の蹴りを合わせて防御する。

 その瞬間を逃さずサマンサが【石弾(ストンシヨツト)】を雨のように撃ち放つと、それを躱せないと分かったグレイブは両手の剣を振りかぶって強い魔力を解き放つ。


「――【鋭斬剣(ボーパルブレイド)】――」


 片手ではなく二振りの剣で放つ片手剣の【戦技】が荒れ狂い、回避不可能だと思われた数十もの【石弾(ストンシヨツト)】を斬り飛ばした。


「…………」

 やはりグレイブは強い。私たち三人と真正面から戦いながら、互角以上の戦闘ができていた。

 グレイブは仕切り直すように一歩退くと、武器を構えながら私たち三人を同時に視界に収める。


「ヴィーロもだが、アリアは見違えるほど強くなったな。やはりお前たちとまともに戦うのは危険だと判断する。そろそろ頃合いだと思うが……聞こえないか?」


 何か策を用意しているのか? その言葉にグレイブを警戒しながらも全員が耳を澄ますと、遠くから何か近づいてくるような物音が聞こえた。

「俺がこの地に呼び寄せたのだ。その行動など把握している」

 近づいてくる暴力的な気配。迸るような強大な魔力……これはっ、


『グァオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 天に響き斬り裂くような“獣”の咆吼。

 森の奥から邪魔な木々を薙ぎ倒すように、一体の巨大な黒い豹がその姿を現した。


「クァールっ!!」


 これが古の幻獣クァール……

 その美しいまでの禍々しさに私は一瞬目を奪われた。

 どうして現れたのか分からない。私たちが戦いはじめたのが原因か、それともただ人間だから襲いに来たのか理由はしれない。

 ただ分かるのは、グレイブだけでなくこの幻獣にも対処しなければいけないことだと理解して、私はすぐにサマンサの護衛をするべく側につく。


 だが幻獣は私やサマンサを無視するように、迷いもせずにグレイブとヴィーロに襲いかかり、耳から伸びた二本の触角で鞭のように攻撃をしてきた。

「くっ」

 ヴィーロがとっさにナイフの腹で鞭を受け、グレイブはそんなヴィーロを盾にするように彼の後ろに身を隠した。


 グレイブはさっき、クァールを“呼び寄せた”と言ったの? それならクァールの標的がグレイブという可能性もあるが、クァールは細かい人間の区別がついていないのか男二人に攻撃を仕掛けていた。

 グレイブの動きからすると、幻獣の標的をヴィーロに擦り付けようとしているように感じる。最初の予定どおりサマンサを逃がすとしても、その代わりヴィーロは確実に命を落とす。

 グレイブが言っていることが確かなら、ヴィーロが死んでも一人なら逃げ切れる自信があるのだろう。

 だったら……仕方ないか。


 ゴッ!!

『グァォオオッ!?』

 ヴィーロに飛びかかろうとしたクァールの頭部を、遠心力と魔力で強化したペンデュラムの【分銅型】で打ち、その攻撃をわずかに逸らした。


「アリアッ!!」

「…………」

 ヴィーロの咎めるような声が響く。――でもこれが現状の“最善”だ。

 ヴィーロは私よりも強いけど、正統派の斥候(スカウト)である彼がクァールと戦うのは難しい。

 サマンサも私より強いけど、魔術師である彼女にクァールの対処は出来ない。

 だったら――


 私が動き出すと同時にクァールの触角が鞭のようにしなり、脱ぎ捨てた外套を囮にして曲芸のように回転しながら躱して、見えない位置から放っていた分銅型ペンデュラムが真横からクァールの頭部を打ち抜いた。

『グァアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


「コイツは私が引きつけるっ!」



全員が生き残る確率を計算し、躊躇なく危険な道を選んだアリア。

たった一人で幻獣の足止めをするアリアに勝機はあるのか?


次回、黒の破壊者

次は木曜か金曜の予定です。


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