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90 グレイブ討伐戦 ① ―狂人―

①が思ったより長くなったので、二分割して後半部分を②にいたします。

その替わりに、②はもう少し加筆して火曜日更新としたします。




「そういえば、男爵領で起きた魔物の問題って何?」

「それも説明してなかったな」

 国境沿いにある男爵領に近づいた頃、街道を進みながらその疑問を口に出すとヴィーロが情報を整理するように教えてくれた。


 まず地理情報として、ヘールトン公爵領から西に数日移動した国境沿いに巨大な湖が存在する。でも問題はそこではなく、湖から西側が隣国ソルホース王国との緩衝地帯になっており、湖の北側の湿地帯にあるソルホース王国と繋がる街道でその問題が起きているそうだ。


 隣国であるソルホース王国とは、岩石地帯である魔物生息域や湿地帯を緩衝地帯としているため領土的な衝突はないが、コンド鉱山の利権を巡ってはソルホースだけでなくコンドール王国やイルス公国を含めた四国が政治的な諍いを続けている。

 だからこそ利権争いで有利に立つためにも王家同士の婚姻は欠かせないのだが、国家間の問題はあっても、民同士の関係は比較的まともな友好関係を築けていた。


 商人同士の交流は盛んであり、ソルホース側の近くに大規模ダンジョンもあることから、許可を得た上級の冒険者も多く行き来している。

 だが、その緩衝地帯の湿地帯にいつの頃からか“黒い獣”が現れるようになり、商隊や冒険者を襲いはじめた。その正体とは――


「古の幻獣――クァールだ」


 伝承では異界より現れたといわれる幻獣で、巨大な豹の身体に耳の先より伸びた鞭のようにしなる二本の髭を持つという。

 狡猾で残酷、知能は高く、その強大な力は『黒の破壊者』とも呼ばれるランク5の幻獣で、年を経た個体は竜にも匹敵すると言われている。


「……なるほど」

 正確には魔物ではなく“幻獣”か……それほどの幻獣が相手なら公爵自らが人気取りのために討伐隊を出すのも納得できる。知名度では竜に敵わないが、討伐できればかなりの武勇が讃えられるのだろう。

 現れたクァールは目撃された大きさからまだ若い個体だと推測されている。故にランク6である下位竜ほどではないが、公爵も全員がランク3以上になる上級騎士団百人を連れて事にあたるらしい。

 元々この近くにあるコンド鉱山近くの山には、昔より“黒い獣”が出ると探鉱夫の村では言われていたそうだ。

 でも……

 そのクァールが人を襲いはじめた理由はなんだろう?


「グレイブは街中ではなく、幻獣が出る湿地帯の森近くに潜伏している。現地には水生の獣亜人種であるリザードマンも生息しているが、あいつなら問題はないだろう。この情報を得るために暗部の諜報員が何名も犠牲になっている。グレイブが動き出す前に決着をつけるぞ」

「……了解」

「儂に任せておけっ、ひっひっひ」


 ランク2や3の諜報員では、戦いを挑むまでもなくグレイブに見つかり次第殺されている。それ以下の兵士や騎士を何人連れて行っても結果は同じはずだ。

 被害を少なくグレイブを倒すのなら少数精鋭でやるしかない。

 ヴィーロとサマンサの仲間にはランク5の重戦士や戦士がいるらしいが、私と同じく単独で動いているグレイブは、こちらの人数が多ければ簡単に逃げてしまうだろう。

 暗殺などで奇襲できることも考慮した結果、討伐隊は老人や子供を含めた私たちという歪な面子になった。

 それでもランク4のヴィーロやランク3上位でしかない私ではグレイブを倒せるか分からないので、実際の戦闘はランク5の魔術師であるサマンサの、近接面での補佐をすることになる。

 私とヴィーロが連携してグレイブを抑え、その隙にサマンサの魔術で攻撃するのが、今回の主な戦術だ。

 軽微な問題としてはサマンサの唐突なボケもあるが、その度に宿で結局食べきれずに持ち帰り【影収納(ストレージ)】に仕舞っている大量の“肉”を出していたら、それもあまり言わなくなった。


「幻獣が現れた場合は?」

「幻獣とグレイブの動き次第だが、最悪撤退を視野に入れて生き残ることを優先する。アリアは婆さんの護衛だ、できるな?」

「やるしかないのならやる」


 男爵領の街で診療所にいた生き残りの諜報員に最新の情報を貰い、私たちは必要な準備をして国境の湿地帯へと向かう。

「…………」

 “誓い”をしてなかった頃ならこのまま国外に出る道もあり得たが、“彼女”との誓いがあったからこそ私はここまで強くなれた。

 彼女の安全のためにもグレイブ……お前はここで殺す。


   ***


 深い湿地帯の森の中、その“獣”は自らの存在を問う。

 “獣”がいつから生まれたのか覚えていない。ただ、この世に存在してから“獣”はずっと“強者”であった。


 この世には“人”と呼ばれる生き物がはびこっていた。

 “人”は“獣”を恐れるが、それはあまりにも弱かったからだ。“獣”にとって“人”はあまりにも脆弱であり、肉としても微妙な“人”に“獣”は興味を持っていなかった。


 “人”は力が弱い、心が弱い。だからこそ“獣”を恐れて、小賢しい知恵で武装していたが、その“人”が“獣”の住む山を削ろうと、“獣”は興味もなく寛大にもそれを許容してきた。


 だがある時、“獣”が住む山の住処に一人の“人”が現れ、その周囲に異様な匂いがする“毒”を撒いた。

 “獣”は怒った。脆弱であり小賢しい“人”に。

 だが、その“人”は個体として強い力を持っていたようで、“獣”でさえ仕留めきれずに人里近くまで逃げられてしまった。


 自分が誘き出されたと悟ったのは、湿った土地で荷を運ぶ“人”の群が、現れた自分に対して攻撃を仕掛けた時だった。

 “獣”は“人”に興味はない。それでも攻撃をされて見逃すほど寛容でもない。

 “獣”は“人”の区別をあまりできない。それでも攻撃をしてきた“人”どもは最初に毒を撒いた“人”とは少し違う気がしたが、“獣”は怒りにまかせてその“人”どもを皆殺しにした。

 愚かで矮小で脆弱な“人”という生き物は、“獣”を苛立たせる。

 “獣”は、自分を誘き出した愚かな“人”の個体を殺すために、この場所を通るその個体に近い“人”どもを襲いはじめた。


   ***


 湿地帯の沼の上にある大岩の上で、座禅をして目を閉じている一人の男がいた。


「…………」

 グレイブは自分を『冷徹な狂人』と自覚する。

 この国を正して正常な状態にするには“強い王家”の力が必要だ。そのためにはどうすれば良いか? 世の答えは常に簡単な場所にある。

 邪魔になるモノを全て殺せばいい。王を脅かす者がいれば殺せばいい。

 民にとって王が誰かなど関係はない。ただ、正しい王家の安定のみが民の幸せに繋がるのだと信じていた。


 だがそのために、以前のような迂遠な手段を取るつもりはない。

 だがそのために、以前のような無謀をするつもりもない。

 この“世界”を正しく導くためには、自分は死なずに目的を果たす必要があると考えるようになった。

 邪魔な貴族は殺す。必要なら王族でさえ殺す。

 そのために手段は問わず、目的のために生に執着するような生き様は、以前殺した危ういメイド少女から学んだ。

 あの戦いを経たからこそ、グレイブは目的のために手段に拘ることを止めたのだ。

 あの時は王女に近づく少女を殺すことが最善だと考えたが、今にしてみれば彼女こそが唯一、自分の“後継者”となる可能性があったのではないかと思うこともある。


 目的のために複数の策を練り、罠を各地に配置する。

 その一つとして、この地のヘールトン公爵を殺すために、グレイブは不確かな情報を頼り、山に生息するという危険な魔物を人里に誘き出した。

 成功率は高くないが失敗しても痛くはない。

 この国にランク5の魔物を倒せる冒険者は多くなく、森で獣を相手にするとなればさらに限られる。それが“幻獣”ともなれば躊躇する者も出るだろう。

 だからこそ、その脅威に公爵が虎の子である上級騎士団を出すと考えた。そうして上手くいけば警備が手薄になった公爵を殺せば良いと考えていたのだが、公爵は愚かにも自ら兵を率いてグレイブが殺しやすくしてくれた。


 だからグレイブはこの森近くで、公爵が殺されに来るのを待つことにした。

 諦めて帰ろうとする幻獣を煽ってこの地に留め、公爵が出てこざるを得ないように、街道を通る商隊や冒険者を幻獣に襲わせた。

 だが、公爵が来るより先に招かざる者たちが現れた。先に発見できたのは偶然だが、今のグレイブの実力なら必然でもある。

 街道沿いの森を隠れるように歩く先頭の男はよく知っている顔で、暗部にも繋がりのあるランク5の冒険者パーティー、『虹色の剣』のヴィーロだった。

 そのメンバーに重戦士であるリーダーのドワーフがいないのは、彼がいればグレイブが逃げ出すと思ったのだろう。


「だが、それに意味はなかったな」

 自分もヴィーロが知る頃の自分ではない。戦い方次第では『虹色の剣』が相手でも、今なら一人ずつ暗殺できる自信があった。

 だが戦いに絶対はない。安全を考えるのなら誘導して幻獣に殺させても良いだろう。『虹色の剣』がフルメンバーなら幻獣が殺される可能性が高いが、半数しかいないのなら幻獣に対処できるとは思えない。


 だがグレイブは、その最後尾を歩く少女の姿を認めてその口元に歪な歓喜が浮かび、自ら彼らの相手をすることに決めた。


「生きていたか、アリアっ」



次回、グレイブとの戦闘。

現れる幻獣が彼らに牙を向ける。

アリアは本当に惹きつける匂いでも出しているんですか?(笑)


次は火曜日更新になります。

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