89 サマンサ・サマンサ
ピカ様よりレビューをいただきました。ありがとうございます。
タイトルの件は後書きにて報告させていただきます。
今回は軽めのお話。
「お前ら、仲間同士で殺しあってどうするんだよっ」
殺し合いに割り込んで止めたヴィーロが疲れたようにそう言うと、あの妖怪老婆がまるで人間のように笑う。
「ひっひっひ、遅かったのう、ヴィーロの坊主」
「“坊主”は止めろっ、婆さんっ。まったく……まぁ、とりあえず」
呆れたように老婆に文句を言ったヴィーロが唐突にナイフを何処かに投げつけた。
「ッ!!」
その瞬間、老婆に襲われボロボロになって動かなくなっていた細身の暗殺者が、跳ねるように飛び起きて、そのまま逃亡を始める。
その様子にヴィーロは口の端をわずかに上げて、その場から飛び出すように腰から愛用のミスリルの短剣を引き抜いた。
「俺から逃げられると――」
ヒュンッ!
黒い刃が飛び抜け、【刃鎌型】のペンデュラムがヴィーロと老婆に気を逸らしていた格闘暗殺者の死角から首を深く抉り斬り、大量の血を吹き上げてそのまま崩れ落ちる。
ペンデュラムの血を払うように手元に引き戻した私は、そのまま短剣を構えて固まっているヴィーロに向き直る。
「ヴィーロ……説明して」
「アリア、おまえなぁ……」
またか? またヴィーロの厄介ごとかっ。逃げられると思わなかったので覚悟を決めて迎え撃ったが、あのまま殺し合いを続けていたら私が死ぬ確率のほうが遙かに高かったはずだ。
この老婆が仲間? だとするとこの老婆が、引退したというパーティーメンバーの魔術師か……ランク5の魔術師相手に私もよく生き残れたな。
「まぁ、その…なんだ、この婆さんが俺の仲間だ」
「人外が仲間とは聞いていない」
「人外じゃねぇよっ。色々バケモノっぽいが人間だ。ただ、ちょっとボケててな……宿場町で宿を取っていたのに、怪しい気配がするって叫んで、いきなり飛び出しちまったんだよっ」
「ボケとりゃせんわ、坊主がっ! わしゃ、まだ99歳じゃっ!」
「十年前から同じこと言ってるじゃねぇかっ!」
「…………」
本当に人外じゃないの……? ランク5の魔術師で、しかも私と格闘戦ができる人物がボケてるとか、危険極まりないな。
「こう見えて腕は確かなんだよっ。偶にボケるから引退はしたんだが、実力だけなら確かだから安心しろ」
「儂の名は、サマンサ・サマンサじゃ、小娘っ!」
「……そうか」
どこに安心できる要素があるんだろう。すでに数十秒前まで殺し合ってたことも忘れたように、老婆――サマンサは普通に自己紹介してきた。
それでも私はナイフを鞘に戻して、警戒レベルを“注意”にまで引き下げる。
あの女の“知識”によれば、ボケとか本人ではどうしようも無いことを、いつまでも根に持つことは合理的ではない。
確かに彼女ほどの実力があれば、戦闘に問題はないだろう。
「アリアだ。ここで会えるとは思っていなかったが、ヴィーロ、これからの予定はどうなってる?」
「そうだなぁ……さっきの宿場町で一泊する予定だったが、もう宿も取れないからこのまま目的地に向かうか……」
「公爵の城がある街?」
「そっちはただの待ち合わせ場所だ。途中で寄ることにはなるが、“ターゲット”は国境沿いの男爵領にいる」
「了解」
ヴィーロの言葉に私は手の中にペンデュラムの刃を出して握りしめる。
そこにあいつが……“グレイブ”がいる。
以前戦った時は手も足も出なかった。一か八かの賭けに出てギリギリで生き延びた。
今でも戦闘力は倍近い開きがあるが、私も昔のままの私ではないし、今はヴィーロやサマンサもいる。
出来ることなら……私一人でケリを付けたかったが、あいつを殺すことは私の私情よりも優先される。
「それじゃ行くぞ、アリア、サマンサ。明日中には街に着くぞ」
「こんな夜に強行軍とは、年寄りをなんだと思ってるんだいっ」
「婆さんが勝手に飛び出したんだろっ!?」
「…………」
……少し不安だ。
冒険者生活の長い(ほぼ百年)サマンサは当たり前のように暗視を持っていた。こんな夜の街道でも、全員がレベル4の身体強化を使えるので移動は驚くほど速い。
「そういえば、サマンサは魔術師なのにどうして身体強化を使えるの? 近接戦闘スキルがあるわけじゃないんでしょ?」
「良い質問じゃ、小娘っ!!」
移動途中で気になったことを聞いてみると、私もヴィーロも自然に気配を消していたけど、サマンサはお構いなしに向こう三軒隣に声をかけるような大声で答えた。
「魔術師の天敵は動きの速い軽戦士タイプじゃっ! だからこそ、実力が一定以上になった魔術師は、“思考加速”を行うために身体強化を覚えるようになるのじゃっ!」
「へぇ……」
師匠が魔術師なのに近接戦もするのは、そういう意味もあるのか。
「婆さん、それは俺も知らなかったぞ」
「最近の坊主は、勉強不足じゃのっ! まぁ、今の若い魔術師は、魔術の威力にばかり気を取られて、身体強化を覚える奴など滅多におらんからなっ! おぬしらも覚えておけっ、今の時代に身体強化を使う魔術師がおったら要注意じゃぞっ!」
「わかった」
なるほど……実戦系の冒険者の話は参考になる。
「とりあえず婆さん、もうちょっと声を抑えろ。魔物が寄ってくるだろっ」
「なんじゃ小僧っ、
「宿屋で飯食ったのは、
「…………」
……本当に大丈夫?
食事もほぼ携帯食だけで済ませて行程を急ぐと、次の日の昼には、この地方で最大の都市であるヘールトン公爵の城がある街に到着した。
私とサマンサは一泊するために宿を取り、ヴィーロは冒険者ギルドで情報を仕入れるらしい。
「アリア、婆さんと一緒にここにいろ。お前もそうだが、サマンサはこう見えて有名人だから、この状態の婆さんを連れて行くと面倒になる。それから婆さんは普通に会話してても唐突にボケが入るから気をつけろよ」
「了解」
私が冒険者ギルドに行っても面倒になりそうなので、ギルド関係はヴィーロに丸投げする。
ヴィーロが取った宿は一流冒険者の彼ららしい上級宿だった。
世話をする必要があるかと思ったが、老いたりとはいえ彼女も冒険者だし、上級宿らしく宿の者に言えば大抵は対処できるので私がすることはほとんどないだろう。
バタンッ!!
「小娘っ! 飯じゃ、飯を食うぞっ!」
宿の部屋に入って数秒もしないうちに、隣室にいたはずのサマンサが扉を蹴破るように私の部屋に飛び込んできた。
「飯は昨日食べたと聞いた」
「鬼嫁じゃ、鬼嫁がおるっ!!」
誰かの嫁になった記憶はない。
「なんだ。冒険者なのにもう腹が減ったのか。それならついてこい。まともな食事をしたいのなら一階だ」
「お、おう」
何故か若干引いているサマンサを伴って一階に降りると、宿の者に案内されて食事をする六人掛けのテーブルに案内された。
「サマンサ、何を食べたいの?」
「そうさのう……肉じゃ、仔羊の肉が良いっ!」
「了解」
私は彼女の好みを聞いて女給を呼ぶと料理の注文をする。
「仔羊の肉料理。一頭分」
「い、一頭分ですかっ!?」
「彼女は何度も空腹を訴えている。それに私たちは冒険者だから問題はない」
ヴィーロは病み上がりでも朝から肉を食べる男だった。彼の冒険者仲間ならそれに沿った料理を並べておけば問題はないだろう。
特に会話もなく次々と運ばれてくる“肉”を黙々と胃に流し込んでいる老婆と子供に周囲の客が静まりかえり、そんな微妙な空気の中に二時間もしてヴィーロがギルドから戻ってきた。
「なんだ、この肉の量は……」
「サマンサが食事をしたいと言った」
「小娘は鬼嫁じゃっ!」
宿に着いた時よりも若干丸くなってテカテカになったサマンサを見て、ヴィーロが首を傾げる。
「……なんだかよく分からんが、まあいいか。女給っ、エールをくれっ。とりあえず報告をするぞ」
席に着いたヴィーロが勝手に肉を食いながら、ギルドから得た情報とこれまでのことを小声で話し始めた。
裏社会の隠語を使っているので分かりづらいが、要約するとこういう話だ。
私を殺し損ねたグレイブはセラたちの暗部を抜けて姿を隠した。
それからしばらくは大人しくしていたそうだが、ある頃から“貴族派”と呼ばれる王家の力を弱めようとする勢力の貴族たちが暗殺される事件が起きはじめた。
これまでに三人の貴族が殺害され、特にその一人である伯爵は、王太子の婚約者は国外の姫を娶るべきと唱えていた、隣国と深い関係にあると噂される貴族だった。
貴族派の貴族たちは伯爵を殺したのが王家派の人間だとして糾弾し、国家に対しても王家の剣である近衛や暗部の規模縮小を求め、それだけでなく王家が頭を下げてでも隣国の姫を娶るべきだと主張した。
だが今の情勢でそんなことは認められるはずもなく、謂われのない疑いを掛けられた暗部の長は事件を調べて、ようやくその犯人がグレイブだと突きとめた。
暗部の調査によるとグレイブは王家の敵となる貴族家を狙っているらしく、絞り込んだ幾つかの貴族領を調査すると、このヘールトン公爵領にグレイブらしき人物が潜伏しているとの情報をつかんだ。
本来“貴族派”の旗頭となり得る二つの辺境伯が“王家派”であるのに対し、王家派であるはずのヘールトン公爵家は、本来得られるはずだった利権を辺境伯家に奪われたせいで、今では反王家派として知られている。
「グレイブは公爵が外に出るのを待っている。情報では国境寄りの男爵領で厄介な魔物が出たらしく、並の冒険者や騎士では刃が立たないそうで、まあ、簡単に言えば、公爵が人気取りのために自ら討伐隊を出すそうだ」
その時を狙ってグレイブが公爵を狙う可能性が高いらしい。
普通に考えれば百人程度の騎士が護る公爵を襲うなんて自殺行為であり、誰もが馬鹿げたこととして本気にしないが、グレイブなら城にいる時を狙うよりかマシだと判断したのだろう。
公爵側もいつ襲ってくるか分からない相手に常時厳戒態勢は取れない。そのような状況なら、グレイブならきっとやるはずだと私は確信する。その確信に理由はない。ただ私でも“そうする”と思っただけだ。
そして公爵も、たった一人の襲撃者を恐れて討伐を中止にしたりしないだろう。
「明日の朝に出発してその男爵領に向かう。俺たちのやることは、公爵の出発前にグレイブを討伐することだ」
「ひっひっひ、明日の朝など言わずにこれから行けば良かろうっ! さぁ、坊主、小娘も準備をせいっ!」
パンッ。
すぐさまにも出発しようとするサマンサを、私がテーブルを叩いて止める。
「まだだ。肉がまだ残ってる」
「「…………」」
冒険者は食える時に食わないといけない。ヴィーロからもそう教わったし、私は最初の森での野営生活やオークのいた森での教訓からそう学んだ。
食える時は食う。食えない時は我慢する。だから食事を残すのは許さない。そう訴えるようにジッと二人を見つめると、二人はゆっくりと席について三人でまた肉を無言で食べはじめた。
その翌日、朝早くに私たちは公爵のいる街を出発して、グレイブが潜伏している男爵領に向かった。
その場所で私は、ある“出会い”を果たすことになる。
次回、男爵領で出会うモノ
タイトルのご相談に沢山のご意見ありがとうございます。
お話を聞いてみますと、そのタイトルで読み始めたので変えてほしくないというご意見が多く寄せられました。
それを踏まえて、現状でタイトルはそのままの形の保留といたします。
後日変えるとしましても、今のタイトルを残したまま末尾に文字を追加する程度にしたいと考えております。
貴重なご意見ありがとうございました。大変参考になりました。