83 新しい武器と懐かしい顔 前編
予告詐欺。申し訳ございません。前半部分が長くなりすぎたので二分割させてください。後半部分は明日更新します。
まずは町の様子から。
「様子はどうだっ?」
「とりあえず何もない。……不気味なくらい静かだよ」
尋ねてきた町の兵士に、櫓の上で見張りをしていたランク2の冒険者ケビンが、町の外に広がる麦畑とその向こうに見える森を険しい顔で見つめる。今は収穫が終わっているのでそこまで被害はないが、この状況が続けば種まきにも影響が出かねない。
町の住民が本格的な避難を始めてから一ヶ月近くが経ち、現在では動ける住民の退避はほぼ終了したが、まだ動けない病人やその家族が残っている。
対策として町の中央にある公民館のような場所に集まってもらっているが、その移動にはまだ数日はかかるだろう。
この地の領主であるホーラス男爵が寄親であるトーラス伯爵に救援を求め、ようやく他の貴族家も含めて一千四百の兵を出す準備が整った。
冒険者ギルドも複数のギルドに連絡を取った結果、ダンドールのギルドでようやく単独行動していたランク4の斥候を確保し、王都からランク4以上のパーティーが派遣されるまでの指示役として呼び寄せている。
その情報に男爵も自分の町から五十の兵士を先行して送り出し、今はこの町の兵士たちと協力して住民の退避を行っていた。
冒険者ギルドもランク4の冒険者と連絡が取れたことで、支援のためにギルド依頼を出すと、ランク3のパーティー二つが名乗り出て、ケビンたちのパーティーと一緒にオークの襲撃に備えている。
「
以前門周りの警戒をしていた顔見知りの兵士が、石垣の裏に作った足場に登ってケビンと同じ方角に顔を向けた。
三週間以上何の動きもなかったが、数日前に町の外にある倉庫から食料を持ち出そうとしていたオーク五体を発見し、ケビンのパーティーとランク3パーティーが連携してそれを仕留めている。
「オークなんて大したことなかったさ。あいつが行かなくても、俺たちだけでも何とかなったんだよっ、どうせ大したことは出来ないんだから、さっさと逃げ帰ってくればいいんだっ」
「ケビン……そんなことを言って、あの子を一番心配していたのはお前だろ」
「ち、違うぞ、俺はあいつが勝手に動いたのを怒っているだけだっ!」
一ヶ月前、住民の避難が完了する時間を稼ぐと、アリアという少女が一人でオークの集落へ向かっていった。
十代前半ほどの少女にも拘わらず、ランク2ではまるで及ばない実力を持つアリアを誰も止めることが出来ず、ボコボコにされて途中で気絶してしまったケビンが目を覚ました時には、すでにアリアは出発した後だった。
「俺の言うことなんて真に受けて、あいつが一人でやることなんて無いんだよ……」
「綺麗な子だったよなぁ……殴られて惚れたか?」
「ばっ、あんなガキに惚れるわけ無いだろっ!!」
「まぁ、それはともかく、オークたちの実力が大したことなさそうで良かったな。オークはランク3の魔物だと聞いたが、噂で聞くより強くないのか?」
「それは違うぞ」
いつの間に現れたのか、この町に来ているランク3パーティーの斥候が石垣の足場に登ってくる。彼はオークが発見された時に領主の要請でオークの戦力を調べた斥候で、その脅威を知っているからこそ、今回の防衛にパーティーで参加していた。
「ドイルさん……どういうことですか?」
「俺が奴らの集落に潜入したのを知っているだろ。この前やってきたオーク共が様子がおかしかったので鑑定してみると、あいつら全員衰弱して戦闘力が半減していた。まるで“毒”でも盛られたようにな」
三十代半ばの熟練斥候であるドイルがそう言って火を付けた煙管を吸って煙を吐くと、それに真実味を感じてケビンと兵士が顔を見合わせた。
「まさか……あいつが?」
「時間を稼ぐとは言ってたが……」
「そうとは言っていない。俺もあの廃村の中心部には入れず遠くから見ただけだった。分かるか? “怖かった”からだ。見つかれば確実な死が待っている。もしオーク全体に毒を盛ろうとしたら、十日以上、気づかれないように潜入し続けないといけない。そんな胆力は俺にはないな」
「「…………」」
熟練の斥候が自分では無理だと言った。だとしたら、どうしてオークが衰弱しているのか? 確認されている上位種が姿を見せない理由は何なのか? そもそも一ヶ月以上もオークが侵攻してこないのは何故か?
「おいっ、何か来るぞっ!」
離れたもう一つの櫓にいる兵士から声が上がり、ケビンたちが飛びつくように麦畑のほうへ目を凝らすと、遠くから長い槍か棒のような物を持った小さな影が近づいてくるのが見えた。
「あいつ……ッ」
「おい、ケビンッ」
目を見開いたケビンが門のほうへ駆け出し、兵士とドイルもその後を追う。
集まってきた他の冒険者や兵士と一緒に門から外に出ると、先頭を駈けていたケビンがその人物に近づいてその名を呼んだ。
「アリアッ!」
「……ケビンか」
泥だらけで擦り切れた外套を纏ったその少女は、毛皮で出来た袋を引きずりながら巨大な棒を肩に担ぎ直して、近づいてきた彼らに疲労の浮かんだ顔を向ける。
その鬼気迫る雰囲気と頬に残る返り血の痕にケビンが息を飲み、顔見知りの兵士が前に出て気圧されたような顔で声をかけた。
「あんた、どうしてたんだ? オークはどうなった?」
「……オークはもう襲ってはこない。少しは残っているかもしれないけど、少なくとも上位種はもう居ない」
「居ないって……何を言ってるんだっ!」
「待て、ケビン」
詰め寄ろうとするケビンを止めてドイルがアリアの持つ黒い棒に目を向けた。
「なぁ、一つ聞かせてくれ。……その魔鉄の六角棒は、オークジェネラルが持っていた武器じゃないのか?」
ドイルの言葉の意味を理解できずに困惑する冒険者や兵士を無視して、アリアがドイルに顔を向けた。
「欲しい? 持ってきたけど、結構重い」
「……いや、いい。もう一つ聞かせてくれ。オークはもういないのか?」
「森や廃村に転がっているから、勝手に確認して。疲れているから行っていい?」
「……わかった」
「お、おい……」
アリアを呼び止めようとしたケビンの肩をドイルが掴んで静かに首を振る。
その小さな背中が町の門のほうへ消えていくと、険しい顔をしたドイルが兵士や他の冒険者に声をかけた。
「誰か、俺の仲間を呼んでくれ。今から森とオークの集落を確認しに行く」
その日のうちにドイルとケビンのパーティーが探索に出発し、その数日後、深い森とオークの拠点となっていた廃村で、心臓から魔石を取られた、上位種を含めた五十以上のオークの死体が発見された。
その後、詳しい事情を聞こうと彼らが町に戻ると、少女の姿はすでになく、探索をした冒険者の一人が『灰かぶり姫』と呟く声が風に流れて消えていった。
***
私が目を覚ますと青い空が広がっていた。
極度の体力と魔力の減少。あとわずかでもダメージを受けていたら、昏睡したままで飢餓状態になってそのまま衰弱死していただろう。
目が覚めても身体が動かなかった。限界以上の身体能力を使用したため、全身の筋肉や腱に相当な負荷がかかったものだと思われる。その他にもダガーを突き刺した時の急減速の反動で、右腕の上腕部が折れて肩の関節が外れ、全身に複数箇所の打撲や内臓にもダメージを受けていた。
頭部に怪我がなかっただけ幸運だった。頭部にもダメージを受けていたら目を覚ますこともなかっただろう。
意識が復活して朦朧としながらも現在の状況を把握した私は、わずかに回復した魔力で生活魔法の【
この状態で、もしオークの生き残りが居たとしたら何も出来ずに殺される。
全身の魔力経路がおかしくなっているのか、流れる魔力量が一定ではなくなり苦労したが、レベルだけは上がっていた魔力制御で調整し、【
疲労とダメージが蓄積して、体力と魔力が半分以上に回復しなかった。
でも、ここにいても回復するまで時間がかかると判断した私は、やることをやって、ここから離れることにした。
死んでいるゴルジョールの眉間から黒いダガーを抜き取りホルダーに仕舞うと、予備のナイフを出してその胸から魔石を摘出する。私は冒険者だ。憎しみでは殺さない。だから魔物である彼の死を無駄にはしない。
オークが使っていた毛皮の袋を見つけ、廃村を回って全てのオークから魔石を取り、出来るかぎりの投げたナイフを回収する。
その夜は山菜と長芋を焼いて湯を沸かし、一ヶ月ぶりに温かな食事を摂ると、陽が昇るまで泥のように眠り、朝になって廃村を後にした私は森に放置していたソルジャーたちの魔石を回収して町のほうへと歩き出した。
ゴルジョールが使っていた魔鉄の六角棒を持ってきたのはただの気まぐれだ。
戦利品と言うつもりはないが、知らない誰かが勝手に使うのも気に入らなかったのでとりあえず持ち帰ったが、重いので途中で後悔した。
あの小さな町に戻った私は、ケビンを含めた冒険者や兵士に脅威が無くなったことだけを伝えて、後の処理を丸投げした。
疲れていて説明が面倒だったのもあるけど、詳しい説明なんてしなくても現場を見れば勝手に納得するだろう。どうせ私がしたことを説明しても信じてもらえるか微妙なので、そのほうが面倒がなくていい。
町の中は、オークの襲撃に備えて避難が進んでいるのか、兵士以外の住民の姿は見えなかった。
「…………」
時間を稼ぐはずが予定以上のこともしてしまったけど、最悪の事態は防げたのだから問題はない。多分。
そんな町の中で扉が開いたままの宿屋を見つけて中に入ると、おそらく冒険者か兵士が詰め所として使っていた場所らしく、そのまま宿屋の隅を借りて外套に包まるように目を瞑る。
今はまともな食事よりも安全圏での睡眠が欲しい。人がいる場所が安全とは限らないが、野生の魔物が彷徨い歩いている場所よりはマシだろう。
男ばかりしか居なかったのか、テーブルの上に放置されていた乾いたチーズを見つけたので、水で胃に流し込み、充分に睡眠を取って目を覚ますと、体力と魔力が七割程度まで回復するようになっていた。
寝ている間に冒険者と兵士の一部がオークがいた廃村に向かったらしい。
彼らが帰るのを待つ必要もない。説明を求められるかもしれないけど、どうせギルドでも話すのだから二度手間をする趣味はないので、そのままギルドのある町に向けて出発することにした。
街道を歩き出してから気づいたけど、疲労はあっても身体のキレが前以上に感じるのは、【体術】と【無属性魔法】がレベル4に上がっていたせいだった。
属性魔法や戦闘系スキルが上がっていないので、まだランク3だけど、身体能力面では限りなくランク4に近づいたはずだ。
これで私は“強者”がいる舞台に、ようやく一歩踏み出した。
後半の解説部分は明日予定です。
これからは、通常週二回、余裕があったら週三回の更新になります。
捕捉:【影攫い】使用法
・影攫いの“闇”もしくは自分の魔素と繋がっている影から、離れた場所にある“闇”に転移させます。この場合は送る対象が隔離されて闇属性魔素に包まれている必要があります。例:クロスボウの矢、一部の魔術。
・自分の魔力と直接繋げている影もしくは“闇”から、同じく魔力が直接繋がっている“闇”へと送ります。この場合は【影収納】と同じように、送るだけなら完全隔離する必要はありません。例:武器の先端のみ。