08 森のサバイバル 後編
翌朝も朝日と共に目を覚ます。まだ野営地には人がいるはず。そちらへ目を凝らすとほんのりと赤い色が見える気がした。
昼間は夜よりも分かりづらいけど、まだ昨夜の魔素属性を『色』で視る認識は続いている。どうやらこれは気のせいでなくて、本当に私の脳が魔素に色があると『認識』しちゃったせいみたい。
でもフェルドもあの女の師匠も魔素は『感じろ』と言っていた。では『視る』というのは異端なのかもしれない。今の私だと周囲の魔素を感じるのは数メートルが限度だけど、『視る』のならもう少し遠くまで分かる。
これは私の“武器”になる予感がする。
もう少し魔素を感じる感覚を鍛えれば、目で視る魔素の範囲も広がるかもしれない。そして今の認識を強く意識して、もっとハッキリと色を視えるように鍛えよう。
私は魔素を『色』で視ることと感覚で『感じる』ことを意識しながら、野営地から離れるように日課にした野草と黒ベリーの採取をはじめた。
食料は本当に心許ない。干し肉やチーズは明日の分で終わるのでそろそろ町に向かうべきだろうか。
途中で寄った小川の上流で洗った黒ベリーを食べて顔を洗う。口をよくゆすいで削った薬草の茎で歯を擦るのは、両親が生きていたころから何度も言われてきた習慣のようなものだ。
最後に生活魔法の【
魔素の色が視えるようになって、周囲の色を意識して吸い込み、私の魔力の色を合わせることで、私の気配が森に溶け込んだような気がした。これが気のせいでないのなら【隠密】にとても有利になるかも。
「…………」
魔素に色があると意識して目を凝らすと、周囲の景色が薄く色付き、見えていないところまでも“視えて”くる。
昨日の感覚を思い出しながら呼吸で魔素を取り込み、私の中にある透明な無属性の魔力を、周囲と同様の“色”に染め上げていく。
周囲には属性の魔素が溢れているのに、どうして自分の魔素は無属性になるのだろう? そういえば、魔力を使いすぎると飢餓状態になるのは、この世界の生物は魔素も栄養素の一つとして取り込んでいるからだ。ということは、身体が魔素の属性だけを取り込んでいるのだろうか?
考察は後にして、大地の黄色、水の青、風の緑、闇の黒は少なめにして、その代わりに光の白を多めに取り込んだ。
……完全に同じにはならない。吸い込んだ属性の割合と言うよりも、その割合を微調整する私の魔力制御が未熟なのだろう。しかも少し移動すると周囲の魔素の割合が変わるので、その度に魔力の微調整が必要だった。
……これを隠密中ずっと続けるのか。
フェルドも隠密行動中は、周囲の魔素の流れを読んでそれに合わせろと言っていた。魔素の流れ……魔素の密度を合わせることと、無意識に属性を合わせるのだと言っていたのかもしれない。
すごく面倒……でもまぁ、やるしかないんだけどね。
魔力の色合わせを鍛錬しながら野草集めを再開する。
山菜類は昨日で懲りたので、薬に使えそうな薬草類を中心に摘んでいく。
一般家庭で常備薬として使われる薬草は比較的にどこでも生えている。これは傷口の雑菌を消したり、軽い食中毒の腹痛を治す、消毒効果のある毒消しの一種らしい。
(っ!)
その時、不意に近くの藪から緑蛇が現れた。
緑蛇は体長1メートル程度の弱い麻痺毒しか持っていない蛇で、野ネズミより大きな獲物は襲わない大人しい蛇だ。それでも危険になれば襲ってくるし、噛まれれば1時間は麻痺してまともに動けなくなる。
人里ならともかくこんなところで麻痺なんてしたくない。
「…………」
だけど、緑蛇はすぐ側にいる私に気付かなかった。魔力を合わせているので私がいるのが分からない?
あの女の“知識”だと蛇は生き物の熱を感じることが出来るらしい。だとすると魔力を合わせることで熱感知すら誤魔化すことができるのか。いや、この世界の蛇は生物の魔力を感知しているのかも? どちらにしても野生動物に感知されない程度の隠密ができていることに安堵する。
私は周囲の風の流れと合わせるようにナイフを抜くと、そのまま刃を蛇の頭部に振り下ろす。暴れて腕に絡みつこうとする緑蛇。私は慌てずにゆっくりと深く突き刺し、それから首を斬って絞り出すように血を抜いた。
昼頃になって旅人がいなくなった野営地に戻り、商人の馬車もいないことを確認すると、焚火に火を熾して食事の準備に取りかかった。
生煮えの山菜はこりごりなので今日は無難に焼き物にする。フェルドは切れ目を入れただけで一気に蛇の皮を剥いでいたけど、私にそんな筋力はない。
なのでぶつ切りにしてひとつずつ剥こうと思ったけど、骨があるのでそれすらも苦労したが、身体強化の訓練も兼ねて全身に魔力を循環させると、少しだけ切るのが楽になった。
フェルドなら数秒でも、私が処理し終えるまで10分以上かかった。
そのぶつ切りにした蛇を用意しておいた串に刺して火で炙る。ついでに洗った薬草の根やチーズや干し肉も火で炙っておく。
昨日と比べると美味しく感じる。一応念のために最後に薬草を食べると、その味で全て台無しになった。
焚火の始末をしていると、昨日の粘土で作った器の破片が残っていることに気が付いた。【
これってもしかして焚き火に当たっていた側だけ、素焼きになったのでは?
上手くすれば適当に作った器でも、ちゃんと素焼きの器になるかもしれない。
午後はナイフの鍛錬と新しく作ったスリングの練習をした。
ナイフは短剣術の型を正確になぞるだけ。偶に魔力残量を気にしながら身体強化も使って繰り返す。
基本的に近接戦闘スキルレベル1を取るのに時間がかかるのは、鍛錬途中で覚えるはずの身体強化の取得に手間取るかららしい。だから身体強化を織り交ぜて鍛錬すれば、習得は他の子供より早いと予想している。
スリングは小川にあった小石を何度も木の幹に投げつけた。
初めは真っ直ぐに飛ばなかった石も、一時間も続けると多少は当たるようになってきた。それでもまともに当たるのは3メートルが限界で、さらに鍛錬が必要だろう。
「……あれ?」
でもその時、不思議な現象に気がついた。
スリングの練習をする時に魔力を全身に流す訓練も同時にしていると、不意に命中率が上がったような気がしたのだ。
無意識に身体強化をしていたのか……でも身体強化にそんな効果があるの?
知識を調べてもそんな記録は見あたらない。もう一度全身に魔力を流しながらスリングを持ってみると、私の髪で作った紐の部分だけに微弱だけど魔力が流れていることに気がついた。
私から切り離されても、髪の毛には私の魔力がわずかに残っていて、私の魔力に反応して流れるように馴染んでいる。
自分の魔力を認識できた私は血の流れに沿って魔力を流している。血の流れで勝手に魔力が流れているのだと思っていたけど、もしかしたら私は自分の意志で魔力そのものを動かしていたのかも。
だとしたら無意識のうちに髪の毛を身体の延長として動かし、命中を微妙に補正していた可能性もある。身体の延長だと意識して魔力を流せば、スリングの命中率がさらに上がりそうな気がした。
それにこのことは新たな“武器”として使えそうだと感じた私は、まだ明るいうちに髪の毛を使って“新しい武器”の製作をはじめた。
「……使えるかも」
夕暮れの中、製作したそれを使ってみて、ギリギリ……相手が油断してくれる前提だけど、戦える術が出来たと考え、私は次の段階――隣町に向かうことにした。
その日のうちに水の補充と荷物の整理をして、最低限の荷物とお金の半分をあの女の鞄に詰め込み、翌朝、空が明るくなりはじめると同時に出立した。
この野営場から隣町までは、大人の脚で朝早くに出て夕方までに辿り着ける距離にある。まだ幼い私の場合は五割増し程度に見ればいいだろうか?
できれば休憩を多く取っても明日の朝までには辿り着きたい。
歩きながらまた黒ベリーだけの食事をして、食中毒対策に薬草を囓っておく。
あの女の“知識”を持つ私としては、よくこんなものだけで病気を防げるものだと感心していると、この世界の常識として『魔力値の高い人間ほど病気になりにくい』という“知識”が浮かび、なるほどと納得した。
きちんと複数の属性になるような食事をすれば身体が丈夫になるのかも。
歩きながら魔素の『色』を感じ取る訓練をして、偶に身体強化も織り交ぜていく。
時間経過を知るのは自分の感覚と太陽の角度だけなので、魔力の使いすぎには特に注意した。
これまで習得していなかった生活魔法、【
【
水なら空気中の水分を集めるイメージで事が済み、風なら魔素ごと空気を押し出すようにして流してやればよかった。
それから私は属性の『色』を認識するようになって、意識して水属性の魔素を集めることで水を多く出せるようになった。
だとしたら光の白い魔素を集めることで使えるようにならないか。
「【
唱えた私の手の中に小さな光が灯る。そこにあると分かっていなければ気付かないほどの小さな光は、気を抜いた瞬間に消えてしまった。
……何がいけないのだろう? 【
自分から魔力を切り離す。持続させるにはその魔力を少しずつ燃焼……炎の酸素のように燃料として消費させる?
「……【
ナイフの先に
「だ、【
慌てて闇の魔素を集めてぶつけると、
さっきの強い光は、光の魔素だけを集めたせいだろうか? それと燃焼させるイメージを持ったせいか、切り離した魔力が拡散するのではなく瞬く間に燃え尽きたような感覚があった。
これは練習しないとまともに使えないな。でも【
すれ違う馬車や旅人は森の中に入ってやり過ごし、森の中でベリーを摘み、少量の火で炙った最後の干し肉とチーズを胃に収めた。
残る食料は森で採れる黒ベリーと野草のみ。私のスリングではまだ兎は獲れないし、蛇を探してもよかったけど、私は町へ行くことを優先した。
夕方になり陽が沈みはじめ、私は【
「……夜が…見える」
たった二日。でもその時間を使って魔素に属性の色があると『認識』を強めた結果、うっすらとだけど植物や地面や空が、属性ごとの色で判別できるようになっていた。
さらに意識を集中すれば、無属性である動物の位置さえ見える気がした。
明確に分かるのは20…いや、半径15メートルくらいか。でもそれだけ分かれば夜を歩くこともできる。
私は一度森の中に潜ると水属性の『青』を捜し、それを多く含んだ黒ベリーを摘んで身体を休めた。
今日は体力が続くまで先を進もう。身体強化を小まめに使っていたおかげか、まだ疲労感は薄い。
少しだけの食事休憩を終えると、周囲の魔素に色と大きさを合わせて気配を消しながら街道を進む。
それから何度かの休憩を挟みながら夜道を進んでいると、深夜になってようやく隣町の壁が見えた。
設定なども含めて、修行はあまりはしょらない予定です。
次はいよいよ初めての戦闘です。
次回、町へ侵入。