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79 オーク攻略戦 ③

対オークソルジャー戦



【〈大剣〉オークソルジャー】【ランク4】

【魔力値:134/150】【体力値:246/580】

【総合戦闘力:529/898】41%down

【状態:衰弱】

 一番大柄なオークで身長が3メートル近くある。大剣の他に腕輪と腰蓑程度しか着けていないのは、巨漢の人間用でもサイズが合わないせいだろう。


【〈槍〉オークソルジャー】【ランク4】

【魔力値:141/160】【体力値:235/520】

【総合戦闘力:521/868】40%down

【状態:衰弱】

 一般オークよりも少し大きい程度の軽戦士タイプ。肩や胸などに革鎧を着け、動きが速く攻撃が精確だった。


【〈両手斧〉オークソルジャー】【ランク4】

【魔力値:146/175】【体力値:252/550】

【総合戦闘力:627/998】37%down

【状態:衰弱】

 身長2メートル半で、無骨な鉄の胸当てと手甲を着けている。戦技を使い、私の不意打ちを見破ったことからコイツを一番警戒している。


「…………」

 流石はランク4……元の数値なら一対一でも勝てるか微妙だが、今は私の毒に蝕まれて私と同じくらいにまで戦闘力が落ちている。

 それでも毒で低下するのは体力とステータス系だけなので、戦闘系スキルレベルは4のままで、先ほどの動きを見ても衰弱による集中力の低下なんて期待するだけ無駄だろう。


 それと気にしなくてはいけないのが、まだ四体残っている普通のオークたちだ。

 半減した戦闘力で割り込んでこないと思うが、コイツらの動き次第で戦局が大きく変わってくる。


『ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 ついに痺れを切らした〈大剣〉が私へ向かって飛び出した。

 3メートル近い巨体が地面を抉るように迫り、唸りをあげて振り下ろされる剛剣に私はあえて前に出る。

 範囲の広い両手武器に半端な距離を避けても意味がない。距離を詰める私を〈大剣〉がすかさず剣の柄で迎撃する。

 だが、その迎撃方法はフェルドで経験済みだ。私は特殊な歩法を使ってスライドするように横に避けると、〈大剣〉の膝関節を黒いダガーで攻撃した。

『ブモォオオオッ!!』

 それに気づいた〈大剣〉が丸太のような脚で私に蹴りつける。

 私も瞬時に攻撃を諦め、蹴りつけられる脚を足の裏で受け止めるように踏み台にして自分から後ろに飛んで距離を取った。


『ブモォオオオオオオオオオッ!!』

 その隙を突くようにして静観していた〈両手斧〉が飛び出してきた。

 私が速さで勝ると判断して、斧を横に振るって広範囲に薙ぎ払う。私は飛んだ勢いのまま後方に手を着きさらに回転して距離を取ると、私の背中すれすれを斧の風圧が通り過ぎた。


 回転して大きく翻るスカートの腿から数本のナイフを抜いて投擲する。

 私を追ってくる〈両手斧〉は、冷静に鉄の胸当てで受け止めるように投擲ナイフを弾くと、そのままの勢いで追撃をかけてきた。

 コイツは下手に近寄ると危険だと判断する。後ろに下がりながら両手を広げるようにペンデュラムを真横に投げ放ち、身体強化の腕力で糸を引いて、迫り来る〈両手斧〉を弧を描いて飛ぶペンデュラムが迎撃する。


『ブモッ!?』

 初めて見る攻撃に、左右から迫るペンデュラムを警戒した〈両手斧〉が跳び下がる。

 私も糸を操作してペンデュラムの軌道を変えると、それが刃だと気づいた〈両手斧〉が斧を大きく振りかぶる。

『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 一閃――

 両手斧の戦技【(アイアン)(ブレイク)】が二つのペンデュラムを弾き飛ばして、その衝撃波が私を襲う。

「くっ」

 ギリギリ直撃は避けたが、それでも避けきれなかった衝撃の余波で、体重の軽い私の身体が吹き飛ばされた。


『ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 体勢を崩した私に〈槍〉が襲いかかる。私はとっさに繰り出された穂先を黒いダガーで逸らすが、〈槍〉はそのまま体当たりをして私を弾き飛ばした。

「っ!」

 体術を使って軽業のように回転しながら体勢を立て直すと、いつの間にか背後に迫っていた〈大剣〉が私に向けて剣を振り上げていた。

「――【幻痛(ペイン)】――ッ!」

 私の唱えた闇魔法に一瞬硬直した〈大剣〉が、ギロリと睨んで私を蹴り飛ばす。

 鎧のない〈大剣〉は痛みに対する覚悟があるのだろう。でもその一瞬でガードできた私は、森の腐葉土の中を転がりながらも何とか受け身を取ることが出来た。

 勢いを利用して飛び上がるように立ち上がり、牽制のためにペンデュラムを旋回させると、私を追ってきた三体のオークソルジャーがようやく足を止めた。


「…………」

『『『………』』』


 仕切り直すようにオークソルジャーたちは間合いを取り、再び私と睨み合う。

 瞬く間に仲間を殺した相手に優位に戦う上位種たちを見て、残ったオークたちが歓声を上げて騒ぎ立てていた。

 このわずかな戦闘でも私の体力値は三割以上削られている。それに対して私はまだ一撃すら与えることが出来ていない。

 これが【ランク4】だ。

 戦闘力は下がっていても、彼らにはそれに至った戦闘経験も技術も、その魂に消えることなく焼き付いている。


 …………私は莫迦だな。

 ステータスを下げて戦闘力が同等になった程度で、ランク4を三体相手にしても何とか戦えると思っていた。

 油断は死に繋がると知っているのに、少し強くなった程度で慢心をしていた。

 この三体のオークソルジャーは、ただの人族の子供である私を“敵”として認め、油断することなく仲間のために勝利を掴もうとしている。

 なのに私は、格上であるランク4を三体相手にして、次の戦いのために“余力”を残して戦うという愚かなことを考えた。


 口の中に溜まった血を吐き捨て、身体の力を抜いて半身に構えた私に、オークソルジャーたちが警戒するように威嚇の唸りをあげ、手の武器を構え直す。


 自分が“弱者”であることを思い出せ。

 今までどうやって戦ってきたか思い出せ。

 一度だって格上相手にまともな勝利なんてなかったはずだ。

 この一年でも何度も死に掛けただろ。それにどうやって生き残った。

 私に出来ることは、“私”の戦いだけだ。

 考察しろ。罠を張れ。私の戦い方は“まとも”ではなかっただろ。

 感情を心の奥に沈めて、ただ一振りの“鉄の刃”となれ。


 ランクにも戦闘力にも現れない“私”の戦いを見せてやる。



『……ガ…ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


 〈槍〉のオークソルジャーが、戦場の空気が変わったことに気づいて飛び出した。


「――【(シャドー)攫い(スナッチ)】――」

 十個の小さな闇の塊を自分の周囲にばらまき、自分は陽が沈み暗くなり始めた森の奥へと跳び下がる。

『ブモオオオオオオオオオッ!!!』

 私の周囲に漂う“闇”に警戒しながらも〈槍〉は私を追ってくる。

 私は暗い森の中を、周囲に散らばる細い木々を掻い潜るように移動する。

 30センチほどの幹が互いの視線を遮る瞬間、繰り出された〈槍〉の穂先が、木の幹の後ろを通り抜けた私の“幻影(シヤドー)”を貫いた。

『グガァアアアアアアアッ!?』

 背後に回っていた私のダガーが〈槍〉の首を抉ると、暗い森に苦痛の叫びが響く。


 まだ浅い。致命傷じゃない。

 でも私の探知にこちらに迫る〈大剣〉と〈両手斧〉の気配を感じて、トドメを刺さずに私はまた暗い森を走り出す。


『ブモォオオオオオオオオオッ!!』

 突っ込んできた〈大剣〉が細い樹木を“幻影(シヤドー)”ごと薙ぎ払う。

 ただの人型でしかない魔素の塊でも、暗い森で入れ替われば瞬時に見分けるのは難しい。

『ガァアアアアアアアアアアッ!!』

 一瞬怒りに支配された〈大剣〉が警戒もなく踏み込んでくる。その瞬間、〈大剣〉が踏んだ“闇”から暗器が飛び出し、足の甲まで貫いた。

『ブモォオオオオオッ!?』

 痛みに対する覚悟はあっても、刃に足を貫かれたままではまともに動けない。

 それでも〈大剣〉は剣を構えて、足を止めながらも周囲の“闇”を警戒する。

 その時、背後から迫る“私”の気配に気づいて振り返るが、その姿が真っ黒なことで幻影(シヤドー)と判断した〈大剣〉は、本物の私を捜して目の前に居た黒い“私”に、そのままダガーで股間を貫かれた。


『……グ…ガァ』

 ズズンッと音を立てて〈大剣〉が膝を付き、私も自分の表面から幻影(シヤドー)の偽装を剥がして息を吐く。

 〈大剣〉は死んではいないがしばらく動けないと判断した私は、迫りくる〈両手斧〉に対処するため、通常オークたちのところへ走り出した。


 〈両手斧〉を引き連れて駈けてくる私に、四体のオークが慌てて武器を構える。

 振り下ろされる四体の武器をギリギリで躱しながら彼らの間をすり抜け、私はポーチから出した催涙系の毒粉を撒き散らした。

『ブモォオオオオオッ!?』

 刺激物に目をやられたオークたちは、痛みと恐怖からデタラメに武器を振り回して同士討ちを始めた。

 その時、追いついてきた〈両手斧〉が【(アイアン)(ブレイク)】を撃ち放つ。

 私は痛みで暴れるオークたちを盾にして衝撃の大半をやり過ごすと、生き残っていたオークの影に隠れて、真っ黒な二体の幻影(シヤドー)となって飛び出した。


『ブモォオオオオオオオオオオオオ!!!』

 〈両手斧〉は私が幻影(シヤドー)に偽装した姿を見ていたことで一瞬躊躇する。だがそれも一瞬ですぐに片方の幻影(シヤドー)へと駆け出した。

 何か確信があるのか真っ直ぐに一体の幻影(シヤドー)を追うと、振るわれた斧の一撃がすり抜け幻影(シヤドー)を霧散させた。

 ハズレを引いたように思えた〈両手斧〉がニヤリと笑い、背後から音もなく迫るもう一体の幻影(シヤドー)に、振り向きざま渾身の一撃を叩きつけた。

『ブォッ!?』

 だが、その幻影(シヤドー)も斧に砕かれてあっさりと霧散する。

 一瞬唖然とする〈両手斧〉の周囲に、粉砕された幻影(シヤドー)から零れた小さな“闇”が散らばっているのに気づいて、離脱しようとした〈両手斧〉の片目を、“闇”から撃ち放たれたクロスボウの矢が貫いた。


『ブモォオオオオッ!!!!?』

 さらにその背後から隠密で姿を隠していた私が〈両手斧〉の背中に黒いダガーを突き立てる。

 探知能力が高い〈両手斧〉は、私ならいつでも見つけられると油断した。幻影(シヤドー)の一つから呼吸音を“聴いた”コイツは、それが私だと思い込んだ。

 でも攻撃は出来たが、身長の関係で上位種の頭部まで私の刃が届かない。とどめを刺せない私に生き残りのオークと、さらに〈槍〉が駆けつけてくる。


『ボォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 怒りの叫びを上げた〈槍〉が、私に向けて渾身の突きを打ち放つ。

 狙いは私の心臓。

 窮地に陥った仲間を助けるために、私を一撃で殺すため、極限まで集中したランク4の精確な一撃が寸分の狂いもなく私の心臓を貫いた。


『グァ……』

 その精確すぎる一撃は私の胸に貼り付けていた小さな“闇”を完璧に貫き、もう一つの“闇”から飛び出した穂先が〈両手斧〉の頭部を貫通した。

 私はお前の強さ――ランク4の実力を信じていた。少しでも精確さを欠いていたら私のほうが死んでいた。


『ブモォオオオオオオオオオオオオッ!!』

 崩れ落ちる〈両手斧〉から〈槍〉へ向かう私を止めようと、最後のオークが飛びかかってきた。

「――【幻聴(ノイズ)】――」

 闇魔法を唱えた私に最後のオークと、怒りの形相をした〈槍〉が、仲間を殺した武器を捨てて襲ってくる。

 〈槍〉が私をその場に留めるように殴りかかり、その隙を狙って背後から石斧を振り上げたオークの攻撃は、私ではなくその頭上を越えて〈槍〉の頭部を打ち砕いた。


 痛みは取れたのだろうが、私の毒粉でオークの視力は激減している。

 それでも音を頼りに攻撃を仕掛けてきたオークは、【幻聴(ノイズ)】の音を頼って〈槍〉の頭を石斧で攻撃してしまった。

『グガアアアッ!!!』

 それでもまだ生きていた〈槍〉が、オークの首を抱えてへし折った。

 その血塗れの顔が私に向けられると、その見開かれた瞳に黒いダガーを大きく背後に振りかぶった私の姿が映る。


「――【突撃(スラスト)】――ッ!!」


『ガッ』

 私の戦技が放たれ、血塗れの〈槍〉の頭を真正面から貫いた。

 そして最後に残った、いまだに蹲ったままの〈大剣〉にトドメを刺すと、ようやくこの場にいたオークを全て始末することができた。



「……ハァ…ハァ…」

 ほぼ魔力が枯渇してその場に膝を付くと、私は飢餓状態になる前に丸薬を口に含み、最後の魔力回復ポーションを一気に飲み干した。

 これでもしばらく魔力の全回復は無理だと思う……

 幻影(シヤドー)に偽装するのと〈両手斧〉の探知を誤魔化すために息さえ止めていたので、体力値も半分まで減っていた。


 ……これで二十五体。あと半分。

 私はさらに丸薬を口に入れて噛み砕くと、震える脚で立ち上がり、残り数日の足止めをするため、オークジェネラルがいる廃村へと歩き出した。



三体のオークソルジャー撃破です。

ヴィーロが言っていた『戦闘力は目安でその数値を当てにするな』というのは、こういうことです。


次回、廃村に戻ったアリアはオークたちの暗殺を開始する。


次は多分木曜日くらいです。


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