77 オーク攻略戦 ①
くそざこなめくじ様よりレビューをいただきました。ありがとうございます。
かなり絵面が地味です。
私一人で一ヶ月間、オークの足止めをする。
私が一人でそれをすることに、良い意味でも悪い意味でも一悶着あるかと思ったが、威圧で脅しすぎたのか私の行動は承認された。
敵の数はランク3相当のノーマルオーク五十数体、ランク4相当のオークソルジャーが四体、そしてランク5のオークジェネラルが一体。
まともに戦うとしたら戦闘スキルの無い民兵なんて数の足しにもならない。ちゃんと訓練を受けた兵士でもオークの十倍以上の数がいる。
まともな神経をしていれば、あの数の足止めを考えるだけでも百人以上が必要だと思うはずだ。
“まとも”なら。
ジルとシュリが住んでいたという家も捜せば見つかるかもしれないが、別にそこまで面倒を見るつもりはない。
逃げる時間だけは稼いでやるが、彼らの弟と継母が逃げるかここに留まるのかは彼女たちの選択だ。
オークどもの簡単な位置はギルドに聞いているが、最初の兵士からさらに詳しい場所を聞いてから、私はその日のうちにオークの拠点に向かった。
距離的に冒険者の脚で二日ほどと言うから、私ならもう半日くらいは短縮できる。
その場所は十年くらい前まで村があった場所だから、馬車が通れるくらいの道はあるが、十年経った今ではただの獣道になっていた。
道が途中から草むらに変わったあたりで地面を調べてみると、最近通ったような大きな足跡が幾つか見つかったので、こちらで間違いないようだ。
その後、何カ所か見つけた足跡から推測すると、オークたちは単独ではなく三体ほどで纏まって行動していると思われる。
オークの知能はゴブリンよりマシといった程度だが、上位種になるとそれなりの知能があるそうなので、ちゃんと統率されている様子が窺えた。
ランク3が三体相手ならいけるかな……? 問題は彼らを倒すことより、一気に倒しきれなかった場合に近くにいる仲間を呼ばれることだ。
魔物の強さは、人間のように複数のスキルを持つ柔軟性と適応力ではなく、単独のスキルと高いステータスによるごり押しだ。
なので、私と同じランク3でもオークの戦闘力は半分程度しかないが、数が増えると高い体力値のせいで削りきれずに後手に回ることになる。
それとオークを倒せても、その死骸を見られてオークたちに『自分たちが攻撃を受けている』と知られた場合、そのまま報復として町を襲われる可能性があった。
雑食のオークたちは、今はまだ町の外に残った農園の作物を奪って食べているので問題ないが、人と同じく満たされれば肉を欲するようになるだろう。
廃村周辺で狩りをしていると思うが、それが無くなったらオークたちは必ずあの小さな町を襲ってくると思う。
ここで勘違いしてはいけないのが、私は『勇者』でも『聖女』でもないことだ。
私がすることはオークどもの“殲滅”ではなく、町の住人が逃げるまでの“時間稼ぎ”が目的なことを忘れてはいけない。
そのためには、食料調達するオークを狩って相手を追い込むのではなく、今の現状を維持してもらう必要があった。
「……この時点で、作戦が“まとも”じゃないけどね」
*
隠れながら森を進むこと半日程で、森の中を歩くオークたちに遭遇した。
【オーク(ノーマル)】【獣亜人種】
【魔力値:98/108】【体力値:392/420】
【総合戦闘力:278】
やはり三体一組で行動しているみたいで、錆び付いた槍や粗末な石斧で武装しているようだが、不意打ちで倒せない数値じゃない。
でもやっぱり魔物は体力値が大きいので面倒だ。
狩りをした獲物を持っていないので、多分こいつらは、侵入した外敵を排除する巡回兵士のようなものだろう。
だとしたら、こいつらが戻らなければ警戒させるだけになる。もし狙うとしても集落からかなり離れる時を待つしかない。
それから何度か遭遇するオークたちを草むらでやり過ごし、または地を這うようにして側を通り抜け、ようやくオークが居るという廃村に辿り着いた。
その村は、元々丸太を杭にして地面に打ち込んだ壁で囲われていたみたいだが、今はかなり傷んで腐っている部分があり、オークたちがそこに適当に石を積んで穴を塞いでいた。
私は一旦森の中に戻ると、姿と匂いを誤魔化すためにそこらの土を泥にして外套に塗りたくり、顔や髪も泥で汚す。
これから私は一度たりとも見つかってはいけない。
事が済むまで一度たりとも私が居ることに気づかれてはいけない。
少量の干し肉と錬金術で作った栄養補給の丸薬だけで食事を済ませ、周囲が暗くなるまで高い木の幹にへばりつくようにしながら時を待つ。
周囲が充分暗くなったことを確認して、足音対策に用意しておいた兎の毛皮をブーツの裏に縛り付ける。
レベル4になった魔力制御で体内の魔素を周囲に馴染ませ、魔力制御のおかげで同じくレベル4になった隠密を使い、私は暗闇の中を闇そのものとなって動き出した。
オークには触れない。隙があっても手は出さない。
“知識”によれば、隠密は風下から近寄るとあったが、それはこの世界では正解の半分でしかない。
【
村の面積とまだ残る家屋数から計算すると、この村は五百人程度の村だったはずだ。
周囲は田畑で囲まれ、中心部に三十戸、西と南にそれぞれ二十戸の家屋が残り、オークたちは半分朽ちたその家屋を好き勝手に使っているみたいだった。
まず調べることは、オークたちの正確な数とその分布だ。
どの地区に何体ずつのオークがいるのか。そしてオークジェネラルと四体のオークソルジャーがどこにいるのか、それが分からないと正確な予測を立てられない。
それから朝まで調べた結果、オークは西に十五体前後とオークソルジャー1体。
南に二十体前後とオークソルジャー一体。
中央に十五体前後とオークソルジャー二体。多分その中央にジェネラルもいると推測する。そこだけ推測になったのは、発せられる強い気配だけで近づくのが危険だと判断したからだ。
数を何体前後と言ったのは、夜の警戒をしている個体が何体かいて、正確な数を測定できなかったせいだが、それでも冒険者が調べた『五十数体』から大きく違っていないはずだ。
明るくなる前に森へと戻り、そのまま廃村から離れて野草の採取をはじめた。
薬になる薬草や毒草。その地域に生える植物と手持ちの素材だけが使える毒の種類になるし、生で食べられる物は私の食料にもなる。
こういう森の素材で毒物を作るなら虫やカエルのほうが強い毒性を持つが、量を確保できないと意味がないので、初めから植物に絞ることにした。
その中でも珍しい毒にも薬にもなるキノコを見つけたので、できる限り採取してツタで縛り、高い木の上に吊して乾燥させておく。
一日中それだけをしているわけじゃない。
オークの行動を見張ると同時に、食料調達部隊などの外に出るオークたちの行動範囲も調べないといけない。
オークたちがいつ行動を変えて、あの町に侵攻するか分からない以上、私は気を抜くことはできないのだ。
睡眠は最大五分に区切って、一日合計三時間もあればなんとかなるだろう。
そんな生活を一週間ほど続け、オークたちの大まかな行動パターンが読めてきた。
三日に一度、町の農作物を取りに行くオークが十体ほどいる。これが最初に町を襲ったオークだと思うが、二回目撃した一回はオークソルジャーが一体同行していた。
そして毎日、朝になると同時に動物を狩りに行くオークがまた十体ほどいたが、これらは全て戦闘力が低めの、小柄な若いオークだった。
私のほうは、丸薬で体調を整えていると言っても、丸薬だけでは一週間ほどしか完璧な体調を維持できない。
なので森の中で見つけた果実や干し肉を、廃村から離れた場所で摂取するように努めている。意外と野生の豆類や山芋の実を多く見つけたが、やっぱり生で食べると美味しくない。
一週間で大まかな情報が出揃ったので、そろそろ行動を開始することにした。
第一段階は動物の狩りだが、自分が食べるわけじゃない。
見張っていて分かったが、オークたちの動物狩りはあまり上手くない。身体が大きく隠密に不向きな種族だから、十体ほどのオークが狩りをしても何も狩れない日が偶にあり、そんな日は森の果物だけを持ち帰っていた。
オークが毎日狩りをしているのは、上位種が豆や野菜より肉を好んでいるからだ。
なので肉を求めて町を襲うのを先延ばしにするため、私が兎や鹿を狩って廃村の周囲に放置しておくことにした。
人間だったら落ちていた死骸など食べないし不審にも思うだろうが、仲間が狩って置いていったと思ったのか、新鮮な動物の死骸を見つけると喜び勇んで持ち帰っていた。
同時に状況に適した毒物の作成をするために、素材の準備も始めた。
五十体分の毒物を錬金道具もない森の中で作成するのはかなり難易度が高いので、少しずつでも始めておく。
毒草や毒キノコを乾燥させ、【
二週間目に入って、肉を与え続けているせいかまだオークたちの動きはない。今動かれるとこれまでの準備が台無しになるので、私も計画を第二段階に移行する。
重要なことは、オークが人を襲う魔物だと言っても、物を食べて水を飲む『生物』だということだ。
廃村の井戸は、この十年で溜まった枯れ葉が土になって埋まっていたが、一カ所だけ水が湧き出ている溜め池があり、水は淀んでいたが、魔物であるオークたちは問題なくそこから水を汲んで飲んでいた。
私は夜中に忍び込み、その溜め池に少しずつ製作した毒を混ぜていった。
毒の味に慣れさせるように少しずつ毒に馴染ませていく。
濁った水でも腐った肉でも食えるオークだと、半端な毒では効果が薄い。
味の他にも、いきなり多くの毒を混ぜて体調を崩せば警戒して飲まなくなるので、少しずつ魔物にも効果が出る程度に毒の量を増やしていった。
私がやっているのはそれだけではない。
寝ているオークのいる家屋に忍び込み、散らばった食べ物にも毒を滲ませた。もちろん餌付けしている肉にも徐々に毒を混ぜている。
その他にも少量しかなかったが、家屋の外に無造作に置かれていたオークの武器にも継ぎ目部分に酸性の薬剤を少しずつ染みこませ、武器の強度を下げていった。
焦らずに丁寧に、“私”という“悪意”をオークに浸透させていく。
焦れて手を出すような愚かな真似はしない。
私はフェルドやグレイブのような強者じゃない。少しずつ少数の個体を倒し続けて足止めできると考えるほど、私は自分を過大評価はしていない。
私の失敗は、大勢の人の死に直結する。
手を出してオークの行動が私の思惑をわずかでも上回れば、そこが私の死に場所となるだろう。
失敗は許されない。オークにわずかな反撃の機会も与えてはいけない。
だから私はオークの大軍という巨大な岩を、大剣で叩き割ることも、ハンマーで周りから砕くこともせず、針で削るように穴を開けて“
けれど、それもそろそろ限界か……
私が使った毒は大したものじゃない。そもそも毒とも言えないかもしれない。
私が使ったのは、『腹下し』と『鼻炎止め』だ。
腹下しは説明するまでもないだろう。本来は体内の毒素を出すために使われるものだが、それを長期間摂取すれば脱水症状を起こして体力が低下していく。
そして鼻炎止めは風邪の時の鼻水などを抑える効果がある。ただし、副作用として異様に咽が渇くようになる。
そして水を飲めば飲むほど、私の悪意は彼らを蝕んでいく。
三週間が過ぎて、ほとんどのオークが脱水症状を起こしていた。
オークはそこに来てようやく原因があると思いはじめ、それを落ちていた肉を食ったせいだと考えたらしい。
実際に肉にも毒を仕込んでいたので半分は正解だ。
そこでオークは肉以外の食料を得るために、脱水症状を起こしていた狩りをするオークと、町から農作物を盗ってくるオークを外に出した。
だがそれだけでは、食料もすぐに足りなくなるだろう。それ以上に肉を好む上位種が町を襲うことを選ぶはずだ。
逃げられる住民の避難が済むまであと一週間……そろそろ時間稼ぎも限界だと察したので、計画の最終段階である私自身による直接の足止めを開始した。
森の中を歩く三体のオーク。槍ではなく袋状にした毛皮を持っているので、おそらくは狩りではなく果物を集めるつもりなのだろう。
だけど、その様子は三週間前とは違い、全身に覇気が無く、森の起伏を歩くことさえ難儀しているように見えた。
……これならなんとかなるだろう。
【オーク(ノーマル)】【獣亜人種】
【魔力値:85/105】【体力値:127/410】
【総合戦闘力:166(260)】36%down
【状態:衰弱】
タンッ、とオークたちを見下ろしていた木から飛び出し、真上から黒いダガーを衰弱して戦闘力が半減したオークの頭蓋に突き立てた。
『ブモォアアアアアアアアアアアアッ!!』
それに気づいた他の二体が警戒の叫びを上げる。だけど、その声はこの位置だと他のオークには届かない。
二体同時に突っ込んでくるオークに向けてペンデュラムの刃を投げて目元を擦らせ、反射的に顎を上げたオーク二体に、私は両手で黒いダガーと細いナイフを顎下から脳に向けて同時に刺し殺した。
お前らはここで地に腐れ。
また爽快感のない戦略です(笑)
次回、戦力が落ちたオークとアリアとの対決。
来週から更新速度を少し落とします。