07 森のサバイバル 中編
今日は暗くなるまでナイフの鍛錬をする。
本当は食料の確保もしておきたいけど、野草やベリーはともかく私には肉を確保する手段がない。だから私は、ナイフの型を練習するのと平行して『ナイフ投げ』の練習もすることにした。
本来なら技能の習得状態を記憶する【スキル】がない状態で、複数の事柄を練習するのは効率が悪いのだけど、今の私は本当に『生きる』ための手段が乏しいのでわずかでも“奥の手”が欲しかった。
まずは忘れないうちに、昨日習ったナイフの型を丁寧になぞって反復する。
フェルドは私に【身体強化】の基礎が出来ているから、型さえ使えるようになれば習得は早いと言っていたけど、私はそこまで楽観的にはなれないので、完璧に型をなぞって習得を出来る限り早めようと考えた。
そもそも『スキルレベル1』は簡単に得られるものじゃない。
数日練習した程度でポコポコスキルが生えてくるのなら、一般人でも大人になるまでに大量の戦闘スキルを習得してるだろう。
では、『スキルレベル1』とはどの程度のものなのか?
それは、あの女が近接戦闘に疎くても、一般常識の“知識”が教えてくれた。
例えば『剣術スキルレベル1』はどの程度になるのかというと、子供が町の剣術道場に数年通い、12~3歳になって身体が出来た辺りでようやく習得できる。
そこから『レベル2』になるには実戦レベルの修行を積んで、生死に関わる戦いを職業とするレベルの技量が必要になる。
レベル3になれば十年以上職務に就いた職業軍人や騎士にもなれるレベルで、ここまでになると誰はばかることなく『戦士』を自称できる。
でもここまでが一般人が“仕事”として到達出来るレベルで、それ以上になるには私生活を犠牲にするほどの修行と、その分野の才能が必要になると言われていた。
一般的には10歳以下でスキルレベル1を取得することはないし、二十歳程度でレベル3になることもない。
だからまだ幼い私が【スキル】を得るには、ただがむしゃらに練習するのではなく、子供ではあり得ないほど完璧に正確に型の鍛錬をする必要があった。
精神を研ぎ澄ませ、矯正された型をゆっくりとでも正確に繰り返す。
子供は意外と集中力が高い。普通の子供は飽きっぽいので長続きはしないけど、私は生きるために必要だと“理解”しているので集中力が途切れることはなかった。
「……ふぅ」
二時間ほど短剣技を繰り返した私は、身体に疲労と渇きを感じて息を吐く。
へたり込みそうになる身体を意志の力で動かし、水を入れた皮水筒に手を伸ばして軽く水を舐めると、そろそろ水が古くなっているのが気になった。
午前中に【
今日使える魔力は……ん? 魔力残量のことを考えていると“知識”から必要な情報が頭に浮かんでくる。
魔力を消費しても、魔素が満ちているこの世界では1時間に一割程度回復して、睡眠状態なら二割は回復するらしい。
それならギリギリまで消費しても五時間ほど眠れば魔力は全回復する。
前回魔力を使ってから多分二時間は経過しているので、魔力値13の私は2~3くらいは回復しているはずだ。
まずは川で手を洗い、水筒から皮臭くなった古い水を捨てて指先を水筒の飲み口に近づけると、魔力残量に注意しながら【
今の私の修練具合だと魔力1で出せる水はコップ一杯くらいか。もう少し出来るかともう一度【
でもこれで魔力は1時間に一割回復するのが分かった。
魔術スキルを得たり、魔力を使っていれば少しずつ魔力は増えるらしいけど、今は使える魔力が少なすぎて練習もままならない。
ならば魔力の回復を早める手段はないだろうか? ……そこら辺は後で考えよう。
水を飲んで気力を回復させると、次はナイフ投げを練習することにした。
ナイフ投げには真っ直ぐ投げる直打と回転させる回転打がある。近い場所に当てるのは直打で回転打は少し遠くを狙うときに使う。……らしい。
ナイフ投げは身体強化があっても10メートルが限界だろう。それ以上なら普通に弓を使うほうが効率がいいはず。
まずは2メートル離れて木の幹を狙ってみる。直打でも回転打でも持ち方は変わらない。腕の振り方や放すタイミングが変わるだけなので、真っ直ぐに飛ぶ直打を使ってナイフを投げてみた。
バンッ。
「…………」
刺さる刺さらない以前にナイフが地面に叩きつけられた。肘から先を使って投げるそうだけど、どうやったら真っ直ぐに飛ぶんだろう?
まぁ、練習するしかないんだけど、何度か繰り返して、どうやら七歳児では筋力が足りないのだと理解する。専用の投擲武器……“千本”のような投擲武器がいる。
何であの女は、碌に使えないそんな知識を持っているんだろ?
予定変更。ナイフ投げはひとまず諦めて投石にする。
私がナイフ投げに拘っていたのは、それに必要なのが【短剣術】と【投擲】の二つで両方同時に鍛えられるからだ。フェルドのように斧を投げるには【斧戦】と【投擲】が必要になる。
投石に必要なのは【投擲】スキルだけなので私でも使えるはず。
どう投げるか考えているとスリングという投石器の知識が浮かんできた。これは紐と布か皮があれば簡単に作れるらしい。
また予定変更。子供でも比較的高威力を出せるそうなので、それを作ることにした。あの女も幼い頃はそれで兎を狩っていたようなので、作り方も分かる。
そのスリングを作る段階で紐が無いことに気付く。布を細長く切って代用するか? 強度は大丈夫だろうか? 指を引っかけたりする部分も必要なので紐のほうが良さそうだけど……そう考えて荷物を漁っていると、私が切り落とした髪の毛が出てきた。
売れるかと思って取っておいたけど、長さが30センチくらいあるから撚り合わせれば紐の代用にできるかもしれない。
まず数本ずつ根元を結んでそれを三つ編みみたいに編んでみる。かなり歪になった。強く引っ張ったら解けた。それから何度か繰り返し、ようやく綺麗に編めるようになった頃にはすっかり夕方になっていた。
……ベリーを採取しに行こう。
黒ベリーを採り終わるとだいぶ暗くなっていたので、急いでいつもの木のところへ戻った。
そろそろ魔力も少しは回復しているかな。午前中に採取した野草の中で、川辺の石の上で干していたある物がだいぶ乾燥していたので、ギュッと丸めてから【
除虫草。あの本に載っていたので使ってみた。
本来はお香にして使うので、この使い方で合っているのか知らないけど、ずっと森にいて虫刺されが気になっていたから、これで改善するといいな。
それを木の根元に石で囲んで置いておく。この程度の火ならほとんど目立たないから大丈夫だろう。
木の上に登って、まだ少し見えるのでスリングの製作をしてから、ベリーだけの夕食を摂った。
暗くなった森の中で、野営地のほうに焚火の明かりが見えた。もちろん見に行ったりしないで息を潜めて隠れておく。
……でもちょっと気になって野営地のほうへ意識を向けた。これはフェルドが言っていた大気の魔素を感じて気配を読む訓練に使えないだろうか?
野営地の方角に目を凝らして周囲の魔素を感じ取ろうと神経を研ぎ澄ます。
魔素を感じようとジッと目を凝らしていると、何かがいるような気がしてきた。小動物の気配でも感じられるようになったのかな?
もしかしたら幼い頃にお伽話で聞いた『妖精』や『精霊』かもしれない。
その考えが呼び水となったように、ある“知識”が浮かんでくる。
この世界にある魔素は精霊たちから生み出されると言われている。だとしたらこの辺りにも小さな精霊が本当にいるのかもしれない。
でも、あれ? 精霊は属性と同じ数だけ種類がある。私が仮定したように魔素が属性持ちに触れることで変換されるのなら、その変換する大元が精霊ということか。だとしたらこの森に満ちている魔素はどの精霊が生みだしているのだろうか?
森だから大地? それとも水? 今は夜だから闇の精霊が生みだしているのかも。
そう考えると不思議なもので、森の中に闇の精霊力が溢れているような気になってくる。今夜は月明かりがあるから目が慣れればほんのりと輪郭程度は分かるけど、そんな考えに至ったせいか、森の暗闇の中で特に暗く感じる部分が目に付いた。
遠くの焚火の灯りが目に入ったので、それで余計に暗く見えるのかな?
……本当にそうなの?
それが気になってしまうと、闇とそれ以外の部分が違っているように見えてきた。
それが闇の精霊力――闇属性の魔素だとするなら、他の部分は何だろう? 樹木の部分が特に違って見えるので、そこは水や土属性の魔素なのだろうか?
闇が『黒系』だとしたら水や土は何色だろう? イメージ的には水が『青系』で土は『黄系』の感じがする。だとしたら光は『白系』で火は『赤系』で風は……何色だろうか? 余った色的に薄い『緑系』かなぁ。
そんなことを考えながら樹木周辺の魔素を『黄色』や『青』だとイメージして目を凝らして見ていると、不思議なもので樹木の幹が黄色と青の入り交じったまだら模様に、そして遠くに見える焚火の灯り周辺が赤く見えるような気がした。
「……不思議」
木の葉を揺らすそよ風がほんのりと緑色に感じて、『色彩』を強くイメージすると、今までただの暗闇だった森の中が一気に色付いたように感じられた。
ただの気のせいかもしれない。今だけ私の脳がそう見せている錯覚かもしれない。
でもこれが本当の出来事だったら……
私は見える周囲の魔素ごと深く息を吸い込み、吸い込んだ魔素で自分の魔力を周囲の『色』に合わせると、それまで浮いていた私の存在が急に森に溶け込んだ気がした。
剣技レベルの技量はどの程度なのか?
大雑把ですが、なんとなく現代に置き換えてみました。
レベル1:高校の剣道部で、県大会で上位に入れるくらいの腕前。
レベル2:大学生や社会人が本格的な大会に出られるほどの腕前。
レベル3:警官や自衛官が全国的な剣道大会などで上位に入る腕前。
レベル4:社会人用の大きな大会で優勝できるほどの腕前。
こんな感じではないでしょうか?
次回、後編 戦闘手段を探します。