67 暗殺者ギルド攻略 ⑥
ガキンッ!!!
恐ろしい速さで飛び込んできたディーノの銀の短剣と、それを迎撃する私の黒いナイフが激しい金属音を打ち鳴らす。
「アリアあぁアアアッ!!! この“私”のギルドをッ!! よくもっ!!!」
「そうか」
二度三度と刃を打ち鳴らしながら私は素っ気なく答えた。
ディーノのような人間にとって“組織”とは、対外的な自分を象徴する“ステータス”のようなものだったのだろう。
それを維持するために“長”として個性的な者たちを纏め上げ、“コレクション”のように人材を集め、そして師匠の平穏にまで手を出した。
それほどまでに大事だった“お前のギルド”は、もう崩壊寸前だ。
だけど、あえて言ってやろう。
「自業自得だ」
「あああああああああああああああああっ!!!!」
ガキンッ!!!!
血を吐くような苛烈な攻撃に、私は弾かれるように跳び下がる。
ディーノの短剣はおそらくミスリル製か。ヴィーロも同じモノを使っていたのでその特性は知っている。
ミスリルは地下にある銀鉱脈が濃い魔素に長期間晒されることで生まれる。
私の魔鋼製のナイフに比べて硬度で劣るが、魔力伝導率が良く、魔剣と同様に精神生命体にもダメージを与えられる。
今の状況なら魔鋼製の武器でも遜色ないが、私のナイフは切れ味重視で威力が低く、私自身が戦闘レベルでディーノより下になるので、その攻撃を受け続けるにも限界があった。
「邪魔じゃ、ディーノッ!!!」
ペキン……
自分の指をへし折った“賢人”から、また気持ちの悪い混沌の“色”をした魔素が流れてくる。
「くっ!!」
その“呪い”に気づいたディーノが転がり避けるように距離を取り、私もその警告のおかげで【
「貴様……っ! 儂の呪詛が視えておるのかっ!? その盾といい、貴様ら闇エルフに連なる者共は本当に忌々しいっ!」
呪いを立て続けに避けた私に、賢人が言葉を吐き捨てる。
賢人も自分で気づいているか知らないが、ギルドという『研究の場』を残すためにはディーノがまだ必要だと、彼を巻き込むことに躊躇していた。
そのおかげで私はランク4の二人を相手にして戦えているが、それも色々な意味で長くは続かないだろう。
入り口から燃えあがった炎は広がり続け、地下のほぼ中央となるこの場所にまで黒い煙が流れこんでいた。
私は毒消しを染みこませた首に捲いたショールを口元まで引き上げる。
あの女の知識が確かならここも長くは保たない。
だけどそれ以上に彼らは焦っているはずだ。今は私への憎しみのほうが勝っているので戦闘を優先しているが、冷静になってしまえば自分の命が脅かされていることに気づくだろう。
憎しみに支配されれば冷静さを失い、冷静を取り戻せば焦りが生まれる。
彼らが正気に戻る前に決着をつける。
「ディーノ、貴様はさっさと退路を確保せいっ! 邪魔じゃっ」
「五月蠅いっ、私にそんな口を利くなっ!!」
「安心せい、闇エルフの弟子は儂が――」
ヒュンッ!!
「そんな暇は与えない」
「くっ!」
弧を描くように二本のペンデュラムを投げつけると、その一つが慌てて避けるディーノの首筋を浅く斬り裂いた。
私の基本戦術は奇策と奇襲だ。そのためにペンデュラムも幻術もほとんど彼らの前では見せていない。
だけど出し惜しみはここまでだ。ここで全てを使って脱出が不可能になるまで、こいつらを釘付けにする。
ペキン……
「“腐り果てよ”」
また賢人から呪詛が放たれる。私が“呪い”を目で見て避けていると分かったからか、賢人は威力よりも“範囲”を広げてきた。
まともに食らえば無事では済まない。下手をすれば即死もあり得る。
場所と時と条件さえ揃えれば【呪術】は無敵――だが、呪術には弱点がある。
呪術はあくまで受動だからこそ無敵であり、今の賢人のように対人戦で使うには速度が足りない。
そしてこれは私だけになるが、お前は必殺のはずの呪術を見せすぎた。
「なんじゃとっ!?」
複雑に絡まった混沌の魔素。私は走りながらそれを避けると同時に、目に視える魔素に合わせて自分の魔素をぶつけて相殺した。
水には土を、火には水を、光には闇を……複雑に絡み合った呪術の構成全てに合わせることは不可能だが、避けきれないわずかな範囲……その一瞬だけなら、レベル3になった【魔力制御】で生活魔法を使うことで呪術を構成する一部の魔素を消し去り、その範囲を無効化できた。
「アリアッ!!」
広がった呪詛の範囲はディーノにまで届いていた。
迫りくる私に対して、ディーノが迎え撃つか呪詛を避けるか一瞬の迷いを見せた瞬間に、私は温存していた闇魔法を解き放つ。
「――【
「ぐがあっ!!?」
格上相手には効果の薄い【
ディーノとすれ違うように彼の脇腹をナイフで斬り裂き、通り過ぎた瞬間、賢人の呪術がディーノの左腕と左足を腐らせた。
「ぎゃあぁああああああああああああああああああああっ!!!!?」
「灰かぶりぃいっ!!!」
賢人が叫びながら数本の指を同時にへし折った。
三種類の呪術が灯りの消えたギルド内を駆け抜ける“私”へと襲いかかる。
いくら速度の遅い呪術でもこのタイミングでは躱せない。でもどうして私が灯りを全て消したと思っている?
「なっ!?」
呪術を受けた“私”が消える。
獣人やエルフのような暗視に強い連中がいると知っていても、あえて灯りを消したのは、人族対策だけじゃない。
ホブゴブリン戦で使った暗視を騙す人型の幻覚――【
「ぐぼぉっ!?」
その一瞬の隙を突き、あらぬ方角から飛来する二本のペンデュラムが、賢人の首を斜めから貫いた。
致命傷だ。でも、賢人は喉と口から血を溢れ出しながらも、闇に潜む私を見つけ出して呪術を放つべくその手を私に向ける。
「………ふっ!」
隠密を解き、肺の空気を絞り出すように覚悟を決める。
その執念には感服する。ならば私も真っ向から受けて立ち、腿に括り付けた数本の投擲ナイフを両手で引き抜いた。
身体強化で引き延ばされた体感時間の中、賢人が呪術を発動させる自分の指に手を掛け、私がナイフを振りかぶる。
このタイミングでは相打ちか――
ザシュッ!!
「…き、…きさま……」
私のナイフは賢人の咽や胸に突き刺さり、賢人の呪詛は私に届くことはなかった。
「ガァアア……」
放たれた呪詛は割り込んだ巨体に阻まれて防がれていた。
「ゴード……」
私の盾になるようにして呪詛を防いだゴードは、残った左手を賢人の首にかけて握りしめる。
「こ、の…実験動物がぁあああああああああああああああっ!!!」
「ガァアアアアアアッ!!!!」
ゴートの執念が賢人を勝り、その手が賢人の首を握り潰すように引き千切る。
賢人にトドメを刺したゴードの瞳に、わずかだけど“知性”の光が戻っていた。
そうか……確かに私はゴードを縛っていた薬物も中和を試みたけど、彼は“自分”を取り戻したんだね。
「ゴード、お前の“勝ち”だ」
私がそう呟くとゴードの瞳が私を映し、呪いで身体が崩壊していく中、少しだけ口元をほころばせた。
ドォンッ!!!!
突如、その奥から爆発音が響くと、引火して溢れたガスの炎がゴードと賢人を飲み込んでいく。
遠くからまだ生き残っていたギルドメンバーの悲鳴と断末魔が聞こえてくる。もう誰も逃げられない。このギルドは終わりだ。
「……満足ですか?」
「…………」
半身を呪いに侵され脇腹を斬られながらも、ディーノはまだ生きていた。
広がる炎が茜色に染める地獄の中で、身動きできず倒れ伏すディーノと私は見つめ合い、彼はわずかに皮肉めいた笑みを浮かべた。
「……こんな子供にギルドが潰されるとは……セレジュラを救えて満足ですか? ですがあなたも終わりです。もう…誰も逃げられない。アリア……あなたは勝ちましたが、我らの愛する師は、あなたを失ったことを永遠に後悔するでしょう」
情が深い師匠だからきっと悲しむと、ディーノは嗜虐的に嗤う。
「言いたいことはそれだけ? じゃあサヨナラ」
淡々とクロスボウのギミックに短矢を装填する私に、ディーノの顔が徐々に歪み、その見開いた瞳に冷たく見下ろす私と放たれた矢を映して、彼は二度と動くことはなくなった。
「あの世へは、お前らだけで行け」
***
ガラアァーン、ゴドォオオオオオンッ!!!!
あの炭鉱のさらに地下にはガス溜まりがあったのだろう。
地下で響いた爆発は、岩盤と石造りの巨大な礼拝堂を揺るがし、崩壊する尖塔から鐘がこぼれ落ちて、鳴り響く鐘の音が唖然として見つめる住民たちの耳を打つ。
「…………」
私はその様子を、離れた建物の影から見つめていた。
私は誰も脱出できないはずの地下から脱出することが出来た。それは私にとっても賭けだったが、それなりに勝算はあった。
私が使ったのは、ラーダの【
レベル4の闇魔術だが、それを構成し直した【
影渡りは自分の魔素が繋がった影にしか移動できない。
私はそのために、全ての通気口の穴を塞ぐ際に私の魔力を通す“糸”を、全ての通気口に通しておいた。
そこから影渡りを使い、墓地の玄室まで移動は出来たが、自分のレベルを超える魔術を使ったことで魔力が枯渇して衰弱死しかけた。でも、以前の教訓から魔力回復ポーションを常に一本持っていたことが幸いし、何とか動けるまで回復した私は崩壊する礼拝堂からも脱出することが出来た。
暗殺者ギルド北辺境支部は潰した。それによって他の支部や、関わりのあった貴族がどう動くか分からない。でも――
「それは覚悟の上だ」
最後に崩れ落ちる礼拝堂を一瞥して、私は闇の中へと姿を消した。
ようやく暗殺者ギルドが決着しました。
予定の1.5倍ほどになりましたが、もう少し暗殺者編が続きます。
次回、取り戻した遺品のネックレスを返しにいったアリアを待ち受けるものとは?