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65 暗殺者ギルド攻略 ④



「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 元炭鉱であるギルドを震わせるような叫びを上げ、解き放たれた『処刑人ゴード』が『戦闘狂シャルガ』に襲いかかる。

 ガキィイインッ!!

 ゴードの爪とシャルガの構えたハルバードがぶつかり合い、激しい金属音と緋色の火花を散らした。


「ゴードッ!!! くそっ、賢人っ! コイツを大人しくさせろっ!!」


 巨大なハンマーを打ち付けるようなゴードの攻撃を捌きながら、シャルガが通路に叫びを上げる。

 だがその声は誰にも届かない。たとえこのような非常事態でも、ゴードのいるこの区画には誰も近寄らないからだ。


 私はギルドに侵入してからずっとこの区画に潜伏していた。

 この場所が、他の構成員が滅多に近寄らない隠れるのに適した場所であるのも理由だが、一番の目的は『処刑人ゴード』を解放することにあった。

 異形の姿をしていても、ゴードはおそらく元人間だ。

 森エルフの呪術師“賢人”が魔術的呪術と薬物を使って創り上げた、戦闘用のキマイラに近い存在だと推測する。

 ゴードに人間だった記憶や知性どころか感情が残っているかさえ分からない。薬物に脳まで侵され獣と成り果てたゴードは、自由さえ呪いに縛られている。

 賢人がゴードを作ったのは、ギルドの要請だけじゃなく、闇エルフの魔術師である師匠に対する対抗心もあったはずだ。

 だからといって、私はゴードの身の上に同情しているわけじゃない。だけど――


 こんな奴らにいいようにされて悔しくないの? 憎くないの?


 そんな言葉を囁きながら、私は時間を掛けて少しずつゴードの呪いを解きほぐし、出来るかぎりの薬物を中和した。

 もちろんそれは簡単な作業じゃない。

 師匠から授業で習った呪術とは、特定の魔素そのものに己の魔力で書いた簡易精霊語を打ち込み、対象となる生物の魔力と接触することで効果を発動させる技術だ。

 他の魔術に比べて効率が悪く廃れはじめている技術だが、発動さえしてしまえば、呪いを受けた対象の魔力で半永久的に効果を発揮する。

 呪いを解除するには、呪いを受けた魔素からその命令を読み取り、相反する精霊語を用いて相殺していくしかない。

 私に出来たことと言えば、命令形と思われるパターンに該当する精霊語を使って相殺することだけだった。

 相殺できたのは二文字のみ。呪いそのものを打ち消すことは出来なかったが、それでもゴートを縛る命令形の呪縛はほぼ無効化できたはずだ。

 あとは最後に残ったわずかな枷を打ち破る『餌』があればよかった。

 その餌とは……“憎しみの対象”だ。

 だから私はその餌になり得るギルドの上位メンバーをここへ呼び込んだ。


「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 3メートル近い巨体であるゴードの攻撃を、その半分しかないドワーフが筋肉を膨張させながら受け止めた。

 シャルガとゴードは共にランク4の戦闘力を持つが、ゴードの力は薬物と呪いの影響でランク5を越えるステータスを持っている。

 いかに“戦闘狂”と呼ばれるシャルガでも、今のままでは相打ち程度にしか出来ないだろう。

 でも……お前たちはそれでいいの?


「ぐおっ!? 貴様っ!!」

 操糸で軌道を変えたペンデュラムの刃が、ゴードと戦っていたシャルガの鎧の隙間から皮膚を斬り裂いた。

「どうした、“戦闘狂”? お前の力はその程度か?」


 “戦闘狂”……そう呼ばれるようになった“何か”が、このドワーフの過去にあったはずだ。

 シャルガは暗殺者向きではない。このギルド内でただ一人気配を消すこともなく、常に抱えた何かをぶつけるように鍛錬を繰り返していた。

 そんなシャルガが、表舞台に立つこともなくこんな裏社会の地下で燻っているのは、おそらくだが魔族である師匠と同じように表舞台に出られない理由があるのだろう。


「お前はそれでいいの?」

「ぐぉおおっ! 灰かぶりっ!!!」


 何度攻撃しても威力の軽いペンデュラムの攻撃では致命傷にならない。

 それでも無視できるほどでもなく、ゴードの攻撃を捌ききれなくなったシャルガは、わずかな隙を突かれて鎧の上から大きな一撃を受けた。

 本当に、お前はそれでいいのか?

 身を隠すためにギルドの庇護下に入っていたのでしょ? だからゴードに襲撃を受けた時、お前はまず“ギルドの一員”として、賢人の名を呼び、ゴードを大人しくさせようとした。

 本当のお前は、それでいいのか?

「戦闘狂っ!!」


「……ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」


 私が再度シャルガの異名を叫ぶと、シャルガの雰囲気が変わった。

 吠えるような声をあげて巨大なハルバードを旋回させるように振り回し、周囲を土壁ごと粉砕しながら、シャルガはペンデュラムとゴードの一撃を弾き飛ばす。

 それがお前の“本当”の力か。


「ぐははははははははははははははははっ!!!!」

「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 あきらかにシャルガの眼の色が違っている。血塗れの姿で歪んだ笑い声を上げるシャルガに呼応して、ゴードから“獣”の殺気が迸る。


 ゴォオオオンッ!!!!

 ぶつかり合う二つの力が巨大な鉄をぶつけるような音を立てた。

 “戦闘狂”として真の力を発揮しはじめたシャルガは、ゴードの一撃を片腕のハルバードで受け止めただけでなく、“敵”と認めた私へも腰の手斧を投げつける。


 それでいい。ようやく二人の狂人が“本気”になった。だけどまだ足りない。


「――【重過(ウエイト)】――」


 攻撃をされた瞬間、私は唱えていた闇魔法を発動させる。

 レベル1の闇魔術で、物の重さを一割程度変えるだけの一番使い勝手の悪い魔術だと思われていた【重過(ウエイト)】だが、実際は任意の方向へ加重を変える魔術であり、闇魔術のレベルが1上がるごとに効果が一割上昇した。

 ただ重さを変えるだけなら二~三割変わっても大差ないが、加重方向を自在に操れ、同レベルの【体術】が使えるのなら話は変わってくる。


 狭い通路に唸りをあげて手斧が迫る。

 横には躱せないそれに対して私はあえて前に出ると、飛び出したその勢いのまま壁を駆け上がり、手斧を躱してそのまま天井さえ駆け抜けた私は、戦い続ける二名の頭上から両手のナイフで二人を同時に斬りつけた。


「ちぃいっ!!!」

「ガァアアアアアアアアッ!!!」

 私の刃は二人を少し傷つけただけ。でも、その小さな一撃は、私を二人の戦いの舞台に押し上げた。


 二人を飛び越えることで位置を変えた私が、二人にナイフを投擲しながら元来た道を逆走すると、シャルガとゴードは互いを牽制するように戦いながらも、私の後を追ってきた。

 そのまま私が二人を引き連れるようにして、シャルガが扉を壊した最初の広間に戻ると、裏切り者である私を捜していた数名の暗殺者と遭遇する。


「貴様、灰かぶりっ!!」

「ゴードっ!?」

「シャルガまでっ」


「どぉりゃああああああっ!!!」

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 二人の狂人はギルドのメンバーなどお構いなしに戦い続け、ゴードの巨体と巨大なハルバードが振るわれると、それに巻き込まれた数名が、首や背骨をへし折られるように弾き飛ばされる。

 毒が効いているのか、動きが鈍い一人の首を私がナイフで掻き切りながらすり抜けると、それを追ってきたシャルガのハルバードが彼らを枯れ穂のように薙ぎ倒し、ゴードが通り抜けるだけでゴミのように引き裂かれた。

 ここまで乱戦になれば私一人に集中は出来ない。

 少しでも油断すれば簡単に命が散っていく“戦場”で、私がさらに毒の影響を受けていた数名にトドメを刺すと、そこに“あの男”が現れた。


「アリアァアアアアアアッ!!!」

 ガキンッ!!


 その憎悪の叫びと殺気に反応するように私がナイフを振り抜くと、その男の振るう短剣とぶつかりあって火花を散らした。

「遅かったな、ディーノ」

 ギチギチと刃が噛み合い、拮抗するその刃の向こう側で、私の言葉にディーノが怨嗟の呻きを漏らす。

「やってくれたな……セレジュラの命は惜しくないのか?」

 憎悪に歪んだディーノの瞳に、冷たい目をした私が映る。

「師匠を利用しようとする“全員”を殺せば、憂いはなくなる」

 私がそうあっさり答えると、その意味を理解したディーノが、まるで理解できない異物でも見るような目を私へ向けた。

「最初から……そのつもりで?」

「当たり前だ」


 指先の糸を引いて小手の内側にあるクロスボウから矢を放つと、それをギリギリで避けたディーノと私は互いを蹴り合うようにして飛び離れ、私たちは距離を開けて再び睨み合う。

 五ヶ月前、初めて会った時、私たちには別の道もあった。

 だけど、お前がセレジュラを利用しようとした瞬間に、私たちの道は決まってしまった。


「ディーノ。お前は最初から私の敵だ」




他を巻き込みながら戦うゴートとシャルガ。

アリアの真意を知り、憎悪を漲らせるディーノ。

そしていまだに姿を見せない賢人。


次回、暗殺ギルド攻略 その5。


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