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64 暗殺者ギルド攻略 ③



「ラーダはどうしました?」


 アリアが予定よりも早く戻ってきたその数時間後、連絡員を請け負ったギルドのメンバーが帰還した。だが、アリアの監視のために送り出した、このギルドでも実力者の一人であるラーダがまだ戻ってきていない。

 ギルドの長であるディーノの訝しむような視線に、仕事を終えて戻ってきたばかりの連絡員が怫然とした顔をする。

「こちらは灰かぶりが暗殺を終えてからラーダと会っていない。ギルド長、灰かぶりのほうから何か報告が来てないのか?」

「いいえ……」


 この連絡員は戦闘力こそ低いが探知スキルと隠密スキルに優れ、風魔術で離れた場所の会話さえ聞き取れることから諜報活動ならギルドでも上位になる人物だ。

 戦闘面ではラーダがいたので諜報活動専門の彼を一緒に送ったのだが、戦闘力はギリギリランク2になる程度の彼ではダンジョン内に一人で入ることができなかった。


 ダンジョン内で何があったのか?

 確かにアリアの戦闘力は初めて会った頃より驚くほど成長していた。まだ10歳程度の子供がたった四ヶ月でここまで戦闘力を上げるなど、ディーノも師事したあの魔族の弟子だとしても尋常ではない。

 だが、最大で500程の戦闘力では、よほど上手くやらないとランク4パーティーの相手は難しいはず。ディーノはラーダが手を貸して倒したのだと考えていたが、もしかしたらそこでラーダは、ターゲットに返り討ちにでも遭ったのだろうか?

 だがそれならアリアが報告しないのはおかしい。そもそも闇に紛れたラーダを発見することはディーノでも容易ではない。

 相手がランク4パーティーなら発見される可能性も確かにあるが、それはラーダの存在を“誰か”が示唆しなければ難しいはずだ。


(……裏切った?)

 誰かが裏切った。個人主義的な暗殺者は勝手な行動をすることが多く、誰でも裏切る可能性はあるが、そのためにディーノやその父であった前ギルド長は、賢人の力を借りて、『処刑人ゴード』という“枷”を創り上げた。


 個人主義だからこそ、暗殺者は自分たちの“命”に拘る。

 ギルドに所属しているのも『安全』と『金銭』を同時に得られるからで、ギルドに帰属意識を持っていないことは長であるディーノが一番理解していた。

 だが、だからこそ暗殺者たちは自分の命を守るためにギルドと敵対したりはしない。

 彼らにそれをする利点がないからだ。

 メンバー同士の諍いで殺しあいに発展する場合もあるが、その場合でもこの連絡員にラーダを倒す理由も技量もなく、この古株の連絡員はギルドにおけるラーダの重要性を知っていた。


 ならば、ラーダを死んだと仮定して、彼女を害した人物の目的とは何か?

 ギルドのメンバーは利己的であるがゆえにギルドと敵対する必要はなく、実力者であるラーダと敵対する危険と、殺すことで生じる不利益を知っている。

 ギルド内にいながらそれを考慮しない人物は、ディーノには一人しか心当たりがなかった。


 灰かぶりの暗殺者、アリア。

 ディーノが師と本人を互いに人質に取り、脅迫することで協力させた魔族の弟子。


 あの戦闘力ならラーダを罠に嵌めることもできるはず。戦闘力に気づいた時点で人質の存在を思い出させるように釘は刺したが、キーラのような相手と小さな諍いを起こすのならともかく、師である魔族を人質に取っている状況でラーダを害し、ギルドと敵対するような行動を取るのは何故か?

 ギルドと敵対して、ギルドからの暗殺者に一生怯える日常に耐えられる人間はまずいない。過去には暗殺者ギルドそのものを潰そうとした為政者もいたが、その時も暗殺者たちは闇に隠れ、時間を掛けてもその為政者を殺してきた。


 暗殺者ギルドという巨大な組織に敵対する愚か者はいない。

 闇に生きる暗殺者を表側の力で完全にねじ伏せることは不可能であり、だからこそ貴族たちも、その存在を恐れながらも共存する道を選ぶしかなかった。

 だから、どれほど状況的に怪しく思えても、親代わりである師を人質に取られた幼子がギルドに刃向かうなど、“普通は”あり得ないことだった。


 ディーノは知らなかった。

 暗殺者ギルドというある意味非常識な世界で生きながらも、大人として生きてきた常識の枠組みでアリアを見てしまっていた。

 前世の記憶を持つたった一人の女が、利己的な理由だけで少女に知恵を得る切っ掛けを与え、その結果、自分たちの平穏を乱す『敵』をすべて皆殺しにして正そうとする、精神的な『怪物』がこの世界に生まれてしまったことを――


 ディーノはアリアの真意を確かめるべく部屋から出る。そこで想像通りアリアにギルドと敵対する意志が見えるのなら、その場で自ら排除するために。

 だがその判断は少しだけ遅かった。


   ***


 この世界で『強者』と呼ばれる人間はそれほど多くない。

 戦闘系スキルレベル1……【ランク1】は、子供でも数年修行すれば会得することができる。一般的には初心者であるが素人ではなく、新兵程度なら充分な実力であり、数人いればランク2の魔物にさえ対処できる。

 数年務めた兵士でも大部分が【ランク2】であり、【ランク3】にもなれば部隊長にも抜擢される“実力者”として見られていた。


 構成員のほぼ全員が『単独で戦える戦闘員』である冒険者ギルドでも、その七割以上がランク1と2であることを考えれば、強者の希少性が分かるだろう。

 それが【ランク4】以上にもなる者など、人口が数百万にもなるクレイデール王国でも数百人しかいなかった。


 それは暗殺者ギルドでも例外ではない。

 冒険者と違い、暗殺者は強者と無理をして戦う必要もなく、求められるものは、情報を集めて時間を掛けてでも的確に始末する判断力であり、盗賊ギルドと同様に個人的な武勇を誇る者は少なかった。

 その中でもエルフの魔術師『賢人』や、ドワーフの戦闘狂『シャルガ』、獣人の影使い『ラーダ』は、【ランク4】の実力者で、ギルド内でも“別格”として畏怖されてきたが、キーラやガイのような【ランク3】もギルド内では稀少であり、実力者と見なされていたのは、メンバーのほとんどが隠密系技能を重視した盗賊系斥候職だったからだ。


 暗殺者ギルド北辺境地区支部の構成員の多くは、市井に紛れて暮らしている。

 自分がギルドに関わっているとも知らない市民の監視役は別にして、普段は普通の仕事をしながら、戦闘力を持たない市民の暗殺依頼が来た時だけ暗殺者に戻る者が、大きな街には一人や二人いて、中には戦闘系スキルを持っていない毒殺専門の暗殺者も存在していた。

 だが彼らは自分で仕事を取ることはなく、他の構成員の顔さえ知らず、依頼さえなければ表向きは一般人と変わらない。

 それらを管理するのもギルドの仕事であり、現在ギルドにいる構成員は、互いの顔さえ知らない構成員に必要な仕事を割り振り、情報をまとめて管理する者と、一定以上の戦闘力を持って暗殺をする一線級の暗殺者がいる、北辺境地区の“中枢”とも言える者たちだった。


 現在、北辺境地区支部には80名近い構成員がいた。

 彼らは『魔族の弟子』で『灰かぶり』と呼ばれる子供が新たな構成員となり、戦闘力200近い実力を持っていることを知っていた。

 戦闘力がランク2から3程度である彼らは情報こそが武器になると知っている。だが灰かぶりは子供としては強いだけで、一般的に見ればランク2の上位程度の実力しかないことも理解していた。

 だから彼らは油断していた。

 子供だから癇癪を起こすことはあっても、子供だから大したことはできないと。

 子供だから暴れても、子供だから他の強者には敵わないと。

 子供だから……関わらなければ自分たちとは関係ないと、暗殺者としてあり得ない油断をしてしまった。

 

 分かりやすい、スキルレベルと戦闘力の数値は、弱者にとって強者を無闇に畏怖する原因になり、強者にとっては驕りに繋がる。



「……ん?」

 その中年の男は、一瞬違和感のようなものを覚えて首を傾げた。

 男は、各地にいる連絡員から暗殺依頼を受け取り、その情報を集めて仕事の難易度から構成員に割り振る役目をしていた。

 ギルド内に部下は5人。現地に赴いて情報を集めることもあり、全員が何かしらの隠密系技術を有していたため、いつものように誰かが隠密を使ったまま近くを通ったのだと考えた。

「……今日は蒸すな」

 比較的涼しい地下にあるギルド内でも季節によっては蒸すこともある。暑さのせいか頭に少し霞がかかった感じとなり、そのせいで注意力が散漫になったのかと室内にあるソファに向かおうとした瞬間――

「がっ!?」

 男はまともに歩くことができず、顔面から固い石の床に倒れ込んだ。


 何が起きている? まさか毒でも盛られたのだろうか?

 だが男は毒耐性のスキルを持っていた。一般人が即死するような毒なら、少量でもそれに気付けたはずだ。

 無味無臭の毒もあるが、そういう物は効果を発揮するのにも時間がかかり、毒耐性を持つ彼なら、時間さえ掛ければそんな毒にも対処できると考えた。

 でもその時、この部屋に誰かが入ってくる微かな気配に気づいた。部下の一人だろうか? 無意識に助けを求めようと身を震わせた瞬間、彼は殺気もなく首にめり込んでくる刃の“冷たさ”を感じ、その意識は闇に沈んだまま二度と戻ることはなかった。


   ***


 ギルド内に毒を流した。

 師匠の授業で基礎だけを習ったもので、配合はほぼ私のオリジナルになってしまったけど、上手く発動したようだ。


 この毒は【毒耐性】スキルがあっても効力を発揮する。

 そもそも毒耐性のスキルは完璧じゃない。光魔術の【解毒(トリート)】でさえ毒の種類が分からなければ対処できないのに、全ての毒に無条件で対応できるわけがなかった。

 毒耐性スキルはあらゆる毒に耐えるスキルではなく、身体が毒だと認識した瞬間にそれ以上の吸収を妨げるスキルだと考察し、私はそれを確かめるために自分で毒を飲んで検証もした。


 私が作った毒は混合毒であり、一つだけでは神経の緊張を緩和させる“薬”にしかならない。

 毒耐性は身体に害のない物には効果を発揮しない。そうでないと回復ポーションや食事でさえ吸収を妨げてしまうからだ。

 だから私は、侵入した一週間前から、飲料水に毒ではない“薬”を微量に混ぜ、時間を掛けてギルド員に摂取させた。

 身体に一旦吸収させれば、薬品が内臓で分解されるまで毒耐性でも防げなくなる。

 それから始末する者達が居る部屋の前で第二の薬品を散布し、それを吸い込んだ者の血液中で毒が発生するようにしたのだ。

 即死させるほどの強い毒性はないが、この神経毒は身体機能を低下させる。

 そうして身動きが取れなくなった者たちのトドメを、一人一人丁寧に刺していくと、しばらくしてギルド内が徐々に騒がしくなっていった。


「もう気づかれたか……」

 思ったよりも早かったな。殺した相手が見つかったというよりも、散布した毒が拡散してしまい、撒いていなかった場所でも毒の効果が現れはじめたのだろう。

 でも半数以上は始末した。これからは動きが鈍った連中を私が直接殺しにいく。


 隠密で気配を消し、両手の影からペンデュラムの刃を出した私は、滑るように音もなく通路を進む。

「お前…」

 通路で遭遇した見知らぬ女にペンデュラムを投げ、毒で動きが鈍ったその女の首を刃で切り裂いた。

 そのついでに所々で点いていたランプや魔術の光源を、ペンデュラムと【暗闇(ダーク)】で消していく。

 ほとんどの構成員は【暗視】を持っていると思うが、それでも灯りが点いているのは人族がレベル1までの暗視しか使えないからだ。

 それでも戦闘に大きな支障がなければ新たに灯りを点すことはしないはず。それは今までの常識から、暗闇が自分たちの味方だと思っているからだ。

 彼らはまだ自分たちの敵の“姿”を想像できていない。相手が自分よりも暗闇に慣れていると思ってもいない。

 それは私にとってわずかでも有利に作用するはずだ。


 ヒュンッ!

「ぐあっ!」

「貴様っ!?」


 毒でわずかに動きが鈍り、現実で攻撃を受けていると理解していても、暗闇は私を敵だと認識することをわずかな時間阻害した。

 ほんの一瞬……1秒か2秒。殺すにはそのわずかな隙で充分だ。

 毒へと変わる薬品を滲ませた布を周囲にばらまきながら、私は出会い頭に遭遇するギルドメンバーを次々と殺し、部屋の中で動けなくなっていた者も確実にトドメを刺していった。

 中には動けない振りをしていた者もいたが、最初からペンデュラムで攻撃すれば何の問題もなく、あきらかに戦闘力が高めの者は、【(シャドー)攫い(スナッチ)】を使ったクロスボウで耳から脳を貫いた。


 ドゴォンッ!!

 通路の先にある大きな木扉が砕け散り、残った破片を突き破るようにして、巨大なハルバードを構えた鎧姿のドワーフが現れ、毒の中で自由に動ける私を見て大声を張り上げた。


「貴様が裏切り者かぁあっ! 灰かぶりぃいいいいいいっ!!!」


【シャルガ】【種族:ドワーフ♂】【ランク4】

【魔力値:135/150】【体力値:393/450】

【総合戦闘力:825(身体強化中:979)】


 『戦闘狂シャルガ』か……予定より少し早いが、彼の声で私の裏切りがギルドに知られてしまったようだ。

 私は彼を認識した瞬間にナイフを投げつけ、シャルガがそれをハルバードで弾く。

 あの大きな槍斧で器用だな。さすがにランク4の相手には毒の効果も薄いと感じて、私は予定していた地点へと走り出した。

「逃がさんぞ、灰かぶりっ!」


 単独ならともかく、彼の大きな武器と硬い鎧は乱戦になると私と相性は悪いが、お前の相手ばかりをジックリしている暇はない。

 戦闘狂……そう言われるだけあってその威圧感は並じゃない。だけど、武人として無駄に集中力が高いせいで周りへの警戒がおざなりになっていた。

 お前は強い。だけど、だけどお前は、この方角にどうして他のメンバーの姿が見えないのか気づいていない。


 ミシッ……

 私が通り抜けた通路の、壁の一部に亀裂が奔る。


 ドゴォオンッ!!!

 その瞬間、土壁をぶち抜いて飛び出した手足の長い“異形”が、私を追ってきていたシャルガとぶつかり合い、激しい金属音を打ち鳴らした。


「ゴードっ!!?」

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」




ゴート参戦。

解き放たれた“獣”がギルドを襲い、乱戦の中、アリアが戦う。


次回、暗殺者ギルド攻略 その4 乱戦模様


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