63 暗殺者ギルド攻略 ②
準備は全て終わった。
ヘーデル伯爵領、暗殺者ギルド北辺境地区の本拠地へ侵入してから一週間後……私は一度街から離れ、再び正面から街に入り、ギルドのある礼拝堂へと向かった。
その途中にあった屋台で、トウモロコシの粉を焼いた生地に野菜を挟んだ物を頼み、久しぶりにまともな食事を摂る。
街の様子は最初に見た時と変わらない。
朝早くに住宅地区から職人地区へと大量の人が流れ、夕方に戻っていく。住宅地区の遠くから子供たちの声とそれを叱る母親らしき声が聞こえ、職人地区からはハンマーで金属を叩くような音が絶え間なく響いていた。
平和な街……でもその地下には、この国の裏の一つである暗殺者ギルドが存在し、その存在のおかげで、それを知る者たちから恐れられその平和が保たれているとは、この街で笑っている平民たちは誰も知らない。
「「…………」」
礼拝堂の近くで座っていた『監視の物乞い』と目が合い、私が指先で銀貨を一枚弾いて放ると、それを宙で掴み取った物乞いは銀貨の感触にニヤリと笑う。
「羽振りがいいな、灰かぶり」
「ちょっと、景気づけにね」
普段ほとんど口を開かない私が軽口を叩いたことで、物乞いが少しだけ驚いた顔をした。
この街に生きるギルドに関係のある人々……そして知らず知らずにその恩恵を受け取っている人たちからすれば、私は潜在的な敵になる。
彼らからすれば私は平和を乱す“破壊者”であり“悪”である。
それが悪いとは言わない。彼らに戦う理由があり私を“敵”とするのなら、私はそれら全てと戦う覚悟がある。
暗殺者ギルドは私の敵になった。敵は全て殺す。
巨大な組織を相手にするというのは、
礼拝堂脇から地下に降り、墓石を模った正規の入り口から中に入る。
誰の姿も見えない。でもギルド内には、多くの人間が気配を消して存在しているのが分かった。ラーダと渡り合ったのは無駄じゃない。私は彼らの気配を消しているという違和感を感じ取れるようになっていた。
そのまま奥へと進んでとある一室の扉を叩くと、何の気配もないわずかな“違和感”が感じられる部屋の中から「どうぞ」と声が返ってくる。
「おおっ、我が愛する兄弟弟子よ。連絡員から便りは届いていたよ。本当に傷一つなく全員を始末して戻ってくるとは……さすが、我が師の愛弟子だね」
「問題ない」
連絡員から報告を受け取っていても、私のような子供がランク4パーティーを本気で倒せるとは思っていなかったのだろう。
倒せて精々一人か二人、私が負けそうになった時点で私を囮にしてラーダにダガートたちを始末させ、瀕死になった私を救い出して私と師匠に恩を売る。
これまでの情報を統合すると、ディーノはおそらくそんな画を頭で描いていたのだろう。彼が驚いた顔をしているのは、私が戻ってきたからではなく、こんなに早く五体満足で戻ってきたからだ。
「本当に末恐ろしいかぎりです。これが今回の報酬になります。今日は少し蒸すようですが、ゆっくりと身体を休めてください」
「了解」
小さな革袋を受け取り、軽く振って大きさと重さを感じ取る。
この感覚だと大金貨が10枚と言ったところか。依頼料の半分近くが仕事をした人間の手に入るから、元の依頼料が大金貨20枚以上ということになる。
貴族だから払える金額だな……。おそらく元になった『精霊の涙』の金額を超えていそうな気もするが、それだけ遺品が大事だったのかもしれない。
まぁ、それがランク4パーティーを倒す報酬に値するかどうかは別の話だが。
「それにしても、よくこれだけ早く戻れましたね? まだ連絡員二人は戻ってきていませんよ?」
報酬を受け取り部屋から出ようとする私にディーノがまた声を掛けてきた。でも片方は連絡員ではなく監視でしょ?
「ダンドールの南にある渓谷を通ってきた」
「あそこはバランスの良い冒険者パーティーでも難儀する場所ですが……その戦闘力で切り抜けたので?」
「…………」
やはり鑑定されたか。外套を纏って出来るだけ姿を見せないようにしてきたけど、これだけ近くでディーノほどの経験があれば大まかな戦闘力は知られてしまう。
「戦いをすれば強くなるのは当然でしょ?」
「随分と激しい戦いをしてこられたようですね。……アリアさん。あなたとは是非これからも良い関係を続けられることを願っていますよ」
「…………」
頼まれた依頼だけでなく、これからも手を貸せと言われているのか、それとも下手なことは考えるなという警告か……。
少なくともディーノは、私がガイを殺したと薄々感づいている。それでもそれを放置しているのは、師匠を使える状態にしておくほうが得だと考えているからだと思う。
だけどもう遅い。すでに私の罠は動き始めている。
ディーノの執務室を後にした私は、気配を消したまま与えられた自分の部屋へと向かった。動き回って私の戦闘力に気づく人間を増やす必要もない。それにこのギルド内はすでに“危険な状態”にある。
与えられた部屋に戻ると出掛ける前に仕掛けた印がなくなり、すでに誰かに侵入された形跡があった。
中に何も置いてないので盗られる物はないが、下手に入って罠でも仕掛けられていたら面倒になる。だけどそんな心配は無用だった。私が扉を開ける前に中にいた人物が自分から外に出てきてくれたからだ。
「あら、お帰りなさい、アリア。そんなところで何を突っ立っているの?」
「お前こそ何をしている」
中にいたのは、ギルドで最初に会ったゴスロリ女――キーラだった。
私との諍いを避けるためにディーノが隔離しておいたはずだが、どうやら私を待ち構えていたらしく、私の問いかけに真っ赤な唇をチロリと舐めて薄く笑う。
「ボロボロになって逃げ帰ってくるあなたを慰めてあげようかと思っていたんだけど……ラーダには会わなかったのかしら? せっかく私がお膳立てしてあげたのに、思ったよりも使えない女ね」
キーラはわざとらしく溜息を吐くと、彼女は一歩下がって自分が塞いでいた部屋の入り口を空けた。
「とりあえず入ったら? 今日は暑いし、汚い部屋だけど、ここに立っているよりマシでしょ?」
「汚い部屋には入りたくないな」
使ってない部屋が汚いのはお前のせいだろう。私が簡単に拒絶すると、キーラが一瞬だけイラッとしたような顔を見せた。
「……随分と慎重になったのね。仕掛けているのはイタズラ用の玩具だけだから、そんな怯えなくていいのよ? ほら」
キーラが脱ぎ散らかしていた衣服のような布を踏むと、扉の真正面にある棚からクロスボウらしき矢が飛び出し、私の頭の脇を掠めて背後の壁に突き刺さる。
「安心して入っていらっしゃい。それとも私が怖いの?」
「…………」
私は溜息を吐くようにして小さく呟くと、部屋の中に足を踏み入れる。
その瞬間――
ダンッと軽い音がして頭上からクロスボウの矢が放たれた。
以前なら――ここに来た時の私ならそのまま射貫かれていただろう。
レベル4の【体術】を得れば撃たれた矢を躱し、レベル5の【体術】を得れば撃たれた矢を掴み取ることが出来ると言われている。
まだレベル3でしかないが、複数の近接戦闘スキルを会得した今の私なら、撃たれるタイミングと狙われた場所さえ分かればそれに対処できる。
「――【
最初から眉間に出現させると決めていた【影攫い】の闇で、私はクロスボウの矢を受け止めた。
空間系の闇魔術は闇の魔素で対象を覆わなければいけない。ラーダの【影渡り】は自分自身を闇で包み、私の【影攫い】は闇を通り抜けることで薄い皮膜のような魔素で包み込み、魔力で繋がった影へ転移させる。
腹や手足のような致命傷にならない場所を狙われていたら対処出来なかった。
予想が当たっても、わずかにタイミングがズレていたら眉間を貫かれていたかもしれないが、死の恐怖さえ克服できれば難しいタイミングじゃない。
「……え?」
クロスボウの矢に真下から腹を射貫かれたキーラが、愕然とした顔で自分の腹と私を見る。
キーラは本当に分かりやすい。お前だけは何も信じられないという“信頼”だけは、確実に裏切らないでいてくれた。だから分かりやすい挑発をされたので、キーラの影に魔力を伸ばして繋げていた。
出会った時は厄介で危ない奴だと思っていたけれど、あのダンジョンで本当に危険な少女と出会ってしまった後では、キーラの危険さなどぬるま湯のように感じる。
「な、なんで躱して……何で矢が私に、……何で…なんで、お前、その戦闘力は――、ガッ!?」
叫ぼうとしたキーラを、セラに習った歩法とヴィーロに習った殴打術を使い、猫の手のように握った拳で素早く打って咽を潰す。
ようやく私を鑑定して戦闘力に気づいたのだろう。もう少し注意深く観察する癖をつけていれば鑑定などなくても大まかな強さは分かるのに。
キーラは本当に変わらない。その性根も実力も。
「――ぅっ!」
キーラが慌てて両手の袖口からナイフを出し、それを以前見て知っていた私は両手の平の影から出したペンデュラムの暗器でキーラの手首の腱を斬り、そのまま背後に回った私は、わずかな声も出せないようにペンデュラムの糸をキーラの首に捲いて、へし折るほどに締め上げた。
「――っ!――っ!」
キーラが首の糸を外そうともがくが、腱の切れた両手ではそれは叶わない。
キーラの目が命乞いを懇願するような瞳で背後の私を振り返り、無表情に首を絞める私を映す。
この世界の強者と呼ばれる人間は驕りが過ぎる。油断が過ぎる。甘えが過ぎる。
何故、敵が命を助けると思う?
何故、自分だけが死なないと思う?
何故、自分の優位を誇るためにわざと手を抜く?
何故、一度でも敵対した相手が、常に自分を殺そうと狙っているのだと思わない?
「――っ!?」
最後に恐怖の表情を浮かべたキーラの首をへし折り、音を立てぬようにそっとベッドに横たえた。
頃合いだ。これから……暗殺者ギルドの全員を始末する。
キーラ撃破。
そのまま内部から暗殺者ギルドを殺していきます。