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59 ダンジョンの罠 ②



 暁の傭兵のメンバーは昼ぐらいに宿を出てそのままダンジョンへ向かった。

 重戦士のランディと斥候のダンカンは同室だったようで朝には一階で食事をしていたが、同じく同室だったダガートとグリンダが起きてくるのが遅かったので結果的にその時間になったみたいだ。


 彼らは少し歩いたところにあるダンジョンに到着すると、近くにあった屋台ですぐに食べられそうな食事を買い込み、そのままダンジョンに潜っていった。

 一度潜れば数日は出てこないのに、やたらと荷物が少ないように見えたのは、ダンカンが買い込んだ食料をそのまま鞄に仕舞っていたことから、それが空間魔術の内部拡張カバンで、荷物の大部分をそれに仕舞っているのだと推測する。

 そうなると中に何が入っているかで戦法が変わってくる。

 徐々にダメージを負わせるとしても、毒を使うとしても、中に上級回復薬や強力な毒消し薬が入っていたら攻撃自体が無駄になるからだ。

 消耗させること自体は無駄ではないけど、そんな余分な攻撃をできるほど余裕のある相手でもない。

 戦法としては、最初は魔術師であるグリンダを無力化するべきかと考えていたが、優先順位を変える必要があると考える。

 でもそれは、後ろからつけてくるラーダを始末してからの話だ。


「……チーズを挟んだ奴を一つ」

「まいどっ、銅貨三枚だよっ」

 疑いを避けるため、彼らとは違う屋台でチーズと酢漬け野菜を挟んだライ麦パンを買って時間をずらす。

 暁の傭兵たちがダンジョンへ入るのを横目に見ながら、ラーダもついてきていることを確認して、私も店主に銅貨を払ってダンジョンの入り口へと向かった。

 前回は子供だと言うことで止められ、カルラの顔で通ることができたが、今回は若い兵士だったので止められることなく中に入ることが出来た。


 中に入ると当然暁の傭兵の姿はすでになかったが、私は迷うことなく気配を消して真っ直ぐに通路を走り出す。

 暁の傭兵は十階層辺りの安全地帯をベースにして活動していると情報にあった。本来の彼らの実力ならもっと深い層にも潜れるのだろうが、彼らの目的はダンジョンで稼ぐことではなく、ほとぼりが冷めるまで安全に時間を潰すことだ。

 なので特に寄り道もせず真っ直ぐに下へと向かうだろうと考え、私はカルラと潜ったときに最短のルートを調べておいた。


 特に魔物もいないダンジョンの通路を数分ほど駆け抜けると、かなり前方で数体のコボルトを斬り伏せている暁の傭兵の姿が見えた。

 コボルトは直立した野良犬のようなランク1の魔物だ。身長も子供並みに小さく、偶に武器を持っていることもあるが、脅威度は本当に野良犬と大差ない。

 そんな低レベルの魔物がランク4パーティーに敵うはずもなく、欠伸をしながら傍観しているグリンダの前で三人の男たちが危なげもなくコボルトを処理していた。

 ランク1の魔石など回収もせずに奥へ向かう彼らの後をつけて、私は一定以上の距離を取りながら慎重に奥へと進む。

 通常、このダンジョンでは、最短ルートを進んでも一階層1時間ほどかかると言われている。でも彼らはもう少し速いようで、通常の三分の二程度の時間で二階層へ降りていった。


 二階層もほぼ変わらずランク1の魔物だけが現れ、ごく稀にランク2のホブゴブリンが単体で現れる。

 三階層になるとランク2の魔物比率が少しだけ多くなり、四階層になると稀にランク3であるハイコボルトも出るようだ。

 五階層になればランク1の魔物はいなくなり、ほとんどが単独のホブゴブリンとハイコボルトだけになる。

 この辺りが低ランクソロ冒険者の限界となる。逆に言えばそこまでなら低ランクの冒険者でも攻略できるのだが、ほぼ稼ぎにならないので必然的にこのダンジョンに挑むパーティーはランク3以上とされていた。


 ここまで潜れば他の冒険者の姿はほとんど見なくなる。その日だけ潜るのならもっと低階層で済ませるし、数日潜るのならオークの団体が現れる十階層以降で狩るからだ。

 私はここまで戦闘をしていない。ランク2や3の魔物が単独で出てくるのなら彼らの相手ではないからだ。

 さて……この辺りでいいだろうか。


 私は性別を偽るために纏っていた外套を脱いで腰の後ろに纏め、髪に施した灰の幻術を解除して、少しずつ前を進む彼らとの距離を詰めていった。

(……1・2・3……)

 タイミングを計って距離を詰めると、その瞬間、斥候であるダンカンが気配に気づいて警戒したように振り返る。


「背後に何かいるっ!」

「待ってくださいっ、魔物ではありません」


 ダンカンに声をかけると同時に、ヴィーロから教わっていた斥候同士の符号を使って手振りで『警戒』『襲撃』『進め』と伝えると、ダンカンは驚いた顔をして仲間たちに「そのまま進め」と伝えた。


「女……? いや子供か?」

 一瞬だけ振り返ったダガートが小さな声で呟いた。

 私が外套を脱いだのは油断させるためだ。最近身長が伸びて油断してくれない場面も多くなってきたが、まだ女だと油断してくれるようだ。

 最初にタイミングを計ったのも、ラーダが影に消える瞬間を狙って悟らせないようにしたのだが、暁の傭兵の斥候は優秀ゆえに私の意図を正確に読み取ってくれた。


「ランディ、足音を立てろ。そこの女、後ろから何か来ているのか?」

 私が最初に数十メートルの距離をとって追跡していたように、私とラーダの間合いもその程度はあるので小声なら問題ない。

 状況を理解して仲間に音を立てさせ、前を向きながら小声で尋ねてくるダンカンに、私も小さく頷いた。

「はい、影に潜む何かが後をつけています。最初は私が狙われているのかと隠密を使って隠れていましたが、それでもついてくるのであなた方が狙われているのかと思って、声をかけさせてもらいました」

「お前……俺たちの後をつけてきたのか?」

「ご、ごめんなさい。途中からですけど、五階層に来たかったので……。少ないですけど、お金なら払えますっ」

「大きな声を出すな。金はどうでもいいが……どうする?」

「その子、戦闘力200程度だから、私たちを騙して何か出来る強さじゃないわね」

 私を鑑定したらしいグリンダが、小さな声でダガートにそう囁いた。

「どうだ、ダンカン。本当に何かいるのか?」

 ダガートの疑うような声にダンカンが集中するような気配を見せる。

「何も居ない…いや、まて本当に“何か”いるっ」


 本当に優秀だな……彼らは。

 そこに居ると知っていれば、違和感を感じられるとはいえ、闇に紛れるラーダの気配を見つけるのは簡単ではない。

 一瞬で警戒し、こちらの意図を理解して即座に行動に移してくれる。

 そのランク4パーティーの実力に戦慄すると同時に、彼らを相手にすればギルドメンバーにも被害が出ると考え、その始末を師匠に頼もうとしたディーノの慧眼に感心もしてしまった。


「もしかしたら例の追っ手じゃないか? そしたら俺たちの敵だ」

 派手に足音を立てながらランディが呟くと、ダガートから私への警戒心が薄れていくのを感じた。

「そうだな、カワイイお嬢ちゃんを疑うことないよな」

 そんなダガートの冗談交じりの言葉にダンカンとランディが微かに笑い、グリンダが拗ねたように軽く私を睨んだ。

「それでどうするの?」

「そうだな……ダンカン、お前なら隠れている奴の場所が分かるか?」

「いや、まだ正確には分からねぇ。お前さんはどうだ?」

 ダンカンは私を冒険者の斥候職と認めて、意見を聞いてきた。

「数秒間だけ隠れているみたいですが、何となくタイミングは分かります。私が魔術で攻撃してみますか?」

「お前さん、魔術師だったのか……」

「それなら任せてみよう。グリンダ、ダンカン、用意しろ」


 ダガートの小さな声にグリンダが杖を握り、ダンカンが弓を構える。

 本当に彼らは優秀だ。だからこうしてラーダに気づかれることもなく罠にかけることができる。


「では十秒後……いきます」

 私は闇魔術の呪文を唱えながら、半分以上は闇魔法で構成するため精神を集中する。

 使うのは初めてだが、構成だけは何度も確認して途中まで発動することも確認している。それでも最後まで発動させなかったのは、それで“レベルが上がる”のを抑制していたからだ。


「――【(シャドー)攫い(スナッチ)】――」


 刃は影を渡り命を奪う。

 歩きながら唱えた魔法に、握りしめた手の平の影から小さな“闇”が生まれた。

 私はそれを背後に浮かばせるように放り投げ、タイミングを計り歩きながら十秒ちょうどに、自分の足下の影に向けて暗器を投げつけた。


 これはラーダが使っていた闇魔術【(シャドー)渡り(ウォーカー)】の応用魔法だ。

 ラーダの影渡りは強力な魔術だが、私から見れば致命的な欠陥がある。その一つは消費魔力の大きさで、ラーダはそれを待機状態で維持することで消費を抑えていたが、そのせいで他の魔術が一切使えなくなっていた。

 そして一番大きな問題は、影を渡る間、外部の情報から遮断されることだ。

 不意打ちからの暗殺なら問題ないのだろうが、こうして直接戦う場合は、その数秒間の情報遮断は致命的であり、出てくるタイミングと場所を特定されると、それは大きな隙になる。

 なので私は、消費を抑えることと情報遮断を回避するため、影を渡らせるのは武器だけに限定した。

 そのおかげでレベル4の闇魔術だった【影渡り】はレベル3相当になり、魔力の消費も十分の一程度にまで抑えられた。


『――っ!?』


 一応狙ってはいたが、上手く咽周辺に攻撃が命中してくれた。

 絶対の安全圏で不意打ちを受けたラーダは混乱して、さらなる攻撃を避けるために影から飛び出してしまった。

 この状態なら私でも攻撃を当てられるが、さらなる“罠”のために背後に譲ると、グリンダの魔術とダンカンの矢がラーダの胴体に突き刺さる。

 【(シャドー)攫い(スナッチ)】はまだ制御は難しいが、それでも五秒ほどは維持できる。まだ残っていた“闇”を床に滑らせ、再び足下に投擲した暗器は、真下からラーダの顔面に突き刺さった。


「…………」

 地に伏したラーダの驚愕に彩られた瞳が私を映す。まだ生きているか……だが、お前はここで死ね。

 再びダンカンから矢が飛び、ラーダの頭部に突き刺さってトドメが刺されたのを確認して闇を消すと、私の中で何かが成長して魔力と力が上昇した感覚があった。


【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク3】1Up

【魔力値:135/210】30Up【体力値:141/148】3Up

【筋力:7(9)】1Up【耐久:7(9)】【敏捷:11(14)】1Up【器用:8】

【短剣術Lv.2】【体術Lv.3】1Up【投擲Lv.2】【操糸Lv.2】

【光魔法Lv.2】【闇魔法Lv.3】1Up【無属性魔法Lv.3】1Up

【生活魔法×6】【魔力制御Lv.3】【威圧Lv.3】

【隠密Lv.3】【暗視Lv.2】【探知Lv.3】【毒耐性Lv.2】

【簡易鑑定】

【総合戦闘力:403(身体強化中:473)】187Up


 予定どおりレベルが上がった……これならいける。


 ラーダの息の根を止めると、男たちが安堵の息を吐き、魔術師であるグリンダは興奮したように私に向かってきた。


「何、あの魔術っ!? 初めて見たわっ! どうやったの? ちょっと私に教えなさいよっ!」

「あ、はい。……あ、それ、素敵なネックレスですね」

 跳びはねるような大きな胸元から零れたペンダントを褒めると、一瞬キョトンとしながらも、グリンダは自慢げに笑みを浮かべる。

「やっぱり分かる? コレいいでしょ? 『精霊の涙』って宝石を使っていて、凄く気に入ったからダガートにお強請りしちゃったのっ! ねぇ、それよりさっきの魔術を教えてよっ、ネックレスなら後で見せてあげるからっ!」

「ええ、いいですよ」


 目の前で揺れる“盗品”にニコリと笑い、私は右の手の平を上に向けてグリンダに向けた。

 本来なら他の冒険者に手の内を聞くのは御法度だ。けれど“暗殺者”を撃退して安堵した彼らはそんなグリンダを苦笑しながらも放置する。


「【(シャドー)攫い(スナッチ)】……」

 闇魔法を発動して私が手の平に小さな“闇”を作り出すと、グリンダがそれを興奮したように覗き込む。

「こんなので、どうやって攻撃を――」

 シュパッ!


「……あ?」

 その瞬間、左の手甲に仕込んだ極小クロスボウのギミックが矢を撃ち放ち、影に吸い込まれた矢は、“闇”を覗き込んでいたグリンダの目から脳まで貫通した。

 その大きく見開かれた残った瞳に、無表情になった私を映してグリンダが静かに崩れ落ちる。


 あと三人。




次回、ランク4パーティーとの戦い。


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