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58 ダンジョンの罠 ①

遅れました。



 暁の傭兵は、数日に一度ダンジョンから地上に戻ってくる。

 依頼された家族の遺品を持ち逃げして依頼主である貴族の怒りを買った彼らは、貴族では表に出せない品であるために、ほとぼりが冷めるまでダンジョンに逃げることを選んだが、それでも消耗品の補充や身体を休めるために、定期的に地上に戻らなければいけない。

 定期的に戻ると言っても、周期をギルドに教えてもらっているから分かっているだけで、その日に必ず戻る確証はなかったが、私が冒険者ギルドを覗いてみると魔石の換金をしているそれらしき冒険者パーティーを見つけた。

 三十代前後の男三人に女一人の四人組。その中の赤毛の戦士が戦闘力700を越えていたので、そいつが『暁の傭兵』リーダーのランク4――ダガートだろう。


【ダガート】【種族:人族♂】【戦士】

【魔力値:170/170】【体力値:326/380】

【総合戦闘力:733】


 外見と装備からターゲットの情報と一致させながら【鑑定】を使ってみた。仲間の三人はランク3だという話だったが、三人とも戦闘力は低くない。


【ランディ】【種族:人族♂】【重戦士】

【魔力値:150/150】【体力値:402/423】

【総合戦闘力:442】


【ダンカン】【種族:人族♂】【斥候・狩人】

【魔力値:145/145】【体力値:270/286】

【総合戦闘力:403】


【グリンダ】【種族:人族♀】【魔術師】

【魔力値:248/248】【体力値:179/217】

【総合戦闘力:541】


 私が使っている【簡易鑑定】は、相手の魂の情報を読み取るのではなく、外見の情報……筋肉の付き方や動かし方、身長や体重のバランス、感じられる気力と魔力の量などから相手の力量を推算する能力だ。

 魔素を色で視ることが出来て、【探知】スキルもレベル3になった私なら、ここに居る誰よりも正確に力を読み取ることが出来るはず。


 ダガート以外の三人が一般的なランク3よりも戦闘力が高いのは、私と同じように複数のスキルを有しているからだろう。

 同じランクでも複数の戦闘スキルを会得すれば、魔力値やステータスに明らかな差が生まれる。つまり彼らはランク4のダガートに頼り切りになるのではなく、自らを鍛え上げ、全員がランク4パーティーと呼ばれるだけの力を会得していたのだ。

 厄介だが驚きはない。依頼主から恨まれるようなことをしていながら今まで無事だったのは、よほど奸計に長けているか、それなりの実力を持っているかと考えていたからだ。


 そんな連中がパーティーを組んでいるのなら、私にとって彼らは、ほぼ初めてとなる純然たる格上の相手ということになる。

 今までの戦闘も格上が相手だったが、相手が単独であり油断を誘うことで相手の弱点を突き、ギリギリだが勝利してきた。

 だが、パーティーは各自の弱点を仲間がカバーし、長所を生かすことで実力以上の力を発揮する。

 おそらくこの戦いは分水嶺となる。

 私がただの小手先の技だけを持った暗殺者崩れになるか、暗殺者の力を持った冒険者となるかの分岐点に立っていると感じた。


 私は他人に注目されない程度の不自然ではない隠密で周囲に溶け込む。

 念の為、冒険者ギルドに来た目的を誤魔化すためにカルラとダンジョンに潜ったときの魔石を換金していると、以前話をした職員が私を覚えていたのか、人の良さそうなおじさんが換金カウンターまでやってきた。


「そこのあなた、丁度いい時にいらっしゃいましたね。以前お話ししたランク4のパーティーが戻ってきていますよ。……ですが、その様子では、もうダンジョンへ潜られているようですね」

「親切な女の子が、タダで案内をしてくれた」

 職員に話しかけられたことで注目を集めたのか、周りの視線から逃れるように首に捲いたショールで顔を隠しながらそう話すと、おじさんは少し驚きつつも優しい笑顔で頷いた。

「それはよかった。この街はダンジョンがあるせいか、若い冒険者がほとんどいないので、古株の職員や冒険者が気にしていたのですよ。その方とパーティーを組まれることにしたので?」

 注目されていた原因は、私が“子供”だからか……面倒だな。

「お貴族様と臨時以外のパーティーは無理でしょ」

 私が何気なくそう答えるとおじさんの顔色が変わる。

「その少女は……長い黒髪ではありませんでしたか?」


 カルラはこのギルドで要注意人物と目されているらしい。詳しいことは教えてもらえなかったが、ここ数年にあった冒険者の失踪なども疑われているそうだ。

 やはりカルラは高位貴族のご令嬢だったようで、ギルドでも事情を聞くことすら出来ない存在らしく、出来るだけ関わらないようにと教えてくれた。


「ここだけの話ですが、数日前に二人組の若い冒険者の姿が見えなくなりましたので気をつけてくださいね。出来ればパーティーを組まれることをお薦めします」

「考えておく」

 私とカルラが殺した二人組もカルラのせいになっているのか……。あいつは証拠隠滅とかしなさそうだから仕方ないな。


 視界の隅で『暁の傭兵』がギルドから出て行くのを見て、私もおじさんに礼を言ってギルドを後にする。

 外に出るとすでに彼らの姿は見えなくなっていたが、重戦士のランディと魔術師のグリンダは隠密系スキルを持っていないらしく、少し離れた程度ならその気配を追うことが出来た。

 姿が見えないまま後を追うと、彼らは消耗品の補充をしに冒険者用の雑貨屋や薬屋に寄り、その後ダンジョン近くにある定宿に泊まるようだ。

 いつもと同じなら、彼らは一泊した後にまたダンジョンに潜るのだろう。消耗品を買い込んでいることから、まだ貴族の追っ手を警戒しているはずなので、その予定で私も見張りを続ける。

「…………」

 こうしている今も、ラーダが存在する“違和感”を定期的に感じている。

 偶に違和感さえも感じられなくなるのは、ラーダが影から影へと移動しているからだと考えた。

 私が一人でいてもラーダは襲撃してこなかった。ラーダは私がガイを殺したと思っているはずだが、それでも襲ってこないのは何か理由があるはず。

 暗殺者ギルドの支部同士の繋がりが切れているといっても、よその地域で大きな問題を起こすのは、面子の問題があり出来ないのかもしれない。

 それにガイが消えたことであれほど激高していたラーダなら、私を楽には殺さないために場所は選ぶと考えた。

 ラーダは自分が渡した資料で私が行動すると思っている。ならば襲撃地点は……ダンジョンの中だ。


   ***


 ラーダは影の中から“灰かぶり”と呼ばれる子供を監視していた。

 おそらくガイを殺したのはあの灰かぶりだ。証拠がなく、突然いなくなることも多い暗殺者という職業柄、ギルドの長であるディーノは不問にするつもりらしいが、ラーダはその子供と接触した結果、犯人は灰かぶりだと確信した。

 証拠はない。暗殺者としての経験から、灰かぶりに『血の臭い』を嗅ぎ取ったのだ。

 最初にギルドに現れた時に【鑑定】したが、灰かぶりの戦闘力は200にも満たなかった。だが、灰かぶりは薄汚い魔族の弟子だ。卑怯な手を使いガイを陥れたのだろう。


 だが、灰かぶりをすぐに殺すわけにはいかなかった。

 長であるディーノは灰かぶりを兄弟弟子だと言って、まるで保護者のような立場を見せた。おそらくはその師匠である魔族を操るための手駒にするため、できれば生かしておきたいと考えているはず。

 弟子が死んだのなら魔族の怒りを対象へ向けることができる。だがそれは、たった一回しか使えない爆弾のようなものだ。

 弟を殺された復讐のためにディーノや魔族と敵対するのも辞さないつもりだが、ラーダも前任のギルドマスターには恩義を感じており、率先してギルドを裏切るような真似はできなかった。


 灰かぶりは、子供の頃から殺しをしているラーダから見ても不気味な子供だ。

 外見こそ十代前半だが、魔力で成長しているとしても実年齢は10歳程度だろう。それが、半分以上失敗すると思っていた初心者狩りの盗賊たちをあっさりと暗殺し、子供とは思えないその異様さを見せつけた。

 でも一番不気味なのは、その“雰囲気”だろう。

 外見はせいぜい12歳程度に拘わらず、その姿を思わず目で追ってしまうような不思議な“魅力”があった。灰かぶり本人は気づいてないが、街中で通行人の視線を集めてしまうのはそのせいだろう。

 もしかすれば、ディーノやガイもその“魅力”に惑わされたのかもしれない。今はまだ幼いが、このまま成長して成人すれば惑わされる人間を大勢生み出すのではないかと容易に想像できた。

 ラーダは、弟の仇である怒り以上に恐ろしさを感じ、ここで殺すことができなければ将来的に禍根を残す存在になると、そう確信した。


 灰かぶりは、ターゲットである『暁の傭兵』の暗殺を“予定どおり”ダンジョンの中で行うようだ。

 ラーダが灰かぶりに渡した資料は不自然にならない程度に改竄してあり、ダンジョンの中で暗殺するように仕向けたのはラーダだった。他の連絡員がいる以上、街中で灰かぶりを殺すのはできれば避けたかった。

 それでも『暁の傭兵』に関する資料は改竄していない。それは灰かぶり単独で彼らを暗殺できると思ったからではなく、灰かぶりの手の内を見たかったからだ。


 ラーダは灰かぶりを甘く見てはいない。その戦闘力はともかく、魔族仕込みの卑劣な手段を使うと思っていた。

 だが同時にその戦闘力の低さから、油断すれば痛手を負うかもしれないが、ラーダは灰かぶりに自分を殺す力はないとも考えている。

 人が単独で知略を用いて戦える相手は、せいぜいランク1差までと言われている。ランクが二つも違えば刃を躱すことも容易になり、魔術もレジスト出来るようになるからだ。

 油断はしないがそれでもラーダは、自分が直接殺すのを諦めていない。

 灰かぶりの罠を潰し、ターゲットに追い詰められ絶望した灰かぶりを、最後に自分が殺すのだ。


 暁の傭兵は予想どおりにまたダンジョンに潜り、その後を追って灰かぶりもダンジョンへ消えていく。

 ラーダも影を使い、入り口を守る兵士に見つかることなくダンジョンに潜入すると、ラーダは暁の傭兵を追跡する灰かぶりを監視しながら、わずかな違和感を感じた。

(……なんだ?)


 灰かぶりが子供にしては隠密巧者であることは知っていた。だがそれは、人族にしては……だ。

 【隠密】【探知】【暗視】などの斥候系スキルは、種族による差がかなり大きく現れる。ラーダのような猫獣人は隠密と暗視に補正が付き、犬系の獣人は探知系に補正が付く。

 人族はとくに暗視系が苦手なので、それは探知にも影響し、そのせいで隠密にも同レベルでさえわずかな差が出てしまう。

 それなのにラーダはダンジョンに入ってから、何度か灰かぶりを見失いそうになっていた。

(……灰かぶりとターゲットの距離感がおかしい。何がどうなっている?)


 ラーダは自分の『影渡り』の能力は無敵だと自負しているが、それでも欠点がある。

 空間系闇魔術の特性として、闇の魔素で完全に隔離しなければ効果は発揮されず、隔離している間は、外部の情報が届かなくなる。

 闇魔術で隔離した空間は生物が生存できる環境ではなくなり、ラーダも影を渡る数秒間しか隔離空間を維持できない。

 普段は隔離空間の一部を開けて影に隠れるだけにしているのだが、それでも移動するその数秒間だけ情報から隔離される。


 灰かぶりと暁の傭兵の距離が狭まっている。どうしてあそこまで近づいてランク4の冒険者から見つからないのか?

 ダンジョンの五階層へ降り、他の冒険者の姿が見えなくなった頃、状況が分からず焦れはじめたラーダは、情報を得るために影渡りで彼らの近くまで近づいた。


(……なんだこれは)

 隔離された影の空間を解除した瞬間、目の前数センチの所に小さな黒い『影』が浮かんでいた。

 普段のラーダならそれが何か気付けただろう。だが、影に潜むために暗がりにいて、焦れはじめていた精神は、その正体に気づくのを一瞬遅らせた。

 その瞬間、小さなその影から何かが飛び出し、とっさに躱すことも出来ずに投擲用の暗器がラーダの咽を貫いた。


「……(がっ)!?」


 声が出せない。血が気管に流れ込み息ができない。

 意味が分からず混乱し、とにかく攻撃から逃れるためにラーダが影から外に出ると、突如飛来した鉄の矢と魔術の【氷矢】が、無防備な彼女の胴体を貫いた。


 思わず地面に倒れるラーダにトドメを刺すように、再び小さな影が床に現れ、それから飛び出した刃がラーダの右目を貫く。


(これは灰かぶりのナイフ? するとこの小さな影はあいつの魔術かっ!?)


 その魔術は自分の『影渡り』によく似ていた。

 消えつつある自分の命の灯火を感じながら、ラーダは残った左目で暁の傭兵の中に並ぶ灰かぶりを【鑑定】して、自分たち(・・)が最初から騙されていたと気がついた。



【灰かぶり】【種族:人族♀】【推定ランク3】

【魔力値:135/210】【体力値:141/148】

【総合戦闘力:403(身体強化中:473)】



次回、アリア視点の罠の実体。


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