56 ダンジョンのある街
ラーダと別れた私は、今回のターゲットがいる大規模ダンジョンがある王家直轄地の一つへ向かうことにした。
とは言っても、ラーダはどこかから私を監視しているはず。ラーダから貰った情報が正確だとは限らないが、もしラーダが自分に都合が良いように改竄していたとしても、私はそれを細かく確認するつもりはない。
もう一人連絡員がいるはずなのでラーダも酷い改竄は出来ないと思うし、そもそも数日調べた程度で判明するような改竄をするほど愚かでもないだろう。
そしてなにより、それがラーダにとって都合の良いことなら、ラーダもその情報に沿って動くことになり、ラーダの行動を私に教える結果になるからだ。
その旅で必要になる塩や香辛料を買い込み、複数の錬金術師の店や露店で薬品の素材を購入する。そのついでに少し高かったが魔物素材で作られた外套を一着購入することにした。
魔物の素材で作られた防具は、師匠から貰ったブーツや小手のように、装備者の魔力と大気の水分で微細な傷は再生する。
この再生量は魔物の格に影響されるそうで、低級魔物の素材で作られた外套では大した効果は望めないが、それでも普通の布や革製に比べたら格段に熱や寒さを防いでくれるらしい。
「ゲルフ、安めの外套を一着ほしい」
「……私の店で、デザイン無視して安いものをくれっていう客はあなたくらいよ」
フェルドたちと遭遇してから二日後、私は再びドワーフの防具屋を訪れていた。
二日時間を置いたのは、フェルドたちと再び会うのを回避したためだ。フェルドにはもう一度会いたい気持ちもあったが、私を妙な目付きで見てくる貴族の少年たちと関わるのは避けたかったからだ。
「まあいいわ。そこそこの値段であなたに合う物を私が選んで、あ・げ・る」
巨大な付けまつげがバチンと鳴るようなウインクに、私は静かに頷いて装備の代替えに貸してもらった革製のスカートを指で摘まむ。
「装備の修理は出来てる? 出来ているのなら着替えていきたいけど」
「あなた、全然動じないわね……装備の修理は終わっているけど、その装備は気に入らなかった?」
何故か溜息をついているゲルフに私は首を横に振る。
「ううん。軽いし着心地もいい。多少見られることも多くなったけど、ショールを首に捲けばそれほどでもない」
「結局、頭も灰まみれに戻したのね……。幻術でやってるのなら、うっすらと被せて艶を抑える程度にしないと、余計に目立つわよ?」
「なるほど、やってみる」
「それで、どうして着替えたいの?」
「ん? 装備の修理が終わるまでの代替え装備じゃなかったの?」
ブーツと手甲の修理で、どうして全身着替える必要があったのか不思議だったけど、ゲルフはこの装備を私にくれるつもりだったようだ。
いくらガルバスの紹介とはいえ、そこまでしてもらう義理はないはずだが、ゲルフはこの装備を私にくれる理由を話してくれる。
「私が装備を作っているのは、カワイイ装備を着るためよっ。でも、ちょっぴり太めの私では可愛く着こなせないのっ! だから、私の代わりに着てくれる可愛い子をずっと捜していたのよっ!」
「……わかった」
正直言ってその情熱は理解できなかったが、ゲルフにとっては大事なことなのだろう。あの女の“知識”でも可愛いのカテゴリーが広すぎてよくわからないけど、ゲルフの作る物なら性能面で問題はないと考える。
ならばせめてお金を払おうと思ったが、ガルバスと同じで金貨1枚しか請求しなかった。これでは外套代にしかならないはずだけど。
「あなたが成長したらちゃんとした装備を作らせてちょうだい。その時には金貨10枚は用意しておいてね」
「……ありがとう」
代替品のブーツだけは返して修理が終わったブーツと手甲を装着する。
ブーツも小手もこれまでとは別物のように装着感が良くなっていたので、これならダンジョンでも充分に動けるだろう。
それと同時に、小手を付ける腕の内側部分には、とあるギミックを仕込んでもらっていた。
……使えそうだ。
「…………」
王都の街並みの中から遠くに見える高い城を見る。
あそこにはエレーナがいるのだろうか? あの王宮で、たった一人で戦っているのだろうか?
エレーナは一度だけ誰が相手であろうと私の味方をすると約束してくれた。だけど、まだその時ではない。私はまだ彼女の“敵”を殺せるほど強くないからだ。
それに、たかがこの程度のことで、彼女を頼るつもりもない。
じゃあね……エレーナ。強くなったら会いに行くよ。
暗殺者ギルドからの情報によれば、その大規模ダンジョンのあるエルドの街は、王家直轄地だけど実質はその隣にあるレスター伯爵家が管理しているそうだ。
だからという訳でもないが、その街は魔術師ギルドと冒険者ギルドの力が強く、普通の街とは違っているらしい。
この王都からそこに向かうとすると、馬車で数カ所ある宿場町を経由して約四日ほどの行程になる。
その程度なら馬車は必要ないので、私を監視しているラーダの目を眩ますために森の中を突っ切るルートを選んだ。
王都を出て初日の夜中までは背後に微妙な違和感を感じていたが、そのまま森を走り抜けると感じなくなったので、たぶんそこでラーダを撒くことが出来たのだろう。
やはり魔物素材の外套にして良かった。これならラーダの探知能力が優れていても、ある程度は誤魔化せる。
ダンジョンのあるエルドの街は、普通の街とは違った活気に溢れていた。
大型ダンジョンがあるので、主産業が魔物の素材を使った物が多いのでそう感じるのもあるけど、一番大きい理由は冒険者や魔術師が多いからだろう。ここでなら多少おかしな行動をしてもあまり目立たないし、王都とは違って騒ぎを起こしても問題にはなりにくいはずだ。
私はまず街の露店で野菜の煮物のような安い食事を買い、冒険者ギルドの場所を聞いてそこへ向かった。
ダンジョンは街の中心にあり、その入り口の周りには高い壁が建てられ、数人の兵士が人の出入りを制限しながら、魔物が外に出ないよう管理をしていた。
街の中にダンジョンがあるのは危険そうに思えたが、元々発見されたダンジョンの周りに集落が出来ていった感じなので、この辺りに普通の住人はいないらしい。
冒険者ギルドもダンジョンの近くにあり、これまでに見た他の街のギルドよりもかなり大きかった。
ギルドに着いたのは昼過ぎで、一般的には冒険者が少ない時間帯だったが、扉を開けて中に入るとそれでも十数人の冒険者の姿が見えた。
冒険者が多い土地柄のせいか、人の出入りがあった程度で注目されることはなかったが、私のような子供が現れたことで、ある程度より年齢が上の人たちがわずかに顔を顰めた。
子供が冒険者をしていることは辺境なら珍しくない。そうしなければ生きていけない理由があり、冒険者となって稼ぐために必死でスキルを得て、バランスの悪いスキル構成のために死んでいく。
だけどここにいる大人たちが顔を顰めたのは、そんな子供を不憫に思ったからではなく、大規模ダンジョンというベテラン冒険者たちの戦場を、子供に踏み込まれた不快感からだと察した。
「………」
彼らから感じる気配から察するにランク3ほどだと思うが、気配や足運びで実力を測れない人がいることを不思議に思う。
エレーナを攫った女盗賊のほうが遙かにマシに思えるが、対人戦の経験が少ないランク3だとこんなものなのか。
そんな微妙な空気を丸ごと無視してギルドの受付に向かい、人の良さそうな職員を選んで質問をする。
「ダンジョン内の案内を頼める冒険者パーティーは何組いますか?」
私は深い層の案内をできるようなパーティーを捜していると伝えると、人の良さそうなおじさん職員は、ニコニコしながら教えてくれる。
「このダンジョンは有名なので、低階層の案内依頼はありますが、深い階層までとなると難しいですね。現在この街にランク4のパーティーは五組いますが、受けてもらえるかは交渉次第でしょう」
この地にいる冒険者のほとんどは、依頼を受けるのではなくダンジョンに潜りに来ている。
ダンジョンには人間の欲望を刺激する『宝物』があり、それを見つければ一晩で大金貨数百枚を稼ぐことすら可能であるが、そんなものは数年に一度程度で、大部分の冒険者は魔物の素材と魔石を取って稼ぎにしていた。
このダンジョンが有名なのは、ここがゴブリンやオークのような獣亜人のダンジョンだからだ。
ダンジョンは強力な宝物の他にも金属製の武器などを生み出す場合があり、ダンジョンに生息する獣亜人は、その武器を見つけて所持していることがあるので、それが稼ぎに上乗せされる。
このダンジョンは稼げるが危険度が大きい場所だと認知されており、深い層に潜るような案内だと、ギルドでは仲介できないそうだ。
とりあえず依頼の相場を聞き、受けてもらえそうなパーティーの名前と予定を教えてもらうと、そのうちの一つが今回のターゲットである『暁の傭兵』で、次の戻りが二日後の予定になっているとわかった。
二日後か……それならラーダの監視も復活しているだろうし丁度いいか。
それまでダンジョンの確認でもするかと考えていると、ギルドから私を追ってくる気配に気づいた。
話を聞きつけたランク2か3辺りの冒険者の売り込みかな? それとも私が子供だと侮って襲いに来たのか。
どちらにしろ面倒だ。売り込みなら私も初めてなので低階層を案内させるのもありだが、襲撃ならどうするか……。
気配は弱いのが二つ。強いのが一つ……
私はギルドのある大通りから離れて、裏道の人の居ないほうへ進んでいく。
どこが人のいない地域かわからないが、相手が売り込みでも私を襲ってくる気でも、彼らに都合の良い場所で声をかけてくるだろう。
「よぉ、そこの“灰かぶり”の坊主。ダンジョンの案内がほしいんだろ? 俺たちがしてやるぜ?」
暗くなった路地で声をかけてきたのは二十代前半らしき二人組の冒険者だった。
それにしても、ゲルフの忠告で灰の量は減らしたつもりだったが、ここでもそう呼ばれるんだね。
「代金は有り金全部でいいぜ。まぁ、嫌だって言っても、これから強制的にダンジョンに連れていくけどな」
「…………」
なるほど、売り込みと襲撃と両方だったようだ。
だけど二人とも戦闘力が100程度しかない。そんな実力では本当に低階層しか案内できないと思うが、他人事のようにそんな感想が頭に浮かぶ。
だけど、もう一人の強い気配はどこに行った?
「おら、黙ってないで何とか言えよ、灰かぶりっ」
気配を探っていた私に、最初の男が苛立ったように手を伸ばした。
「邪魔だ」
私は半歩前に出るようにして目の前の男の顎を左の掌底で打ち抜き、小手に仕込んでいたギミックから撃ち出した10センチほどの矢が、男の顎から脳まで貫通する。
「……え?」
突然崩れ落ちる仲間にもう一人の男が唖然とした声を漏らした瞬間、私はその男から飛び離れるように後ろに下がった。
「――――ッ!」
その瞬間、男の全身が突然燃えあがる。
あまりにも強い火力のせいで悲鳴を上げる暇もなく炭になった男の背後から、軽やかな少女の声が聞こえてくる。
「やっぱり強い子だったわ。よかったら私がダンジョンを案内してあげようか?」
真っ白なローブに、真っ黒で波立つような長い髪。
病的なまでに白い肌に、深く沈むような目元の隈があるその少女は、人を殺した私を見て、人を殺したとは思えないほど無邪気に笑っていた。
この少女は何者なのか?
ラーダとの決着は?
次回、ダンジョンの罠