54 変人の防具屋
今回は乙女ゲーム寄りです。
ドワーフの鍛冶士ガルバスの弟、ゲルフは女性的な内面を持つ男性だった。
私自身は初めて見るが、そういう人がいることはあの女の“知識”で知っている。
私は何故か硬直しているフェルドやエルたちの間を抜けて前に出ると、胸元が大きく開いた黒革の上下を纏い、女性らしく可愛らしいポーズをとっているゲルフの前に立って、左手の手甲をカウンターの上に置いた。
「古い物だけど、直る?」
「あら、カワイコちゃんね。あなた随分珍しい物を持っているのね。これって魔物の革よ。何の魔物かしら?」
「ブーツはナイトストーカーと聞いたが手甲はわからない。強度と弾性が違うから別の魔物だと思うけど、革はよくても他の部分がダメになってきている」
「すっご~いっ、かなり珍しい魔物よ、それ。でも、革の部分も手入れをしないとダメよ? 大気の水分と魔力で再生すると言っても限度があるわ。私が直してもいいけど、ちょっとお願いがあるから、奥に来て聞いてくれるかしら?」
「ちょ、ちょっと待ってっ!」
ゲルフに手を引かれて奥に向かおうとした私の反対側の手を、ミハイルが慌てたように掴んで止めた。
「………なに?」
「なにって……君はその…彼?を見ても、何とも思わないのかっ!?」
ミハイルは正体不明の私を警戒して疑っていたはずだ。それが何故、私の手を掴んでまで連れて行かれるのを止めて、そんなに慌てているのだろうか?
「ゲルフの格好のことを言っているのなら、そのような人がいることは“知識”で知っている。知ってさえいれば特に意識する意味がない」
そんなことを私が言うと、フェルドとエルフのミラが驚いたように目を見開き、そんなことは言われ慣れているのか、そんな私たちの様子を面白そうに見守っていたゲルフが惚れ惚れとしたように呟いた。
「あなた、“男前”ねぇ……」
ポン。
「ああ、なるほど。ミハイル、君は“彼”のことが気になって、色々と話しかけていたんだね」
キョトンとした顔を見せていたエルが、納得したように手を叩きながらそんなことを言うと、今まで余裕のある笑みを浮かべていたミハイルが、まるで子供のようにふて腐れた顔をする。
「……悪いか? はじめて見た時から妙に気になっていたんだよ」
「…………」
なんだろう? 今までの色々と私を探るような言動は、もしかしたら私を心配していたのだろうか?
自分でも気づかないうちに危なっかしい部分があったのかもしれないが、面倒くさい男だな……ハッキリと言えばいいのに。
「あらあら、心配しなくてもあなたのお姫様を何処かに連れ去ったりしないわ。私は防具屋よ。ちょっと着てほしい防具があるだけ。ちょっと待っててね」
またゲルフに手を取られて、今度は奥まで連れて行かれるその途中で、フェルドとエルの呟きが重なるように耳に届いた。
『……お姫様?』
*
お店の奥に連れ込まれた形になるけど、何故か私はゲルフの手を振りほどこうとは思わなかった。
何故だろう? ゲルフに師匠にも感じた“母性”のようなものを感じたのだろうか? 男性に母性を感じるというのも奇妙な話だが、少なくとも警戒する気が起きなかったのは確かだ。
「本当に肝の据わった子ね。ミラちゃんでさえ、私と最初に会った時は涙目で顔を引きつらせていたのに、ガルバスが気に入るはずね」
「……どうしてわかった?」
ガルバスには行ってみろとは言われていたが、それで何か会話をする理由もないのでそれを話すつもりもなかった。
「その腰のナイフ、ガルバスが昔作った奴でしょ? 本人は気に入っていないらしいけど、かなり思い入れはあるはずよ。それを貰ったというのはかなり気に入られている証拠だと思うわ」
「一応は……買った」
まだお金を払えてないけど。
「同じことよ。気に入らなければ売ってもくれないわよ。まぁ、そんなわけで気合いを入れて頑張っちゃうわよっ」
「…………なにを?」
*
「まぁ、大丈夫ですよ。変人ですが、悪い人じゃありませんので」
(そんなこと分からないじゃないか……)
ランクの低い時代から世話になっていた防具屋らしく、フォローにならないようなフォローをいれるエルフのミラだったが、そんな冷や汗を拭きながら言われても説得力がないと、ふて腐れたミハイルが心の中で文句を言う。
戦士のフェルドと精霊使いのミラは、ミハイルが市井を知る護衛として祖父に紹介してもらった冒険者パーティー『虹色の剣』のメンバーだ。
祖父が若い頃からある有名な冒険者パーティーで、リーダーのドワーフとエルフのミラ以外は何度かメンバーが替わったが、その実績と信用からメルローズ家でも何度か依頼を受けてもらっていた。
現在は数年前に魔術師が引退したことで四人になり、本格的な活動は休止状態になっているが、新しい魔術師を捜している斥候以外の三人は、単独では効率が悪いとして一年ほど前から再び行動を共にしている。
そして今回は街の中の護衛と言うことで、リーダーのドワーフを抜かしたこの二人が護衛を担当することになった。
今回の市井見学は、王太子エルヴァン・フォン・クレイデールが望んだことで始まったが、それが実現できたのは、元子爵令嬢である正妃に似てどこか緊張感の足りないエルヴァンに“現実”を見せたかった、ミハイルのお膳立てがあったからだ。
ミハイルとエルヴァンは友人ではあるが、ミハイルはエルヴァンが次代の王に相応しい存在か見極めようとしていた。
ミハイルは基本的に他者を信用していない。家族は信用しているが信頼に値するのは祖父と父だけだと考えている。貴族としての信頼はまた別になるが、もしエルヴァンが将来仕えるに値するまで信頼できないと分かったら、エルヴァンを切り捨て、まだ幼い第二王子か、生粋の上位貴族の血を引く第一王女側を盛り立てるのもやむを得ないとまで考えている。
そんなお忍びの市井見学で、“彼女”を最初に見つけたのはミハイルだった。
人混みに紛れて目立たない。けれど、何故か目を惹かれた。孤高と言うのだろうか、その立ち振る舞いがやけに美しく見えて、その雰囲気が旧王家の貴族として生きてきた自分とどこか共感したのかもしれない。
その姿を目で追っていると、フェルドもそれに気づいて、“彼”が街の不良に狙われていると教えてくれた。
ある程度の力のある冒険者らしく、気配を人並みに抑えているせいで逆に狙われたようだが、温室育ちのエルヴァンが“彼”を助けようと言ったことで関わることになってしまった。
朴念仁のフェルドとエルヴァンは“彼女”の性別に気づいていなかったが、男の格好をしていても、子供から少女へと成長していく、薔薇の蕾のような蠱惑的な魅力が感じられた。
男の格好をして、貴族として剣の鍛練を積む自分よりも強いという孤高の少女に、ミハイルは強く興味を引かれる。だがそれ以上に、その印象とはちぐはぐの、まるで幼い子供のような一般常識の無さに苛つきを感じた。
それだけの力があって、どうして自分が人目を引く外見をしていることに気付かないのか? そのせいで無用な厄介ごとすら引き寄せている彼女に、他人と一線を引いているはずのミハイルがどうしてここまで心を乱されなくてはいけないのか、自分でも理解できず、助けたはずの少女に無用な嫌味さえ言ってしまった。
それをエルヴァンに指摘されてふて腐れ、身体の成長と共に忘れていた自分の子供の部分に気づかされ、愕然としているうちに彼女は変人に連れ去られた。
「ハァ~イ、おっまったっせ」
変人ドワーフのゲルフが戻ってきた。紳士の矜持として覗き見のような真似は出来なかったが、彼女は無事かと目を向けると――
「うわっ、さすがゲルフね……」
おそらく予想していたミラの声だけが聞こえたが、男たちは誰もが驚いたように声を出せなかった。
「ゲルフ……少し動きにくい」
「あなたにはまだ大きかったかしら?」
足下は革のショートブーツを履き、身体の線が出るピッタリとした膝丈の革ズボンの上にヒラヒラとした革のミニスカートを履いて腰元を隠していた。
上半身は丈が異様に短い革のジャケットを着ていたが、その中には肩紐だけでしか止めていない薄手のシャツ一枚で、何となく見ているほうが気恥ずかしく感じる。
だが、一番目を引いたのは、彼女の顔立ちだろうか。
顔を隠していた無粋なショールが外され、髪を汚していた灰が消えた髪は解かれて肩にかかり、輝くような桃色の髪と翡翠色の瞳のせいで、まだ幼いながらに神秘的な美しさを感じさせ異様に目を惹かれた。
「お前さん……女だったのか」
そんなフェルドの空気が読めない台詞よりも、その隣で顔を赤くして見つめているエルヴァンの態度に、ミハイルは何故か苛ついた。
***
「ちゃんとした服はもう少し成長したら作ってあげるわ。とりあえず、防具の修理が済むまでそれで我慢してちょうだい」
「……わかった」
どうやらこの着替えさせられたこの服装は、防具の修理が済むまでの“代用品”として貸してくれるそうだ。
でも、どうして手甲とブーツの代替えに、全身装備になるのか理解できない。しかも私の髪の灰が幻術だと一目で見破られ、解除して髪まで梳かされた。
「本当ならそれ、私が着るはずだったんだけど、形状を優先しすぎて私じゃ着れなくなったの。勿体ないからあなたに着てもらって着用感を教えてほしかったのよ」
「……それがさっきのお願い?」
こんな薄くてヒラヒラしたものを着たかったのか。
でもこの装備はこの前初めて見たオーク皮を使っているらしく、薄くてもそれなりに防御力はあり、ある程度の柔らかさと伸縮性を兼ね備えている。
真っ黒で目立たないと言われたから着てみたけど、これって本当に目立たないの?
最近の女性冒険者なら普通とも言われたけど、フェルドたちが唖然とした顔で見ているのでどうにも信じられない。
この黒いナイフをくれたガルバスと同じようなことをしてくれているはずなのに、素直にお礼を言うのに若干抵抗があるのは何故だろう……。
「お前さん……女だったのか」
この格好だとさすがに女に見えるのか、フェルドからそんな微妙な感想を貰ったが、そんなどうでもよさそうな感想に、何故か少しだけモヤモヤした気分になる。
エルフのミラは感心しているようだけど、それはゲルフの装備を褒めているような感じがする。エルもボケッとしているし、ミハイルも何か言いたそうな目で私を見ていたが、結局何も言わなかったので、私の格好が冒険者としてまともなモノか判別することは出来なかった。
空気が微妙になったし、そのまま退散しよう。この装備と預けた装備のことは修理が終わったときにでもゲルフに聞けばいい。
このままだとまた流れで冒険者ギルドまでついてきそうだから、最初に外に出て、近くにいた騎士らしき人に彼らはまだ中にいると背後を指さしてから、そのまま人の流れに溶け込むようにして姿を消した。
本来ならここから冒険者ギルドに寄って、ターゲットである『暁の傭兵』の情報を調べようかと思っていたけど、フェルドたちがギルドに寄る可能性もあるので昼間には行けなくなった。
それでも情報が手に入らないわけじゃない。王都にある大聖堂の近くにある裏道で、暇を潰すように塀の上に座り適度に隠密を使って一般人の目を誤魔化していると、二時間ほどして少し離れた闇から声が聞こえてきた。
『“灰かぶり”。聞きたいことがある』
「…………」
たぶん、暗殺者ギルドの連絡員だと思うけど、『情報がある』ではなく、『聞きたいことがある』とはどういうことだろうか?
私は腰掛けていた塀の上から飛び降りて、声が聞こえた方角とは反対のほうへ歩き出した。
『……おい』
先ほどの声がまた違う闇の中から私を呼び止めるが、私は足を止めるつもりはない。
「姿を見せない奴と“会話をする”趣味はない」
『…………』
そう呟いた私の言葉に連絡員は黙り込み、その数秒後、前方にある薄暗い路地から、真っ黒な長い髪の猫獣人の女性が現れた。
「聞きたいことがある、“灰かぶり”。お前は、ガイに何をした?」
「…………」
こいつが、『影使いラーダ』か……まさか、コイツが来るとは思わなかった。
ゲルフ姐さんにはアリアの装備を作っていただきますで、これからも出てきます。
次回、現れたラーダの話とは。
ちなみに現状とは違いますが、乙女ゲーム時の各対象者の様子はこんな感じです。
王太子エルヴィン
穏やかな性格で高位貴族令嬢の婚約者とは少し溝のようなものを感じていたが、同じように穏やかな性格の主人公と出会い、試練を乗り越えて成長していくことで、いつしか主人公に恋をするようになる。(好感度80)
ミハイル
最初はメルローズの血縁でありながら力のない彼女に苛立ちを感じていたが、彼女が明るい笑顔の裏で努力していることを知り、妹のように思うようになって(好感度50)、その想いが恋に変わっていく(好感度90)。