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49 初心者狩り 後編

後編です。



 彼ら『刃の牙』の三人は冒険者ギルドで有名になってきた。もちろん悪い方面でだ。

 彼らと関わった若い冒険者が何人もダンジョンで行方不明となった。

 常に死と隣り合わせであるダンジョンでは、初心者は不注意で命を落とすこともあり大きな問題にはならなかったが、若い男女の冒険者の片割れが、『刃の牙』にダンジョンで襲われたとギルドに訴えたことで状況が変わってきた。

 それでも魔物に処理されるダンジョンでは遺体は残らず、証拠もないので彼らは罪に問われることはなかったが、その代わり冒険者ギルドに睨まれることになった。


「あの男を逃がしたのはまずかったな……」

「今までが上手く行きすぎていたんだよ。女を売ろうと考えずに殺して金銭だけを奪えば良かったんだ」

「結局、その女も死んじまったしな。そろそろこの場所も潮時か? 目立つと盗賊ギルドにも睨まれるぜ?」


 三人は冒険者でありながらも盗賊ギルドに所属する『盗賊』だった。

 偽っているわけではなくどちらも本職だが、盗賊系スキルに乏しい下級盗賊である彼らは、盗みをするのではなく、ダンジョンで初心者狩りをすることで、金を得ることを思いついた。

 盗賊が一般人の殺しをしないのは、事件が大きくなるのを防ぐためだ。場所が“ダンジョン”で相手が“冒険者”ならグレーゾーンだが、今回犯行が疑われたことで、盗賊ギルドからも睨まれはじめている。


「何処かに場所を移すのはいいが、軌道に乗るまで金が足りるか?」

「お前は金を使いすぎなんだよ。ギルドへの上納金は払ってるか?」

「どっちにしろ、もう少し稼がないと」


 場所を変えて一から“仕事”を始めるには、そこのギルド支部にも上納金を納める必要があり、下級盗賊である彼らには痛い出費だった。

 必要な金を稼ぐために、あと二~三回はこの“仕事”をすると決め、次の獲物を物色していた冒険者ギルドで、彼らは一人の少女を見かけた。


 若い冒険者に絡まれていた魔術師らしき少女は、彼らからするとまだ幼いが、若い少年たちがその気になる気持ちが分かるほど“雰囲気のある”少女だった。

 おそらくは良い家の生まれなのだろう。安い防具を身につけていても、その所作から血統の良さが滲み出ているように感じられた。

 金も持っていそうで見た目も良い。貴族に売れば良い値がつきそうな理想的な獲物であり、見た目どおりの世間知らずなのか、少年たちから助けてやると自分たちの口車に乗って、数日の同行を承諾した。


 少女の名はアリア。冒険者ギルドのタグを見せてもらい、彼女が初心者であるランク1の冒険者であることを確認した。

 評判の悪い彼らが“初心者”に声をかけたことで、それを見ていた冒険者ギルドの職員に呼び止められそうになったが、試しにダンジョンに潜ろうと誘うことで、何とか上手くアリアを連れ出すことに成功した。


 アリアはランク1の光魔術師らしい。見た目が良く、礼儀作法の教育もされていて、しかも回復魔術が使えるのなら、かなりの高値で売れるはずだ。

 冒険者ギルドの職員を撒くように連れ出したので、もうここで“仕事”は出来ないかもしれないが、この少女一人で数回分の稼ぎにはなるだろう。

 そう思わせる“雰囲気”がアリアにはあった。

 ダンジョンへ向かう馬車の中でもあまり話さず、儚げな雰囲気で外を眺めるアリアは手の届かない一輪の花を思わせた。

 綺麗だが絶世の美人ではない。性格は悪くないが愛嬌があるわけじゃない。

 だが、アリアのその身に纏う雰囲気は、まだ子供だと分かっていても何故か目を離すことができず、思わず自分だけのモノにしたくなる、惹かれるような不思議な魅力を持つ“女”だった。


 “魔性”……そんな言葉が頭に浮かぶ。

 この若さでそう思わせるなら、大人になればどれだけの人間を惑わせ、婚約者や地位さえかなぐり捨ててまで彼女を求める者が出るのだろうかと、一瞬寒気さえ感じた。

 キラキラと輝く桃色の髪が風に流れる様を、見惚れるように三人が無言で見つめていると、不意に振り返ったアリアの瞳に彼らの心臓が跳ね上がる。

「もう少しかかりますか?」

「あ、ああ、もう少しさ」


 目的地である中規模ダンジョンが見えてくる。このダンジョンは発生から三百年ほどとされ、まだ三十階層しか構築されていない比較的初心者向けのダンジョンだ。

 元は天然の洞窟だったそうだが、ダンジョン化したことで通路は広く平らになり、岩肌が仄かに光ることで、人が入りやすく魔物が住み着きやすい構造になっていた。

 出てくる魔物はイモムシなどの虫系が多く、魔石を取る以外の旨味はあまりないが、その分、未探索な部分があり、人の来ない死角が多く存在した。


「アリア、こっちだよ」

「こっちにいい狩り場があるんだ」

「他の連中には内緒にしてくれよなっ」


 少女を罠に嵌めるべく、人の多いダンジョンの一階層を抜けて、二階層の奥へと彼女を(いざな)う。

 三人は冒険者でもあるが戦闘力はそれほど高くない。三人ともランク2で、戦闘力は120程度しかない彼らが冒険者を襲うときは、最初に毒を使うのが常套手段だった。

 休憩時、食事や飲み物に混ぜて微弱な睡眠薬を飲ませていく。

 多くは混ぜない。あまり急激に睡眠薬を飲ませると、そのまま死んでしまう場合があるからだ。

 だが、一度昼の食事に混ぜて、休憩時の茶にも混ぜたが、アリアの様子は最初から何も変わることがなかった。


(慎重になりすぎたか?)

 短髪の男が警戒する様子もなく後をついてくるアリアに目を向ける。

 毒を盛る担当は赤毛の男だ。女好きな奴だが、子供のような少女に興味を持つような奴でもなかったはずだ。それが何度も気を引くようにアリアに話しかけるのを見て、短髪の男を苛つかせた。

 まさか“本気”になっているのか? そんな考えが頭を過ぎり、坊主頭に目を向けるとその男も赤毛を見て、面白くなさそうに口元を歪めていた。

(まさかコイツも……?)

 短髪の男は戦慄した。もしや二人とも少女の“魔性”に魅入られ、彼女を自分だけの物にしようとしているのではないかと考えた。

 そんなことは許されない。こんな奴らに彼女を好きにさせるくらいなら、自分が手に入れてもいいはずだ。


 アリアを見ているとその眩しさに目が霞む。見ているだけで胸が苦しくなる。霞みはじめた思考でジッとアリアだけを見つめていると、同じように見つめていた赤毛の男が突然昏倒するように倒れ込んだ。

「おいっ、どうし…」

「う……あ」

 それに駆け寄ろうとした二人もまともに喋れないことに気付き、赤毛の男と同様に倒れ込む。


 何が起きたのか? 不思議なことにここに来るまでほとんど魔物に遭遇することはなかったが、知らないうちにダンジョンの罠でも踏んでいたのだろうか。

 霞んだ思考の中で短髪の男はアリアの存在を思い出す。これが毒でも光魔術師であるアリアなら何とかできるかもしれない。

 そんなわずかな希望に縋るように顔を上げた短髪の目に、冷たい瞳で彼らを見下ろしながら、そっと鋭利な黒い刃を抜くアリアの姿が映った。

(……そうか)

 その凍るような瞳に、男は唐突に理解する。

 彼女は蟷螂に狩られるだけの可憐な蝶ではなく、その蟷螂を糸に搦めて喰らう美しい毒蜘蛛だったのだと。


   ***


 毒で動けなくなった三人の咽をナイフで切り裂いてトドメを刺す。依頼達成の証拠として三人のタグを依頼主に渡せばいいだろう。

 意外と簡単に片付いたが、この三人がやけに私に油断してくれたのが原因だと思う。……意外と子供に甘かったのかな?

 この三人は自分から他の冒険者が来ない場所まで連れてきてくれたので、死体の処理は魔物に任せればいい。

 さて――


 ヒュンッ!!

 背後から投げつけられた刃を地を這うように身を屈めて躱すと、ダンジョンの壁に三日月型の刃が突き刺さる。

 仕事を終えて敵を始末したその瞬間の“隙”を狙えば、大抵の相手なら容易く倒せるはずだ。それをあっさりと躱した私は、その見覚えのある刃を確認して立ち上がると、ナイフを抜いて通路の奥に目を向けた。

「そろそろ出てきたら?」


 暗がりにそう声をかけると、微かに空気が揺れて一人の男が闇から滲み出る。

「……おっかしいなぁ。結構隠密に自信はあったんだけど、いつから気づいてた?」


 現れたのは暗殺者ギルドで色々と教えてくれたクルス人、ガイだった。


「昨夜の教会から」

「初めっからかよっ! うわあ、自信無くすなぁ」

「ちゃんと隠れてたよ」

 それでもヴィーロほどじゃない。逆に技量があるせいで私の目には、ちゃんと人の形に見えていた。

「それで今の攻撃をどうやって躱した? そこまでヘボじゃないつもりなんだが」

「それよりも、どういうつもり?」

 背後から投げつけられたのはガイが持っていた半月刀で、躱すことは出来たが下手をすれば死んでいた。

「まさか、“挨拶代わり”…なんて言わないよね?」

「まさか」

 ニヤリと笑ったガイが腰から三日月のような片手剣を抜き、手の上でクルリと弄ぶ。

「キーラからの依頼だ。お前を痛い目に遭わせろってよ。あいつはディーノに睨まれて動けないから俺が代わりってわけだ」


 さすがに師匠の“人質”である私を殺そうとまでは考えていないか。いや、キーラなら殺そうとしたかもしれないが、だからディーノが睨みを利かせているのだろう。


「なんだ、灰かぶり。驚かねぇんだな? 結構人の良いお兄さんを演じていただろ?」

「ガイこそ驚かないのね? 私の性別に気づいてたの?」

「おう。お前さん、まともな格好をすれば随分と“化ける”んだな。一般人は分からねえだろうが、ガキでもお前くらいまで身体が成長すると、分かる奴には分かるんだよ。男と女じゃ腰の位置が違うんだ」

「へぇ……」

 それは知らなかった。参考にさせてもらおう。


「お前さんも、キーラに目を付けられたのが不運だったな。顔にでっかい傷でもつければあいつも満足するだろ。大人しく痛い目に遭ってくれや。これからは、あんまり粋がるなよ。長生きしてぇだろ?」

 ガイが半月刀を構えてジワリと殺気を滲ませる。こいつは魔力は低いが単純にステータスが高く、まともにやり合うと厄介な相手だ。

「それはどうでもいいけど……私が驚かない理由と、さっきの奇襲を躱せた理由を話してないよね」

「ん?」

 いつでも襲いかかれる体勢をとりながら、ガイが私の言葉に少しだけ動きを止めた。

「それはね……」

 私は数分前からずっとかけていた魔法を強化する。


「あの女なら、絶対に何か仕掛けてくると“信じて”いたから」


「はぁ? ……あ? あ、」

 ガイが不思議そうな顔をしながら膝をつき、混乱したように声をあげた。

「な、なんだ? まさか、毒か!?」

 突然動かなくなった身体にガイが困惑した瞳で私を睨む。

「いつの間に? そんなことをする暇はなかったはずだっ!」

「毒ならずっと使っていた」


 毒は液体で使うとは限らない。強い毒は匂いも味もキツいので、この区画に入ったときから少しずつ【流風(ウィンド)】で気化して嗅覚を騙していた。気化させると効果は弱まるが、時間をかければ問題はない。


「何で動けない……くそっ…」

「師匠が作った毒蜘蛛の神経毒だよ。毒耐性があっても結構効くでしょ?」

「そんなモノを使ったらお前も…」

「私は毒の内容を知っている」


 ガイには見えないと思うけど、ずっと発動していた【解毒(トリート)】を使っている手を振ってみせる。

 どんな強力な毒でも毒の種類が分かれば【解毒(トリート)】で消せる。本来毒を消すのにも時間がかかる魔術だけど、少量ずつなら対処は可能だ。おかげでずっと無言だったけど、あの三人は油断していたので気づくことはなかった。


「…は…はは……馬鹿な…自分に毒を使うとか、頭おかしいんじゃねぇか?」

「知ってる」

「おいおい、マジかよ……。お前がちょっと痛い目に遭うだけで、全て丸く収まるんだぜ? 下手なことしてギルドにバレたら、セレジュラがどうなるか分かってんのか?」


 私が師匠の“人質”であるように、逃げることのできない師匠も私を縛る“枷”になっている。

 だから師匠や私は暗殺者ギルドと敵対できないと、ディーノやガイは思っている。


「ガイは暗殺者のくせに……甘いね」

「なに……」

 私が陶器の瓶を投げつけると、ガイの近くで割れて、その中身がわずかに彼にも付着する。

「な、なんだ、この匂い……」

「そろそろ毒も“虫除け”も拡散する頃だから、頑張って耐えてね」

 私は膝をついたままのガイから離れて、隠密を使いながらダンジョンの壁に背を預けて腕を組み、その時を待つ。

 その数秒後、毒の拡散を待ちきれなかった気の早い魔物が迫る足音が聞こえ、その意味を理解したガイの顔色が青くなる。

 こんな前衛系の暗殺者とはまともに戦わない。

 私はこのダンジョンを調べて虫系だと知り、この街の薬屋で魔物の素材を買い、三人を暗殺するために虫除けと虫系の魔物が好むフェロモン系の“虫よせ”を製作した。


「お前はここで死ね」


「灰かぶりっ! 貴様、何のつもりだっ! こんな真似をして暗殺者ギルドと敵対するつもりかっ!」

 隠密を使っても匂いでその存在がバレたガイは、毒で麻痺しながらも襲ってきたイモムシを片手剣で斬り捨てた。

 ガイほどの力があれば数匹のイモムシなど問題ではないだろうが、それが数十匹ならどうなるか? 動くほどに毒は身体に回り、イモムシも匂いに釣られて次々と押し寄せてくる。

「灰かぶりぃいいいいいっ!!!!」


 イモムシの群に飲み込まれ、ガイの姿が見えなくなる。

 ガリゴリと骨と肉を砕く音の中、その意識と存在が残っているかも分からないガイに向けて、私は彼の最後の問いに答えた。


「私の“獲物”は、お前たちだ」




アリアは暗殺者ギルドと敵対する道を選びました。

内部から暗殺者ギルドを暗殺します。

アリアの「ヒロインの魔性」はスキルや加護ではなく、人心をまとめていた旧メルローズ王家の『血』が強く表れた結果です。効かない人には効きません。


次回は、日曜更新予定です。


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