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48 初心者狩り 前編

また長くなったので、前後編になっちゃいました。




「いらっしゃい」

 カラン…と扉に付けた鐘が鳴り、入ってきた客の風体に、壮年の店主は微かに眉を顰めた。

 ここは錬金術師が営む街の薬屋だ。薬屋と言っても人の怪我や病気を治す薬ばかりを売っているのではなく、ネズミ駆除の毒や畑に撒く農薬、一般の錬金術師のために錬金素材なども売っている。

 その客は全身を覆うような濃い灰色の外套を纏い、フードで顔を隠していた。

 偶にヤバい薬や素材などを買いに来る客もいて、店主はこの客もその手の輩だと考えた。怪しい客でも客を選り好みはしない。特に顔を隠してやってくるような客は、貴族の使用人である場合もあるので、下手に断ると後が怖い。


「魔物の素材は売っている?」

「そりゃあるが……錬金材料以外は売ってないぞ? 珍しいモノが欲しいのなら冒険者ギルドか商業ギルドに言ってくれ」

 声からすると若い女か子供かもしれないその客は、店主の言葉に首を振り、この街では珍しくない素材と、この店でも売れるのが珍しい素材を注文した。

「あんた、錬金術師かい? 随分と珍しい組み合わせだが、何に使うか教えてくれないか?」

 注文された品を店の奥から出し、同じ錬金術師として興味をかられて店主が尋ねてみると、金を払った客が店を出るときに少しだけ振り返り口を開いた。

「ただの“害虫駆除”だよ」


   ***


 約十日間かけてセントレア伯爵領に到着した。

 “知識”によればここは王都から隣国ゴードル公国へ続く主街道が通る街で、ダンドールほどではないがかなり大きな街らしい。

 海沿いにある街のせいか仄かに奇妙な匂いがするけど、これが“知識”にある潮の匂いという奴なのだろうか?

 ここに来るまでの修行で、途中の街どころかまともな道すらも碌に通らなかったせいか、これまで着ていた旅服がほとんど襤褸(ぼろ)同然になっていた。

 街の中へは、またいつものようにスラム側から入るが、通りにも出るので新しい服に着替えて【浄化(クリーン)】もかけておく。


 外套のフードで顔を隠しながら軽く街を見て回り、途中で購入した素材を使い、暗くなるまでスラムの廃墟で薬を作りながら時間を潰した。

 途中で得た情報によれば、この街にあるダンジョンは虫系のダンジョンらしい。それならば、今作っているこの薬が“使える”はずだ。

 陽が落ちたのを確認して、昼間に目星を付けていた大通りへと向かう。夜の街を見て回り、深夜零時を示す“一の鐘”が鳴る前に、目的の場所に辿り着いた。


 街にある一番大きな教会。そこの一日中開けられている誰もいない懺悔室に入り、私はじっとその時を待つ。

 ゴォオオン………

 時計塔が一の鐘を鳴らし、同時に魔術の鍵が開く微かな音を確認した私は、開かないはずのベンチの座面を開き、中に収められた書類の束を回収すると、座面を戻してそのまま教会の外に出た。

 大通りではこの時間でも酒場などに人がいるが、教会のあるこの辺りまでなると人の姿はなく、私は誰もいない“はず”の通りを見つめて微かに声を漏らした。

「ふぅ~ん……」


 この書類には、この地に居る連絡員が調べたターゲットの情報が記されている。

 最終の日付は二日前で、その程度ならほぼ最新情報と言っていい。

 ターゲットである初心者狩りの盗賊たち、『刃の牙』は、この街から半日ほど離れた場所にあるダンジョンを狩り場としていて、二日前の昼にこちらの冒険者ギルドに顔を出したそうだ。

 彼らの行動は、移動を含めてダンジョンに四日潜り三日休む一週間単位で“仕事”をしており、その休みの間に次の獲物を見つける。

 獲物の条件としては二人以下の十代の若者で、身なりが良い者は金と装備を奪い、見た目が良い者は誘拐してギルド経由で売りさばいているらしい。

 ただし、該当の獲物が見つからなくても、適当な人間を無理に狩ることはなく、その場合は普通に冒険者として活動することで、盗賊とは気づかせないようにしているそうだ。

 冒険者ギルドでの評判はすこぶる悪いが、証拠がないので罰せられることはない。むしろ、荒くれ者の冒険者からは初心者の自業自得のせいで疑われ、同情されることもあると書いてあった。

 冒険者ギルドでの評判が悪いことから、拠点を変える可能性があり、早急な対処が望まれる……か。なるほどね。


   *


 翌朝、私は“準備”をするために、開店したばかりの服装店と防具専門店を巡って、必要な装備を調えた。

 できるだけ安く済ませたつもりだったが、“知識”では知っていても実際の買い物は勝手が違い、前金の金貨一枚をほとんど使ってしまった。

 まぁ、予算の半分はこの“魔術師用の杖”なので、これだけは無くさずに後で売ろうと心に刻み込む。他の物は古着と中古なので、どうせ売っても買い叩かれるだろうから汚しても気にしない。


 冒険者の大半は朝に依頼があるか確認して、それから“冒険”に出掛ける。

 だが、依頼を受けられるのは“信用”のある冒険者だけで、大半の冒険者は魔物から魔石を得るためにダンジョンへ向かうが、それでも基本は変わらないはずだ。

 準備を整えて冒険者ギルドに向かうと、その途中で以前にも感じた種類の視線を向けられた。

 それは冒険者ギルドに入ってからも変わらない。ただ、ヴィーロと一緒に以前入ったときは、彼がいなければ絡まれそうな雰囲気だったが、今回私に向けられる視線は以前とは“種類”が違っていた。


 ジロジロと見られるが絡まれることはなかった。予想ではある程度絡まれると考えていたが、もう少し雑な格好をするべきだったか……

 だけど、ここまで注目されたら、もう他の格好はできないと腹をくくると、時間が過ぎてギルドの職員が不審に思い始めた頃にようやく声をかけられた。


「ねぇ、君っ、もしかして一人?」


 そんな軽薄そうな声に、見上げていた掲示板から振り返ると、声をかけてきたのは成人したてのような十代半ばの少年たちだった。

 若い冒険者が何度か声をかけようとして躊躇する姿を見ていたが、彼らの顔を見て私は心の中で溜息を漏らす。

 ……外れか。


「……申し訳ございません。遠慮いたします」

 メイド修行で叩き込まれた所作で緩やかに頭を下げると、少年たちだけでなく周囲から微かに息を飲む雰囲気が伝わってきた。


 今回の私は“女装”をしている。元々性別は女だから女装という表現はおかしいのかもしれないけど、今回の私は特別に女性らしい格好にしていた。

 灰の幻術を解除して、伸びていた髪を解いて垂らすと、動くたびに桃色の髪がさらりと流れる。

 銀貨一枚もした深緑色のワンピースを着込んだ私は、大人しくしていれば小柄な12歳程度には見えるそうで、そう太鼓判を押してくれた服装店のお姉さんが妙に張り切って髪型を整え、薄い化粧までしてくれたので、普段の私とはかなり雰囲気が違っていた。


 その上から柔革(ソフトレザー)の防具を着けて杖を持った私なら、『初心者の魔術師』に見えるだろうと考えた。

 メイドで習った所作を使っているのは、世間知らずのお嬢様を装うためだったが、回りの反応からすると少々丁寧すぎただろうか……?

 失敗したかと思って少年たちの顔を見ると、気分を害したのか、顔を赤くしてさらに詰め寄ってきた。


「お、俺たち、村から出てきたばかりで仲間を集めてるんだっ」

「君、魔術師でしょっ、俺たち前衛だから、いいパーティーになると思うんだ」

「どう声をかけようか、ずっと迷ってて……」


「…………」

 そんな彼らの様子は、森で水浴び中に襲ってきたあの少年たちを思い出させた。

 また……潰すか。そんなことを考えて一瞬目を細めると、そんな彼らの後ろからまた違う声がかかる。


「おい、坊主どもっ、お嬢さんが困ってるだろうがっ」


 そう言って少年たちを諫めたのは、二十代半ばほどの三人の冒険者だった。

 彼らの一人が私と少年たちの間に割り込み、他の二人が少年たちの肩を掴んで私から遠ざけた。

 見るからに自分たちより強そうな冒険者たちに、最初に声をかけてきた少年が気圧されながらも、それでも食い下がる。

「お、俺たちは、ちゃんと冒険を、」

「ほら、女の子に変なちょっかいかけないで、外で兎でも狩ってこいっ」

 冒険者の一人がそんな少年たちを睨んで追っ払うと、彼らはブツブツ言いながらも大人しく冒険者ギルドから出て行った。

 それを見届けると、最初に声をかけてきた短髪の男が安心させるような笑みを浮かべて、私を気遣うような言葉をかけてくる。


「お嬢さん、大丈夫だった? 君みたいな子が一人じゃ危ないよ」

「でも、もう追っ払ったから大丈夫だ」

「冒険者はあんな奴ばかりじゃないんだ。あいつらもまだ若いから許してやってよ」


 残り二人の男たちも、やたらと愛想の良い笑顔を浮かべて、耳心地の良い言葉を使いながらも、一人でいるのがいけないような心理誘導をかけてきた。


 片手剣と盾を持った短髪の男。

 手斧に弓を持った赤毛の男。

 2本の短剣を持った坊主頭の男。

 その風体は、聞いていた“情報”と一致する。

 ……今度は“当たり”だ。


「……ありがとうございました」

 私が静かに頭を下げて、得意ではない業務用の“笑顔”を作ると、そんな私の態度を彼らは好意的に解釈してくれた。

「緊張してる? 大丈夫、もう怖くないからね」

「でも、あいつら、このお嬢さんにご執心のようだったけど大丈夫か?」

「外で待ち伏せしてるかもなぁ」

 一人が安心させるような声を出しながらも、他の二人が世間話のように不安を煽ってくる。

「そうですか……」

 それなら本当に面倒だとわずかに眉を顰めると、最初の男が爽やかそうな笑顔を浮かべて、用意されていた台詞のように一つの提案をしてきた。

「もし良かったら、俺たちと二~三日一緒に行動する? 安全が確認できるまででもいいから」

「ああ、それはいいな」

「それなら俺たちも安心できるな」

 私に都合の良いことばかりを言ってにこやかに笑う三人に、私は少し考える素振りをしてから、小さく頷いた。

「……よろしければお願いできますか?」


 ……釣れた。




次回、後編。 明日更新予定です。

ダンジョンに入ります。


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