思った通りディーノは監視を置いていた。

　師匠は暗殺者ギルドと敵対できない。戦い続けることができないのもあるけど、闇エルフである師匠は、この人族の国で安全な場所を手に入れるだけでも、かなりの時間がかかったはずだ。逃げ出すことはできるかもしれないが、そのためにはまた裏社会に頼らないといけなくなる。

　だけど私は違う。人族である私は、どこにでも逃げることができるし、集落に溶け込んで隠れることもできる。

　だからこそディーノはこの場所を監視させた。私を逃がさずに仕事をさせるためではなく、師匠に対する人質として逃がさないために。

　ディーノは元から、子供である私のことなど当てにしてないのだろう。

　だから私が師匠の代わりをすることをディーノが認めたのは、人質である私を暗殺者ギルドに縛り付けておくためだと思った。

　あの時のディーノは物分かりがよすぎた。私だって、いくら魔術師の弟子でも、子供が暗殺をするなど信用はしない。だからあっさり帰ったディーノは必ず監視の目を残していると考えたが、思った通り監視員は存在していた。

　監視専門だったらしく見つけるのに苦労したが、必ずいると分かっていれば、魔素を色で視る私なら探すことはできるのだ。

　念の為に幻術で虚像を作って油断させながら隠密で近づき、ペンデュラムの一撃で始末した。戦闘員ではないと予想はしていたけど、一撃で殺せたのは運がよかった。

　外した死体の装備は土に埋め、血が抜けて軽くなった死体を遠くに運んで捨てておいた。放っておけば狼あたりが処理をしてくれるので、これが一番確実だ。

　五ヶ月間過ごしたこの森から出るときがきた。

　この五ヶ月で季節は初夏から秋の終わりとなり、八歳になった私はまた身長が少し伸びて、一般的な11歳くらいにまで成長した。

　厚みも体重も足りていないけど、速度だけは大人に近づいている。身体だけでなく髪もかなり伸びていたが、師匠が切り揃えてくれる以外で短くすることはなく、長くなった髪は編み込んで、邪魔にならないよう首に捲く。

「またね。師匠」

　次はいつ戻れるか分からない。師匠との別れはもう済ませてある。

　それでも最後に一言だけ呟くと、私はそのまま荷物を担いで以前作った簡易拠点の方角へ走り出した。

　人里のあるほうへは向かわない。五ヶ月も経っているのでグレイブの組織の監視も緩んでいるとは思うが、まだ油断はしないほうがいい。

　でも私には、この貴族領を離れる前に一つだけやることが残っていた。

　もうすぐ冬になるが、南にあるクレイデール王国では、雪が降るほどの寒さにはならない。火を焚かない野営は少し厳しい季節になったが、身体強化が使えるなら身体が不調になることもなかった。

　隠密と暗視と探知を駆使して二日ほど森を駆け抜けると、すでに懐かしく感じる森の簡易拠点に到着した。

　半分以上枯れ葉に埋もれかけていたが一から作り直すよりマシだ。枯れ葉を木の枝で払い、朽ちた棒を取り替え除虫草を焚いておく。

　その間に川辺に向かい粘土を採取すると、拠点に戻ってある物を作りはじめた。

　　　＊＊＊

　私はショールで顔を隠して夜の街を歩く。

　街の外で行商人などに噂を確認して、ちゃんと間に合ったことを確認した。

　季節が本格的に乾燥する前に間に合ってよかった。半年は猶予があると師匠とも推測していたけど、外れることもあり得たのだ。

　そいつは傷を癒すために動けなかったはず。存在をギリギリまで削られ、激しい飢えに苛まれながらも、そいつは生きるために仮死状態で足掻いていたはずだ。

　だが空気が乾燥しはじめ、それも限界になっているだろう。

　私は前回の経験からそいつがいるであろう場所に目星を付けていた。あいつは必ずこの近くにいる。力を取り戻すためにまた襲ってくる。

　闇夜に紛れながら私がセイレス家近くの水路に【流水(ウォータ)】を使って水を流すと、その気配が感じられ、急速に近づいてくるのが分かった。

「決着をつけにきたよ。水精霊」

【水の下級精霊】

【魔力値：135/503】

【総合戦闘力：148/553】

【※状態：狂気・衰弱】

『――――――！！！』

　やっぱり生きていた。グレイブの戦技に斬られて滅んだかと思われたが、精霊はそんな簡単に滅んだりしない。……本当にグレイブは余計なことをしてくれた。

　ぶよぶよと膨らんだ野良犬の水死体に取り憑いていた水精霊は、もう魔法を使う余力もないのか、犬の水死体を操って私に襲いかかってきた。

『――――！！』

「【硬化(ハード)】」

　体術を使ってその攻撃を躱し、私は【硬化(ハード)】をかけた弾を小さなスリングで飛ばす。

『――――！？』

　今回使っているのは粘土で作った２センチほどの“玉”だ。前回の戦いで、水精霊の魔力だけを削ればいいと分かったので、武器に拘ることは止めた。

　私は水精霊の攻撃を回避しつつ、的確に弾を当てて水精霊の存在を削っていく。

　動きが遅い。弱っている……やはり、あの時に私の手でケリを付けたかった。

　でも、水精霊を放置してあの姉弟を危険に曝すわけにはいかない。それに私は自分の手でお前を倒す理由もあった。

　武器には拘らないと言ったが、それでも一本だけ粘土を焼いて小さなナイフを作っていた。

　戦闘スキルは命を懸けた実戦で大きく成長する。この五ヶ月間鍛錬を続けても、ジャイアントスパイダーを倒しても上がらなかったけど……

「水精霊(おまえ)の命を私の“糧”にさせてもらう」

　スリングを仕舞い、粘土のナイフを右手で構えて水精霊を真正面から迎え撃つ。

　その“技”は何度も目にした。

　ヴィーロがそれを使って山賊を倒すところを見た。

　女盗賊が使って、その攻撃を直に受けた。

　瞳に焼き付いたその技を魂に焼き付けるように魔力を込め、真正面から迫りくる水精霊に臆することなく、必ず使えると信じて発動する。

「――【二段突き(ダブルエッジ)】――」

　短剣術レベル２の戦技【二段突き(ダブルエッジ)】が発動し、水死体の牙を砕いてその眉間を貫いた。

『――――――――！！！！』

　戦技の魔力が水精霊の護りを砕き、土属性の【硬化(ハード)】魔力がその核を貫いて、声のない断末魔を叫ぶ野良犬の水死体から大量の水が溢れて、その魔力が拡散していった。

【アリア（アーリシア）】【種族：人族♀】【ランク２】

【魔力値：112/165】5Up【体力値：97/120】15Up

【筋力：6（7.2）】1Up【耐久：6（7.2）】【敏捷：8（9.6）】1Up【器用：7】

【短剣術Lv.2】1Up【体術Lv.2】【投擲Lv.2】【操糸Lv.1】

【光魔法Lv.2】【闇魔法Lv.2】【無属性魔法Lv.2】

【生活魔法×6】【魔力制御Lv.2】【威圧Lv.2】

【隠密Lv.2】【暗視Lv.2】【探知Lv.2】【毒耐性Lv.1】

【簡易鑑定】

【総合戦闘力：148（身体強化中：166）】20Up

　水精霊に勝利し、私は【短剣術】スキルレベル２を手に入れた。

　これからの戦いに２レベルの短剣術は必須であり、身体の成長を待たずに会得する必要があったが、並の相手では上がらない。

　だからこそ私は、精霊という特殊な存在を『斬る』ことと、必死の覚悟で戦技を放つことで、無理矢理短剣術をレベル２に上げたのだ。

　本当なら１０歳以下で近接戦スキルレベル２を得られることはまずないけど、ようやく手に入れることができた。

　だけど、いつまでも余韻に浸ってはいられない。少し離れているとはいえ、魔力や戦技を使ったことでセイレス家の方から人の声が聞こえてきた。

　私は即座に隠密を使い、暗い夜の闇に身を隠す。

　少しだけ視線を向けたその先に、セイレス家の屋敷二階にあるテラスから、あの姉弟が不安そうに顔を出していた。

　大丈夫だとは思っていても無事を確認できてよかった。

　もう憂いはないと、この場所から離れる寸前にもう一度だけ振り返ると、弟のほうのロディの口が『アリア』と言ったように見えた。

　　　＊＊＊

　夜のうちにセイレス男爵の街から離れて目的地へ向かう。

　街道は通らない。明るい時間はできるだけ避けて夜に移動する。ダンドールから来た道を逆に辿り、十日間ほどでヘーデル伯爵領に到着した。

　ヘーデル伯爵領には二つの大きな街があり、その一つはヘーデル伯爵が住む商業の盛んな街で、もう一つは産業の盛んな多くの職人が住んでいる街だ。

　冒険者ギルドや商業ギルドのような重要施設は伯爵の住む街にあるが、私が用があるのは職人たちが住むもう一つの街のほうだ。

　この街の特徴としては、職人たちが住む住宅地がある南側と、工業地区がある北側に綺麗に二分されていた。朝と晩には職人たちの大移動があり大変賑やからしいが、昼間は意外なほど穏やかな空気に満たされていた。

　それというのも、住宅地区と工業地区の境目には、この北辺境区でも最大規模の礼拝堂があり、低い建物ばかりが立ち並ぶこの街でその礼拝堂だけが高くそびえ立ち、ある種の異彩を放っていた。

　その礼拝堂こそが私の目的地であり、『暗殺者ギルド』の北辺境地区支部の本拠地とも言える場所だった。

　外から見た限りでは、本当に暗殺者ギルドと関わりがあるのかと疑いそうになるが、ディーノから渡されたメモや師匠から聞かされていた内容と一致する。

　師匠からは直接場所を聞いていたが、ディーノのメモには直接の場所ではなく、案内人との連絡方法が記してあった。

　ショールで顔を隠しても、街中では隠密はあまり使わない。どこにどの組織の人間がいるのか分からない状況で隠密を使うのは、自分の正体をバラしながら歩いているようなものだ。

　一日かけて街を見て回り、翌日に食料品や生活雑貨を売っている地域に足を運ぶと、その裏路地にいる一人の物乞いに銀貨を１枚放り投げた。

「“案内”を頼む」

「……“どこ”まで？」

　かなりの速度で投げた銀貨を片手で受け止めた物乞いは、薄汚れた片眉をわずかに上げて、その言葉を返してきた。

「“墓場”まで」

「……ついてこい」

　物乞いが音もなく立ち上がり先を歩き、私は数歩離れてそれに続く。

　この物乞いは暗殺者ギルドの『案内人』だ。ただの案内人ではなくおそらくこの辺りの監視も兼ねているのか、200近い戦闘力を持っていた。

「お前のことは聞いている。本当に子供なんだな」

「……確認はしないの？」

「俺たちが、この地の領主に捕まることはない。お前が他領の諜報員だとしても、処刑台に上がるのはお前のほうだ」

「なるほどね」

　……領主もグルか。

「ここまでだ。ここからは一人で行け。八十八の六だ」

　その場所は、礼拝堂の横手にある階段から下りた巨大な地下墓地だった。

　わずかなロウソクだけが照らす暗闇の中を進み、八十八と書かれた石造りの小屋に入って六番の棺桶を開くと、さらに地下へ続く階段が現れた。

　そこから下りて、息苦しくなるような狭い通路を通っていくと、開けた空間があり、そこにいた奇妙な黒いドレスを着た若い女が、真っ赤な唇でニヤリと笑った。

「待っていたわよ。闇エルフの弟子」

水精霊と決着をつけ、短剣術がレベル２になりました。ディーノのことがなくても準備ができたら倒す予定でした。

すみません、予定したところまで辿り着きませんでした。

辿り着いた暗殺者ギルド。そこに現れた女は何者なのか？

次回、暗殺者ギルドの仕事。

次は土曜更新予定です。