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43 修行の日々

切りが悪かったので少し長めです。




 玄関から外に出ると、降っていた雨はやんでいた。

 荒縄で縛ったジャイアントスパイダーの胴体を持ち上げると、少量の野菜と様々な薬草が植えられた庭を通って処理場まで持っていく。


無愛想弟子(アリア)、それを台の上に置きな。やり方だけ教えるからお前がやるんだよ」

「了解、師匠(セレジユラ)

「まずは脚からだ」

 ジャイアントスパイダーの胴体を台の上に置き、解体用のナイフで脚の付け根から切り離す。一本目を処理して軽く頷いた師匠は、袋から出したジャイアントスパイダーの頭から目を取り出す作業を始めた。

 蜘蛛の目玉は発酵させることで強力な神経毒になるらしいが、私はまだそこまで習ってない。


 師匠は魔術師だが、本職は錬金術師だと言っていた。

 今までは見よう見まねで薬草や毒草を煎じたりしていたけど、少しずつポーション類の作り方も習っている。

 それと私は勘違いしていたが、錬金術にはスキルがないらしい。厳密には魔力で素材を精製するのだから、その技量に関するスキルレベルはあるが、それよりも錬金術に大事なのは、知識量と精密さだと言っていた。

 ちなみに同じようなカテゴリーで調理がある。材料を切ったり、素材の目利きをするスキルはあるみたいだけど、それは調理に失敗しにくくなるだけで、料理の美味しさにはあまり影響ないらしい。


「準備はいいかい?」

「うん」

 私が頷くと師匠がジャイアントスパイダーの腹を鉈で割き、体内で生成される糸の基となる粘液に用意していた薬品を投入した。

 この粘液が空気に触れることで糸になるから、素早く処理をしないといけない。

「今だよ」

 その合図で私はナイフで手の平に小さな傷を作って、その血を蜘蛛の内部に垂らす。

 私の血と薬品が反応して黄ばんだ白い糸の基が赤く変わり、それを木の棒で根気よく掻き混ぜていると、しばらくして棒の先に赤黒く染まった繊維の塊が出来上がった。

「……まぁ、上出来だ。新鮮な素材だから物も良いようだね」

 その繊維の塊を検分した師匠の言葉に、私もホッと息をつく。


 師匠には私の事情の他にも、私の戦闘スタイルのことを話している。

 魔族と呼ばれる(ダーク)エルフの師匠の見た目は三十代ほどだけど、実際は300年以上生きているらしく、その(ダーク)エルフがどうしてこの国にいるのか理由は教えてもらっていないが、師匠は魔術や錬金術だけでなく斥候系の戦闘も出来ると言っていた。

 私が使っていた、あのリングの先に菱形の刃が付いた奇妙な形のナイフも、師匠が昔使っていた物で、私は十本ほど貸してもらっていた。

 種類的にはあの女の“知識”にある『クナイ』に近いだろうか。でも握り部分はほとんどなく、リングの部分に指を通して手の平に隠したりもできる“暗器”のような使い方をするらしい。


 でも、やはり師匠の得意分野は、近接戦闘ではなく“魔術”だった。

 光と闇を4レベル。炎と風にいたっては5レベルまで取得しているらしい。しかも師匠は、当たり前のように“魔術”ではなく“魔法”も使えるそうだ。

 私は魔術が一般的で魔法は廃れてしまった古い技術だと思っていたけど、師匠に言わせると、魔術を研究する者ならいずれ魔法に辿り着くものらしい。

 おそらく魔術師数百人に一人くらいだけど、『魔法使い』は確実に存在する。

 今のうちに知ってよかった。知らなければ魔術師を相手にするとき、それが致命傷になりかねない。


 ここまで教えられたら、自分の手の内を晒せないとか言っていられない。それどころか手持ちの武器を全て開示して教えを請うべきだ。

 師匠が私の“武器”で興味を示したのは、『幻術』と『ペンデュラム』だった。特に血を混ぜた糸を魔力で操作することに興味を持った師匠は、使う『糸』を厳選するべきだと言った。


 その糸に使う素材に、魔物系の蜘蛛糸を使うことになった。蜘蛛系の最上位の素材はアラクネになるそうだが、そんな物は滅多に市場に出てこない。

 なので、今回はこの辺りに生息するジャイアントスパイダーの糸を素材にする。素材としては中の上だが、魔物糸を加工する場合は、魔物の種類よりも鮮度が重要になると教えてくれた。

 ジャイアントスパイダーの吐く糸は全て粘糸だが、体内にあるうちに薬品で加工すると粘着性のない丈夫な糸になるそうだ。

 けれど、魔物系の糸は強靱だがそれは魔物本来の魔力が残っているからで、私が魔力で操ろうとするとその素材の魔力が邪魔になるらしい。一応、その糸を私の血で染め上げればある程度の操作は可能になるが、たぶん、大鍋一杯分の血がいるだろう。

 そこで師匠が考えたのは、加工時に魔物の体液に私の血を混ぜて、私の魔力に馴染ませてしまうと言う荒技だった。

 しかも死んでから数時間以内の状態でないと難しいらしく、私は一ヶ月以上の時間をかけてジャイアントスパイダーを探し、ついに狩ってきた。


「あとはその繊維を棒で叩いてほぐしながら、自分で少しずつ糸にするんだよ。その時にも魔力を流しとけば、さらに魔力の通りはよくなるから手を抜くんじゃないよっ」

「わかった」

「糸が出来たら持ってきな。錬金術で耐火処理をしてやる」

「うん」

「さて、その前に飯だよっ。飯の準備は弟子の仕事だって決まってるから、さっさと準備しな」


 口うるさいけど私は別に嫌じゃない。それどころか、あの女や私のような得体の知れない人間を弟子にするのだから、お人好しじゃないかと思った。

 私は他人を信用しない。でも……エレーナと同じくらいは師匠も信じていいと思っている。


「――【浄化(クリーン)】――」

 私は処理場を片付けてから、“食材”の下処理を始める。

 この四ヶ月で、私もようやく、光魔術レベル2の呪文である【浄化(クリーン)】と【解毒(トリート)】を会得していた。

 魔術を研究している師匠は、やはり多くの『魔術単語』を知っていた。師匠からレベル3までの光と闇の単語を習い、課題として自分で構成することで、やっと二つの呪文を使えるようになった。


 魔術の構成は、全く知らない言語の単語と意味だけを教えられて、それで文章を作るようなものだ。新しい魔術を作るには少ない単語で短い文章を作るか、時間をかけて地道に研究するしかないが、今回は元の文章があったので何とかなった。

 だけど師匠はただ覚えるだけでは不満らしく、追加の課題として、単語の意味を理解したのなら呪文の短縮をするように命じられ、まだ一単語か二単語しか省略できないが一ヶ月かけて少しだけ短縮できている。


【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク2】

【魔力値:155/160】25Up【体力値:92/105】25Up

【筋力:5(6)】【耐久:6(7.2)】【敏捷:7(8.4)】【器用:7】

【短剣術Lv.1】【体術Lv.2】【投擲Lv.2】1Up【操糸Lv.1】

【光魔法Lv.2】1Up New【闇魔法Lv.2】【無属性魔法Lv.2】

【生活魔法×6】【魔力制御Lv.2】【威圧Lv.2】

【隠密Lv.2】1Up【暗視Lv.2】1Up【探知Lv.2】1Up【毒耐性Lv.1】

【簡易鑑定】

【総合戦闘力:128(身体強化中:144)】30Up


 【光魔術】レベル1が、【光魔法】レベル2に変わっている。でもそれは光魔術の短縮だけが影響しているのではない。

 そして【体術】はレベル2になっているのに、【短剣術】はまだレベル1のままだった。投擲ばかりに頼って近接戦が少なかったせいもあるだろうが、大きな原因は身体の成長が足りないのだろう。

 もう少しで上がりそうな感覚はあるんだけど、魔力が増えて多少は成長しても、まだその段階ではないということか。


 魔術も近接戦闘もそこら辺は色々あるが、それより今は“食材”の下処理をするほうが先だ。

「――【解毒(トリート)】――」

 【浄化(クリーン)】だけでなく【解毒(トリート)】もかけて下処理を済ますと、バカデカい鉈のような包丁を持って、私はその食材――“蜘蛛の脚”の解体をはじめた。


 外皮を割って筋肉の部分だけを抜き取り、包丁を振り下ろすようにして一口大の大きさに切ってから、ショウガやハーブの根と一緒に強火で煮込む。

 何度も水を足して煮こぼれさせ、ある程度臭みが取れたら、さらにハーブを追加して小一時間ほど茹でた後に煮汁を取り替え、甘味の強い薬草酒と乱切りにした根菜を入れて柔らかくなるまで煮込み、塩と胡椒で味を調えながら最後に少量のラードを入れれば完成する。


「……無愛想弟子(アリア)。鹿の肉もあっただろ? どうして蜘蛛を使う?」

「ん? 栄養があれば一緒でしょ?」

「……お前には一般的な感性から教えないとダメかねぇ。あの馬鹿弟子は本当に馬鹿だったけど、飯だけはまともなモノを作れたんだけどねぇ」

「ちゃんと“知識”にあった処理はしたけど、煮込みが足りなかった」

 貴重なタンパク質は無駄にできない。ゴリゴリとした筋張った肉を食い千切っていると、そんな私を見て師匠が深く溜息を吐いた。

「…………飯が終わったら、光魔法の訓練をするから、さっさと食いな」

「了解」


 私は師匠から二つの“魔法”を教わっていた。

 光魔法はレベル2相当の魔法で、闇魔法はレベル3相当になる。

 闇魔法は、私が思いついた魔術を師匠に確認して再構成してもらったものだが、さすがに私の技量と魔力量では、レベル3の闇魔法はまだまともに使えなかった。

 レベル2の光魔法は、覚えること自体は闇魔法の応用で何とかなったが、この魔法は覚えるよりも“使い方”のほうが難しい。


「行くよ。ちゃんと防いでみな。――【火矢(ファイアアロー)】っ」


 庭に出た師匠が、【火矢(ファイアアロー)】を詠唱破棄の魔法で撃ち放つ。

 火魔術1レベルの呪文だが、攻撃力の高い火魔術は受けどころが悪ければ即死もあり得る。だけどそれを避けることは許されない。私は手の平を前に向け、意識を集中させてその魔法の構成を組み立てた。


「――【魔盾(シールド)】――」


 この魔法は闇魔法の原理と同じように光の粒子を結束させ、円形板状の『光の盾』を創り出す、師匠がその師匠から習ったというオリジナル魔法だ。

 物理的な防御力は硝子板程度しかなく、大きめの石を投げられた程度で消滅してしまうが、この魔法は込める魔力に相応する攻撃魔術を防ぐことができる。

 パシッ!

 私の創りだした【魔盾(シールド)】が師匠の【火矢(ファイアアロー)】を弾くと、師匠からお叱りの言葉が飛んできた。

「込める魔力が大きすぎるよっ! 魔法の大きさを感じて加減しなっ」

 再び放たれた【火矢(ファイアアロー)】に【魔盾(シールド)】を合わせると、今度は硝子が割れるような音を立てて【魔盾(シールド)】が消滅した。

「込めた魔力で足りないと感じたら、逸らして受け流せっ」

「了解」


 この硝子が割れるような音は、実際の音ではなく私だけが聞こえるイメージ音で、これが聞こえるのは、込めた魔力が足りてない証拠だ。

 この魔法はレベル2相当でも、理論上は魔力さえ込めればどんな魔法でも防ぐことができる。けれど私の魔力では30センチ程の盾が限界で、それより大きくすると防御力が激減した。

 今の私の技量と魔力では、レベル1までの攻撃魔術しか防げず、レベル2の攻撃呪文を受ければ【魔盾(シールド)】を打ち消すだけでなく、わずかなダメージも受ける。

 防げないのなら逸らすしかない。この盾が物理でもある程度防げるように、実際の盾や剣の受け流しを使って、魔法そのものを受け流す技術が必要だった。


 魔法を構成する意識の集中。放たれた魔術の種類と魔力量を瞬時に見極め、適正な魔力を込めて、防御方法を変える。

 どれか一つでも難しいのに、その全てを同時にこなすのは困難を極めた。しかも発動状態を維持するのにも秒間1ポイントの魔力を消費するので、とっさに使いこなすにはまだ時間がかかるだろう。

 それでもこれを完璧に使いこなせたら、対魔術師戦で大きな武器になる。


「……あとは自習しな。まったくガキの相手は疲れるねぇ」

「……平気?」

 私の魔力と体力が半分以下になったところで、師匠が鍛錬を切り上げた。

 それは私を気遣ってくれたからじゃなく、師匠の体力値は高いが、体力の消費が大きいらしい。

「ガキが大人に気を使うんじゃないよっ。それと、髪にかけた魔術が解けてるよ。効果時間は体感で覚えな」

「うん」


 私が目立つ桃色の髪を隠すために髪にまぶしている“灰”は、本物の灰ではなく闇魔術で創った“幻術”だ。

 ヴィーロが懸念したとおり、魔力が増えて光沢が増した私の髪は普通の灰では輝きを隠せなくなっていた。それを師匠に相談したところ、幾つかの魔術単語を教えられて、幻術で髪色を変える課題を出された。

 一応、髪の色を変える魔術は完成したけれど、単語の並びが文章になっていなかったようで、魔力の消費が大きすぎて効果時間が短くなった。

 なので、髪の色を変えるのは諦め、闇の粒子を直接灰に見せる幻術にすることで、効果時間の延長と髪の光沢を抑えることに成功した。

 師匠から出された課題からはズレてしまったが、ギリギリ合格を貰えたのは、魔法にはそうした工夫をすることが重要らしい。


 夜になり、魔石を使った魔道具のランプの灯りの中、蜘蛛糸の繊維を棒で叩きながら糸にするための繊維をほぐしていると、師匠が自家製の薬草酒をチビチビと飲みながらあの女のことを話してくれた。


「あの馬鹿弟子がここにやってきたのは、あいつが十五の頃だったかねぇ……。その頃から馬鹿で、ある日突然やってきて、私が、『ひろいんが魔族と戦うときに協力する役目』だから、自分に魔術を教えろって、言ってきてさ。魔族の私にだよ?」

「…………」

 あの女は、昔から……というか、最初から“ああ”だったのか。

「正直、あの馬鹿弟子の戯言は、私にはほとんど理解できなかったよ。ただ、あまりにも妄想を自信満々に話す馬鹿さ加減が不憫に思えてね。つい情けをかけて弟子にしちまったよ」

「真剣にやってた?」

「真剣だったさ。そこだけは評価してもいい。ただねぇ……移り気が酷くて、結局どれもこれも中途半端さ。そんな馬鹿弟子が、まさか、昔の魔術師が失敗したカエルに芸を仕込む方法で、そんな奇妙な魔石を創り出すとは、才能はあったのかもね」

「カエル……」

 そんな曖昧なもので他人の身体を奪おうとしたのか……。

 偶然でも何でも、そんな曖昧な情報だけで自分の知識を移した魔石を創り上げたのだから才能が……いや『執念』が並外れていたのだろう。

 ただその努力の方向が、ことごとく明後日のほうを向いていたことが、あの女の不幸だった。


 静かな森の中で時がゆっくりと流れていく。

 私にはやることがあるけれど、師匠(セレジユラ)との生活は両親が亡くなって以来の、家族のような温もりを感じさせてくれた。

 魔術と魔法の訓練をして、錬金術を習い、魔物を狩って近接の訓練をする。

 そんな生活をしながらさらに一ヶ月が過ぎた頃、一般の人間は誰も知らないはずのこの森の家に、怪しい“来訪者”が現れた。




戦闘力はそれほど上がっていませんが、新たな知識や専用の武具、錬金などのサポート系を覚えたことにより、確実に地力が増しています。


次回、尋ねてきた物の正体とは? そこでアリアは一つの決断をします。


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