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35 欲望の対価 前編

また二分割です。ちょっとエッチ。



「……なっ!?」


 森から出てきた男の一人を、声をかけてきた瞬間に咽にナイフを投げて殺すと、残り二人の男が唖然としたような呻きを上げた。

 状況と装備からするとおそらくは山賊だろう。もちろん違う可能性もあるが、こんな街から離れた街道で待ち伏せるように身を隠し、女子供相手に武器を抜いて迫ってきた時点で、私は敵対行為だと判断する。


「こ、このガキがっ」

「まてっ」

(…遅い)

 仲間の制止を振り切り突っ込んでくる男の動きを、私はとても“遅く”感じた。

 戦闘スキルを持っていないのだろうか? 身体強化を使えば、今の私なら体感時間を二割ほど引き延ばせるが、この男はそれ以前に足運びすら碌にできていない。

 ドタバタと近づいてくる男に向けて精神を集中し、その小さな“場所”に狙いを定めて魔法を使う。

「――【触診(フィール)】――」


「ひっ!?」

 怒って向かってきたはずの男が、突然驚いたように短剣を落として片目を押さえた。

 痛みはない。ダメージもない。ただ突然『眼球を触られた』感触に驚き動きを止め、その瞬間に飛び出した私は、男の咽を撫で斬るように水平に斬り裂いた。

 あと一人。

 その傷口から血が噴き出す前にその横を擦り抜け、私は最後の男に迫る。


「な、なんだ、このガキはぁあ!?」

 瞬く間に仲間二人を殺され最後の男は、混乱したように叫くと錆びた手斧を捨て、なりふり構わず前方の“誰か”が戦ってる方角へ逃げ出した。

 その背にナイフを投げようとして途中で止める。

 私の投擲スキルでは、狙った場所に当たるのは精々5メートルで、それ以上になるとまぐれで当たってもダメージは低い。

 私は最初に殺した男からナイフを回収し、男の服で血糊を拭ってから男たちの荷物を漁る。特に身分を表すものは所持しておらず、とりあえず解体用らしいナイフを脹ら脛のホルダーに挟んで逃げた男の後を追う。


 普段ならここで後を追ったりしない。たとえ最初は有利でも、逃げた先の仲間次第で形勢が逆転する場合があるからだ。

 油断はしない。慢心もしない。殺せるときは確実に殺す。

 だが、逃げた男の先には、その仲間と“誰か”が戦っていた。私とは関係はないが、その人たちからすれば私が追い立て、敵を増やしたようにも感じるだろう。

 ならばせめて、私が逃がした分だけでも手助けはするべきかと、小さく溜息をつきながら“歩いて”男の後を追いかけた。


   ***


 三人の少年たちがいた。すでに15歳で成人したのだから、この世界なら青年と言ってもいい。

 三人は幼なじみだった。三人の家はとある町を治める士爵の従者で、士爵が騎士として戦場に赴くときは、士爵の兵として戦う必要がある。

 従者の家に生まれても全員が従者となれるわけではない。従者は世襲制というわけでもないが、その貴族家では代々従者の長子を次の従者として雇い入れていた。

 そうなれば次男は予備となるが、それ以降の子供たちは貴族に仕えることは絶望的になる。それでも才覚があれば見てもらえる分だけ可能性はあるのだが、彼らの父親は、少年たちが成人となると同時に家から出した。


 平民ではあるが、一般の平民よりも裕福に育った彼らは、あまり真面目とは言えなかった。

 本人達は戦場で手柄を立てることに憧れ、真面目に戦闘訓練は続けていたが、派手なことばかりに目を向け、地味な実務修行を怠っていた彼らにまともな仕事ができるわけもなく、家を出された三人は、その腕を生かすために『冒険者』として生きることにしたのだ。


 冒険者を選ぶほど腕に自信のあった三人は、当然のように戦闘スキルを持っていた。

 一人は【弓術】スキルがレベル1。一人は【槍術】スキルがレベル1。そして彼らの纏め役であるリコという少年は、【剣術】スキルを2レベルまで取得している。

 それが彼らを増長させ、都会であるダンドールの首都で意気揚々と冒険者となったのはいいが、現実はそれほど甘くはなかった。


 大都市の周辺は騎士や兵士が巡回しており、魔物は滅多に現れない。

 そんな街にいる冒険者は大抵が貴族や大商人に伝手があり、信用されることで大きな仕事を得る高ランク者ばかりだったのだ。

 そんな場所に一人だけランク2でも、ほぼランク1パーティーの彼らに出来る仕事はほとんどない。それでも真面目に街の雑用をこなしていれば、少しずつ信用は得られただろう。だが、地味な仕事を嫌った彼らは、魔物との戦闘を求めて国境近くの貴族領を目指して旅に出た。


 彼らが特に不真面目なわけではない。

 真面目に仕事をして信用を得るわけでなく、地道に修行をして技術を磨くわけでもなく、まともな仕事に就くことさえできない彼らのような人間が、低ランク冒険者の大部分を占めていたのだ。


 魔物のいる場所に向かうのは冒険者として悪い選択ではない。

 魔物や危険な野獣と戦い生き延びることができれば、それと引き替えに高ランク冒険者としての名声と信用を得られるようになるからだ。

 だが、それはあくまで『生き残れたら』の話だ。


 北の地に向かうには、どの領地にも属さない未開地を通る必要がある。

 そこにあるのは、誰かが通って踏み固められた道と、わずかな水場があるだけの野営地と、人を脅かす危険のみ。

 護衛がつく乗合馬車に乗る金もなく、商隊の護衛ができるほどの実績もない彼らは、持ち金すべてで携帯食料を買い、徒歩で北を目指した。


「何かいるぞ……」

 狩りが得意で【弓術】スキルを持つダンが、森の奥にいる人影を見つけた。

「もしかしたら山賊じゃねーか? 倒せば金くらい持ってるんじゃね?」

 軽薄そうな【槍術】スキルを持つトニーが、ヘラヘラ笑いながら槍を構える。

「おい……」

 そんな幼なじみ二人を見て、比較的常識人のリコが顔を顰めるが、その時にはすでにダンが弓を引き、はやし立てるトニーの声で、森の中に矢を撃ち放っていた。

「お前ら、何人いるか分かんないんだぞっ!」

 リコも真面目なほうではないが、二人ほど考えなしでもない。どちらかと言えば今まで二人に巻き込まれただけで、迷惑をかけられたほうが多かった。

 それでも友人だからとつきあっていたが、彼らを諫められない一番の原因は、リコが優柔不断なせいだろう。


 矢を射られた山賊たちが襲ってくる。

 山賊は七人。リコたちは三人。倍以上の数になるが、山賊などそのほとんどが近隣で食い扶持にあぶれた村人たちだ。戦闘スキルを持っている者も稀であり、三人でも何とか倒せると考えリコたちは武器を抜いて迎え撃つことにした。


 だが戦闘が始まり少し経った頃、街へ続く街道の方角から、山賊の仲間らしき一人の男が走ってくるのに気づく。

 リコたちは見逃したが、おそらく街のほうから邪魔が入らないよう見張りを置いていたのだろう。たった一人だが、ギリギリで戦っていた三人にとっては致命的な援軍になりかねない。

 だが、その男は仲間の山賊の近くにまで寄ると、訳の分からない言葉を口走った。


「へ、変なガキが来るっ!」


 その言葉に、リコが思わずその背後に視線を向けてしまうと、そこにはまるで貴族に仕えるような服を着た一人の少女が、静かに歩いてくる姿が見えた。


 それはまだ幼いが、とても綺麗な少女だった。

 見た目の歳は十歳ほどか。山賊を前にして取り乱さない落ち着き振りを見るに、見た目よりも一つか二つは上かもしれない。

 リコは遠目にしか見たことはないが、貴族ならもっと美しい女性もいるし、有名な酒場の歌姫や看板娘なら同じくらい可愛らしい娘もいる。

 だが、現れたその少女はその見た目の美しさよりも、一目見れば何故か気になり、目を離すことができない不思議な“魅力”を持っていた。


 ふわりと突然長いスカートが翻り、染み一つない白い脚にリコの視線が釘付けになると、それと同時に、後から来た山賊の男が突然死んだように崩れ落ちた。


「何をしているの?」


 少女からそんな声が聞こえると、リコたちだけでなく山賊さえも思い出したかのように戦いを再開する。

 それでも山賊たちのほうがまだ数は多いが、何故か山賊たちは突然耳元で囁かれたように挙動不審になり、数分後、終始戦闘を有利に進めたリコたちは山賊の撃退に成功するのだった。


   *


「アーニャちゃん、見てくれた? 俺の槍捌きっ!」


 後ろを歩く少女に、槍使いの少年トニーが何度も振り返る。

 自分たちが山賊に勝つ切っ掛けを与えてくれた桃色髪の少女は“アーニャ”と名乗り、彼女も北へ旅する途中だと言っていた。

 彼女はリコたちと同じランク1の冒険者らしい。だからといって、こんな森を女の子の一人旅は不自然でしかないが、【回復(ヒール)】で治療してもらった弓使いのダンが是非とも礼をしたいと言い張り、アーニャもしぶしぶリコたちと一緒に進むことに同意した。


「ねぇねぇアーニャ、ボクたちの仲間になりなよっ、【回復(ヒール)】を使える人がいるとボクたちも安心だし」

「そうそう、アーニャちゃんだって、前衛がいたほうがいいだろ?」


 ダンとトニーが、アーニャを熱心にパーティーに誘っていた。

 けれどアーニャはそれに対して静かに首を振る。

 彼女はあまり喋らない。感情もあまり見せない。それがリコたちが声をかけるような街の女の子なら、バカにされたように感じたかもしれないが、アーニャのまるで消えてしまいそうなその儚さと透明感は、それさえも彼女の“魅力”に見せていた。


 アーニャは冒険者だが、冒険者のことをあまり知らないらしく、幾つか基本的なことを聞かれた。

 冒険者の戦い方やお金の稼ぎ方。武器や道具をどこで買うかなど教えてやると、感心した様に頷いていた。

 アーニャが自分たちと同行しているのはそれを聞くためだろうか? 彼女は色々知っているが基本的なことを知らない。

 彼女はいったい何者なのか? その不自然さが、尚更少年たちの保護欲をかきたて、アーニャに対する興味を増していった。


 その日は夕方に次の野営地に着き、ダンの弓で野鳥を狩ってそれを食事にした。

 アーニャは身体を拭いてくると言って水場に向かい、リコたち三人は焚き火の側によって彼女のことを話題にする。


「ちっ、アーニャちゃん、荷物も全部持ってったのか」

「トニー…」

 まるで盗人のような台詞にリコがそれを諫めると、トニーは昼間に見せていた気さくな態度を止め、軽薄そうな態度で唾を吐く。

「いいじゃねぇか。田舎を出てから、しばらく女っ気がなかったんだ。下着くらい漁ったって神さまだって許してくれるさ」

「まだ子供だろ?」

「俺の姉ちゃんは十三で御屋形様の妾になったぜ? そんな変わんねぇよ」

「ボクさ……見たんだよね」

「何だ?」

 突然話題を変えてきたダンにトニーが律儀に問い返す。

「あの子、ナイフを抜くとき、スカート捲ってたよね?」

「ああ、チラッと見た。まだ細えが綺麗な脚だったよなぁ」

「そうじゃなくてさ。ボクね、目がいいから、アーニャの腿くらいまで一瞬見えたんだよ。わかる? “太もも”が見えたの」

「意味分かんねぇよ」

「分からない? あの子たぶん……履いてないよ」

「「「………」」」


 思わず無言になる少年たち。その顔が焚火のせいではなく少し赤い。

 アーニャのまだ幼いが綺麗な顔立ちと、一瞬見えた傷一つない白い脚を思い出して、まだ若い少年たちのわずかな自制心を削っていった。

「アーニャちゃん、遅いな……」

「身体を拭くんじゃなくて……水浴びでもしているのかな?」

 三人は貴族に近い場所にいて比較的苦労のない生活をしていたせいで、我慢することに慣れていなかった。

 若い冒険者は自制心がない。それが森の中という憲兵の目から離れた場所に居て、相手が大人ではなく、脅せばどうとでもなりそうな“子供”ということで、彼らの自制心は砂の城のように崩れていった。


「なぁ……」

「なんだよ」

 静かに呟くトニーの声に、リコが落ち着かない気分で苛立ちながら返すと、彼は二人の仲間を見ながら下卑た笑みを浮かべた。


「イタズラ……したくね?」



アリアは少年たちを警戒して偽名を使っています。

次回、後編。少年たちに狙われたアリアはどうなるのか?


次は土曜予定ですが、少し遅れるかもしれません。


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