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34 押し付けられた仕事



「アリア。お前の新しい任務が決まった」

「…………」


 エレーナが王都へ帰り、ヴィーロに連れられてきた“仕事”は終わったはずなのに、上級執事に呼び出しを受けると何故か新しい仕事が決まっていた。


【上級執事】【種族:人族♂】

【魔力値:185/190】【体力値:332/350】

【総合戦闘力:1216(身体強化中:1550)】


 最初に見た印象通り、やはり恐ろしく強い。おそらく斥候系技能が高いのだろう、私が【鑑定】したと気づいたのか、私を見る視線がわずかに細められた。


「お前のことは、王女殿下から自由にさせるようにと承った。だが、我らのことを知ったお前をそのまま野放しにはできない。なので、お前はヴィーロと同じように一介の冒険者として、『協力者』という立場になってもらう」

「……わかった」

 勝手に決められて若干不服ではある。でも断れば、この男は王女に処断されることになっても、私をこのままにはしないだろう。

 だけど、自由な冒険者という立場のまま顧客とコネが出来たと思えば、それほど悪くない。問題は……貴族絡みが増えるんだろうなぁ。

 それでも私は貴族から逃げるのではなく、立ち向かうことを選んだ。

 だから私は独りでも立ち向かえる力を得るために、選り好みはしていられない。


「私への“依頼”は何?」

「お前の“任務”は、とある貴族家にメイドとして潜入し、現在起きている問題を解決することだ。期間は約一ヶ月。重要度の高い任務ではない。これは、お前がセラのいうように信用できるか、私が見極めるための任務であり、失敗しても貴族家の娘が一人死ぬだけなので、国にとってさほど問題ではない」

「…………」

 貴族の令嬢が一人死ぬけど問題ないのか……。

「了解、……ボス?」

「組織のボスは私ではない。お前が信用できるようなら会う機会もあるだろう。私のことはグレイブと呼べ」

「了解、グレイブさん。それで場所は?」


 別に組織に属したいわけじゃないからボスに興味はないが、グレイブと話すのは、セラと違って言葉遣いに煩くないからいいけど、圧力が強すぎてとても疲れる。

 貴族の問題に深入りするつもりはないけど、仕事なら手は抜かない。そしてその赴任地を聞いてこの依頼に少しだけやる気が出た。

 ここより北にある国境近くのセイレス男爵領。そこはあの女が師事していた魔術の師匠がいる場所だった。


   ***


 セイレス男爵領で起きている問題とは、半年前より男爵が住む街に現れはじめたという“怪人”のことだった。

 怪人といっても化け物の類いではないそうだ。おそらく“人”だと思われるが、怪人は男爵のご令嬢にご執心らしく、夜な夜なお嬢様の部屋に会いにくるという。

 なら、兵士でもなんでも配置して捕まえればいいと思ったが、兵士では何故かその姿を捉えることができず、朝になるとお嬢様の部屋に血塗れの手形が残されていた。

 その手形は徐々にお嬢様に近づいて、部屋を変えても、同じ部屋に数名のメイドを配置しても効果はなく、お嬢様はとても怯えているらしい。

 ……本当に人間?

 嫁入り前のお嬢様に変な噂が立つことを恐れた男爵は、一般の騎士や冒険者に依頼することもできず、困り果てた男爵は、寄親であるダンドール辺境伯に内密で助けを求めて、巡り巡って私に押し付けられた。


 依頼内容は『問題の解決』になるが、解決されなくてもそれはそれで仕方ないと考えてるらしい。そもそもセラやグレイブの組織の仕事とか管轄が違うらしいけど、そもそも私は彼らの組織が何なのか、まだ教えてもらっていなかった。


 エレーナが王都に戻ったことで、ここに集められた使用人や協力者たちは撤収準備を始めている。

 けれど私は、撤収を手伝うことなくすぐに発つことになった。

 私の準備にほとんど時間はかからない。元々背負い袋一つに収まる程度の荷物しかなく、部屋にも支給された着替え以外荷物を置いていなかった。

 私は森の仮拠点に赴き、そこに隠してあった金銭と、乾燥させた毒草や薬草類を袋に詰め込みながら、出立前に自分の能力を把握しておく。


【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク2】

【魔力値:130/135】20Up【体力値:67/80】16Up

【筋力:5(6)】1Up【耐久:6(7.2)】1Up【敏捷:7(8.4)】【器用:7】1Up

【短剣術Lv.1】【体術Lv.2】1Up【投擲Lv.1】【操糸Lv.1】New

【光魔術Lv.1】【闇魔法Lv.2】1Up【無属性魔法Lv.2】1Up

【生活魔法×6】【魔力制御Lv.2】【威圧Lv.2】

【隠密Lv.1】【暗視Lv.1】【探知Lv.1】【毒耐性Lv.1】New

【簡易鑑定】

【総合戦闘力:98(身体強化中:111)】37Up


 総合戦闘力がかなり上昇している。

 魔力値が増えたり幾つか新しいスキルを得ていたけど、やはり戦闘力が上がったのはステータスが増えたおかげだろう。特に【器用値】は戦闘スキルに直接影響するので、これが1上がっただけでもかなり戦闘力に差が生じるのだ。

 ステータスが上がったのは【体術】がレベル2になったからだろうか? いくら魔力で成長していてもまさか10歳になる前に、近接戦闘スキルが2になるとは思っていなかった。

 【闇魔法】さえも2になっていたのは、魔術ではなく魔法の構成をし続けた結果と言うよりも、あのとき使った【幻痛(ペイン)】が2レベル相当だったのかもしれない。

 新しく覚えたスキルは【操糸】と【毒耐性】だ。

 【毒耐性】は以前から鍛えてはいたけど、それが実を結んだ直接の原因は、女盗賊の毒を直に受けたからだろう。

 【操糸】はたぶんペンデュラムのせいだ。あれだけで簡単に覚えたようにも感じるけど、考えてみれば数ヶ月もずっと紐分銅を魔力で操作し続けてきたのだから、“簡単”にと言うより“ようやく”といった感じか。


 出立前に特にやることもない。ヴィーロとはこの仕事をしていれば、どうせまた会えるだろう。冒険者としての動きも盗みたかったが、最低限のことは教わったので自力で何とかする。

 セラも同様に会う機会はあるはずだ。けれどセオは私が先に出立すると聞いて、何か言いたいことがあるみたいだった。


「アリア、僕も13歳になったら王都に行く。そしたら迎えに行くよ。言いたいことがあるんだ」

「今は言えないこと?」

「うん、一応男としてアリアより背が大きくなったら言うよっ!」


 そう言ってセオは真っ赤な顔で逃げるように走り去っていった。

 なんだろう? 13歳で何かあるの? そういえばあの孤児院にいたときも、売られていく孤児は仲のよい子と離れたくないと泣いていたので、子供ならそういうこともあるのだろう。


 手早く荷物を纏めて一ヶ月も過ごしたこの屋敷を後にする。

 問題があるとすれば衣服類だろうか。私の着ていた古着はホブゴブリン戦でボロボロになってしまったので、私は私服というものを持っていなかった。

 仕方なしにセオの服でも借りようとしたら、セラからメイド服を一着持っていくことを許された。

 向こうで私に合う仕事着があるとは限らないし、エプロンドレスを外して中のブラウスを安物に替えれば、普段着に見えないこともない。

 旅をするのなら男装するほうが楽なのだけど、身体がまた成長して『小柄な十歳児』ではなく、『十歳の女児』に見えるようになり、その過程で気持ち悪いほど髪が伸びて、今は肩にかかるほどになっていたので、髪を切らないと男児には見えないだろう。

 髪を切りたかったけど、メイドに偽装する上で伸ばしたほうが便利であるとセラに諭され、何故かセオに切ることを禁止されたので、このまま出ることにする。


 生成りのブラウスの上に足首まである黒のワンピースを纏い、足下は編み上げのショートブーツを履く。

 装備類はすべてスカートの中と袖に隠しているので、見た目は武装しているようには見えないはずだ。


 ダンドールの端にあるここからセイレス男爵領まで、徒歩なら三週間、馬車なら二週間ほどになる。

 一応出来るだけ早くと言われているが、私の到着は三日前に一ヶ月後と連絡してあるそうなので、徒歩でいかない理由がない。

 まぁ普通の旅人なら、今回はどこの領地でもない森の街道を通るので、魔物を警戒して護衛をつけた乗り合い馬車一択なのかもしれないけど、セイレス男爵領まで乗るとすると銀貨五枚が相場らしく、提携している宿屋にも別料金で強制宿泊になるので、そこまでお金を使っていられない。

 今回の報酬として銀貨15枚と、危険手当の報奨金として金貨5枚を貰っているが、次の件は仕事が終わるまで無報酬なので、あまりお金を使いたくなかった。


 手持ちの武器は黒いナイフと予備のナイフ。支給された細いナイフが2本に、投げナイフが計10本。それに糸の先端に刃を付けたペンデュラムが二つあるけど、投げナイフはもう少し予備が欲しいし、ペンデュラムの刃も片方はあの戦闘でベコベコになってしまったので、どこかの鍛冶屋で作ってもらう必要があった。

 他にも服の下に付ける軽防具や脚に付ける専用のナイフホルダーも欲しいけど、さすがにそれを作ってもらう時間はない。


 湖畔の城を離れて半日も歩けば、ダンドールの首都に着く。

 普通ならそこで一泊するのだけど、私は宿屋に泊まるつもりもなく、街の露店で携帯食料と塩を少量補充して、そのまま街を離れることにした。

「…………」

 ようやくダンドールの要塞のような城を間近で見ることができた。

 やはり大きい。あそこに侵入するとしたらどこから攻めるとよいのだろう……

 そういえば、三日目辺りで見なくなったダンドールのお嬢様はどうしているのだろうか? 知識だけしかない私やエレーナとは違う、まるで大人のような言動をとる不自然な少女。

 彼女の目にはエレーナや私に対して確かな警戒の色があった。それでいて怯えるような様子はエレーナを苛立たせ、彼女が姿を見せなくなったことで奇妙な雰囲気に悩まされていた侍女たちは、内心安堵したように見えた。

 彼女は警戒しておこう。もしかしたら……エレーナの“敵”になるかもしれない。


 ランク1の冒険者でしかない私は、街に入るときに銀貨を1枚払い、出るときには調べられる。

 だけど今だけは、上級執事から預かっているセイレス男爵への紹介状があるので、そこまでは準貴族的な扱いになるので通行料は無料になる。

 だけど、今後はこういう物にあまり頼らないほうがいいだろう。貴族に近しいものだと分かれば無用なトラブルを呼び込みかねないし、そもそもセラやセオはともかく、あの組織を完全に信じるなんて私には無理だった。

 いずれ……あの上級執事と戦う日が来るかもしれない。それまでに私は少しでも強くなろう。


 買い物が済んで夕方にも拘わらず街から出ようとする“子供”を、北門の兵士が止めようとしたが、私が冒険者ギルドのタグを見せると、諦めたように通してくれた。

 あまり人の多い場所は苦手だ。

 私服に見せかけたと言っても、このメイド服は布地が良く、あまり平民らしくないせいか、街の人たちの目を惹いた。

 純粋に子供を心配している者もいたのだろうが、子供を食い物にするような大人もいるので、どんな状況でも油断はするべきじゃない。


 門から出た辺りでは何人かの旅人や馬車ともすれ違ったが、一時間ほど歩くとすっかり暗くなって人の姿は見なくなり、代わりに微かな獣の鳴き声が聞こえた。

 さらに一時間も歩くと完全に夜になり、ようやく私は気配を消して夜に紛れるように走り出す。

 やはり身体が大きくなってるからか、以前より走るのは速くなった気がする。

 体力も増えているので小走り程度なら数時間程度走り続けることも可能だろうが、別に急ぐ旅でもないことを思いだし、汗をかかない程度で軽く流すだけにしておいた。

 いつものように夜の移動だけのほうが気が楽だけど、初めての道で夜中だけの移動は道を間違える恐れがある。

「……ふぅ」

 軽く走ったつもりでも多少は汗をかいていた。

 【流水(ウォータ)】で布を濡らして全身の汗を拭う。着替えが少ないのだからあまり汗をかくのは好ましくない。そう考えると【浄化(クリーン)】が早く欲しくなる。エレーナも2レベルの光魔術を使えていたのだから、私でも覚えることはできるはずだ。

 森の中で木に登り、太い枝の上を今夜の寝床とする。

 最近よいものを食べていたからか、腰辺りが少しだけ重く感じた。気にするほどでもないけど、少しだけ柔い部分ができた気がするので、今夜は黒パンと水だけにして眠りについた。


 翌朝も朝日が昇る一瞬前に目を覚ます。

 念の為に身体の匂いを嗅いでみるが、まだ着替えるほどでもないと判断し、また身体を濡れた布で拭くだけにしておいた。

 この辺りより先はダンドール辺境伯領ではないただの森となる。この辺りまでは騎士や兵士が巡回しているが、次の貴族領に入るまでは無法地帯と言っていい。

 夜が明けきる前に動き出し、街道を移動する。

 森の中を走ってもいいけど、スカートが解れると面倒くさい。それに魔物が出るかもしれない場所だ。ゴブリン程度なら問題ないけど、知らない魔物に対処するには広い場所のほうが安心できた。


「……何かいる」

 朝日が昇りしばらくした頃、前方で何かが戦っている様子が見えた。でも私が気づいたのはそれじゃない。

 私が街道の真ん中で脚を止めていると、森の中から焦れたように、剣を抜いた三人の小汚い男たちが姿を現した。


「おい、そこの女――」

 ヒュンッ!!

 私の両袖に隠していた投げナイフが男の咽に突き刺さり、言葉が終わる前にあっさりと命を散らして崩れ落ちた。

 ……あと二人。




喋る間もなくあっさりと……


アリアは自分がまだ弱いと思っていますが、回りが化け物揃いだっただけで、すでに冒険者としては初心者とは言えない実力を持っています。

なので次回は、普通の若い冒険者から見たアリアの実力と、これまですっ飛ばしてきた悪意のある人間への対応を見せることができれば、と考えています。


次回、人の欲望。

次は木曜予定です。


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